AFTER STORY3
文化祭一日目。今日は校内だけで行われる。明日は一般公開の日。近隣の住民の方々も来られることになっている。
明日はシフトが入ってるので、できれば今日のうちに遊んでおきたい。しかし、
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、どうしたの?」
「……」
「……」
俺と真乃はかなり困っていた。
「早くしないと、伸びちゃうよ?」
「わ、分かってる」
今は一時二十三分。八菜のクラスがラーメン屋ということでお邪魔したんだが……。
「これ、誰が作ったんですか?」
「わたしに決まってるじゃん! 特製ラーメンだよ!」
他の人はそれを食べて……、いや、違う。明らかに違う。
「……そ、そうか」
「わたしが渾身の力を入れて作ったんだから!」
……“色”が違う。
「……」
何でラーメンなのに青いんだよ……。お前が入れたのは力じゃなくてブルーハワイか何かだろ、絶対……。かといって、使用した食材は怖くて聞けない……。
罰ゲームで食べさせられている気分だ。
「食べないの?」
「そ……そういうわけじゃないんだ、その、」
「わたしが一生懸命頑張って作ったのに……」
分かる、気持ちは痛いほど分かるんだ。料理下手な八菜が苦労したのはよく分かる。……でも、これは……。
「……」
真乃はなぜか椅子から立ち上がった。
「すみません、ちょっとトイレに……」
そう言って、脱兎の如く駆け出していった。あいつ、卑怯だ!
「我慢してたんだね、お姉ちゃん」
違うから! 逃げたんだよっ! しかもどうするんだよ。ラーメン一つ余ったじゃないか! これを他の人に食べさせたら、痛恨の一言が八菜を襲うだろう。そうしたら、八菜が傷付く……!
えぇぃ! こうなれば自棄だ!
「いただきますっ!」
俺はラーメンを一気に口の中へ流し込んでいった。
覚えているのは、そこまでだ。
「……ん」
気付けば、白に囲まれていた。 あぁ、俺、死んだんだな……。八菜のラーメンで……。
そう思っていると、
「まずい! 八菜ちゃん、これじゃあ陸奥実くんもぶっ倒れるわよ」
「そ、そうなのかな……」
声が聞こえてきた。ここは保健室か!
ベッドから下りて、カーテンを開ける。そちらには八菜と保健室の先生の秋間先生がテーブルを囲って座っていた。上にはあのラーメンがあった。
「お兄ちゃん」
二人とも俺に向いた。
「ごめんね、わたしが無理矢理食べさせたから……」
相当ショックのようだ。
「まぁ、仕方ないよ。今度俺とか瑠璃人とかに料理教われよ」
「うん」
俺は時計を見た。四時十二分になっていて、文化祭一日目は終了していた。そ、そんなに気絶(?)していたのか? 改めてこのラーメンの威力を思い知った。
ゆらゆらと青いスープが揺れている。
「やばい。俺、教室戻ります」
「そう。それじゃあ、明日なんだけど、陸奥実君のシフトの前に立ち寄ってね」
「? 分かりました」
俺と八菜は教室に戻っていった。途中の四階で八菜と別れ、俺は自分のクラスに戻った。
中に入るや、
「おぉ、陸奥実、大丈夫かっ? 貧血でぶっ倒れたって?」
とおちゃんが話し掛けてくれた。
「え? んまぁ……」
さすがに、八菜のラーメンで倒れたとは言えない。そして確かに貧血っぽく、頭がふらつく……。
どうやら、新たな仕込みの準備をしているようで、
「頑張ってるな」
クラスメートが動き回っていた。その中に女子と戯れる真乃もいた。例の件での話はみっちりさせてもらおうか。
ふとして、一人だけまだメイド服を着ているのに気付いた。その娘が俺に寄って来る。……どこかで見た気が……?
