AFTER STORY6
「準備はいいかしら?」
「はい……」
「さすがはヤナプロデュース。クオリティはバッチシね!」
「あと少しで十二時半よ?」
「いい? これからやろうとすることは引き返せない。もしかしたら最悪な事態になるかもしれない。だから、今なら間に合うよ。本当にやるんだね?」
「うん」
「即答かい! ……さすがだね。じゃあ、行くよっ!」
わたしは“彼”を連れて歩きだしました。今日は九月十六日、文化祭二日目。一般公開なので、より多くの人がいました。皆、“彼”の容姿に見とれ、脱帽し、卑猥な眼差しを送っています。それでも決意固く、歩き続けます。
そして、あるクラスに着きました。
「!」
「!」
ピンク色に包まれた教室。そこに入った瞬間から、全員が“彼”を見続けます。
帽子から首輪、腕輪、手袋、白銀の髪を結うリボンまで、全てが黒でした。服装も黒いゴスロリでした。ただし、
「……」
瞳は赤く煌めいています。
「あんたは……ゴスロリ!」
前橋先輩が出て来て言いました。
「ま、前橋、誰か知ってんだろ?」
「じ、実は八菜ちゃんが身元保証してたから、正体はわかんねえんだ……」
そして、東條先輩も前に出て来ました。
「り、流さん……ですよね?」
「!」
「陸奥実なのかっ?」
「むっつみっ? ありえないくらいかわいいじゃんっ!」
「まじかよ!」
瑠璃お義兄ちゃんも出て来ます。
「本当に陸奥実君なんですか?」
「……」
“彼”は何も言いませんでした。目を伏せ、無表情でした。
「でも、あの眼……カラコンじゃないよね?」
「!」
びくりと“彼”は震えました。
「素なの? あれ……」
「ハーフってことか……」
「なんか意外……」
「……」
口を少し開けて、息をしているみたいでした。
「で、何か言ったらどうだよ、ゴスロリちゃん?」
わたしの怒りが一瞬だけ噴火しました。
「いいから黙ってなさいよっ!」
「なにぃ?」
そこに、
「日村、少し待とうぜぃ」
前橋先輩が割ってきます。彼を宥めすかしました。
“彼”はすごく恐怖を感じていました。脚が震え、冷や汗をかき、息が荒くなっています。
「……」
……駄目だ。
「……はっ……はっ……」
言葉を出せない。
「……ふっ……ふっ……」
この異様な瞳を見てから、この場にいる人全員の目つきが変わった気がしてならない。小さなひそひそ話が悪口や誹謗中傷に聞こえてならない。
「……はぁ……はぁ……」
怖い、またあの思いをするんじゃないかと思うと、身体が萎縮してしまう。誹謗中傷の言葉一つ一つを浴びる度に心が引き裂かれ、暴力や虐めを受ける度に身体は治れど、心が打ち砕かれる。
恐怖に脚が竦み、ついに膝をついてしまう。
「!」
「……はっ、はっ、はっ……」
息が苦しい……。
「大丈夫……?」
「俺ら、何もしてねえよな?」
「それだけでプレッシャーになんのかよ……」
意識が遠退く……。
「はっ、はっ、はっ、はっ、」
もう、……だめ……、
「!」
誰かが手を……握ってくれた。
「は……はっ……」
だ、誰……?
ぼやけていた景色がだんだんと鮮明になっていく……。
「!」
「流さん、しっかり……」
真乃……。
耳元で囁いてくれた……。
「……うん……」
真乃がいる、ただそれだけで……震えが止まってくれた。そして心に満ちてくる何かが後押ししてくれた。
「……お、」
大丈夫だ。真乃がいてくれれば……!
「おれは……むつみ……りゅうだ……」
「!」
「まじかっ!」
「おぉぉっ!」
おおおおぉぉぉぉぉ……!
