リディクラス侯爵家
ガーネットに屋敷を案内してもらった翌日、あてがわれた部屋でぐっすりと眠ってご飯を食べて、そして今日は一人で探検である。迷子にならないよう気を付けつつ、迷子になったらすぐにガーネットに助けてもらおうと企みつつ。
というわけで、この屋敷からは出ないようにしつつ、お散歩である。たーのしいっ♪
「あら、シュロ様。そのままそちらへ行ったら、外に出ますよ」
「へ?」
「戻って、すぐに分かれ道がありますから。えっと、どちらから来たのですか?」
「右の方。じゃあ、左に行けばいいかな」
「そうですね。そちらの方へ行くと、客間がありますよ。今日はお客様もいらっしゃいませんので、どうぞ」
「うん。ありがとう」
そうして歩いていると、途中で遭遇したメイドにそのまま行くと外に出ると教えてもらったので、Uターンして、先ほど来た道とは反対の道へと進む。
そのまま進むと、客間になるのか。昨日も入ったから別に入らなくてもいいんだけど。でも、お客さんもいないなら、入ってこうかな。………どこか抜け道とかあったりしないかな。
そう思いつつ、客間へと足を踏み入れる。……こういうところは、飾ってある絵の裏に道があったりするんだが。そう言うのが相場だったりするんだが。
確か、城にも結構抜け道とかってあったんだよね。ゲーム時代に、探索魔法使ってたら抜け道を見つけた、なんてこともあったし。
だから、この屋敷にも抜け道がないか、探すか。抜け道を見つけとくと、いざというときに助かる。
それに、今の私は日常生活で普段からその探索の魔法を使っていることになる。まあ、改造して若干簡略化はしているが。
……………そして本当に、抜け道というか隠し通路があるんだよね。明かりもない暗い道。そこを、ただ魔法を使って歩いていく。まあ、歩くというよりは匍匐前進に近い形ではあるが。
……だが、ここにいると時間の感覚が分からない。もう、この隠し通路に入ってどのくらい時間が経ったのだろうか。……やべえ、まったく分からん。できるだけ早めに出口を探して抜け出さなくてはならないのだが、道が分からん。
そうしていると、やはり予想以上に時間が経っていたのだろう。ガーネットから念話が飛んできた。
『シュロ? 今、どこにいるの?』
「分かんない。抜け道に入って、分からなくなった」
『抜け道? どこから入ったの?』
「客間」
『…………ああ、あれね。あれ、途中で分かれ道になってたでしょ? どっちに行った?』
「んーと、左かな」
『じゃあ、それからしばらく進んだら、左の方に出るところがない? 確か、何か所かあるからさ。シュロがどのくらいそこにいるか分からないけど、どこかから出れるはずだよ』
「へ? そんなところあったっけ?」
左側に出るところ? あったかな、そんなの。そう思いつつ、とりあえず先に進んでみる。抜け道の出口を探せ。
しかし、こうやってると、やっぱり魔法は便利だと思う。日本では、こうやって話をするには電話など、手に持ってから離さなければならなかったため、何も持たず、何かをしながら話ができるのはいいと思う。………まあ、日常生活に関しては日本のほうが進んでるけどね。
そんなことを思いながら歩いていたせいか、一瞬左側に見えた光を見逃すところだった。危ない危ない、これか。
………って、ちょ! ガチャガチャ動かしても動かないんだけど! 出れないじゃんか!!
