カイウィルの考え
「シュロ・オルガ・リファイエール。本日よりしばらくの間、リディクラス侯爵家で世話になれ」
「……結婚するの?」
「はぁ!? どうしてそう言う話になるんだ、お前は」
「いや、私が邪魔になったのかと。邪魔なら、義兄弟のアレ、切っちゃっていいからね?」
「馬鹿を言うな! お前は、一生俺の妹だ。この契約は、俺が死んでも切らないからな」
「じゃあ、何で?」
「………その理由は、リディクラス侯爵家で、ガーネットや侯爵たちに尋ねろ」
パパとママの夢を見た翌日、私は突然城から出されて、ガーネットのリディクラス侯爵家にお世話になることになりました。あっはっは、突然すぎるよカイウィル。
ちなみに、それを告げるカイウィルは何かを含んだように笑っており、宰相も同じような笑みを浮かべていた。怪しい。
「ほら、シュロ。行こう」
ちなみに、私がこれを告げられた際、ガーネットも一緒にいたのだが、ガーネットはとってもいい笑顔を浮かべているようだ。口調で分かる。
そんないい笑顔のガーネットに腕をひかれ、そのまま進んでいくと外に出る。そして、ガーネットの家の馬車に乗せられた。
「お父様とお母様も、シュロが来るのをお待ちなの」
「何で?」
「昨晩遅く、陛下からシュロをしばらく預かってほしい、って連絡をいただいてね? お二人とも、もう一人か二人、子供が欲しかったらしくてね。だから、シュロを預かれること、本当に嬉しいみたいなの」
………カイウィル? あなたは本当に、何をしているんですか。
カイウィルの考えたことが、今、分かってしまった。原因は昨夜の私にあるのだろう。
――――両親を想って、泣き叫んでしまったから。
だからカイウィルは、私に普通の家庭を、両親の優しさを教えてくれようとしているのだろう。そして、それで選んだ家がガーネットのリディクラス侯爵家だったのだろう。
ちなみに私がリディクラス侯爵家に滞在している間、普段は城によくいるガーネットも、侯爵家で生活を行うとのこと。
「そう言えば、シュロはこの辺を通ることってないのよね?」
「そう言えばそうだね。私が王都を出るときは、貴族街は通らないもん」
大体さ、下手に貴族街を通ってバカなのに絡まれたくもないし? だから、基本的に貴族街は避ける。……まあ、庶民街を通っても絡まれることはあるけど、それは撃退。
と、しばらくの時間馬車に乗り続けて、ようやく馬車は止まる。
「ついたわね。降りましょう」
ガーネットが言うと同時に馬車の扉が開き、御者を務めていたらしいフィアが手を差し出す。
「どうぞ」
「ありがとう」
そしてその手を借りて馬車を降りると同時に、屋敷の前に立っていた男女二人に笑顔で迎えられ、抱き着かれた。
「待ってましたのよ、シュロ様!」
抱き着いてきたのは、ガーネットの母であり侯爵夫人のようだった。ちなみに、侯爵は後ろの方で傍観している。
「ただいま戻りました、お父様、お母様」
「お帰りなさい、ガーネット。さあ、家に入りましょうか、ガーネット、シュロ様」
その後、侯爵夫人にそう言われて屋敷に足を踏み入れる。…………うおお、玄関ホールが広い。でかい。
そしてそのまま客間と思われる場所へと通されて、今回のこの件の事情を説明された。
「私たちは、しばらくの間シュロ様をお預かりしてほしい、と陛下より頼まれました。その間、シュロ様を自分の子のようにかわいがってもらいたい、と」
「やっぱり」
「あら? 予想していらしたのですか?」
「なんとなく。昨日、死んだ両親のことを夢に見て、泣いちゃったので」
「そういうことでしたか。では、私たちを亡くなった両親のように考えてくださいね。私たちも、シュロ様をガーネットのように、私たちの子のようにかわいがらせていただきます」
「はい」
「では、お預かりする間はシュロ、と呼ばせていただきますね」
「これからよろしくお願いします。えっと、お父様、お母様」
ちなみに、これを言った瞬間に侯爵夫人に思いきり抱きしめられた。
「可愛いっ! 可愛いわ。ねえ、ガーネット?」
「可愛いでしょう? この可愛さがしばらく、近くで見られるんです」
「イイ! イイわっ!」
………ガーネットと侯爵夫人―――いや、お母様のテンションが恐ろしい。
「さ、シュロが使う部屋を案内するわ。一応、ガーネットにシュロの趣味を聞いて、調度品をそろえてみたんだけど、どうかしら?」
言われて、魔法を使って見た部屋は、確かに私の趣味に合うものとなっていた。シンプルで、且つ温かみを感じる部屋。私の趣味にぴったりだ。
「文句はないみたいね。いい笑顔。んーっ、こっちまで嬉しくなっちゃうわ!」
お母様のその声を聞きながら、ゆっくりと部屋に足を踏み入れる。温かい。明るい。
………これが、普通の家、なのかな。家族がいて、出かけて帰ってきたら優しく出迎えられて。優しい、光………。
「シュ、シュロ!? どうしたの? どこか痛い!?」
「え?」
「泣いてるよ。どこか痛いの? 痛いなら言って」
泣いてる? 何で。何で。何で。何で、私は泣いてる?
