10話
その日は村の集会場で宴をする運びとなった。
集会場は、木造の無骨な建物だった。日本の田舎のようで妙な郷愁を感じる。ビッグボアは村人が手慣れた様子で解体し、そのまま宴のメインディッシュとなった。我がライバルをこうして食うことになるとは複雑な気分だが、これもまた山の恵みであり自然の摂理なのだろう。
「お前が倒したものじゃ。お前が一番美味いところを食え」
「押忍!」
主な部位は山菜やきのこと共に煮込み料理になったようだが、心臓だけは私が食べることになった。食べられるサイズに切った後はワイルドに塩焼きだ。口に入れて噛みしめると不思議な食感が広がる。鶏のハツは食べたことがあったがそれよりも旨味がぎゅっとつまっていて、噛めば噛むほどに味が染みてくる。美味い。これぞ勝利の味だ。ありがとうビッグボア。お前を食べて私はもっと強くなる。
「いやしかし、お館様がついに外法に手を染めたかと思ってヒヤヒヤしたわい」
「見たところ、確かに自然とオドを使いこなしておる……この歳の、しかも女子が……」
「この太くどっしりとした潜在魔力……強くなるのう……」
村人が興味深そうに私の方を見つめてくる。というか気になる言葉があったな。
ふといって言ったの誰だ。
まあそれはさておき、
「外法って、何のことです?」
「……武術において、誰もがお前のように早くチャクラに目覚めるわけではない。才に恵まれぬ者も居る」
「はい」
「そこで……弟子のチャクラが目覚めるのを待つのではなく、無理矢理こじ開ける者も昔は居たのだ。命の危機が迫るほど強い魔力を流し込むという手段を取ってな」
「……それって、つまり死ぬ危険があると?」
「生き残っても、寿命が縮んだり何かしら悪影響は現れる」
なるほど、確かに外法と呼ぶにふさわしい。
静かに話を聞いていると、村長の奥方らしき老婆が木椀にしし鍋の汁を持ってくれた。
「さ、難しい話はともかく食いなんせ」
「ありがとうございます」
優しい味のする不思議なスープだ。恐らくすりつぶした木の実かなにかでとろみと甘みを出しており、山菜やキノコから出るダシと混ぜあって何とも言えない深いコクを醸し出している。乱暴にぶつ切りされた肉は硬く独特の臭みもあるが、旨味もまた強く味わい深い。屋敷では味わえない、野趣に溢れた美味に舌鼓を打った。
「こりゃうまい!」
自分の様子を見た村長が嬉しそうに微笑む。歓迎してくれているようでありがたい。
「貴族のご令嬢に出していいものやら迷ったのですが、ありがてえことです」
「こやつはハークレイ家の血が濃いからのう。この様子ならば大丈夫じゃろう」
「ん? 大丈夫って?」
「今から3ヶ月、ここを拠点とする。村の狩人から狩りを習え」
「魔獣退治ですか」
「それもだが、山の中で過ごすことで魔力を研ぎ澄ませ。自分の中の魔力、自然の魔力、魔獣の魔力、それらを感じ取るのじゃ」
「はい」
チャクラが開いた後は、それを制御するのが課題だと言ってたな。
ここに連れてこられた理由がわかってきた。ひたすら魔獣と闘うスパルタ方式じゃなくて少し安心した。
「この村の男衆は、腕に覚えがある者も多い。普通の魔獣ならこやつらが瞬く間に倒してしまう。それだけこの村人は手練ということじゃ。言うことはよく聞け」
「はい!」
と、私が強く頷くと村長が慌てたように話に入ってきた。
「いやいや……いくらお館様が見守っているにしても、この歳で一人で、しかも素手で魔獣を狩るなんて豪の者はそうはおらんですよ……」
「あれ? そうなの?」
と、周りを見ると、男達はあさっての方向を見た。
ちょっと誰か目を合わせてくれよ。
「……という具合じゃが、狩りとは力技だけでなんとかなるものではない」
「私は力技以外のアプローチが許されなかったんですが」
「それはさておき」
いや俺の話を中断させないでくれよ。
「村長、どうか孫娘のこと、よろしく頼みますぞ」
「お館様の頼みとあらば是非もありませぬ。承知仕りました」
そういうことになった。
★★★
