下駄箱を開けたら暗号文が入っていたんだが……
「何だ?」
登校し下駄箱の蓋を開けた俺が目にしたのは、上履きの上に置かれた一通の手紙だった。便箋は淡いピンク色で、縁には桜の花のマークがプリントされている。
人生17年目。高校二年生にして初のラブレターかと胸を躍らせつつ、内容に目を通すと、
「……何だこれは」
意味の分からぬ怪文書。
それが初見の印象。
入っていたのが下駄箱ではなく自宅の郵便受けだったなら、気味が悪くて破り捨てていたかもしれない。
手紙の内容はこうだ。
報せというのは、火のようなものだ。
後になるほど、臆することになる。
情というのものは、荷でしかない。
手にすればこそ、男は間を知る。
死してなお手にしたいのは、今という巣なのである。
続木遥より。
「続木ということは、俺への挑戦状か?」
差出人が続木ならば、この怪文書? の意味合いも変わってくる。
続木遥はミステリー研究会に所属する一年生で後輩にあたる。
俺自身はミステリー研究会所属ではないのだが、三ヵ月前に校内で起こったちょっとした事件(警察沙汰になる程のものじゃない)の解決に貢献して以来、続木に一目おかれてしまったようで、時々ちょっかいを出されるようになった。
ちょっかいといっても、自作の推理クイズを俺に出題したり、推理小説の犯人当て勝負を挑んで来たりという、可愛らしいものばかりだ。
余談だけど、続木自身もかなり可愛いので、ちょっかいを出されても悪い気はしていない。
そういった経緯から考えるに、今回の手紙も続木からの挑戦の一環だろう。
意味を持たぬ手紙を入れるとは思えないので、これは恐らく暗号。
続木はきっと、俺が暗号を解けるかどうか試しているのだ。
俺は別にミステリーが好きなわけではないけど、暇潰しくらいにはなるかと思い、教室で解読を試みることにした。
解読のヒントの類は記載されていない。
おそらく、ヒント無しでも解けるような暗号ということなのだろう。
文章の内容は一見すると哲学的な内容のようにも思えるが、実際には意味などないと考えた方が自然だろう。
これは、暗号を作るために用意された文章だ。内容はさして重要ではないはず。
内容が重要でないのなら、他に注目すべき点は――
「文章を構成する物」
文章を構成する物。それは当然文字である。
文字の配置や字数に秘密が? いや、ヒント無しということを考えれば、そこまで複雑な謎は用意していないはず。
もっとシンプルに考えよう。
意味があるのは、文字そのものなのかもしれない。
文章を構成するのは、漢字とひらがな、句読点なわけだが、その中でも俺が気になったのが――
「短い文章とはいえ、熟語が一つも使われていない」
例えば『荷』という字。文章に組み込むなら、『荷物』と表現しても良さそうなものを、あえて『荷』と一文字で表現している。
ただの引っ掛かりに過ぎなかったが、俺の意識は漢字へと向いた。
漢字のチョイスに何か意味があるのではないか?
そう思い、漢字を注視して全体を見返してみると、
「なるほど。そういうことだったか」
やはりポイントは漢字だったようだ。
今の俺には、この手紙は怪文書ではなく、意味のあるメッセージとして認識出来ている。
「それじゃあ、後で行ってみることにするか」
答え合わせは、続木のお望みの場所でするとしよう。
「来ましたね。先輩」
「続木がいるってことは、ここで合ってたみたいだな」
放課後に屋上を訪れると、どこか嬉しそうな様子の続木が出迎えてくれた。
「答えは分かりましたか?」
「ああ、だからここに来た。暗号の答えは『放課後屋上にてお待ちしています』だろ?」
「正解です。流石は先輩」
「お前からの出題にしては、随分と簡単だったな」
あの暗号文を解くヒントは漢字にある。
文章の中に使われていた漢字は、上から順に、
『報』、『火』、『後』、『臆』、『情』、『荷』、『手』、『男』、『間』、『知』、『死』、『手』、『今』、『巣』、となる。
これらを繋げ、言葉として意味を成す読みに変換すると、
報(ほう) 火(か) 後(ご) 臆(おく) 情(じょう) 荷(に) 手(て) 男(お)
間(ま) 知(ち) 死(し) 手(て) 今(いま) 巣(す)
『放課後屋上にてお待ちしています』となるのだ。
「それで、俺に何の用だ?」
「……どうしても、先輩に言いたいことがあって」
「俺に?」
「はい。確実に来てもらえるように、暗号の難易度は低めに設定しました……照れ隠しの意味もありますが」
「照れ隠し?」
俺が聞き返すと、続木は赤面して俯いてしまった。
何と声をかけていいか分からずしばし沈黙が流れたが、続木が覚悟を決めたように顔を上げた。
「先輩。私、先輩のことが好きです!」
「えっ?」
思わぬ展開に、俺は頓狂な声を上げてしまった。
「三ヵ月前の事件で先輩に出会って以来、いつも先輩のことで頭がいっぱいで、クイズを出したりしてたのも、気を惹きたかったからで――」
続木は頬を紅潮させながら、必死に思いを伝えて来た。
彼女が俺を呼び出すために寄越した暗号文。あれは、れっきとしたラブレターだったんだ。
人生初のラブレター。俺、ちゃんと貰っていたんだな。
「――先輩。私と付き合ってください!」
続木は勇気を出して俺に告白してくれた。
しっかりと返事をしてやらないとな。
俺の心は決まった。
「続木、俺――」
了
告白の行方は、読者の皆様の想像にお任せいたします。
思いつくままに書いてみましたが、推理モノってやっぱり難しいですね。
機会があれば、じっくりと内容を練った推理モノにも挑戦してみたいです。