―――――ああ、そっか。安心、したんだ。帰ってくる場所がある。私はここで、出迎えられる。一人じゃない、から。
「だいじょうぶ。どこも、いたくない、よ………」
「本当に? 無理しなくていいんだからね!?」
「へいき………」
そう、大丈夫だと答えながらお母様に抱きついた。感謝の意味も込めて、個人的に甘えたいという意味もあるが。
「あらあら、まあまあ」
ちなみに、そうやって抱き着くとお母様は抱き返してくれ、なおかつ頭を撫でてくれた。
「大丈夫。大丈夫よ。お母様はシュロのそばにいるから。ほら、ガーネットもいるでしょう? 大丈夫よ」
「うん」
「シュロが来たければ、いつ来てもいいの。シュロがいたければ、ずっとここでお預かりしてもいいの。シュロの家は、ここよ?」
「うん」
「だから、泣き止んで? ね?」
「うん」
ここに、来ていい。帰ってきてもいい。私がいたければ、ずっとここにいてもいいんだ。カイウィルも、私にこのことを教えてくて、リディクラス侯爵家に預けてくれたのだろうか。
ちなみに、そんなことを考えている間もお母様からは離れない。親とは、こんなに温かいものなのかと。それを失うのが怖くて、離れられなかった。
「一緒にいるから大丈夫よ、シュロ。さ、リビングでお茶にしましょうか」
それでもお母様は文句を言わずに、私が抱きついたままで器用に歩き、リビングへ向かう。
そしてリビングにつくと、二人掛けのソファで私を横に先に座れせて後から自分が座る。ちなみに、その間もまだ抱きついたままである。だって、離れるの怖い。
「シュロったら、お母様にべったりね。………ねえ、シュロ。家に養子に来ない? そうしたら、お母様も本当にお母様になるし、私には妹ができる」
そうしていると、突如ガーネットが閃いた! というような顔をして告げる。養子? お母様が、本当にお母様になる? ……つまり、私に家族ができるということか。だけど、今、私にはカイウィルという義兄がいる。リディクラス侯爵家の養子になるということは、カイウィルと他人になるということだ。
それを考えると、ガーネットの提案は少し考える。だって、私はカイウィルには随分と世話になった。それを裏切るようなことは、したくない。
「……あー、ゴメン。さっきのは忘れて。ね?」
「うん」
「それと、お兄様や陛下には内緒にしてて。……何か、怒られちゃいそうだから」
「うん」
でも、両親ができるというのは、確かに嬉しいものである。家族がいなかった私にとって。カイウィルしかいなかった私にとって。―――家族という言葉は、強い魅力を感じてしまうんだ。
「さあ、飲んで少ししたら、庭のお散歩でもしましょうか。花が咲いて、きれいでしょうね」
「そうですね。シュロ、行こう。ほら、お母様と手を繋いで?」
「へ?」
「そうね。さあ、手を繋ぎましょうね」
お母様はそう言ってしっかりと手を繋ぐ。それからはそのままガーネットやお母様について、庭に出た。
庭には、お母様の言った通り、花がたくさん咲いていた。一瞬、花の元へ駈け出そうとしたのだが、それはできなかった。え? 何でってそりゃ、お母様にその瞬間にがっちり手を握られたからだよ。阻止されたよ。
「ゆっくり行きましょう。花は逃げないからね」
「あ、はい」
ちなみに、にっこり笑顔で阻止されました。母って、こんなに怖いもの? ガーネットを見ると、苦笑しながら頷かれた。……世の中の母という人は、怖いものなのか。
と、そんなことを考えながらも手を繋いだままでのんびりと花を眺めていく。
