三十一壊目「告げる・中」
料理はテキパキとスムーズに進み、テーブルに置かれる。もう小一時間かかっている。それでも短かく感じた。
部屋に充満する香ばしさと円やかさが匂わせる。食欲を注がせる。
僕は日頃の腕を振るわせていた。
「……できました!」
「あぁ〜、やっと終わったなぁ!」
「お腹減りましたよ……。早く戴きましょうよ!」
「そうだな。……とおちゃん、夕飯できたよ」
今微かに反応したような……。
「……よっしゃあぁぁぁぁあぁぁっっ! さすがは……ぐはぁぁっ!」
今折れる音がしたような……。
「あんさん、なんで手伝わなかったん! こちとら大変やったんやで!」
「死刑です死刑!」
「それはあいつのせい…………ぎゃああぁぁぁぁっ! 助けてぇぇぇ!」
「四の字固めだあぁぁぁあっ!」
なんという理不尽だろう。それでも罷り通すあの二人はつくづく最強のコンビだ。そう思わざるを得ない一面だった。
とりあえず一通り懲らしめた後、人が変わったように自分の席に戻る。そして合掌。
「いただきますっ!」
「いただきやす!」
「いただき」
「い、いただきます……」
この人たちはなんでこんなにテンション高いんだろう?
ひとまず、食べることにした。
………………
…………
……
美味しかった。半分くらいが手作りじゃないにしろ、格別だ。まるで一足早いクリスマスのようだ。作った時間と食べ尽くした時間は二倍くらい差があった。もちろん、後者の方が長い。というより、ほとんどが会話の時間だった。面白く、怖く、楽しく、愉快で最高の瞬間だった。久しぶりに笑顔を見れた。
こんな時間がずっと続けばいいのに……。
「ごちそうさまでした」
「……あぁ〜食った食った!」
「そうやねぇ……。さすがに食べ過ぎてしもうたわ……」
「みんなは休んでていい。適当に片づけるから」
「いや! そいつはオレにやらせてもらおう! 男としてな!」
前橋君が相当な量の食器たちをあっと言う間に運んだ。そして水を流すあの音が聞こえてきた。食器が打ち付け合うのも。
「ふふっ、とおやんは単純やなぁ」
「そうですね。それが彼のいいところです」
ふとして時計を見てみると、短針が“十”を指そうとするところだった。…………。
僕の中で黒いものが生み出される。
「誰かぁ〜! 助けてくれぇぇ!」
「! どうした!」
「間違えて洗剤飲んじった〜!」
「どんな間違え方ですかっ! ……まったく」
「とりあえず危ないと思います」
「そうやね。むっちゃんと真乃やん、八菜やんでいってやっといて」
三人は顔を見合わせ、あちらに急行した。するとなぜか悲鳴が拡大していた。
それよりも僕には、奈多弓さんが三人を“態と”行かせたようにも思える。
「三人してアホやなぁ……」
「……あなたは行かなくていいんですか?」
「大事やろ。プロなんやからな」
少々呆れ笑いする。僕もそれに合わせた。
「…………」
「……」
「…………」
「?」
僕を凝視してくる。どこかに埃でもって付いてるかと体をはたく。しかし、それでも視てきた。
そこへ四人が戻ってくる。
「……ちょっと失礼するわ……」
彼女は入れ替わるように部屋を出ていった。僕も含めて見送った。
「どうしたんでしょう?」
「トイレに決まってるだろ」
「瑠璃人、何か言ってたか?」
僕にフるのか……。僕は適当に前橋君の言うとおりだということにした。特に不振がられることなく会話が進んでいく。あれはおそらく……。
同じように理由を添えて部屋を出ていく。その先には案の定、彼女が待っていた。廊下は心なしか暗く、余計に不気味に見えてしまう。後ろをさりげなく向くと、形に沿って光が漏れている。
「…………」
「……さすがやな」
「何がですか?」
「何でもない。気にせんといて」
一体僕に何の用だろう? 険しい表情から察するに、少なくともいい話ではなさそうだ。
