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AFTER STORY5

「……」


 緊張している。


「すぅ……はぁぁ……」


 動揺も混じっている。


「すぅ……はぁぁ……」


 鼓動も速い。

 俺はお風呂上がって、今、真乃の部屋にいる。それだけでも緊張するのに……。


「……」


 真乃の匂いが部屋中にこもっている。あ、頭がくらくらしてくる……。い、いや心頭滅却、心頭滅却……。変な気を起こしちゃ駄目だっ。心頭滅却、精神統一……。 今の時間は八時一分。夕食もいただいて、真乃の部屋でなぜか待っていた。待たされていた。パジャマは無論持ってきてないので、代わりに急ピッチで乾かしていただいた下着の上にジャージを着ている。


「すぅ……はぁぁ……」


 よしよしよし……。よし、落ち着いて、


「流さん……」


「!」


 ばかやろおぉぉっ!

 一気に心乱された! すぐに目を閉じて、後ろを向く!


「何で服、着てないんだよ!」


「ふぇ、あ、あの、いつも部屋から持ってくるんですけど、忘れちゃって……」


「まさか、下着もか……?」


「は、はい……」


 いかんいかんいかんいかんいかんいかあぁぁぁぁぁんっ! 無心だ、無心! 心頭滅却! 無我夢中! 五里霧中!


「……」


「……」


 ……よし、落ち着け、落ち着け……。


「い、いいか? お、俺はこのまま一分間、後ろを向いてる。その間に服を取り出して、着替えてくれ。間に合わなそうなら、申し訳ないけど、廊下に出ていただきたい」


「分かりました」


「じゃあ、数えるぞ……1……2……3……」


 これなら大丈夫だ。服を取るのにそう時間はかからないはずだ。

 もちろん見てはいないけど、音で分かる。服を着て、……心頭滅却、精神統一、無心、無想無念……。


「55、56、57、58、59、60……!」


 音もしなくなったし、大丈夫なはず!


「真乃、終わったか?」


「はい」


「じゃあ見るぞ」


 と言っても、さすがに心配なので下を向いて、真乃の方に向く。確かにズボンを履いている。目線をすっと戻して、やっと一安心した。


「……ふぅ……」


「どうしました?」


「いや、何でもない」


 安堵のため息。

 すると、真乃が俺の隣に座った。ベッドの側面を背にして。


「……」


 シャンプーの匂い……じゃなくて! 落ち着け、落ち着け……!


「本当にありがとな」


「いいえ。私も余計なお世話を……」


 時間は……八時二十九分。

 その後、刻々と時間が過ぎていく。一分、また一分と過ぎていき、気付けば五十分になっていた。

 真乃は目を閉じて、俺の肩にもたれ掛かっている。


「そ、そういえば、真乃のお母さんは一緒に夕食食べたけど、お父さんはいつも遅いのか?」


「……」


「……? 真乃?」


 もしかして、寝てる?


「は、はい?」


 すっと目を開いた。


「ね、ねたた?」


「はい?」


「じゃなくて、……寝てた?」


「いや、起きてますよ」


 柔らかく微笑んだ。どきりと胸打つ。


「私の父親はいません」


「!」


 もしかして、亡くなった……?


「私の父親は自殺しました」


「……」


 ぎゅっと俺の腕を身体に寄せた。


「なぜか分かりますか?」


「な、なぜって……」


 さすがに分からない。


「ちょっと分からないな……」


「じゃあ、父の名字を言えば分かりますよね……?」


「?」


「私の父の名字は……“友田”です」


「……!」


 ともだ……、って、そ、そういえば……!


「こうすると、もっと分かりますよね?」


「!」


 俺は身体を持ち上げられ、ベッドに押さえ付けられた。しかも、


「っ!」


 ベッドのさくと俺の両手が、手錠で……!

 俺を見下す真乃が髪を肩までまくし上げる。


「あ、あぁ……」


 紛れも無く、あの時の女の子だった……。


「私たちの家族は二年前の交通事故の一件で痛烈なバッシングを浴びました。それで私の父は自殺しました……。首を吊ったんですよ……」


「……」


「その後、母の旧姓に戻し、こちらに引っ越して来たんです。幸い、近所の方々には温かくしてもらっています」


「き、気付かなかった……。いや、まさか、俺と同じ高校だったなんて……!」


「高校は刑事さんにこっそり聞いただけです」


「で、でも、何で同じ高校に……?」


「流さん、あなたを殺すためです」


「!」


 お、俺を?

 俺は無意識に身構えたが、両手が縛られて……!


「たまたま、まったく偶然の交通事故なのに、私の家族をバッシングして父さんを自殺に追いやった連中に復讐したかった……。生き残ったのが流さん一人だけなら、簡単だし、はらわたが煮え繰り返るくらい憎かったんです」


「……」


「あの時八菜さんは言ってましたよね? 謝ったって家族は戻らない、生き返らないって……」


「……」


「だったら、父さんだって生き返らないっ!」


 真乃はぼろぼろ泣いていた。


「陸奥実一家のせいで、私の父さんは自殺したっ! あなた方に殺されたも同然でしょっ? なのにどうして私たちを責めるのっ? どうして、どうしてよぉぉっ!」


「……」


 真乃のお父さんは、事故を起こしたせいで、俺の家族と事故を起こしたせいで……そして生き残った俺のせいで自殺した。……それは間違いないだろう。

 真乃はポケットから包丁を取り出した。


「まの」


「!」


「ごめんな。俺が生きてたばっかりに、俺が死ねば……こんなことには……」


 あの時、死ねば、……しねば……。


「……ころしてよ」


「!」


「そのまま、それを心臓に突き刺せば恨みつらみは消えるんだろう? なら、早くころしてよ」


「……」


 それに、ここのところ数年間は本当に楽しかった……。家族を失っても、皆優しくしてくれた……。だからもう、いいんだ。


「俺が死ねば、誰かが死ぬのを聞くことも見ることもなくなる……」


「……!」


 真乃は持っていた包丁をぶん投げた。


「! ま、の……?」


「でもね、流さん」


「?」


「敵の流さんの一言でね……嘘のように、憎しみが消えたんです、我に返ったんですよ……」


「……え……?」


「流さんは、こう言ったんです」



だから、これからはお互いに笑って生きていこう?



「!」


「私も父が自殺してつらかった……。本当は流さんを殺したかった……。でも、流さんはもっと苦しかったはず、つらかったはず……! だから……、だから! 私にも言わせてください」


「ま、まの……」


 真乃は俺を抱きしめてくれた。


「“これからはお互いに笑って生きていこう?”」


「……まの、まの!」


「ありがとう、流さん……本当にありがとう、ありがとう……!」


「うっ、うぅあぁっ……! ぐすっ、すっ、あぁぁ、うぅぅ……」


「ありがとっありがとう流さん……」


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