1話
ゴスロリのデブ女が鈍重ながらも落ち着いた所作でくるりと回転し、そのラフレシアの花弁のごときフレアスカートからは鎖鎌や鎖分銅、飛び苦無や投げ銭といった暗器が四方八方に打ち出される。
周囲の有象無象が打ち払われたのを確認する前に俺はコマンドを入力し硬直をキャンセル。突進技を入力することでダメージコンボが継続。そして小技と必殺技を織り交ぜて56コンボにつながる。
「にーちゃんにーちゃん! すげーよ!」
「ふっ……落ち着け妹者」
「こんな扱いづれーキャラ極めるなんてマゾヒストの鏡だよ!」
「もっと純粋に褒めてくれ妹者」
俺こと五十嵐文彦は平日の昼間から兄妹仲睦まじく、据え置き型ゲームをプレイしていた。
妹、フルネーム五十嵐早苗は花の女子高生になったというのにまったく色気というものがなく、俺以外の男友達でも作って欲しいと常々思っている。だが男友達どころか同性の友達すらもあまりいないぼっちであり、つまりは悪いところばかり俺とよく似ている。俺のような浪人生にはなってほしくはないのだが。
他にも共通点は多い。ひょろっとした体、天然パーマで視力が悪く、さりとてコンタクトを入れるのも怖い。顔の作りは妹のほうが遥かに良いのだが、二人並んで居ると「ちょっと気持ち悪いぐらい似てる」などと言われてしまう。
だがそれよりも大事な共通点は、俺もこいつもゲーマーということだった。
お互いに大学受験を控えているというのに楽しいゲームがたくさんリリースされるから困る。
「しかしこのゲームも無駄に凝ってるな……3D無双ゲーなのに格ゲ―よりもプレイ感がシビアだ。乙女ゲームの派生作品なのに」
「にーちゃんも原作ゲームやろうよー。いいじゃん男が乙女ゲーやったって」
「そうは言うがな、流石に兄ちゃん、乙女ゲーに入れ込むのは抵抗があるんだ」
「気にしないって。あと別にこそこそ隠れてギャルゲーやんなくていいよ私もやりたいから」
「そこは隠れさせてくれよ! つーかバレてんのかよ!」
さて、俺達がプレイしている『リュミエーレ王国純愛奇譚 無双』は、元を辿れば乙女ゲームだ。
主人公の女の子の視点となって、封建制の王国の男性キャラとのハッピーエンドを目指すという、ありふれた恋愛ゲームだった。『リュミエーレ王国純愛奇譚』というタイトルのゲームは、丁寧なシナリオや豪華声優陣の熱演、新進気鋭のイラストレーターの起用など様々な相乗効果を発揮したために、なんとこのジャンルでは珍しいことに50万本を超える大ヒット作である。アニメショップに行けば必ず関連グッズは売っているし声優によるラジオも長いこと続いている。据え置きゲームのみならずPCや携帯ゲームなどにも移植され、この手の女性向け恋愛ゲームとしては入門編であり登竜門というポジションだ。よって、続編の期待も大いに高まっていた。
――が、なんとその途中でゲーム開発の舵取りをしていたメーカーの中心人物が急性心不全で他界。未だ企画段階でシナリオもまったく完成していなかったリュミエーレ王国恋愛奇譚の続編は闇に閉ざされ――るということを、会社が許さなかった。昨今のゲーム不況、絶対にあたる二匹目のドジョウを逃すというのはありえない。
だがその中心人物の抜けた穴を、他のクリエイターに埋めさせるのは無理があった。偉大なる前作の固定ファンを納得させる人物というのは居ないのだ。なにせクリエイターが死んでしまったのだからもはや伝説に等しい。
企画会議は踊り、回り、のたうちまわり、一回休んでふりだしに戻るような紆余曲折を経たらしく、最終的には何故か『無双系アクションでいきましょう』という結論になった。
どんな判断だ! と前作信者は激昂する……に見えて、「メーカーから多少なりとも新規シナリオが供給されるならばなんでもよい」の境地に達していた。シナリオ部分については慎重に慎重を重ねた。前作の企画資料や没となったおまけシナリオといった遺産をかき集めてテキストに起こしてキャラクター崩壊を極力防ぎつつ、その一方でこれといってファンの思い入れのなさそうなちょいキャラは大胆に肉付けされた。また、アクション部分は相当に作り込まれた。
ゲームの操作方法そのものは簡単だ。というか乙女ゲーをプレイする層にあわせて難易度は抑えられて作られた。十字キーでキャラクターを敵の方へ移動させてボタン連打していればクリアできるし、アクションとシナリオを融合させた展開を誰でも楽しめる納得のバランスだった。特にプレイアブルとなった主要男性キャラクターは、イベントCGでしか楽しめなかったアクションが簡単操作で縦横無尽に動き回り原作ファンを唸らせた。
が、このゲームの真価は、クリア後のおまけ要素にこそあった。
