ある男の話
これは、ある男の話である。
名前はあるが、特に必要性を感じないので述べないでおく。年齢も同様だ。
冴えない男であった。生まれた時から現在まで、男には起伏というものがなかった。
喧嘩をしたことがないのは、友人がいないからだったし、失恋をしたことがないのは、告白したことがないからで、受験に失敗したことがないのは、そもそも受験したことがないからだ。
成功はないが失敗もない。人生がバランス理論で成り立つならば、失敗も成功も経験している者と何一つ変わるまい。
いやむしろ、成功者と呼ばれる人間は若いときにたくさんの失敗をしてきたと言っているし、そもそも成功者の呼ばれる人間がわずかなことを考えると、おそらく人間は失敗の方が多い。
よって自分は正しいことをしている。何もしていないのでやってはいないのだが正しい存在だろう。
だがまあ、これは当然の帰結であるが、男は何か引っかかるものも感じていた。
これだけ合理的に幸せを追求しているのに、自分は何を考えあぐねているのだろうか。ああそうだ、これは味気なさだ。物足りなさだ。
自分が何もしないということは、他人に何もされない。何もされないということは、自分は他人にとってなんでもない。存在ですらないのだ。