一時帰宅……みたいな
「シュロ! よく来た。リディクラス侯爵家はどうだ? 何か困ることはないか? 戻りたければいつ戻ってきてもいいんだぞ? ああ、もちろんリディクラス侯爵家が気に入ったのならば、好きなだけいてもいい。ただし、たまには顔を見せに来てくれ。心配するからな」
………ちなみにこれ、私たちが城について個人的な謁見だからとカイウィルの執務室に行った後の結果。いきなり抱きしめられて、一息に先ほどの言葉を言われたのだ。カイウィル、苦しくないのか。
というか、カイウィル。まず離せ。そんな意味を込めて、腕でカイウィルを引きはがそうとするのだが、私を抱きしめるカイウィルの力が思いのほか強すぎて、はがれない。
「カイウィル、離してくださいっ!」
「いいじゃないか、少しくらいっ!」
「カイウィルのそれは、少しじゃないですからねっ!?」
ちょ、カイウィル? 痛いですからっ! いたっ、痛い痛い痛いっ!
「陛下」
そうしていると、ついに宰相が助けを出してくれた。宰相はカイウィルを呼び、カイウィルを引き離す。その際、カイウィルが嫌そうな顔をしていたが、見なかったことにした。
そして、カイウィルが離れた瞬間に、私はしっかりと避難する。……ガーネット、匿って!!
「シュ、シュロ?」
「カイウィルのそばにいると、また捕まりそうで怖いんで」
「そうですね。ガーネット、しっかりとシュロ様をお守りするように」
「もちろんです」
「陛下はシュロ様に、あまり近寄らないようにしてくださいね。シュロ様が怯えます」
そうやってガーネットに隠れると、ガーネットはしっかりと隠してくれ、そして宰相も味方に付いた。よっしゃ、助かった!
「し、しかしだな?」
「何ですか?」
ちなみに、なおも食い下がろうとしたカイウィルを、宰相はにっこりほほ笑んで黙らせた。おお、強い。今度から、カイウィルのことでガーネットにどうにもできないことがあったら宰相に相談しよう。……………怖いけど。
というわけで、現在の私はしっかりとガーネットに引っ付いて、椅子に座っている。カイウィルと宰相は、テーブルを挟んで向かい側だ。
「ああ、そうでした。陛下、家の母より手紙です」
「手紙? リディクラス侯爵夫人からか。もらおう」
カイウィルが言うと同時に、ガーネットからその手紙を受け取り………………すっごい嫌そうな顔をした。
「シュロ、帰ってこないか? そうだ、帰ってこい。な?」
「え?」
「帰っておいで。帰ってきてくれ、頼むから」
「カイウィル?」
「何々? 陛下さえよろしければ、シュロ様を引き取らせていただきたい……? ああ、そう言うことですか。シュロ様、リディクラス侯爵家のお子になりたいですか?」
「へ?」
「リディクラス侯爵夫人……叔母上から、シュロ様を引き取らせてほしいと、手紙に書いてあったのですよ」
……………え?
「叔母上たちは、よほどシュロ様をお気に召したようですね。シュロ様は、いかがです?」
「え? ああ、楽しいですけど………」
「では、頭に留め置きください。叔母上もお喜びになられるでしょう」
「ちょっと待て! 義兄の許可無く―――っ!」
「陛下は少し黙ってくださいね」
「あ、おい! ミドガルド!!」
「シュロ様、部屋を変えてお話しましょうか。ガーネットも来なさい。陛下は執務をきちんとしていてくださいね」
「あ、おい! ミドガルド!」
「さあ、同じことを繰り返し言うしか能がない陛下は大人しく、執務に励んでいてくださいね。さあ、行きましょうかシュロ様」
……なんていうか、宰相の恐ろしさを知った瞬間。見事にカイウィルを黙らせた。そして私は宰相ではなくガーネットに手を引かれて、移動することになった。
ちなみに、今回の移動の際は魔法を使ったりせず、ただ、ガーネットに任せた。段差とかあったら教えてくれるし。ガーネットも、私が魔法を使って歩いているときと使わずに歩いているときの区別がついてきたらしい。
「シュロ、後五十歩くらい進んだら階段だから、気を付けてね」
「りょーかい」
「その階段を降りたらすぐの部屋が目的地です。私の城での私室ですから、陛下の乱入もないでしょう」
宰相の私室って…………それだけで怖いわー。なんとなく怖い。
「……シュロ? なんか歩くの遅くなった?」
「いや………なんとなく………」
宰相への恐怖から、ね。
「……どうしたの? 具合悪くなった?」
「え?」
「具合悪いなら、ガイ先生のところに連れて行くけど」
ちょっと待て。何でいきなり具合悪いとかそう言う話になるの?
