天敵に触れよ
天敵。私にとって、それは立派にその言葉が当てはまりすぎるほどに当てはまるモノだろう。
私の探し人―――ガラッドの探すアイテムこそが、私たち魔法をメインにする仕事につくものたちにとっては、天敵。近寄りたくない、モノ。
樹の涙。
それは、世界の中心にある母なる樹が生み出したものを、生成して新たに生み出したアイテム。樹の涙は近くにいる魔力の強い人間の魔力を吸い取り、骨折程度のけがならば、きっちり、しっかりと繋いでしまうアイテムとなる。つまり、私がこの世界で目を覚ました時にこのアイテムがあれば、あれだけ苦労しなくてもよかったのだ。
だが、あのアイテムを作るための工程を考えると……………、無理だね。自分の魔力を吸い取られるようで、辛いな。
しかしガラッド、なぜにそのアイテムを欲しがる。………樹の涙を使って作る道具って、何があったっけ。
ガラッドが集めているのだから、単体で使うのでは、ないと思う。鍛冶のアイテムだとは思うんだよね。でも、そのアイテムで何を作るかは、全然分からない。魔法士の私には分かりません。
「今、城の鍛冶師たちに調べさせている。結果を待っていろ。……ああ、一応現物なら準備させたが、見てみるか?」
「え? 現物っ!? 寄るな触るなお願いだから!!」
ということをカイウィルに愚痴っていると、いきなりカイウィルに現物を見せられた。それを見た瞬間に、咄嗟にカイウィルから距離を取る。
「情報表示」
名前:シュロ・オルガ・リファイエール
年齢:十四歳
種族:人族
職業:魔法士 Lv 八九六
HP:一五七〇〇〇/一五七〇〇〇
MP:七七〇〇〇/七七八五〇
げ! MPガッツリ減ってるじゃんか!カイウィル、寄るな触るな!!
「お、おい、シュロ?」
「ぎゃーっ! 寄らないでって言ってるでしょう! MP吸い取られるっ!」
「え?」
「そのアイテムは、MP吸い取るんですよっ! 分かったら離れてください近寄るなっ!」
「あ、ああ………」
カイウィル! どうして寄るなって行ってるのに、近寄るんですかっ! MPがどんどん減ってる! 回復が面倒だから離れてくださいよっ!
そう訴えてようやく、カイウィルは離れてくれる。ふう、このくらい離れればMPは吸い取られないだろうか。
「くそう。ミドガルド、このアイテムを鍛冶室へ。これを持っていては、シュロに近づけん」
「分かりました。持って行かせましょう」
そして、徹底的に近寄るのを避ける私を見ていて嫌になったのか、カイウィルが樹の涙を離した。
「よし、これでいいだろう。シュロ、こっちへ来てくれ」
その後、呼ばれたのである程度の位置まで近寄る―――と、なぜか持ち上げられて膝に乗せられた。ちょ、カイウィル!!
「いいじゃないか。久しぶりに、徹底的に甘やかさせろ」
「カイウィル、私の年を考えてください。十四ですよ? 十四。十歳かそこらの子供ならともかく!」
「十四は子供だろうが」
「子供とは言っても、義兄の膝に乗るほど子供じゃありません。降ろしてください」
自力で降りたくでも、カイウィルの腕が私のお腹のところをしっかりホールドしてくれているおかげで、自力では逃れられないのだ。
ついでに言うと、さっきから宰相に助けを求める目を向けているのだが、完全にスルーされている。というか、むしろ温かく優しい目を向けられている。
宰相、そんな目はいらん。むしろ助けろ。
そして、私が解放されたのは数十分後でした。途中から涙目になったよ、私。それを見かねた宰相が、さすがに助け船を出してくれたよ。
「陛下、いい加減、お仕事なさってくださいね。さあ、シュロ様を解放してください」
「しかし……っ」
「しかしも何もありませんよ。さあ、シュロ様を、解放してください」
「う!」
その時の宰相の目は、思い出したくないほどに怖かった。
「シュロ様は、部屋に戻られてください。下手に寄り道など、いけませんよ。あたりも暗くなってきましたからね。できるだけ明るい道を通って、部屋に戻ってください」
「分かりました」
今の宰相に逆らうのは危険だと本能が告げる。だから、逆らわないよ! だって、怖いもん!!
