AFTER STORY4
「ただいま〜」
帰る途中、ものすごい雨が襲ってきて驚きました。折りたたみ傘があったので何とか凌げましたが、靴はびしょ濡れです。
時間としては五時半くらいです。
「おかえりです」
家には瑠璃お義兄ちゃんがいました。いい匂いが立ち込めてます。
キッチンに行くと、エプロン姿で料理をしていました。
「今日なに?」
「今日は八菜さんリクエストのハンバーグですね」
「マジっ? やったぁ!」
わたしの大好物です。
「八菜さんは外食じゃなかったんですか? 陸奥実君からメール着ましたよ」
「ん? ま、まぁね。でも、そんなに食べなかったし……」
「そうですか」
瑠璃お義兄ちゃんは優しく微笑みました。
この家にはわたしとモヤシ(虹)、お兄ちゃんと瑠璃お義兄ちゃんが住んでいます。リビングの他に部屋が三つあって、一つはわたしの、もう一つはお兄ちゃんたち、残りの一つがモヤシの部屋です。
モヤシは刑事さんで、時々帰宅しないので、お兄ちゃんたちが料理することが多いのです。
「あ、それと、陸奥実君はお泊りでうちに帰らないようですよ」
「そうなんだ。まぁ、しょうがないね」
自分の部屋に荷物を置いて、リビングに駆け込みました。テーブルには茶碗が四つあります。
「モヤシの他に誰か来るの?」
「平田先生です」
「え?」
さらりと言いました。平田先生は音楽の先生で吹奏楽部の顧問も務めています。
「なんで平田先生が?」
「……」
また、にこりと笑いました。その時、閃きました。
「もしかして、結婚するのっ?」
「いや、それは行き過ぎですよ! 虹にぃと平田先生はお付き合いしてるんですよ。それで今日は僕らにご挨拶に来るんです」
「へぇ〜。チョー意外! あのクールな平田先生とマヌケなモヤシがねぇ……」
「マヌケって……、まぁ確かにそうですけど」
「あはははは」
「でも、お似合いの二人じゃないですか?」
「? なんで?」
「真面目すぎる平田先生を和ませる、ということです」
「なるほどね」
「ところで、お風呂に入らなくていいんですか?」
「あっ!」
どたどたと走り去っていった。
あの虹にぃがついに付き合うことになるとは、さすがに驚いた。それも平田先生となんて……。八菜さんの言うように、結婚することになれば、学校に行きづらくなるかもしれない。恥ずかしくて。
「!」
がちゃがちゃとドアノブを捻る音がしました。
「ただいま」
虹にぃと、
「お、お邪魔します」
平田先生だ。
「おかえりです。それといらっしゃいです、平田先生」
顔を赤くして頭を下げた。もしかして、クールじゃなくてシャイで口数が少ないだけとか……?
「今日は八菜さんのリクエストでハンバーグですよ」
「やったぁ!」
「虹にぃ、八菜さんと同じリアクションですね」
「はは……」
「えっと、……瑠璃人君が料理を?」
緊張してるのか……。
「そうです。虹にぃは帰宅時間がばらばらですからね。僕と陸奥実君で担当してるんですよ」
「そ、そうなんだ……」
なんか、いつもの先生じゃない。部活の時は、
もっとテンポよく!
ドじゃなくてミよ!
キレが甘いわよっ!