「お、おれがこんな格好、してっるのは……わかる、よな? 球技たいか、いでの謎の人物の正体をあかす、ため……だ」
真乃の握る手が強くなる。真乃は小さく力強く頷く。
「俺は……おんな顔だし、見ての通り、眼は、瞳は赤い……。今までは、カラーこ、コンタクトしてた。赤い瞳をっか、隠すために……」
みんな、静かに聞いてくれた。
「この二つは、俺のコンプレックスだから、でも、いつかはこれを外して、日常生活を送りたかったんだ」
俺も真乃の手を握り返した。
「それが……俺の夢なんだ……」
「陸奥実……」
「むっつみ……」
「陸奥実君……」
「こ、こんな俺を……皆は受け入れて……くれるか……? こ、こんな俺を……」
俺の声はすぐに消え、教室は沈黙と化した。文化祭のはずなのに、なぜか他のクラスもそうだった。
「……」
「…………」
そんな中で、
「むっつーみっ!」
とおちゃんが机に上って、叫んだ。
「……!」
「むっつーみっ! むっつーみっ!」
「……むっつーみっ! むっつーみっ!」
「むっつーみっ! むっつーみっ!」
むっつーみっ! むっつーみっ! むっつーみっ!
なぜか学校中からコールが聞こえてくる……。それがだんだん大きくなり、やがて一つの音をなした。
「……!」
むっつーみっ! むっつーみっ! むっつーみっ! むっつーみっ! むっつーみっ! むっつーみっ! むっつーみっ! むっつーみっ! むっつーみっ!
そんな大声援の火種となったとおちゃんが、俺に近付いてきた。そして耳元で、
「当然だろ? マイフレンド」
「!」
ぶわっ、と涙が溢れてしまった。
「オレはいつまでもお前の親友だぜぃ? 陸奥実……」
「とおちゃん……とおちゃん!」
「お、おいおい、泣くなし、抱き着くなよ……」
「うわあぁぁぁぁ! うあぁっ、あぁぁぁあっ! とおちゃあぁぁぁあぁぁぁんっ! うあぁぁぁあぁぁっ!」
「ほらほら、せっかくの化粧が、」
次の瞬間、とおちゃんがいなくなっていた。
「え?」
左の方に、顔面着地したとおちゃんがノビていた。
「なんであんたがお兄ちゃんに抱き着くのよっ!」
「そうだそうだ!」
「ふざけんなまうばしいぃぃっ!」
「陸奥実君を抱きしめるのは、アタシよ!」
「何言ってんのよ! お兄ちゃんの妹であるわたしに決まってるじゃないっ!」
何か、殺気立ってきた……。
「なら、誰が相応しいか決めてもらおうじゃねえかっ!」
「陸奥実にっ!」
「って俺かよっ!」
「当然だろっ!」
み、皆の視線が鋭すぎて痛い……。
「じゃ、じゃあ……ジャンケンで決めようか……」
「お前、学校中の人間全員とジャンケンする気かっ!」
「……え?」
学校……“中”? そういえば、大声援も不思議と揃ってたし……。
「……まさか……」
くるりと八菜に向いた。
「ゴメン。お兄ちゃんの洋服の中に、小型の放送マイク付けてた。このクラスだけ音量オフにして……」
「じ、じゃあ……今まで言ったことは……、」
「そっ。まるはだか」
「……」
マジかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! すごく恥ずかしいしっ!
「陸奥実クン、かわい〜!」
「まじかよ、むっつみ……かわいすぎ」
「あはは……」
「いいかぁ! 学校にいるヤロウ共! これから、陸奥実争奪ジャンケン大会をやるぜぃぃぃぃぃぃっ!」
オォォォォォォッ!
「恨みっこなしだから、どうしても陸奥実を強奪したかったら、プライベートで強奪しろよおぉぉぉっ!」
オォォオォォォォォッ!
「ふざけんなあぁぁあっ! やっぱなしなしっ!」
「行くぞおぉぉっ! ジャンケンッ!」
「俺の意見、無視かあぁぁぁぁぁぁあっ!」