「あ」
まさか。
「瑠璃人か?」
「……」
さらっとした黒髪に黒ぶち眼鏡で、スマした顔をしている。間違いない。
無言で頷いた。
「なんで陸奥実君がやらなかったんですか! 大変な目にあったんですよ!」
ポカポカと叩いてくる。こいつ……目覚めた? いや、そういうのはよそう。俺も気持ちがよく分かる。
「ほら、暴れるとパンツ見えるぞ」
「ひゃ!」
ほ、本当にスカートがめくれて……!
「!」
「ぐばっ!」
「ふしゅっ」
「お、おい朝山! しっかりしろっ!」
「山田さんもか!」
「こ、これは破壊力あるな……」
十人ほど保健室に送還されていった。しかも、本当に……!
「で、何で着替えないんだ? 新境地を開拓しちゃった?」
「ち、違います!」
本当に面白い。
「バッグを誰かに盗まれてしまって……。体操着も制服も中なんですよ……」
「しかも、なぜパンツ履いてる?」
「こ、これは……あの、先輩が悪ノリして……」
「まぁ、なんにせよ、それで帰るしかないな」
「!」
この世の終わりのような表情になる。
「お願いします。体操着でいいから貸してください……。前橋君とか一部以外のみんなには内緒にしてて、お願いできないんです……! しかも前橋君たちも貸してくれなくて……」
きっと瑠璃人のメイド服が予想を超えるものだったんだな。
「もし、陸奥実君が貸してくれなかったら……僕……ぼく……」
相当恥ずかしいんだろう。遂に涙を流してしまった……。
あの瑠璃人が泣き出すくらいだから、よほどの羞恥心だろうに……。
「ぐはっ」
「ごあっ!」
「ぎゃふぅん!」
「ま、前橋! 大変だ!」
「細野さん!」
「おいおいっ! しっかりしろ!」
また新たな犠牲者が十人ほど……。さすがにやり過ぎだな、これは。
「分かった分かった。分かったから泣くなよ」
「ありがとうです、陸奥実くん……」
「!」
こいつ、やっぱり無意識に目覚めてる!
俺らは瑠璃人の着替えを済ませた後、帰ることにした。ちなみに俺の体操着を貸した。
校舎を出て、校門に差し掛かると、
「あ」
女の子がいた。瑠璃人が反応したところを見ると知り合いみたいだ。
「瑠璃ちゃんと……瑠璃ちゃんの親友さんだね?」
「えぇ、そうですけど……」
「だから、瑠璃ちゃんは止めてください」
「いいじゃん。かわいぃんだから」
瑠璃人のことを“瑠璃ちゃん”か……。若海先輩とは相変わらず仲がいい。
「えっと、改めまして陸奥実 流です」
「私は若海 礼香。瑠璃ちゃんの彼女でーすっ」
「ぶはっ」
瑠璃人が吹いた。かなり顔が赤い。
「そういうのは堂々と言うものじゃないんですよ!」
「でも、本当じゃん」
「だから、んーもう!」
「顔あかーい。かわいぃね」
瑠璃人が動揺しまくっている。散々瑠璃人をいじった後に、俺をじろじろ見はじめた。何か変なのついてる……?
「んー……」
少し真剣な眼差しで、緊張する。
「流ちゃん……じゃあなんかかわいくないしなぁ……」
「は、はぁ……?」
「……むつみっちゃんだ! 君の名前はむつみっちゃんだねっ!」
俺の呼び方考えてただけかっ!
瑠璃人が囁いてくる。
「陸奥実君、気にしないでください。先輩は変なあだ名をつけるのが好きなんです……」
「べ、別にいいんだけどな」
「誰が変なあだ名つけるって? 瑠璃ちゃん?」
おまけに地獄耳か。
「何でもないです……」
俺はふとしてケータイを見た。着信……六件? メールが十八通っ? いつの間に? 中を見ると……着信が全部八菜。メールは……全部八菜かっ!
「……」
[お兄ちゃん待っててね]
「これだけかいっ!」
「わあ! びっくりした〜!」
「どうしました?」
「い、いや何でも……」
これが十八通全ての文だった。一通だけ送ればいいだろう!
