旅に出よう②
そして、馬車に揺られること十二日。馬車はようやく目的地である村の入口に到着していた。………のだが、何この惑乱の魔法。ガーネット、気づいてる?
……………気づいてませんでした。そのまま突っ込んで、モロに惑乱の魔法受けてました。ガーネット、あんたも魔法使いだよね? 少しくらい疑え。
「ガーネット、待って。明晰」
まだ気づいていないガーネットを一度止めて、この馬車と御者たち全体に明晰の魔法をかける。この魔法をかければ、惑乱を一時的に無効化させることができるのだ。
ていうか、ガーネット。何で私がその魔法かけた瞬間に、目を真ん丸にするわけ? 考えなかったの?
「あー、明晰ってことは、惑乱、かな? このせいで、たどり着けなかったのか」
「そういうこと。さ、行こうか。この魔法がかかってる間は迷わないし。――――それに、お迎えも来たっぽいよ」
目の前に、一人の若い男性が立っているのだ。おそらく、お迎えだろう。
「ようこそいらっしゃいました、高度の魔術師様」
「私は魔法士。こっちは魔法使い」
「おや。お二方とも魔術師ではありませんでしたか。失礼いたしました。では、改めてようこそ、魔法士様、魔法使い様。私は、村の迎え人をしております」
「やはり、迎えなんですね」
「はい。惑乱の魔法を解いた者に対する迎えになります」
迎えに来たという青年はそう言って、手をある方向へ向ける。そちらが村なのだろう。
「では、参りましょうか。案内をしますので、また惑乱の魔法をかけますので」
「分かりました。お願いします」
私たちがそう言うと同時に、一度解けた惑乱の魔法をかけ直し、そして村へ向けて足を動かす。
さて、この道中も情報収集の時間ですね。というわけで。
「ガラッドという鍛冶師、ですか?」
「はい。ご存知ですか?」
「………俺は知りませんが、村の人たちなら知っている人もいるかもしれませんね。聞いてみましょう」
だがやはり、この青年一人では情報は集められないらしい。村に着き次第、いろいろな人に尋ねなくては。
そして村に着くと、なぜか、異様な歓待を受けました。え、なぜ。
「いやあ、久しぶりにこの村に自力で入ってくる奴を見たよ。嬢ちゃんたち、強いんだなぁ」
「まったくさ。この村の人間は村にかかってる魔法を解くのは慣れてるからいいけど、よその人にゃあ辛いだろう?」
「そうですね。私は魔法使いですからね。……でも、おかげでやる気は出ました」
……いつの間にか、酒まで出てきてるんだが。ガーネット、お前飲んだな。酔ったな。……って、絡むな!! ガーネットはもう呑むな!!
「なーぁんでぇ?」
「ぎゃー! 酔いが一気に進んでるぅ!?」
「酔ってないよおぅ? お酒呑んでないもん」
「ガーネットに酒呑ませたの誰!?」
「はーい、俺俺」
「未成年に呑ませるなぁっ!」
「え、こっちの嬢ちゃんも未成年? 嬢ちゃんはどう見ても未成年だけどさ」
「ガーネットは、十八。まだ未成年」
「え、マジかよ。やっべえ。わりぃ、嬢ちゃん。俺んち宿屋だし、部屋準備すっから寝ろよ」
「だーいじょうぶよぉ。ね、シュロぉ」
「大丈夫じゃないじゃん。いいから寝てよ。絡むな」
ていうか、酔っぱらいは早く寝ろ。私に絡むな。ガーネットが寝てる間に、私がガラッドの情報を得ておくから。
「やーあ。寝るならシュロも一緒なのーぉ」
「ああ、気にしなくていいので、寝かしてやってもらえますか。面倒なので」
「あ、ああ。ほら、嬢ちゃん。寝ようぜ。寝ればすっきりするぜ?」
「やーあよ。シュロと一緒に寝るのぉ」
「………嬢ちゃん、一緒に寝てやれ。この調子じゃ、いつまでたっても動かねえぞ」
…………ガーネット、お前。いつの間にこんな子供になってるんだ。酔ったら子供に戻っちゃうのかな、この人。
そう思いつつも、宿の人に案内してもらい、部屋へと連れて行ってもらう。
「ほら、ガーネット。一緒にいるから、寝よう」
「一緒に寝てくれるぅ?」
「うん。わざわざダブルベッドの部屋を準備してくれたらしいからね」
「そうなんだぁ。じゃ、一緒に寝よおねぇ~」
すると、問答無用でガーネットにベッドに引きずり込まれた。え、ちょ! ベッドに入るくらい、自分でさせろっ! ってこら! 抱きしめるな! 動けない!!