僕らは奥の方のトイレの前まで行った。途中、話し掛けたような気がしたが、意識がそちらになかった。あまりに微かな声だった。中にいる人たちにはとても拾えないくらい。こんなに近くにいる僕ですら……。
そして着くやいなや、今度は面と向かってくる。
「むっちゃん、本当に人殺してしもうたんか……?」
「……!」
“人殺し”。この場に、いやどの場にも相応しくない単語が零れた。
「……どうなん?」
「……それは……」
天から地へ堕ちた気分だ。
言いづらかった。彼がやったのは否定できない。実質、自分でもやったと述べていた。奈多弓さんがどういう経緯で知ったのかはさて置き、僕の一言がどのような影響を与えてしまうのかが怖い。もちろん渋っていては自ずと答えを公表するようなもの。
まさしく同じだった。
「……お願い……どうなの……?」
「……」
僕に詰め寄る。胸元を握りしめ、見上げて目を潤わせて。普段の彼女からは想像できない苦しげな顔だった。
どうして彼女は知りたがるのだろう? 友達だから? ただ信じられないから? どれも違う。
僕には自分の一生を捧げてでも何とかしたい“決意”を感じ取れた。彼女の眼はそう訴えている。だから嘘は……つけない。けれど……。
「……わかりません」
「……え?」
「僕には未だにわからないことがあるのです。どうして陸奥実君が自らの手を穢したのかを……」
「……八菜を助けるため」
「?」
僕は奈多弓さんがとある警察官から教えてもらったことを話してくれた。本当は極秘だけど、何かギブアンドテイクがあったらしい。
一般人による八菜さんと雛さんの拉致監禁、二人を救出するために陸奥実君が奔走し、それを阻んでしまった警察官四人が殺害されてしまった。しかも、犯人たちのうち、一人を殺害したらしい。……なるほど。
「二人のため、ですか……」
犯人たちは重傷で、警察病院に搬送されたらしい。
「警察官四人は虹にぃが派遣した方々です。おそらく、陸奥実君は五人も殺害してしまったんです……。……厳しいですが、極刑は免れないと思います……」
「……」
彼女は無言で俯いた。
「トイレ、使いたいんですが、大丈夫ですか……?」
また無言で頷いた。
この雰囲気から逃げたくて、トイレに入った。
「……」
陸奥実君の“手紙”では、何も“条件”は満たしていない。すなわち数時間後には殺害を企てる何かが動き出す。それがデタラメだとしても、極刑が待ち構えている。どちらにしても、陸奥実君が真っ当に生きる術がない。
「……」
絶望的だった。
僕が考えているのにいきなり、
「?」
こんこんとノックがした。いけない。他の人が待ってる。急いで外に出た。
「瑠璃人……」
陸奥実君が待っていた。トイレ……ではなさそうだ。
まだいてほしい、顔にそんなことが書いてあるような気がして、少し笑う。
「……さて、帰りますか。陸奥実君は寂しがり屋さんなので心が痛みますが……」
「誰が寂しがり屋だ」
いた。こつんと小突かれた。みんないるので、お開きだと思った。
みんなで玄関まで行く。僕らは靴を履き、陸奥実君と八菜さんと向き合った。
「それじゃあな!」
「またなぁ!」
「さよならです」
「また明日!」
「……あぁ! またな!」
「おとといきやがれっ! 麦藁小麦ムスメ!」
「やかましいわ! 青髪ツンデレ美少女っ!」
「あはは……」
…………ガチャン
意外に皆、料理か上手い。さすがにできる人四人いると、キッチンの空間が暑いしうるさいし、……本当楽しい……。八菜には食器運びと準備を任せた。錬金術は本気でお控え願った。
「……できました!」
「あぁ〜、やっと終わったなぁ!」
もう何時間もやっている気分だ。汗だらだら……。
「お腹減りましたよ……。早く戴きましょうよ!」
「そうだな……」