「シュロ!? ああ、ここの出口を見つけたのね。ちょっと待ってね。今開けるから」
「へ?」
「ここ、こっちからじゃないと開けられないの。壊れててね。ほかのところなら、そちらからでも開けれたんだけど」
「マジで」
「うん、マジで」
「………くっそう」
「シュロ、口悪い。ほら、食事の時間はもう過ぎてるんだよ。お父様もお母様も、シュロを待ってくださってるんだからね」
「っあ、謝らなきゃ………」
「そうね。お二人とも、かなり心配されてたんだから」
うあー、迷子になったせいでとことん心配された上に、食事を待たせてしまったのか。謝らなきゃ。
……というわけで、食堂についた瞬間に土下座しました。ごめんなさい。
「ど………土下座までしなくてもいいんですのよ?」
「そう、そうだよ! だからほら、席について。食事にしよう」
「……ごめんなさい」
「も、もういいんですのよ! シュロはしっかり謝ったでしょう? ね?」
「リーレの言うとおりだよ。さ、お腹が空いたろう? 食べよう」
ずっと土下座をしていると、さすがにお父様とお母様から静止の声がかかってきた。それでもしばらくそのままでいると、さすがにお父様に抱え上げられた。くそう、小さいって不利だ。
ちなみに今は、持ち上げられたままでぷらんぷらんとしながら席まで連れて行かれている真っ最中である。
「ほら、温かくておいしい食事だ。食べようね」
「そうよ。あなた、シュロを席につかせて。いただきましょ」
「ああ。ほら、シュロは席について。ガーネットもお腹が空いたろう? 食べようね」
「そうですね。シュロ、座って食べよ」
「あ、うん」
そしてしっかりと席につかされた。……目の前の食事が超絶においしそうです。じゅるり。
「よし、シュロの視線が食事に定まった」
「そうですね。これで、いいかしら」
「そうね」
こそこそ、こそこそ。お父様やお母様、ガーネットが話をしている、が、私の耳には断片的な言葉が入って来るだけで、すべての文章が入ってくることはなかった。まあ、気にする必要もあるまい。
「では、いただこうか」
「はいっ」
「いただきます」
「いただきましょう」
というわけで、いただきますっ! …………って、あつーっ!!!
「シュロ? ………ああ、ひょっとして熱かった? ほら、水口に含んで。しばらく冷ましてから、飲み込んで」
「ん!」
あちー、あちー。城での食事って、既に若干冷え気味だからここの食事が余計熱い。……くそう、この身体も猫舌だったか。
そう思いつつ、しっかりと氷の入った水を口に含む。口がまだひりひりするよぅ。
「大丈夫?」
「まら、くち、ひりひりふる………」
「よっぽど熱かったんだね。しっかり冷やしなよ」
「うん」
うー、ひりひりするぅ。痛いー。
「………よっぽど痛いのかな? 医者に診てもらおうか」
「いえ……ひょこまでひなくても………」
「だが、今もまだ痛むんだろう? 診てもらって、薬を出してもらえば楽になるかもしれないだろう」
「たぶん………もすこししたら………なおりまふ……」
とか言いつつ、まだ痛い。そのせいで、上手に話せない。
とりあえず、これ以上心配をさせないためにも今は必死に食べることにしよう。今度はしっかり冷ましながら食べよう。
うー。でもやっぱり、食べてると舌がひりひりする。完全に火傷したかぁ。
仕方ない、適度に冷やしながら食べよう。………まあ、ちょっと熱いだけだとまだひりひりするんだけど。
「大丈夫じゃないみたいね。後で医者を呼ぶから、診てもらいなさい。今は、まだ我慢してね」
「だから、そこまでしなくても………」
「ダーメ。これは決定事項です」
何この、完全なる決定事項は。大丈夫なのにさ。ちょっとひりひりするだけなのにさ。
でも、ここまで言われるともう止めることはできそうにないため、渋々諦めてフーフーと冷やしながら食べた。舌、痛い。
「……軽い火傷ですね。薬を出しますから、一日三回、毎食前に舌に塗って、それから一分ほど舌を出して薬を馴染ませてください」
「はい」
「二、三日もすれば完全に痛みも引くでしょうが、その後も数日、塗り続けてくださいね」
「はい」
「では、私はここで失礼します。ひどく痛むようなら、またお呼びください。……シュロ様、熱いものを食べるのでしたら、適度に冷ましてから食べましょうね」
そして食べた後にしっかりと医者を呼ばれ――――なぜかわざわざフィー先生が呼ばれた。そして薬を出してもらった上に、お小言まで頂戴した。くそう。
「まあ、日常の生活には舌の火傷は大した害にはならないでしょうから」
「そうですね」
「ただ、唾液などが溜まると痛むと思いますので、覚えていてくださいね」
「はい」
……くう、我ながら馬鹿馬鹿しいというか何というか。あんな場所を探検して異常に空腹だったと言えども、熱いものを遠慮なく食べちゃうなんて。
「では、今度こそ私は城に戻りますよ。……カイウィル陛下の精神が危ないので、ここにいる間も城に、陛下に顔を見せるくらいは来てくださいね」
「あー…………はい」
「陛下は、シュロ様がいらっしゃらないと、少々機嫌が悪いのですよ。ストレスは、体を壊す原因にもなりますからね。たまーに、顔を見せるくらいのことをして差し上げてください」
カイウィル、あなたって人は。私がいないと機嫌悪いって、人としてどうなの。どれだけ私に執着してるの。
ねえ、カイウィル。あなたは、何か守るものが欲しいの? 自分が守れるもの。守りたいもの。私はそれに、ぴったりだったのだろう。
孤児で、幼くして強い魔力を持つもの、強い魔法を使えるものしかなれない仕事についてしまった私。カイウィルにとって、それは庇護欲を煽るものでしかなかったのだろう。
カイウィル。私は、守られるだけの者じゃないよ。私には戦う力もある。自分を守る力もある。だから、ね?
