カイウィルとの夕餉
そして、ガーネットに案内されてカイウィルとの食事の席に着く。私が席に着くと同時に、ガーネットはカイウィルに一礼して退室する。ああ、これで私とカイウィル二人きりか。………心情的には。ほかに給仕の人たちもいるから二人じゃないけどね。でも、心情的には二人。………まあ、給仕の人たちは私のことを嫌ってない……というか、むしろ好かれ―――可愛がられているからまだいいが。
「今日は、フェルジュのソース炒めと、その付け合せとして、キャーラとトーマのサラダを準備しております。近くのドレッシングをお好みでかけて、お食べください。それと、エグリーのお吸い物を用意いたしております。後、食後にはデザートもありますので、楽しみにしていてください」
……なんていうか、私の好きなものが集まってる。
フェルジュというのは、日本で言うと豚肉のようなものだ。つまり、豚肉のソース炒め。キャーラはキャベツ、トーマはトマトだ。それと、エグリーは卵のことなので、卵のお吸い物となる。
なんていうか、日本製のゲームだからか、メニューも和食と洋食が合わさった感じにもなる。………だって、米だよ? お茶碗にお箸だよ?
まあ、気にするまい。さー、食べようかカイウィル。
「よし、では食べようか」
「うん」
そう言って、食べ始める。うん、おいしい。フェルジュの口に入れるとトロっととろけるし、キャーラとトーマのサラダも、新鮮。キャーラはシャキシャキだし。エグリーのお吸い物は………もう少し冷まさないと食べられない。
「おいしいか?」
「うん、おいしいよ」
そんな中で、カイウィルに話しかけられたので、今口の中に入っていたものを急いで飲み込み、口を開く。
「それはよかった。だが、そんなに急いで返事をしなくてもよかったんだぞ? 詰まらせてはいかんからな」
「カイウィルの、タイミングが悪いんですよ」
「それもそうだな。すまない。………さ、お食べ」
「あ、はい」
その後、カイウィルが苦笑しながら告げるので、ついつい反論を返すと、カイウィルはさらに笑みを深め、続きを促した。ので、遠慮なく食べる。うん、キャーラおいしい。
食べながらふとカイウィルを見ると、カイウィルは箸で優雅に食べ進めている。
「うん? どうした?」
「いえ………」
「ならいい。ほら、食べなさい。シュロくらいの年の子は、食べねば成長せんぞ」
「う! ど、どーせカイウィルと比べると相当小さいですよ。ガーネットと比べても、十分に小さいですよ……」
カイウィルの身長は、大体百八十センチ。ガーネットの身長は、約百六十五センチ。対する私は、百四十五センチほど。……身長差が辛い。
くそうくそうくそう。大きくなりたいから、食べるぞ。食べすぎもよくないけど、それなりに食べてやる! あむあむ。
「その調子だ。たくさん食べて、大きくなれ」
はい! もう答えるのも面倒なので、頷いて返事に変える。大きくなる! 大きくなるよ! 現実の自分よりも大きくなってやる!
ちなみに、現実の私の身長が大体百六十にちょっと足りないくらいだ。十六歳の身長としては並みだった。
だが、今の私はこのゲーム世界の十四歳の身長と比べるとどうしても小さい。どうあがいても小さい。それは悔しいのだ。
ちまちまと魔法を発動してあたりを確認しつつ食べるのは面倒だが、今はだいぶ慣れた。もう少し慣れれば、日常生活でも普通に使えるようにはなるんだろうけど、今はまだ無理だ。
だが、食べる間くらいならば普通に使っていてもMPは持つから問題はない。
「シュロ、MPが危ないと思ったらすぐに言いなさい。補助する」
まあ、毎回そう言われてるけどね。でも、基本的によっぽど疲れた時以外はMPも持つので、基本的に害はない。
「だいじょぶ、ですよ」
「ならいい。ああ、シュロ。俺の分も食べるか? シュロはこれが好きだろう?」
「あ、ありがとうございます」
そう思いつつも食べていると、カイウィルが自分のおかずの一つ、キャーラとトーマのサラダをこちらに押してくれる。うん、ありがとうカイウィル。
「陛下」
そう思っていると、給仕の人から声がかかった。
「な、何だ?」
「陛下。ご自身の嫌いなものをシュロ様に差し上げるとは何事ですか」
「………カイウィル、キャーラとトーマのサラダ、嫌いなんですか?」
「ト、トーマが苦手なだけだ……ぞ?」
「好き嫌いは成長を妨げると聞きましたが?」
「もう十分に成長した」
「好き嫌いは健康を害すると思いますよ」
「苦手なのはトーマくらいだ」
「それでもです」
「シュロ様の仰る通りですよ、陛下。さあ、お食べください。シュロ様は、サラダのお代わりはいかがですか?」
「あ、いただきます」
そして、私は給仕の人にサラダのお代わりを貰い、美味しくいただいている間にカイウィルは給仕の人にさんざんお説教を受けていた。
曰く、一国の王が子供のように嫌いだと言っていてどうする、だとか、ほかにもいろいろと言われていた。
これは後から聞いたのだが、今日の給仕の人は、カイウィルが小さいころから城で勤めていた人らしく幼いころのカイウィルも知っているため、ここまで言えるらしい。
「す、すまなかった。食べる、食べるから……」
結果、カイウィルが情けない声を出しながら降参し、渋々ながらトーマを一気に口に含み、飲み込んでいた。カイウィル、噛まないと詰まるよ?