俺の光速の拳をくらったとおちゃんを起こそう。まだ睡眠中だ。
「……とおちゃん、夕飯できたよ」
軽く揺すると、ぴくりと反応した。
「……よっしゃあぁぁぁぁあぁぁっっ! さすがは……ぐはぁぁっ!」
横から棗さんの顔面踵落とし……。
「あんさん、なんで手伝わなかったん! こちとら大変やったんやで!」
真乃の関節技……。
「死刑です死刑!」
「それはあいつのせい…………ぎゃああぁぁぁぁっ! 助けてぇぇぇ!」
「四の字固めだあぁぁぁあっ!」
八菜のフィニッシュ。とおちゃんは日に日に打たれ強くなってる。多分。
さて、席に戻ろう。
皆が席についてから、
「いただきますっ!」
「いただきやす!」
「いただき」
「い、いただきます……」
やっと食事のじかん、
「ほあちゃあぁっ! から揚げはオレのもんだあぁ!」
「それはワイが狙ってたんやでぇっ!」
「あっ、いつの間にプリンなくなってる!」
「な、なにぃ! サラダが消えてる!」
「パスタいただきますか」
「新戸おぉっ! すました面して中々やり手だなっ!」
「うわっ! パスタにわさびは合いませんよっ!」
「なっちゃん、美味しいね」
「そうやなぁ。そこのハンバーグ、むっちゃんの手作りよ?」
「へぇ〜……か、からぁっ!」
「ロシアンルーレットやがなぁ〜」
いや、食事というより……、
「ひひひ……」
「ぎゃあぁぃあ! だれだあぁっ! ハチミツとマスタード混ぜたやつあぁぁっ!」
「よく分かったわね、うみぼうず」
「誰がオレの頭で大根おろしできるっつったぁぁぁぁあっ!」
「それ自分やんっ!」
「あ、東條さん、醤油ください」
「ショウ、ユー」
「……」
「無言で私のオレンジジュースにラー油入れないでくださいっ!」
「ついでに、わさびついかあぁっ!」
「からしもやっ!」
「マスタードぉぉっ!」
「ふえぇぇぇっ?」
「まさか、飲まないわけじゃああるめぇなぁっ?」
「飲めや、飲まんかぃっ!」
「飲まなかったら服一枚ぬげぬげ〜!」
「なかなかえぇやないか、ツンデレ娘!」
「ふえぇ……、りゅうさあぁん……助けてください……」
狩りの時間だな……。
「ほら、目隠ししてやるから鼻は自分で摘め」
「ふぁ、ふぁい」
「飲ますぞ」
「う、うぅぅぅぅっ?」
「うわぁっ……! むっちゃん鬼やっ!」
「水飲ますから、口の中を濯いで飲めよ」
「んぐ……んぐ……」
「鬼畜だ、陸奥実!」
「さすがお兄ちゃん、ドSだねっ!」
「! 全然……味しないですっ!」
「まじかっ! ベロ腐ったかぃなっ!」
「じゃあ今度はお前らだよな?」
「え?」
四人とも地獄に堕ちたそうな。
「それにしても……」
ぐっちゃぐちゃだな……。美味しかったし、騒ぎまくったのは楽しかった。でも……掃除が大変だな……。
「ごちそうさまでした」
「……あぁ〜食った食った!」
「そうやねぇ……。さすがに食べ過ぎてしもうたわ……」
さっさと片付けよう。
「みんなは休んでていい。適当に片づけるから」
「いや! そいつはオレにやらせてもらおう! 男としてな!」
「あ、あぁ……」
とおちゃんが張り切っていた。さすが、テーブルにある食器全てをあっと言う間に運び出す。しかも何も割らずに。しかも食器洗いもやってくれるそうだ。
俺は席に戻った。
「ふふっ、とおやんは単純やなぁ」
「そうですね。それが彼のいいところです」
確かに。
「誰かぁ〜! 助けてくれぇぇ!」
「!」
何かやらかしたかっ!
「どうした!」
「間違えて洗剤飲んじった〜!」
「どんな間違え方ですかっ! ……まったく」
「とりあえず危ないと思います」
「そうやね。むっちゃんと真乃やん、八菜やんでいってやっといて」
「……」
仕方ない。
俺らでキッチンの方に向かうと、
「ぐあ!」
「うわ!」
「きゃ!」
何かに滑った! 床がぬめぬめしてる……? まさか、これ!