「んー、シュロぉ………。もっと、ゆっくり大人になってよぉ……」
……ガーネット、隠しておくべき言葉が出てるよ。私は、ガーネットから見ると年相応には見えないのかな? 実年齢は十六だから、そこで誤差が出ているのだろう。
でも、ガーネット。私は急いで大人になるよ。急いで大人になって、カイウィルの庇護が必要ないくらいに、強くなる。
私はね、カイウィルと結んだ義兄弟の契りの解消をするのに、カイウィルがためらわなくなるくらいに強くなりたい。早く。早く。
そして、縛るものが無くなったら。魔道具が出来たら。私はまた、一人で旅に出るんだ。
「おやすみ、ガーネット」
だから、ガーネットは何も考えずに寝ていて。何も、考えないで。いつかいなくなる日を考えず、ただ、眠っていて。大丈夫、もうしばらくはそばにいるから。もっと、もっと強くなるまでは。
ガーネットの髪の毛を梳きながら、小さくそう告げる。いつかはいなくなる。それは、違えない。
………ふあ。ぐっすり寝てるガーネットを見てると、私まで眠たくなってきた。私も寝るか。
「シュロ、朝だよ。起きて。………っていうか、私たち、いつの間に寝たの?」
「ん………。おはよ、ガーネット。……覚えてないの?」
「うん。え、何で? 何で?」
「ガーネット、お酒飲んだんだよ。で、それで酔っちゃったから、村の人に部屋を用意してもらって、寝てたってわけ。同じベッドになった理由は、ガーネットが一人で寝たがらなかったから」
「げ。私、本当にそんな醜態さらしたの?」
「うん」
それはそれは、酔っ払ってさんざん人に絡んでくれたともさ。この酔っ払いが。
「うわー、ちょっと恥ずかしい! シュロ、絶対にお兄様や、サーケイラー様には言わないでね!」
「カイウィルには報告が入ると思うけどね。そうなると、必然的に宰相にも伝わるね」
「いーやぁーっ!」
「酔いつぶれたガーネットが悪い」
「うわあーん! 覚えてないよぉう!」
覚えてなくても、酔っ払って荒れてた事実は消えない。
「もう、今日は部屋に引きこもりたい………」
「情報収集はどうする。職務放棄?」
「今日一日……気持ちの整理をさせて」
「はいはい。じゃ、私は真面目にお仕事してきます」
そして結果、ガーネットは今日は部屋に引きこもることにしたらしい。さて、私は宿の人にガーネットの分の食事は部屋に運んでもらえるよう頼んで、情報収集に励むか。
「おや? 昨日の子は?」
「昨日の醜態が許せないらしく、今日は引きこもりたいそうです。あとで、食事を部屋に運んでもらってもいいですか?」
「あいよ。嬢ちゃんは、何を食う?」
「何があります?」
そして食堂と思われる場所へ行くとすぐに、声をかけられた。ので、ガーネットの食事を頼み、自分の分をメニューを聞いて、注文した。
「あいよっ。その辺に座って、待っててくれや! ほかの客と話でもして、待っててくんなっ」
その後、言われたとおりにほかの客のもとへ向かい、話を吹っかけた。
「最近、この町に鍛冶師が来なかった?」
「鍛冶師? んー、俺は知らねぇなぁ。うぉーい、主人! 最近、ここに鍛冶師って来たのかぁ!?」
「鍛冶師!? ああ、ちょっと前に来て、あっという間に出て行っちまったなぁ」
「いたんですかっ!?」
「うおあっ!? ど、どうした嬢ちゃん。鍛冶師に用事だったのか?」
「はい! とても、その鍛冶師に用があります! どこにいるか、知りませんか!?」
「悪ぃが、知らんなぁ。ただ、出てって南の方に行ったとは聞いたぜ?」
「南ですか!? ありがとうございます!!」
名は出さず、ただ鍛冶師とだけ告げる。すると、やはり来ていたとの情報が返ってきた。
しかし、この村から南の方には、どんな町、村があっただろうか。後で、ほかの人にも話を聞いて、ガーネットと共にまとめなくては。
………でもとにかく今は、―――ごはーん! お腹すいたっ!