基本的なプレイアブルキャラクターは主要男性キャラ7人+主人公1人の合計8人だ。しかし一度ゲームをクリアすることで他のサブキャラクターも操作可能になる。これといって人気のない恋の鞘当てポジションやライバル女性、モブの男性キャラや敵キャラ、「そういえばこんなキャラもいたなぁ」という微妙なキャラクターなど、総勢100人近くに及ぶ。そのキャラクターごとにシナリオと個性的な必殺技が用意された。同時に難易度のキャップも外されてシビアかつ刺激的なやりこみゲーへと変貌する。わけても特徴的なのは、今俺がプレイしている「デジレ・ハークレイ」という百貫デブだった。
「にーちゃん、1貫は3.75キロで、100貫だと375キロだから流石にそこまでじゃないよ! 設定資料によれば138キロだよ!」
「モノローグにつっこみいれないで妹者」
このデジレちゃん、本来のシナリオならば悪役……というか、悪役未満である。賑やかしキャラと言ったほうが適切かもしれない。攻略対象の男性キャラの従妹であり純然たる貴族なのだが、主人公を妬み嫉み、金に物を言わせて取り巻きをけしかけたり、ギャグみたいなトラップをひっかけようとする。だがいつもいつも返り討ちにあったり自分の罠にひっかかったりしてしまう、そんな憎めないアホの子キャラだった。だがシナリオが進みコメディパートが鳴りを潜めてくると主人公を脅かす本物の悪党に利用されて、ついには命を落としてしまう。メタ的な目線で言えば、コメディ的な日常の終わり、起承転結の「転」への切り替えを示す舞台装置といったところだろう。
それを不憫に思ったのだろうか、単に面白がったのか、この『リュミエーレ王国純愛奇譚無双』ではひどくピーキーでトリッキーな性能に設定された。
まず体力が低い。メインキャラの体力を100とするならばこいつは30程度の紙装甲。難易度によってはメインキャラの必殺技の直撃一発で死ぬ。そして次に技の難易度が高い。通常のキャラクターならばボタン連打や同時押し、長押しなどで技が発生するところ、こいつはリズムゲーや格ゲ―並のシビアなタイミングでコマンド入力しないと十全には動かせない。他にも必殺技の効果範囲や軌跡がおかしかったり無敵時間が短かったり成長性が悪かったりと、完全にアクションゲーム熟練者向けのバランスだった。他にも何人かピーキーなバランスのキャラはいるのだが、トリッキーキャラナンバーワンは誰もがこのデジレを挙げるだろう。
つまりは、だからこそやりこみ甲斐があった。
「よし、もうちょっとで難易度スペシャルハードやりこみモードで百人斬り達成だ」
「そんなマゾ記録立てるのにーちゃんくらいだよ……」
「他プレイヤーの実績記録見たら誰も達成してないから日本で俺一人だけだぜ」
「これ達成すると隠しシナリオ出て来るってウワサ本当かなぁ……?」
「いやー流石にねえだろ。というか記録上誰も達成してないんだから、開発者でもない限りわかんねーって」
俺は妹と話しながらも精神は画面とコントローラーに集中していた。リズミカルにボタンを押していく。ここまで来るとモブ敵の攻撃一発くらうだけで形成が逆転する。それらを蹴散らして敵軍の中央にいるネームドキャラクターを倒さねばならない。ちょうどやりこみモードの100ステージ目の敵は、一番人気の男性キャラ、ダミアン=レーンであった。プレイアブルキャラにおいては間違いなく最高性能。移動スピード、攻撃力、必殺技の使い勝手、どれを取っても一級品だ。また原作ゲームにおける人気も高い。洒脱さ風雅さがありつつも根は真面目。尊大のきらいはあるが自分が認めた人間にはとても優しい。ルックスもイケメンだ。そして何より妹の推しキャラである。
よっしゃ全力でボコろう。
「どうだ妹者。お前の推しキャラが兄の手によって無残に負ける姿は!」
「それはそれでサディスティックな気分で悪くないよにーちゃん! 被ダメボイスや敗北ボイスもグッと来るし!」
「お前ツワモノだな」
「でもやっぱりダメージ食らってるときの渋みで言うとランベールかなー。あと羅海くんも悪くない」
「ランベールはデジレちゃんの従兄設定だろ、ボコるに忍びない」
「いや忍びないなんて言う人はこんなチャレンジしないから」
なんて冗談を交わしつつも俺の目と指と全神経は攻略に費やされた。コンマ秒でもズレるだけですべてがご破算になる。ダミアンは剣閃を3ウェイ弾のように飛ばす。次のヤツの行動は螺旋状にエネルギー弾を放つ技だ。こちらは突進技を小刻みに放つことでそのエネルギー弾と等速で移動し後ろに回り込む。7手読み切った先に訪れるCPU側の僅かな硬直タイミング。そこに最大威力のコンボを叩き込む。敵CPUのゲージが削れるがそれでもすぐに態勢を整えてこちらに反撃をかましてくる。針の糸を通すような、舞台の上で音楽を奏でるような、繊細な作業の果てにようやくゴールが見える。ダミアンの連撃技。この攻撃の継続時間は弱中強のボタンのどれを使用するかによってゆらぎが発生する。だが発動モーションそのものは全く変わらないためここを読み違えるとすべてが台無しになる。