だがカイウィルはそれを聞く余裕もなく丸呑みし、水で流し込んでいた。しかも涙目。………そんなに嫌いなの?
「うえ……」
「はい、よくできました。デザートは、陛下もシュロ様もお好きなものにしていますので、楽しみにしていてくださいね」
うわー、カイウィルが子供に見えた瞬間だ。カイウィル、本当に何でそんなに嫌いなんだろう。
「大体、トーマなど食べなくても、生きていけるだろうに……」
「――――よく仰いました、陛下。罰として、陛下の分のデザートは、シュロ様に食べていただきましょう」
「んなっ!? そ、それはナシだろう!」
「ありですよ。さあ、シュロ様。デザートは二人前あります。楽しみになさってください」
……楽しみにしてと言われても、無理でしょう。だって、カイウィルからすっごい空気が漂ってきてるんだもん。カイウィルからおどろおどろしい空気が漂って来るもん。
ちなみに、給仕はそれに反してとってもいい笑顔のようだ。魔法で調べてみても、すっごい笑顔だと分かる。
「陛下。トーマのお代わりが必要ですか?」
「いらん!」
「では、デザートは予定通りシュロ様に……」
「う!」
「さあ、お代わりは必要ですか?」
な、なななな、何なんだ、このやり取りは。カイウィルが完全に手玉に取られている。
「お……お代わりを、くれ……」
あ、カイウィルが負けた。
「シュロ様。残念ですが、デザートは一人前です。まあ、食べすぎもいけませんからちょうどいいですね」
「く………、鬼畜が……」
「おや、陛下はもう満腹なのですね。では、デザートはシュロ様に……」
「食べる! 食べるに決まっている!」
……………うわー、カイウィルと給仕の戦いに、ついに決着がついた。完全にカイウィルの負けだ。カイウィルはお代わりと言われてつがれた山ほどのトーマを、必死に噛まずに飲み干そうとしている。
ちなみにその間に私は出された食事を食べ終えて、カイウィルが食べ終えるのを待っていた。必死。
「ほら陛下。シュロ様がお待ちですよ」
「くっ。なら、ここまでたくさんつがなくてもよかったろう!」
「普段から陛下はトーマを残しがちですからね。こういう時くらい、食べてください」
哀れ、カイウィル。
「ぐ………すべて、食べたぞ……」
「お疲れ様でした。では、デザートの準備をいたしますので、お待ちくださいませ」
給仕がそう言って一度退室すると、カイウィルが見なくても分かるほどに安心したのかため息をつく。ちなみに、その様子に年かさの女性給仕は淡く微笑んでいた。つまり、その女性給仕もカイウィルの小さいころから勤めているのだろう。
が、先ほどの給仕が戻ってくると同時にカイウィルのまとう空気が変わる。……カイウィル、どれだけその給仕に怯えてるのさ。
「さあ、ピルチのゼリーを用意しております。お二人とも、お好きでしょう?」
た、確かにピルチのゼリーは、前にガーネットが持ってきてくれたピルチをメイドがゼリーにしてくれたのを食べた時にハマった記憶はある。おいしいんだよ!
が、これはカイウィルも好きだったのかと、少し驚く。
まあ、それほど気にせずにおいしくピルチのゼリーを頂戴する。しかし、現実世界でも桃は好きだったのだが、ここでも桃は本当に好きだ。柔らかいし、甘いし。あっちでは一人暮らしの私じゃ高すぎて滅多に買えなかったんだよね。
だから今、こうやって桃のようなピルチが食べられることは本当に嬉しい。ガーネットに聞いたのだが、こちらではピルチは比較的安価で、よく食べられるものらしい。
「甘くておいしい。喉をするって通る感じ」
「それはよかったです。陛下はいかがですか?」
「ああ。いつも通り、おいしいな」
その後、小さく感想を呟くと、しっかりと聞いていたらしい給仕の人が嬉しそうに返事を返す。うん、まあおいしいよ。おいしいさ。
………うん、ごちそうさまでした。おいしかったです。
「お粗末様でした」
そして食後はカイウィルが部屋まで送ると言ってはいたが、断って自分で戻る。だって、MP残ってるし。MPが危なければカイウィルにお願いするけど、大丈夫なら自力で戻りますよ。
「まあいい。何かあったら呼べ、いいな」
「分かりました」
まあ、大丈夫だと思うけどさ。
そして部屋に戻るとすぐにお風呂の用意をしてもらい、入ったのだが……………。メイド! いちいち手伝おうとしなくていいからね? 一人で入るからね? 一人で入るのもかなり慣れたんだから。それに、何かあったら呼ぶって、毎回言ってるじゃんか!!
―――――って、人が入ってる時に入ってくんなぁっ!!
カポーンといういい音とともに、私の投げた洗面器がメイドの横の床にあたる。いいから出てけっ!
「し、しかしっ!」
「大丈夫だからっ!! 何かあったら呼ぶって言ったでしょ!」
「ですが……心配で……」
「何かあったら呼ぶったら!」
「ですが、あまりにも長いことでていらっしゃらないので、倒れておられるかと……」
「倒れてないから! 出てって!!」
っていうか、いい加減出て行ってくれないと、上がるに上がれずに、本気で逆上せるから!!
……って、本気で………、あたま………くらくら、す……る………。やばい。
「ダメ……、のぼせ………」
「え!? あ、シュロ様!」
何とかそれを呟くと、まだ浴室内にいたメイドたちが急いで駆け付けてくれ、私を湯からあげてくれる。……っていうか、力あるなー。そう思いつつ、意識を手放した。