第十七話 迷子ってそういうことかいっ!
お腹も落ち着いたところで、この後どうしたもんか考えることになった。
「あのさ、ティナ」
「んー?」
ティナは俺にもたれかかって、肩越しに見上げてくる。
「お前そういや、迷ったって言わなかったっけか?」
「うん」
「洞窟で二日迷子になったって言ってたよな?」
「うん」
「帰り道、わかるのか?」
「武士」
「ん?」
「迷ったって言ったじゃない……」
「お前なぁ……」
そういや、ティナ。
二日迷ったって言ってたっけ。
さて、どうしたもんかな。
「でも大丈夫」
「どこからそんな自信がくるんだ?」
「武士。あたいみたいに火、出せる?」
「やってみるけど」
俺は手のひらに炎が灯るようにイメージしてみる。
灯れ。
灯れったら。
火よ、点け。
こんにゃろっ。
……駄目だこりゃ。
「──っかしいな。全然だめだぞ」
「適性の問題かもしれないね」
「何だそれ?」
「魔法ってね、万能に見えて、実はそうじゃなかったりするんだよね。あたいは比較的なんでもできたけどね」
「何でもって。そりゃすげぇな」
「でもね、武士みたいに『外に作用する魔法』ってあたいには無理だよ。今まで見たことないし」
『外に作用する魔法』って何だ?
……あ、こないだやった水を持ち上げたりするやつか。
あれっきり魔法を使わなかったけど。
あれってティナにはできないことだったのか。
……むー。
ならこんな風に。
イメージ、イメージ……。
俺はトイレで起きた、例の『スーパーベジタ人』状態になった『あれ』を右手に再現する。
お。
おぉおおおおお。
光った光った。
俺の右腕はぽぅっと黄色く光っている。
俺を中心にして半径十メートルくらい明るくなった。
「これでいいか」
「す、……っごいね。うん、武士」
「ん?」
ティナは両手を広げて俺の方を向いた。
「だっこして」
「はいはい」
ひょいとティナをお姫様だっこする。
モノホンのお姫様だけに、俺くらいだろうな。
リアルお姫様だっこなんてした日本人は。
「これから探査の魔法使うから、あたいちょっと集中するね」
あー、そういうことか。
何でもありだな、こいつ。
ティナは目を閉じてぶつぶつ呟いた。
するととある方向を指差した。
「武士、あっち」
「おいっ! あっちって崖下じゃないか」
「うん」
「はいはい。落ちないように掴まってろよ」
いやこれ、ザイルとかあっても無理だろう。
どう贔屓目に見ても『ザ・崖』。
落ちたら普通死ぬぞ。
今の俺の身体能力なら可能かもしれないけど。
滑り落ちても知らんぞ……。
多分ここは調査の限界だったんだろうな。
ティナを子供を抱くように左腕で抱きなおした。
かなり腕力上がってるぞ、これ。
さっきティナを抱き上げたときもそうだったが、かなり余裕だったからな。
俺は慎重に右手で岩の出っ張りを掴みながら、後ろ向きに一歩ずつ進んでいったが。
……めんどくせぇ。
俺は一気に飛び降りた。
着地と同時に足を踏ん張る。
お、結構いけるじゃんか。
ティナは相変わらず目を閉じてる。
かなり集中しないと使えないくらいの魔法なんだな。
ずっと同じ方向を指差してるし。
俺を信頼しきってくれてるんだよな。
嬉しいっちゃ嬉しい。
俺は数メートル単位で走るように飛びながら降りていく。
もう何キロ降りてきただろうか。
高低差だけでかなりの高さがあるはずだよ。
途中からかなり細くなってるな。
俺の身体の四、五人分くらいか。
ティナを横向きに抱いてちょっと余裕があるくらい。
鍾乳洞独特の水っ気がなくなりつつある。
最初は滑りやすかったけど、今はしっかりと足を踏ん張ることもできるくらいだ。
「なぁティナ」
「んー?」
「あとどれくらいだ?」
「んっと、多分」
「うん」
「一日?」
ティナは俺の方を向いて、首を傾げて微笑みやがんの。
ちくしょ。
可愛いのはいいんだけどさ。
とりあえず突っ込んどくか。
「どんだけ迷子になってたんだよ……」
俺はその場に立ち止まった。
いくら疲れないからって、そりゃないだろうよ。
「だって、二日くらい迷ったって」
「あぁ、俺が悪かった」
すると。
『きゅるるる』
「あ、武士」
「はいはい。腹減ったんだな?」
「うんっ」
リュックを下ろしてティナも俺の横に座った。
ティナを抱き上げて下り始めたときよりは、傾斜が緩やかになっている。
こうして座っていてもそんなにきつくはないんだが。
とにかく狭い。
それにあっちは残暑厳しいくせに、何やら涼しいもんだ。
けどまぁ、ティナがぴったりくっついてる右側は温かいけどな。
相変わらず洞窟(鍾乳洞な感じはなくなってる)の中は暗い。
俺の腕を中心にした範囲だけぽぅっと明るいだけだ。
それでもLEDランプまではいかないが、そうだないいとこ二十ワットの裸電球ってとこかな。
手元やティナの表情を確認するくらいなら十分だろう。
初めて魔法を使ったときは一発で眠くなったけど、今はそれ程じゃない。
何だろうな。
徐々に俺の中の人間だった部分が書き換わってる感じかな。
もしかしたら魔法を発動させたのがきっかけになってるのか。
それとも時間の問題だったのか。
まぁ、ティナと同じ存在になる分は、構わないと思ってる。
俺が渡したカロリーナイトを、もそもそと食べてるこいつが一緒にいてくれるならな。
「ティナ、ほれ。口の中ぱさぱさするだろう? それ、喉乾くから」
「ありがと。……んくんく。ぷぁ。あむあむ……」
メープルシロップ味だからか、実に美味そうに食べてる。
これ二本で一食分のカロリーあるんだよな。
満腹感は少ないけど。
実は俺もお気に入りだ。
チーズ味やフルーツ味、コーヒー味なんかもあったけど、やっぱりメープルシロップ味が一番美味い。
牛乳と一緒が一番いいんだけど、さすがに牛乳は持ってこれなかった。
腐ると困るからなぁ。
なんだかんだいって、ティナは六本も食べてしまった。
俺も四本食べたけど、食べすぎだろう?
ドリンクボトルの中身はもうティナが作った水が入ってる。
魔法って便利だよな。
俺は同じことできないけど。
ティナは俺の腕に寄りかかってスースーと寝息を立てている。
そりゃそうだろう。
スマホはもう圏外になってるけど、飯食う前に時間を見たら夜中の三時だったんだから。
ティナの頭をくしゃりとひと撫でしてから、俺も目を瞑って寝ることにした。