「はははっ。もーちっと待ってくれない、嬢ちゃん。盛大に腹空かせて、腹鳴らしてっとこ悪ぃけどよ」
確かに、思いっきりお腹が鳴っちゃいましたけどね。盛大に鳴っちゃいましたけどね。だって、お腹空いたんですよ。
「もうすぐできっからよ。ほかのぉ! ちっこい嬢ちゃんを優先させてくれよぉ!?」
「おう、いいぜぇ! ちっこい嬢ちゃん、一杯食って大きくなれよぉ」
そして、あまりにも私が飢えているためか、宿の人もほかの客も、私の食事を優先させてくれた。ありがとう。
「ほら、いっぱい食えよ。ところで、嬢ちゃんはいくつだ? ちいせえなぁ」
「んぐ? んぐんぐ、ごくんっ。……十四」
「悪ぃ、焦らせたか。ゆっくり食っていい。食い終わったら、話聞かせてくれや」
「ん」
そうして食べていると、待っている人たちが孫を見るような目でこちらを見ながら話しかけてくるので、必死で口の中に入ったものを飲み込み、反応するとゆっくり食えと諭された。
ので、ゆっくりとしっかり噛みながら食べていると、待っている人たちの食事も準備できたのか、おいしそうな匂いが漂ってきた。
「おっしゃ、俺らも食うか!」
そう言ってほかの客たちも食べ始めた。うん、この村の食事もおいしいな。
ただ、先に食べ始めた私よりも、後から食べだした人たちのほうが先に食べ終わるという悲しい現象が起こった。泣きそう。
「嬢ちゃん、何で悲しそうなんだ? 嫌いな食い物でもあったかぁ?」
「ちーがいますー! ちゃんと、好き嫌いなく食べます!」
「おお、いい子だな、嬢ちゃんは」
てか、ホント、孫を見るような感じだよ。私、この人たちの孫と同世代なのか?
「で、嬢ちゃんは今日、どうするつもりだ? 一緒に来た人は、今日は部屋に引きこもり予定だろ?」
「さっきの鍛冶師の情報を集めるつもりです。私の目的は、それですから」
「嬢ちゃんは、何で鍛冶師を捜してんだ? その、探してる鍛冶師じゃねぇと、出来ねえもんがあんのか?」
「ええ。彼じゃないと、私の魔道具は作れない。彼の魔道具がないと、私は魔法なしでは生きていけないんです」
「ん? 何でだ?」
「私の目、ほとんど見えないんです。医者に診立てによると、魔道具じゃないと視力は補えないそうなので」
「あん? 本当に見えてねえのか? ……って、さっき普通に食ってたよな?」
「魔法使って見てます。ていうか、その魔法使わないと、日常生活にもどこかで補助が必要になります」
「ああ、そのための鍛冶師か。でも、そう言う魔道具って、かなりの鍛冶師じゃないと作れないんじゃないか?」
「だからこその、ガラッドです。彼は鍛冶師。彼ならば、作れる」
ガラッドならば、作れる。私の知るガラッドならば、相当の金額を最初に吹っかけはするが、それでも作ってくれるはずだ。
それにしてもガラッド、ホントにどこ行った。ギルドを経由して探してもらっても見つからないし。
基本的にギルドに登録している人間は、こまごまとギルドに向かうため、伝言を預けておけばきちんと伝わる。だが、それがガラッドに伝わらないということは、ガラッドはギルドに行っていないということだ。
ちなみに、私ももちろんギルドには登録している。まあ、ここしばらくは怪我などのせいでギルドには行けなかったが、その代わりに、ガーネットや城の人間が私の名代として、何か伝言があったらもらってくるようにしている。
「あん? ギルド以外で……かぁ。ちっとむずいなぁ」
「ギルドに頼んでるんだけど、何の反応もないんですよ」
そして、方法的に分からなくなったので相談してみたのだが、やはりいい提案はなかった。うーん、ホントにどうしてくれようか、あんにゃろう。
ちなみに、カイウィル曰く、影を数人国中にガラッド捜索に遣っているとのことだったが、なぜか! それでもガラッドは見つけられないらしい。……ホント、何で。
「そもそも、ギルドに登録してるのに顔出さねえってこたぁ、よっぽどの理由があるんじゃねえか?」
「よっぽどの理由?」
「あーほら、怪我とか、病気とかさ……」
「でも、この村に来たはずなんですよね」
「じゃあ、病気とか怪我の線はねぇか。うーん、じゃあ、後は……」
うーむ、ガラッドめ。ホント、どうやったら見つかるんだよ。どこにいやがるんだよ。
「まあ、頑張って探せば見つかるんじゃね?」
「それを、どうやれと?」
「………わかんね!」
無責任っ!!