「大丈夫だからね!?」
私が即座にその返事を返すと、なぜかすぐにガーネットの手が私の額に伸びた。
「熱は………ないね。でも一応、ガイ先生のところ、行っておこうか」
「大丈夫だって!」
どうしてすぐ、私をフィー先生のところへ連れて行こうとするか!? 熱も無いんだから大丈夫だって。ね?
「ガーネット、シュロ様も大丈夫だと仰られているし、様子を見よう。途中で具合が悪そうに見えたら、フィガイラ殿に見ていただこう」
「そうですね。シュロ、無理したらダメだからね」
「してないってば」
本当にさぁ、何でそんなに心配ばっかりするかな。大丈夫だというに。…………しかし、ガーネットもカイウィルも宰相もリディクラス侯爵家のお二人も、どうしてそんなに無駄に心配するんだろ。大丈夫なのに。
……ちなみに、理由に私が子供だからとか言ったらキレてやる。リアルでは十六だもん。現役女子高生だもん。
「あ、シュロが拗ねた」
「拗ねてないもん」
「拗ねてるよね、それ。ほら、機嫌なおして」
そうして拗ねていると、ガーネットに指摘されたため否定しておく。
その間にも宰相とガーネットは歩を進め、宰相の私室へと足を踏み入れていた。
「お帰りなさいませ、ミドガルド様。ようこそいらっしゃいました、シュロ様、ガーネット様」
「ただいま、リエラ。シュロ様、彼女は私の専属侍女のリエラです。リエラ、自己紹介をして、お茶を頼む」
「はい。シュロ様、私はリエラ・ミュエル・ミゼイラといいます。ミドガルド様の専属侍女として働かせていただいております。よろしくお願い致します」
「あ、よろしくお願いします」
「では、お茶の支度を致します。シュロ様方は、そちらのソファーでお待ちください」
そして、リエラさんに指示されたソファーにつくと、少ししてリエラさんがお茶を出してくれた。あ、おいしい。
「さて、ではリエラはそちらの控室で待っていなさい。何かあったらすぐに呼ぶので」
「畏まりました。失礼いたします」
そして宰相がリエラさんを控えの間に追いやると、なんだか意地の悪そうな顔をする。あ、嫌な予感。
「で、シュロ様はどうなさいます? 叔母上の望み、叶えて差し上げるんですか?」
「まだ、そこまで考える余裕はないです」
「まだ、ですか。ではいずれは、考えるんですね」
「それは……まあ………」
「ところでシュロ様、リディクラス侯爵家はいかがです? 叔母上たちには、よくしていただいていますか? まあ、あの叔母上方ですから、心配は杞憂だと思いますが」
「よくして、もらってます。楽しいです」
「でしょうね。よかったです。シュロ様が幸せであることが、陛下の願いでもありますからね」
………それは、なんとなく分かってる。カイウィルが私を大事にしてくれていることも知ってる。カイウィルが一番、私の幸せを願ってくれていることも。
だってカイウィルは、私をいつだって一番に思ってくれた。私が怪我をして帰ってきたとき、カイウィルは仕事で忙しいだろうに、出来るだけそばにいてくれた。魘される私を起こしてくれるのは、いつだってカイウィルだった。魘されて、泣いていた私を宥めてくれた。時折焦りながら、わたわたとしながら宥めてくれた。
それを考えると、やっぱり私の家族はカイウィルなんだと思う。
でも、私はいつか。いつの日か、カイウィルとはこの義兄弟の契りを切る。私がもっと成長したら、強くなったら。カイウィルの庇護がいらないくらい強くなったら。―――その時、私はまた一人になる。
「私は…………」
「うん? どうかなさいましたか? シュロ様」
「いや……何でもないです」
私は、結局どっちにもつかないんだと思う。カイウィルにも、リディクラス侯爵家にも。
「まあ、私としてはシュロ様にはリディクラス侯爵家の人間となっていただきたいですがね。……そうすればいとこになりますし」
「ないですね!」
宰相といとことか、ないわー。
「……即答でしたね。少々、がっかりしています」