「おーい、リーレ、ガーネット。シュロとお散歩かい?」
「あら、クイール。休憩中?」
「ああ。外は気持ちよさそうだな。シュロ、家の庭はどうだ?」
「きれいで気持ちいいですね。花のにおいもいいですし」
「それはよかった。家にいる間、花やなんだと、いろいろと楽しんでいくといい。いつまでいてもいいからね」
「はい」
「というか、ずっといてくれ! ガーネットは最近城にばかりいるからね。家に娘がいるのは嬉しい。リーレといるのはいいんだが、どうしても寂しくてね」
………お父様、そんなに寂しかったんですね。
しかも、お母様も同意見とでもいうかのようにぶんぶんと頷いている。
二人もそう言ってくれているし、しばらく……お世話になろうかな。………カイウィルが何か言い出すまで。
そんな意味を込めて、お母様の手をギュッと握った。
「大丈夫よ。ね?」
「はい」
「シュロが望むなら、ずっとそばにいるからね」
「はい」
ああ、母親とはこんなにいいものか。カイウィルに、お礼を言わなくては。母親の優しさを教えてくれるために、あの過保護なカイウィルが私を城から出した。あの、最強的に過保護なカイウィルが、だ。
カイウィルは基本的に、過保護だ。私が怪我をして視力の大半を無くしたあのときは、本当にすごかった。城から出る云々の前に、必要最低限以外は部屋からも出してもらえなかった。……出たのがメイドにバレると、連れ戻されたし。魔法の実験すら、一度バレた後は怖かった。完全に閉じ込められるし、見張りはいるし、ちょっと動くだけでもいちいち何するのか聞かれるし。
ああ、それを思い出すだけでももう辛い。………この家では、どうなるのだろうか。
「ああ、そうだわ。シュロ、この家の中では自由にしてもいいからね。外に行く時だけは行ってね。護衛を付けるから」
「はい」
「一応言っておくけど、家の中で迷子にならないようにね?」
「……ガーネット。何かあったら念話飛ばすから助けてね」
「うん、分かった。シュロも、家を探検しててMPが尽きそうになったら、すぐに念話を飛ばすか、その辺のメイドたちを捕まえてね」
「分かった」
「じゃあ、ガーネット。食事までシュロを案内してあげなさいな。私は、リビングにいますからね」
「そうですね。行こう、シュロ」
ガーネットが言うとすぐに、ガーネットは私の手を取り、歩き出した。
「ほら、ここが玄関ね」
「ふんふん」
「で、ここが客間」
「ふんふん」
「ここが、お父様の執務室。今、お仕事中だから静かに行こう」
「ふんふん」
「で、ここがお二人の寝室。………夜はあまり近寄らない方がいいかもね」
「………仲いいんだね」
「ええ。たまに………聞こえるから」
ガーネットが聞こえると言っているのは、もちろんあの声だ。男女が仲良く睦みあう際の、あの声である。……私個人としては、考えたくない。私にはまだ早い。
そして、それをスルーすることにしたのか、ガーネットはそのまま歩を進めていく。
「さ、こっちが私の部屋ね。シュロの部屋も近いから、何かあったらすぐにおいで」
「うん」
「で、こっちは使用人たちの部屋とかがあるから、特に何も用事がないなら近寄らないようにね。使用人たちにも知られたくないこともあるだろうしね。自分たちの部屋でくらい、気を抜かせてあげたいでしょ」
「だね」
ならば、ここはできるだけ覚えておいて、極力近寄らないようにしなくては。下手に近寄って、変に気を使わせたくもないし。
というわけで、ガーネット、続き続き。