と、鬼教師のようなのに……。
「気になるかい、瑠璃?」
「まぁ、いつもの先生とは多少違いますからね」
「心は自分とか徹とか、友達には素なんだけど、他人で特に子供相手だとシャイになっちゃうんだよ。な、心?」
「う、うるさい!」
さらに赤くなる。
「だから、あんまりイジメないでくれ」
「分かりました」
そろそろ出来上がるな……。
「虹にぃ、ご飯の準備を手伝ってください」
「え〜」
「じゃあご飯抜きです」
「わ、分かったよ……」
平田先生はくすりと笑った。
「弟には弱いな、虹晴」
「う、うるさい!」
「やり返されましたね」
平田先生はきっと虹にぃとはかなりの旧友だと思った。虹晴は虹にぃの本当の名前で、仕事仲間には虹で通っている。多分小学生くらいからの……。
「はぁ、気持ちよかった」
その時、八菜さんがやってきた。風呂上がりのようで、髪が濡れている。
「あれ? 平田先生だ!」
「や、や、八菜ちゃん……こんばんは」
「こんばんは! って、先生キンチョーしすぎだしっ!」
「あはは」
さて、仕度も終わった。八菜さんも速攻で髪を乾かしてきて、テーブルにみんな座った。
「……じゃあ始めの一言を、虹にぃ」
「じ、自分っ?」
「そうよ、早く!」
「え、えぇ〜、今日はですね、激しい雨が降ってですね、」
「早くしてよーっ!」
「それじゃあカンパイ!」
「オチなしかいっ!」
食事は始まった。
……
「ごちそうさま」
「はい。どうでした?」
「いや、普通に美味しかった……」
「ありがとうです」
眼鏡をかけ直した。
「僕と八菜さんで片付けますから、二人はゆっくりしててください」
「あ、あぁ……」
「ありがとう」
八菜さんはせっせと食器を運び、僕が受け取って洗っていく。
「何気にいい雰囲気だね、あの二人」
「そうですね。多分、八菜の言ったことは現実になりそうですね」
「うん。そうなってほしいね」
二人が幸福にならんことを……。
「二人、いい子だね」
「本当、助かるよ。自分はこんな身だから、迷惑かけ通しだよ」
「それでも、親しんでる」
「なんか恥ずかしいな」
心は微笑んだ。
「でも、八菜ちゃんとお兄さんは名字が“陸奥実”で、あなたと瑠璃人君が“新戸”でしょ?」
「そうだね。……絶対秘密にしてほしい。いい?」
「もちろん」
自分はもっと心に寄った。この話を二人に聞かれたくないからだ。幸い、食器洗いをしているから、聞こえはしないだろう。
「八菜ちゃんは……両親から虐待を受けていてね」
「! ひどい……」
「金とコネ、権力で隠蔽してたんだけど、逮捕したのさ」
「流君のご両親がそんなことを……」
「いや、八菜ちゃんは陸奥実君の妹だけど、親戚に預けられたんだ。だから虐待していたのは陸奥実君のご両親じゃなく、八菜ちゃんを引き取った親戚夫婦なんだ」
「!」
「それで、陸奥実君は二年前に交通事故で家族を亡くしただろう? 二人とも放っておいたら、間違いなく人の道を外してしまう。だから思い切って、自分が養子として迎えたんだよ……」
「……二人とも、辛い人生を歩んできたのね……」
それに、香先輩の後生の頼みだ。無視なんか絶対できない。
陸奥実君にいたっては、たまに激烈な自殺衝動を起こすことがある。精神的にはまだ不安定さを残している。放っておいたら陸奥実君は自ら命を断ってしまう。
「ついでに、ここだけの話だけど……」
自分は瑠璃の方を見る。瑠璃は八菜ちゃんと談笑していた。
「瑠璃と自分は完全に血が繋がっていない」
「!」
「瑠璃の本当のご両親は離婚されて、瑠璃が母親についた」
「……」
「でも、どんな理由か分からないけど、瑠璃をうちの母親に託したんだ」
「!」
「瑠璃はまだ幼かったから、必死にご両親を探したよ。でも、自分が瑠璃といっぱい遊んであげて、やがて気にさせなくしたんだ……」
「……」
「あの時ほど、辛いことはなかったよ……」
「もう帰るんですか?」
「夜遅いと迷惑かけちゃうから……」
「また来てね、平田せんせっ」
「そうですね。またいらしてください」
「……」
「?」
「……え?」
「……うっ……っ……」
「ど、どうしたんですか?」
「なんで泣くのっ? わたし、変なこと言ったっ?」
「い、いや、大丈夫だよ。飲み過ぎて酔ったんだよ」
「飲んだの水ですよ」
「まぁ、とにかく女性のエスコートは男の仕事よ! しっかりねっ!」
「そうだね。じゃあ行ってくる」
……
「お前、意外と感情的なんだな」
「……うるさい」
「無理もない。自分もたまにそうなるよ。何て強い子たちなんだろうって……」
「……」
「……」