「あ、待てシュロっ!」
「陛下はこちらですよ。さあ、お仕事が溜まっております。今夜は眠れますかねぇ」
とりあえず、恐ろしい宰相とカイウィルの会話はスルーして部屋に逃げる。うん、逃げることは否定しない。だって、怖い。
さて、とりあえずは宰相の言うとおりに明るい道を選んで部屋に戻るか。……まあ、少し暗い道を通っても、ピルチがいるはずだから守ってくれるのだろうが。
でも今は、ちゃんと明るい道を使って戻るよ? うん、戻るったら!!
「シュロ様、お部屋まで付き添いましょう」
「ピルチ。危険を感じたの?」
「はい。シュロ様をお守りするのが任務ですから」
「まだ、明るい方だと思うよ?」
「一応ですよ。以前、こうやって戻る際に謀反人に襲われたのでしょう?」
ピルチ、それいつの話だ。それに、あのときもちゃんと自力で撃退したからね?
「それに、あなたをよく思わぬものも、近くにほかの人がいれば手を出そうとも考えないものです。さあ、戻りましょう」
「えー」
「戻りますよ。それとも、陛下や宰相様に報告をしても?」
「うん、戻ろうか!」
宰相が怖いから!
「はい。では戻りましょう」
そして、私はピルチに付き添われて………というか、気分的には連行されるように部屋へと戻った。
さて、部屋に戻ったところで何をしようか。本を読むにも、ずっと魔法を使ってないといけないから面倒だしなぁ。かといって、そのほかにすることもない。……ピルチを捕獲して、何か話すかな。
「つきましたね。では、私はまた影に………」
と思っている間に部屋につき、ピルチが逃げようとしたので、咄嗟に捕獲した。
「待って」
「………何ですか? シュロ様」
「いや、一人で部屋にいても退屈だからさ。話しよう」
「いえ。影に戻りますね」
「ピルチ」
「私の仕事は、シュロ様をお守りすることですのでっ!」
……って、逃げたっ! こらピルチ、出てこいっ!!
そう思いながらきょろきょろと顔を動かしているうちに、私が戻ってきたことに気が付いたらしいメイドに捕獲された。
「お帰りなさいませ、シュロ様。食事まで、もう少しお待ちくださいね」
「じゃあ、少し散歩して………」
「なりませんよ。もう、暗くなっておりますので」
「大丈夫大丈夫。行ってきま………」
「シュロ様」
しかも、がっちりホールド付きで。
「この部屋で、待たれてくださいね」
「退屈」
「外は危ないですからね。ここで、待っていてください」
「離して?」
「なりません」
「お散歩行かせて?」
「なりません」
「退屈」
「シュロ様が大人しくお部屋で待ってくだされば、全員が準備に集中できて、早く食べられますから」
その後も散歩に行かせろ、ダメの問答をやったのだが、ついに暗に黙って待ってろとのお言葉を頂戴した。くそう。
でも、諦めないのが私です。諦めてテーブルについて、メイドたちが準備に奔走しはじめるとすぐに、ダッシュで部屋の扉の方へと駆け行く。
―――――が、その寸前にピルチに捕獲され、抱え上げられて先ほどのテーブルに戻された。
「シュロ様?」
「何さ。逃げたくせに」
「職務に戻っただけです。そんな、ヒトを悪人にするようなことは仰らないでください」
「悪人じゃないか。ピルチの馬鹿」
「違います。……ほら、もう食事の準備が整い始めていますよ」
むう、ピルチめ。…………って、ちょ! メイドたちの目が怖いっ! 超怖い!!