「私は、一人でも大丈夫なのになぁ」
フィー先生が帰った後で、部屋で一人ごちる。大丈夫なのに、なぁ。カイウィルに守ってもらわなくても、私は一人でも大丈夫なんだ。でも、カイウィルは、ダメなんだね。
「近いうちに、顔出さなきゃ」
そのためには、お父様とお母様にも外出させてもらえるよう頼まなきゃ。多分、ガーネット同伴だろうなぁ。
でもまぁ、そうでもしないと多分外出できないしね。できるだけいいや。
というわけで、今のうちにガーネットに先に話をするか。ガーネットに先に話を通したほうが説得が楽そうだ。
なので、まずはガーネットに念話を飛ばす。
「ガーネット、今いいー?」
『うん? どうしたの?』
「今度、城に一度戻りたいんだけど、お父様とお母様の説得手伝ってくれる?」
『お城? もう帰るの?』
「いや、一回戻るだけ。フィー先生から、一度カイウィルに顔見せに来てくれって頼まれて」
『そう言うことね。いいよ、今からリビングにおいで。お母様がいらっしゃるから、一緒に話そう』
「りょーかい。今から行く」
よっし、ガーネットからは賛同を得られた。今からリビングに行って、お母様にお話だ。
「お城? 明日でいいなら、何人か護衛を付けるから、ガーネットと行ってきなさいな」
ちなみに、お話したらあっさりと許可をもらえました。ただ、今日はもう護衛の兵の準備ができないので明日、ということになったが。
「陛下によろしく伝えておいてもらえるかしら? それと、後で手紙を認めるから、それもお願いできる?」
「分かりました」
「じゃあ、明日ね」
ということで、翌日。私は護衛の兵の人たちとガーネットと共に、城へ行く馬車に乗っていた。
「ガーネット様とシュロ様は、絶対に俺たちがお守りいたします!」
「ええ、お願いね」
「よろしくお願いします」
「はいっ! 絶対に、お守りいたしますっ!」
ちなみに、城へ行く際に護衛の兵の方と話をしたのだが……いい笑顔で守ると宣言をくれた。そして、それにお礼を言うとなぜか顔を赤らめられた。
まあ、それをスルーして馬車に乗りこんでそのまま揺られている。ちなみに、城には………というかカイウィルには先触れを出しておいた。宰相曰く、カイウィルは表には出さないがかなり喜んでいるとのこと。
カイウィル、単純な。
「陛下はお元気かしら」
「カイウィルだし、元気じゃない? カイウィルだから」
「どうして、陛下だからっていう言葉を繰り返すの。……まあ、陛下ならお元気でしょうけど」
「だろーね。今まで、カイウィルが体調崩したって聞いたこともないし」
「そうね。陛下が即位してから、陛下は今のところちょっと体調を崩すくらいのことはおありらしいのだけど、大きな病気などはないようよ」
うむ、やはりカイウィル。健康優良児。カイウィル以上に、私が最近調子を崩しやすいからか、余計カイウィルが健康に見える。
さて、私が城に行ったら、カイウィルはどういう反応をするのだろうか。少し楽しみにしつつ、城へと向かう馬車の中で景色に意識を集中させた。
猫舌って、治らないんですかね?
よく、口の中を火傷しそうになるんですが……