「ぬるぬる床の術っ!」
「その頭、洗剤で根こそぎ洗ってやるわあぁぁあっ!」
「ぎゃあぁぁぁっ! やめてくれぇっ!」
「ミカンの皮で目潰し!」
「ぎゃぴん!」
牛乳鼻から一気飲み。
「がぼぼぼぼっ!」
「まったく! 掃除が大変になるだろう!」
「ずびばべん」
急ピッチでキッチンやその周辺を綺麗にした。それでも、早めに終わった。
俺らが戻る頃に、棗さんが部屋を出ていった。
「どうしたんでしょう?」
「トイレに決まってるだろ」
「瑠璃人、何か言ってたか?」
「トイレですよ」
「そりゃそうか」
「?」
少し違和感があるような……。でも気にすることでもなかった。
俺らが談笑していると、瑠璃人も同じように出ていく。
談笑はさらに続き、遂に、
「……それでよ……」
「とおさん」
「ん? なんだ?」
時を迎えた。
「……あぁ、わりぃわりぃ」
とおちゃんはばつが悪そうに頭を掻いた。時計を見ると、十時四十五分を過ぎようとしていた。さすがに長かったか。
「そろそろか?」
「おぅ、帰るぜぃ。なぁに心配すんなよ! ちょっとの辛抱だろ?」
…………。
「あぁ、ほんの数週間だ。あっと言う間だよ」
「……」
現実は甘くない。俺はきっと何十年、いやもしかしたら……。今更後悔やらなんやらの負の念はない。俺は罪の重さを背負い続け、生きていかなければならないのだ。そして、虹さんに謎を解いてもらいたい。この世に存在する“参加者”を救うことに繋がるからだ。それが俺に対する“贖罪”。
「玄関まで送るよ」
「ありがとうです」
「あのトイレ組も連れてかなきゃな」
居間を出て進んでいくと、棗さんがトイレのドアに寄っかかっていた。俺らに気づくと跳ねるように近づく。
「もしかして、お開きかぃ?」
「夜遅いし、疲れただろうから……」
「そうかぃ……」
がっくり肩を落とす。もしかしてまだ騒ぎたかったのか? 事情はどうあれ、さすがに近所迷惑だ。
瑠璃人が出てきた。
「瑠璃人……」
俺の顔を見て、くすっと笑う。
「……さて、帰りますか。陸奥実君は寂しがり屋さんなので心が痛みますが……」
「誰が寂しがり屋だ」
とりあえず小突く。相変わらず憎まれ口は減らないようだ。
玄関まで行き着く。靴を履き、向き合った。段差のついたみんなの背がもどかしくなる。
「それじゃあな!」
「またなぁ!」
「さよならです」
「また明日!」
「……あぁ! またな!」
「おとといきやがれっ! 麦藁小麦ムスメ!」
「やかましいわ! 青髪ツンデレ美少女っ!」
「あはは……」
…………ガチャン
「…………」
「……」
「…………ふぅ」
「行っちゃったね」
八菜が優しく微笑んだ。
いつもながら、見送るのは胸が傷くなる。それはちょっとしか離れていないのに全く異なる環境だからだ。身を締め付ける程に襲いかかる静けさ、空しさ。どこかの人の俳句を思い立たせる。
やがて四人の騒がしさは薄れていき、遂には消えた。しっかりと味わってから居間に戻った。
誰もいない。当たり前だ。でも、ほんの数時間前の映像が残像となって再生する。豪快な笑い声、強烈な悲鳴、爽やかな関西弁、大人びた口調やらなんやらがここに残っていた。それを思い出すだけで今でも笑いだしてしまう。
「一時間ちょっと……か……」
「そうだね」
きっと、あっという間じゃない。たとえどちらかが不成立しても絶対なる孤独に包まれる。いや、片方は完全に確定している。それが早いか遅いかの違いだけだ。手の施しようがない。
「? ……お兄ちゃん?」
……まさか、自分でも考えられなかった。こんな紙切れにこんなに人生をめちゃめちゃにされるなんて。深く考えすぎた? 最初から気にしなければよかった? じゃあ……。
「……どうすればいいんだよ……!」
「……」
結果的にこうなる。そして答は……。
「…………ふぅ」
自分の部屋に向かい、机の引き出しを漁る。既に開封された手紙を見つけ、開く。
「……2019年九月十六日、午前十二時に亡くなられます。ですが、それを回避する方法がございます。
一、素直に諦める。
二、現在の自分の年齢分だけ関係が全くない他人を抹殺する。
三、最も親しい友人を一人だけ抹殺する……」
生き延びるには殺すしかない、という結論に達する。さもないと自分に死が降り懸かる。
あまりに理不尽で自分勝手なものだ。いきなり自分が死ぬと宣告しておいて、殺人沙汰を引き起こさせるなんて。俺は別に何も悪いことはしていないのに……。
……いや、
…………ある。
「……俺だけ……」
……とても想像したくない……。
「……生き延びたからか……?」
そうじゃないことを信じたい。けど……。
「みんなが死んだのに、俺だけぬけぬけと生き延びてたからか……!」
「…………」