「シュロ様?」
「な、何っ!?」
「大人しく、部屋で待っていてくださるよう、お願いしたはずですが?」
「う! ご、ごめ………なさい?」
「どうして疑問形なんですか。今度こそ、この部屋で待っていてくださいね」
「わ………………わか……った」
くう、お出かけしたい。お出かけしたいよ! でも、今日はもう絶対に出させてくれないよ。ピルチじゃなくて、メイドたちが出させてくれないな。
あーもう! 残念すぎる。今日は諦めるか。そうしていると、私の外出を阻止するためか、メイドたちが急いで準備をし、……準備を終えた。わあすごい。
「さあ、食べて、お風呂に入って休まれてください」
「何、その熱意」
「シュロ様が危険に突っ込みそうになったら、すぐに止めるよう陛下より命じられておりますので」
「げ。カイウィルめ」
「ですので、食べたらお風呂に入りましょう。そして、髪を乾かしたらすぐに休んでくださいね」
……まあ、確かに今日はカイウィルのせいでMPが予想以上に減ってるし、寝るか。
大体、カイウィルがあのアイテムを持ち出してくるから。あのアイテムがなければここまでMPも減らなかったのに。
そんなことを思いながら準備された食事をはむはむと食べ進めていく。うん、おいしい。
そして、食べた後はすぐに浴室に放り込まれ、一人で入るという訴えも無視されて洗いこまれた。まあ、マッサージもしてくれたから気持ちよかったけどさ。
そのせいか、髪を乾かしてくれている間もすでに眠たくて。うとうとしながら髪を乾かしてもらい、その後は眠たくてほとんど目が開けられず、魔法も使えぬ状況だったため、メイドにベッドに運んでもらって、そのまま寝た。
しかし、現実世界以上によく眠たくなるのは、この身体の年齢ゆえだろうか。十四だし。
そんなことを考えつつ、ぐっすりと気持ちよく眠りに落ちた。
夢を、見ていた。
「***」
「パパ、ママ」
現実世界での、私の両親。笑顔で私の名を呼んでくれる、両親。死んでしまった。詳しい死因は知らないが、私が幼いころに亡くなったらしい、両親。
正直に言って、私に両親の記憶はあまりない。というか、ほとんどない。
そのせいか、今、目の前にいるパパとママも、口は笑っていると分かるのに、目元や細かい表情は全然分からない。私自身が覚えていないから、夢の中でも表示できないんだと思う。
でも、それがパパとママだということだけは分かる。だって、本能が訴える。あれは、パパとママだって。
パパ。ママ。会いたい。会いたい。会いたい。
「***」
「待って! 待って、パパ、ママ!」
だから、置いていかないで。***を置いていかないで。私は、一人ぼっちはもう嫌だ。
泣いてすがる私に、二人は困ったような表情を見せる。だが、二人の歩みはゆっくりとはなっても、止まらない。
「***」
そして二人は歩きながらも、ある一点を指差す。私にそこへ行け、ということだろうか。
でも、嫌だ。パパ。ママ。私は二人と一緒にいたいんだ。だから、ねえ!
「パパぁ………、ママぁ………」
泣きながらそう呟き、そしてその声で目が覚めた。真っ暗な部屋で。まともに見えない私のこの視界で。―――――でも、目元は流した涙で濡れていて。
「……………う、あああああぁぁぁああ!!」
その涙をどうしても抑えきれず、思い切り叫んだ。その声で寝ていたであろうメイドを起こしてしまい、急いで駆け付けさせてしまったが、それでも叫び、泣いた。そのせいでカイウィルを召喚され、宥められたけれどそれでも泣き叫び続けた。
「大丈夫だ。怖い夢を見たのだろう? もう大丈夫だぞ」
「ヤだ! ヤだパパぁ! 戻ってきてよ、ママぁ!」
感情が、抑えきれない。カイウィルにこれを訴えても無駄だということは分かっているのに。それでも、もう自分だけでは何ともできないんだ。
「大丈夫だ。お前には俺がいるだろう? もう怖くないから、寝ろ。な?」
「パパ、ママぁ……」
会いたい。会いたい。会いたい。
もう、顔も覚えていない両親。覚えていても、かなりぼんやりとしかしていない。
「さ、そろそろベッドに横になろうな。寝るんだ」
そんな中で、無理やりカイウィルにベッドに横に寝かされ、起き上がろうとするたびに押さえつけられ、目を手で覆われて完全に真っ暗にされて。
そうしている間にまた睡魔が襲い掛かり、私はまた眠りに落ちていた。