「お二人は先に行っててください」
「えー! むつみっちゃん一緒に帰らないの? せっかくかわいぃところ掘り出そうと思ったのに……」
何か危ないことになりそうな気配だった。
「そうですか。じゃあ先に家に帰ってますね」
二人は帰っていった。
その数十分後、
「あれ? 流さん、どうしたんですか?」
「え?」
真乃が一人でやって来た。
「真乃、他の女子と帰らないのか? 暗くなってるから危ないぞ」
既に四時五十二分だ。暗くなり始めている。
「最後の仕込みをやってたので……。それにみんなとは帰る方向が違いますし……」
「そ、そうか、……!」
ケータイが微震を訴える。
「ちょっと待っててくれ」
「はい」
メール……八菜だ。
[やっぱ先帰ってて。友達とファミレス行ってくる]
「……」
「流さん、誰か待ってるんですか?」
「ん、まぁな」
「そうですか。じゃあ私は先に、」
「待て、真乃」
「は、はい、何でしょう?」
「……帰るぞ」
「! ……はい、流さん」
曇り空らしく、どんよりとしていた。それでも気分が沈むことはない。
「……わさび付けないで寿司を食べるんですか? 流さんはお子ちゃまですね〜」
「う、うるさいっ! 山葵なんて舌がびりびりして味が分からないし、ネタ本来の味が分からなくなるだろう?」
「わさびを入れた寿司が本来の味なんですよ、りゅうちゃま」
「やかましいわっ」
「あははは」
真乃がにこりと笑った。
「ん?」
ふとして、鼻に何かついた。
「なんだ?」
すくってみると、ほんのり冷たかった。
「あ、雨降ってないか?」
「本当ですね。明日に響かなきゃいいんですけど……」
確かに、雨が降ると客足がごっそり削られてしまう。しかも、
「うわ、強くなってきましたよ!」
「はやっ!」
雨脚が激しくなってきた! まずいな。真乃とうちん家はまるで反対方向だ。真乃を送ってから家に帰ろうと思ってたんだが……。
自分のバッグを漁ると、折りたたみ傘が見付かった。
「真乃、これ使え」
「え? でもり、流さんが、」
「俺は大丈夫だ。早く行くぞ!」
「う、うわ!」
土砂降りになった。
ぐしゃぐしゃと足音を立てて走り抜ける。
そして真乃の家についた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
雨脚はさらに強まり、夜の暗さも相まって景色がまともに見えなくなっている。
真乃はそんなに濡れていない。足元は駄目だけど、乾かせば大丈夫なくらいだ。
「流さん……ずぶ濡れ……」
俺は制服を着たままシャワーを浴びたように濡れていた。服が身体にへばり付いて、重さを増している。
「それじゃあ、帰るよ。風邪ひくなよ」
「待ってください」
俺の手を真乃が掴んだ。冷え切った手に温もりが伝わる。
「うちに泊まりませんか?」
「え?」
「この雨の中じゃ、傘があってもまともに帰れないですし、流さんが風邪ひいちゃいます……」
「あ、ありがたいんだけど、大丈夫だよ。身体は強いから」
さすがにそれはまずい。
そうこうしているうちに、
「お帰り真乃、……!」
真乃の母親が玄関を開けてしまった。
「二人とも大丈夫っ? ほら、中に入ってお風呂入んなさいっ!」
有無を言わずに、中に引き込まれた。
「……」
真乃のうち、初めてだ……。
「……は!」
じゃなくて! 早く帰ろう!
「ま、真乃、あのな、」
「これで身体拭いてっ!」
「ぶふ!」
ばふっ! とタオルに塞がれてしまった。とりあえず、拭けるところだけ拭こう。
「……」
「流さん、先にお風呂入ってください」
「そ、それじゃあ、……お風呂入ってから……帰るよ」
「それだと湯冷めしちゃうじゃないですか! なおさらダメですよ!」
こうなったら、観念するか……。せめて、変な気だけは起こさないようにしないと……!
「わ、分かった……」