村の鼻っ柱の強いジャリタレが、魔獣を退治したなんて嘘だろうなどと難癖を付けてきたが、とりあえずそいつ含めて歯向かうガキども全員まとめて投げ飛ばした。屋敷と違って誰も私を怒らなかったどころか「流石はお館様の血じゃ」などと男衆に喜ばれたので、内心ツッコミ待ちだった私としては肩透かしを食らった感じだ。むしろガキどもが子分のような顔をして何をするにも後ろをついてくるようになってちょっとウザい。お前たちその年で女のケツ追いかけるようじゃロクな大人にならんぞ、と叱るとますます嬉しそうな顔をして困る。
と、子供らのカーストの上に立ったとはいえ、私も山での生活はヒヨッコ同然だ。大人たちに混ざって狩りをするのは足を引っ張るようで申し訳なく思ったが、謙虚にお願いすると男衆は皆しまらない顔をしながら何かと世話をしてくれた。なんかアイドルみたいな存在になってしまっている気がする。前世は男なのでそこも少々申し訳ない。が、それはそれとして使えるものは親でも使う精神で生きていこうと思う。
「……弓の使い方も堂に入ってるな」
「矢にも上手く魔力を乗っけている」
「皆様の教えが良いからですわ」
などと言えば顔を緩めて狩人の秘密の技を教えてくれる。チョロいぜ。
というか実際、彼らから学ぶことは多い。まずここで暮らす上で最初に覚えたのは、自分の魔力を抑え、隠すことだった。チャクラに目覚めたばかりの人間はすべからく狩りが下手くそになるらしい。気配や殺気がダダ漏れになるからだ。特に野生動物はそれを敏感に察知し、兎や鹿のような小動物は遠くはなれていても察知されて逃げられるので姿を見ることすら困難だ。逆に魔獣のようにチャクラに目覚めている生き物からは脅威を排除しようと積極的に襲ってくる。だから山に入る前にかくれんぼのような修行をしたが、始めは誰一人として見つけることができなかった。ここの狩人達はほとんどチャクラに目覚めてる上、そこから自分の魔力や気配を隠すことにも物陰を利用して隠れることにも凄まじく熟達していた。魔獣を退治したことで自分の魔力を引き出すことはできるようになっていたが、この修業を通して魔力を抑え気配を消すことを覚えるには一ヶ月近くかかった。狩人達からは「ずいぶん早い方だ」と褒めてくれはしたが、それでも彼らに追いつけるほどではなかった。くそう。
そしてようやく村人とともに一緒に狩りに出かけられるようになった。私は生きるか死ぬかの戦いをしてなんとか魔獣を仕留められたが、彼らは器用に自分の魔力を抑えて身を隠し、素早い手際で魔獣を射殺した。弓矢だけではなく、魔法を使う者も居た。氷の矢を飛ばして器用に魔獣の首を貫いたり疾風で切り刻んだりなどだ。そういえば実践的な魔法を見たのはこれが初めてだ。着火したり擦り傷を直したりといった簡易な魔法は屋敷でも見たのだが。ともあれ、自分のどろくさい戦い方とはまったく違った、スマートかつ安全な手際だった。
お祖父様にそれを話すと、
「戦いの極意はそれじゃ」
と言った。
彼我の力を知り準備を万端にすることこそが勝利の秘訣であると、滔々と語った。
「とはいえ、不意打ちや予期せぬ戦いはいつ何時起こるかわからんからな。それもまた戦よ。修練を欠かしてはならんぞ」
などと教条めいた話で締めるが、いきなり丸腰の少女を獣の目の前に放り込むのはやっぱりおかしいんじゃねえの、と抗議するとお祖父様は罰が悪そうに目を背けた。村人にも「いくら魔力が使えるにしても流石に厳しすぎだろう」と後で怒られていたらしい。
そんなわけで、屋敷を出て2ヶ月目以降は完全に狩人として暮らしていた。
私には貴族令嬢としての生活がわからぬ。デジレは狩人である。弓を引き、猪を狩って暮らしていた。邪悪に対しては別に敏感ではないが、自然と触れ合う内に魔力に対してはかなり鋭敏になった。ある程度距離のある場所でも気配がダダ漏れの魔獣ならば察知できるようになってきた。自然の中に入り、鋭く観察し、深い集中をしていくことで魔力への感性を高めることがこの修業の本質だったのだろう。自分の感覚が研ぎ澄まされていくのは感動だったし、狩人生活そのものも楽しかった。
だが、少し困ったこともあった。村に派閥ができたことだ。