「うおおおおおおおっ!」
「にーちゃんちょっとうるさい」
行動を入力。自動的に指が動いた。あるか無きか、ほんの僅かな硬直。
タイミングがまったくズレることなく決まり、ダミアンの体力ゲージはすべて空になった。
画面右上に、金色のメダルのようなアイコンが祝福の電子音と共に現れる。
「……おおっ、やったよにーちゃん! 実績解除! しかもこれ到達者数一人ってことは!」
「ふっ……」
「兄ちゃんが世界で一番、このデブ女を愛した男ってことだよ!」
「もうちょっと格好良く褒めてくれないかな妹者よ。ともかく疲れた。そろそろ晩飯にしようぜ……何が良い?」
「カレーライス!」
「またか」
「いやだってにーちゃんカレーくらいしかまともに作れないじゃん。私が作っても良いけどさー、それだと食事当番不公平だしさー」
などと愚痴りながらも妹はホクホク顔でクリアした画面をパシャパシャ撮っている。まあ良いさ、SNSにでも上げて存分に俺の功績を喧伝してくれ。
「メイドのアリアちゃんですら最高難易度での百人斬りは居ないのにさー」
「アリアちゃん弱いけど普通に可愛いしおまけシナリオも面白い。恵まれてるキャラを極めてもつまらん」
「判官びいきだねぇにーちゃんも」
さて、あとは達成スコアの画面も写真も取っておこう。このキャラクターとしてのスコアも恐らく最高点を取ったことだろう。と、ボタンを押して確認しようとした、丁度そのときだった。
「ん、反応しないぞ。まってくれこのタイミングでフリーズは無いだろ……!?」
「ええー! それはこまるよー!」
レバガチャしてもうんともすんとも言わない。
おいおいおい、この3時間の苦労が……と、ぐったりとした気分になっていたら、画面が動き出した。
「……あれ?」
動いたのではない、妙に解像度が高くなった。まるで実写のような質感。
画面の中に、本当に生きている人間が居るかのような……。
見惚れるように画面を見る。見る。目を話すことができずに、ただ見続ける。
見ているうちに、次第にドットがなくなっていく。繋ぎ目のない生物的な光景。
画面が広がる。
まるで、画面の中がもう一つの世界であるかのような。
むしろ、こちら側が画面の中で、向こうの世界こそ現実であるかのような。
そして、俺は、どちらの世界に居るのか、曖昧模糊となって――
そしていきなり画面が消えた。
「ぬわー!!!!!!??????」
「うっそおおおおおおおおお!!!!!!!」
な、なんてことだ、俺の数時間の努力の結晶が……!
「あ、でも大丈夫だよ、実績解除のデータはアカウントに保存されてるし……でもなんだろ、停電かな」
「そっか、データは生きてるか。電気の方は……ブレーカー落ちたんじゃねえの? ちょっと見てくる」
座りっぱなしで重くなった腰を持ち上げようとして、足元の違和感に気付いた。
揺れている。
しかも横ではなく、縦だ。
「あ、あれ、やばいぞ……」
縦揺れが止まらない。
しかもゆっくりとゆっくりと、揺れが強くなってくる。
日本人ならば半数以上がわかるであろう、ここから更に凄まじい揺れが来る兆候の、粘ついた地面のゆらぎ。
「まずい、早苗、伏せろ!」
★★★
「いってててて……」
頭がくらくらする。
なんだこりゃ……いったいどうなってる。
びゅうと風が吹いて頬を撫で、緑の匂いが俺の鼻孔をくすぐる。
……あれ、窓空けてたっけ、エアコンつけてたのに。
手が、何か湿ったものをつかむ。
雨露に濡れた草だ……俺はマイホームで妹とゲームをしていたのに。
って、あれ? 自分の手が……小さいぞ?
指もまるまるとしていて短い。まるで子供……幼児のてのひらだ。
「ああっ! 誰か! 治癒の使える者は!」
やたらと大きな体の、古風な洋服を来た女性が俺の体を持ち上げた。
「うおっ、ちょ、ちょっと待って! 降ろして! 大丈夫だから!」
「あっ、申し訳ございません! 気づかれましたか!?」
やたら背丈の高い女……と思ったが、違う。俺の手足が縮んでいるのだ。
しかも服も、裾が泥で汚れてはいるがまるでドレスのようなフリフリの……というかドレスだ。
眼の前に居る恰幅の良い女性以外にも何人かメイドや女中のような人間が辺りにいるようで、水を張ったタライを持ってきた。
「さ、デジレ様、顔と手をお洗いなさいませ」
誰かは知らないが、この混乱した頭にはありがたく感じる。
ありがとうと言って桶の中の水を見る。
今の天気は晴れ晴れと冴え渡っていて、水に写った自分の顔が、それはそれは鮮明に目に入った。
「女の、子……?」
風に舞う長い赤髪。
緑色の目。
ふくふくとしたほっぺた。
ひらひらとしたスカート。
そこから伸びる、ぷにっとした脚。
紛れもない女の子が、そこに居た。