「お兄様。お母様には、シュロはお兄様が嫌で養子を嫌がったと伝えておきますね」
「ガーネット!? やめなさい、それは私が危ない!!」
「へ?」
「叔母上は怖いんですよ、シュロ様。怒らせないよう、気を付けてくださいね」
私があまりにも即答で、しかもはっきりとその言葉を告げたためか、宰相がしょんぼりとしている。そしてガーネットがそれにとどめを刺した。
というか、リディクラス侯爵夫人が、お母様が怖い? 私が今のところ見た感じでは、怖そうに見えなかった。でも、宰相は本気で怯えてるよね。
「ガーネット」
「分かりました、言いません。シュロも内緒ね?」
「はいはい」
しかし、本気でお母様怖いんだな。宰相がここまで恐れるとは。
「まあいいでしょう。ここで少し休んで、陛下のところへ戻りましょう」
「そうですね」
「リエラ! リエラ、お茶のお代わりを頼む」
「畏まりました」
そうしていると、宰相がリエラさんを呼び、お茶のお代わりを頼む。あ、私はまだあるから大丈夫ですよ。お代わりはいいです。
「ですが、もう温いでしょう? 入れなおしますので……」
「熱いと飲めないので、これで大丈夫です」
「そうですか。でしたら、ガーネット様はいかがですか?」
「私はもらうわ」
ガーネットがいうと、リエラさんはすぐにガーネットに断ってカップを取り、それに鮮やかに美しく、お茶を注いでいく。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
「シュロ様は、別のカップに先に準備しておきますか? そうすれば、冷めて今のカップのものを飲み終える頃にはちょうどいい温度になっていると思いますが」
「あ、それいいですね。お願いします」
「畏まりました」
そうしていると、リエラさんは新たなカップを手にいい提案をしてくれたので、それに乗る。飲むときに適度に冷めてるのは、とっても嬉しいです!
それが顔に出ていたのか、ガーネットのみならず、普段は無表情な宰相やリエラさんもクスクスと声を出して笑っていた。リエラさんに限っては、私が気づいた時点で「申し訳ございません」と謝罪してきたが。
「シュロは可愛いね。いつまでもこんな可愛いシュロでいてね」
「……ガーネット、それは私に大人になるなと言ってる? 一回気絶してみる? それとも、電撃でも喰らったらまともなこと言うようになるかな?」
「ちょ、怖いからね!? やっちゃダメよ!?」
「大丈夫。やるのはガーネットか、私に敵意のある人くらいだよ」
「いや、私をその範囲から除外してよ!?」
「無理♪」
ガーネットは悉く私に喧嘩売るからね。今回は買ってあげる。電撃を喰らわせてあげる。雷の輪をプレゼントしたげるから。
「お、おにいさまぁ~、シュロが怖いですぅ……」
「それに関してはガーネット、お前が悪い。きちんと謝りなさい」
「う! ご、ゴメンねシュロ。だから、電撃は……やめてね?」
「もう………、からかったら嫌だよ?」
「うん」
うん、謝ったから一応許す。今は。
でも、次にまた同じようにからかったら、学習能力がないとみなして、今度は攻撃する。
「シュロってば、怖いよ。ゴメン、ゴメンって。ね?」
「ふんだ」
「わー、ゴメンってばぁ。許してぇ」
「宰相、私、ちょっと散歩してきます。一人で」
「一人は危ないでしょう。ガーネットを………」
「連れて行きません。ガーネットは嫌です」
「では、リディクラス侯爵家の兵を………」
「それはガーネットの護衛にしててください」
私は一人でも何とかできるし。むしろガーネットのほうが危険。ガーネットは私より弱いから。
だからね? リディクラス侯爵家の兵のみなさん? ガーネットの護衛に残ってろ。私は、どうせピルチもついてるんだからさ。
というわけで、ガーネットたちを置いて、一人のんびりとお散歩に行くとしようか。
……………で、あなたは何の用ですか? そこの、馬鹿どもよ。