「わ、悪ぃ悪ぃ。あ、ほら、武器屋とかに行ってみたら何か分かるんじゃねえ? 行ってみろよ」
「話を逸らしましたね。ひどい」
「わ、悪ぃ。でも、俺の頭じゃ、方法考え付かなくてよ」
「そうですね。身だしなみ整えて、武器屋に行ってきます」
しょぼん。
「わーっ! わ、悪ぃ。そんなにしょんぼりするな」
しょんぼりするもん。大人たちも、教えてくれないし。大人なんだから、何かいい方法考えてくれてもいいのに。私、現実でも未成年だったのに。
「ああ、そうだ! 武器屋まで案内してやるから、準備して来い。な!?」
「…………うん」
そうしてさらにしょんぼりとしていると、集まっていたうちの一人がそう言って案内を買って出てくれたので、ひとまず歯磨き洗顔に向かう。顔はここに来るまでに軽く濡れたタオルでふくくらいはしたけど、やっぱりしっかり洗いたいよね。
というわけで、一度部屋に戻って歯磨き道具を取り、宿に張ってある案内に従って洗面所へと向かい、歯を磨いて顔を洗う。そして、また部屋に戻って歯磨き道具を置くと、ちょうどガーネットが食事をしていた。
「ガーネット、武器屋に行ってくる」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
と言うわけで先ほどの場所へと向かうと、案内すると言ってくれたあの人が、のんびりとお茶をしながら待ってくれていた。
「おう、来たか」
「待たせました? ごめんなさい」
「気にすんな気にすんな。ほら、嬢ちゃんもお茶どうだ?」
「いただきます」
私が言うとすぐに、急須から湯のみにお茶を注いでくれるのだが………、どこからどう見ても外人さんって感じの人が急須からお茶を注ぐと、違和感が濃すぎる。
まあ、今の私が湯のみでお茶を飲むと、日本人としては違和感を感じるんだろうなぁ。淡い赤い髪って、日本人でもないし。青い瞳ってのもないけどさ。
あー、でも湯のみでお茶を飲むと落ち着く。日本茶万歳。
「うまいか? これぁ、遥か東の方にある小さな国の名産でな。この国じゃ、この村くらいしか仕入れてないだろう」
「へえ、そんなに貴重なの?」
「おうさ、この国じゃ、王様も知らない味じゃねえか?」
言われて考えてみれば、あの城で湯のみというものを見たこともないし、日本茶を飲んだこともなかった。大体紅茶かコーヒーだったし。
て言うか、久しぶりに日本茶飲んだなぁ。気が付いたらこの世界だったし、ここに来てからはもちろん飲んでないし。それに、私は日本でもお茶なんてほとんど飲んでいなかった。そもそも、食事や水分の接種も基本的に必要最低限以下だった。だからか、大体内科検診の時は、もう少し食べて肉をつけろとは言われていた。まあ、変わらなかったけど。そのせいで、何回か入院させられかけたけど。ちなみに、孤児院で入院なんてする余裕がないということで、入院は毎回免れた。そしてここに来る前は、孤児院から出ていたため、生活費で限界ということで入院は免れていた。
そう思いつつ、ゆっくりとお茶を流し込んでいく。少し冷えていた体がお茶で温もる。
そして飲み終えると、案内を買って出てくれた人は、優しい瞳でこちらを見ていた。
「飲み終わったなら、行くか?」
「はい、お願いします」
そして案内を頼んで武器屋へと向かう。ちなみに、この間はずっと視線を感じていた。最初はピルチかとも思ったのだが、違うようだ。となると、村の人だろう。客人が珍しいからそうなるのかな。
「お、ほら、ついたぜ」
そうしてしばらく歩いていると、武器屋に到着した。そのままその人が武器屋の扉を開いてくれる。
「いらっしゃい」
そして、若干不機嫌そうなドワーフの声に出迎えられた。