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三十一壊目「告げる・上」

「……はい、7渡し。上がり」


「はぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「ワレ、なにまた上がっとんねん!」


「どう考えても仕込んでるとしか……」


「お前……何十分も切っといて仕込めるわけないだろう……」


「むむぅ〜! リセットしてもう一回やりますよ!」


「えっと、確か三十二回目だな、その台詞」



……



「10捨て二枚、上がり」


「……お兄ちゃん、UNOだとザコなのに、大富豪つよすぎ……」


「…………もう無理……。頭おかしいんじゃね……?」


「そうですね……。休憩にしましょうか……」


「……まだやるのかよ……」


 もう既に八時を回っていた。あれからずっと大富豪しかやっていない。数時間、トランプと睨み合っていたのだった。まぁ、その健闘も虚しく大富豪になれたのは一人しかいないわけだが。


「腹減った……」


「…………」


「……」


 闘う意志があっても空腹には敵わない。

 俺は仕方なく立ち上がった。


「……俺が作るよ」


「おっ? 飯作れんのか?」


 …………。


「……たまに親が仕事で帰ってこない時もあるからな……」


 俺は逃げるようにキッチンへ向かった。生憎、ここからキッチンは少し離れている。

 そういえばとおちゃんたちは知らないのを忘れていた。口が滑るところだった。瑠璃人は虹さん繋がりで知っている。それもあって黙っていた。……もしかしたら、みんなにばれているかもしれない。

 とりあえず、何を作ろうか。


「……もしや……」


 最近ここに帰るのが少なくなっている。冷蔵庫は……。


「大丈夫か……? 腐ってたりとか……」


 必然的な不安がにじり寄る。腫れ物に触るようだ。でも、それをなんとか押さえ込んで、手をかけた。


 時だった。


「!」


 手が離れない。


「…………」


 それはそうだ。


「あっ……」


「……流さん……」


 そこに、真乃の手が重なっていた。


「まっ、まままま、真乃っ!」


「? どうしたんですか?」


「えっ……? ……!」


 なっ、なに緊張してるんだ……! 落ち着いて深呼吸……じゃなくて!

 どう考えても俺は焦っている。それは以前にも同じことがあったからだ。忘れかけていた記憶が水のように溢れ出てくる。そしてあの時の映像の一秒一秒がこの瞬間に詰め込まれていた。恥ずかしい……。


「……覚えていますか?」


「な、何を……?」


「……仕返し」


「……え?」


 真乃がその手を無理矢理剥がし、引っ張る。いきなり自分の方へ。


「ちょっ、と待て!」


「お返しですよ」


 そして、首の辺りに頭をうずくまらせる。ほんのちょっとの出来事だが、理解するのには十分すぎた。

 俺の顔がうずくまる。


「……流さん……顔、赤いですね。真っ赤っかです」


「当たり前だ! だって……その……」


 それ以上は恥ずかしすぎて言えなかった。おそらく真乃から見れば、俺なんか何かの小動物に見えるだろう。頭から湯気が立っているだろう。

 二回目だった。


「あの時、流さんはこうやってました」


「……!」


「だから“お返し”です」


「真乃……」


 あれは悪戯心が芽生えただけで、真乃の赤面した顔が見たかっただけで……。意識なんかしてなくて……。

 真乃の心の音がしている。

 赤ちゃんが泣き止まない時にビニール袋をぐしゃぐしゃ音立てると泣き止む、というのを聞いたことがある。それは、その音が胎内にいた時の音と似ているから母親の胎内にいると思い込み、安心するからだという。もしかしたら、今それが起きているかもしれない。変な意味じゃなく。


「不思議だな……。落ち着いてくるよ……」


「ふふ、そう言われるとなんだか恥ずかしいです」


「……」


 さすがに恥ずかしさが積もってきた。


「……み、みんなは?」


「……買い物です。その中、からっぽでしたから」


「……?」


 途端に騒々しかった空間が余韻を残しつつ、変に静まり返る。……そこに真乃と俺しかいない。

 そして変な緊張感も残していた。


「流さん……」


「真乃、その……なんだ……」


「はい?」


「……」


「……」


 恥ずかしすぎる……。


「その、……離れようっか……?」


「え、えぇっ。そうですね」


 真乃のやわらかい……じゃなくて! とりあえずお互いに離れた。

 その後から、沈黙が続いた。


「……遅いな……」


「えっ、えぇ……」


 しかし、針の音が唯一、無音をかき消してくれる。


「……きっと、たくさん買い物してるんだと思います……」


「そんなにいらなかったのにな……」


「そうですね。……あはははは……」


 そしてギクシャクが空間を覆っていた。

 真乃と二人きりは本当に久しぶりで、何を話したらいいか分からなかった。あっちもそれを感じているせいかもっと話しづらい。

 棗さんたちが帰ってくるのを待つことにしよう。けど、真乃と話したい……。



伝えてみて。



「……?」


 今のは?



言ってみて。



 誰の言葉? 周りは真乃しかいなかった。



待っていたから。



 誰を?



ずっと前から……



…………



……



「……ゅぅ……、流さん、聞いてますか?」


「……? ……あぁ、聞いてるよ」


 今のは何だ? 女の人の声で、凛々しく少し低い。大人らしいのになぜか幼さがあった。必死になって頭の中を探すが、次第に薄れていく。遂には消えてなくなった。

 それらとは裏腹に自然と口から出れた。


「……ありがとう」


「……え?」


「今までありがとう」


 真乃は少し驚きを隠せずに狼狽する。だが、冷静を取り戻すと、満面の笑みを返してくれた。


「……いえいえ。当然の事をしてきただけです」


「……だけどどうして真乃は……」


「うぉらぁぁぁぁぁぁっ!」


 何か言おうとしたその瞬間、三人が帰ってきた。かなり五月蝿い。こちらに来て興奮状態はさらに上がる。宝くじに当たったかのような騒ぎようだ。

 とおちゃんと瑠璃人が買ってきたものをどっさり下ろす。中身はテーブルをおおよそ占めてしまうほどあった。その費用は誰が支払ったんだ?


「もう遅いですよっ!」


「すまんっ! 今すぐ支度したる!」


「ところで陸奥実、東條とラブラブクッキングしたか!」


「……え?」


 思いがけない火の粉が降り懸かる。隙をついて、とおちゃんの顎に思いっ切りねじり込んだ。動かなくなった。


「さて、今のうちにどんどん作ってしまおう」


「そ、そうですね……」


「恐ろしや……むつっみぃ……、がくっ」

「……たまに親が仕事で帰ってこない時もあるからな……」



……



「ほな行くで男二人とツンデレ娘」


「言われなくても行くわよ」


「新戸、行くぞ」


「は、はぁ……」


「真乃やんはむっちゃんと待機」


「え、えぇっ……! 私も、」


「アホかっ……! むっちゃんにコクるんは今しかないんやで……!」


「だっだけど、」


「だけどもヘチマもあるかぃっ……! ……行くで」


「……」






「奈多弓さん」


「なんや?」


「前橋君や八菜さんだけでなく、どうして僕もなんですか……?」


「……不満かぃ?」


「いや、なんとなくです」


 嫌みとかそういうわけではない。僕は二人とは間接的にしか面識はない。だから少し抵抗があるのでは……、と思っただけだ。

 僕らは最寄りのスーパーに既にいた。僕がカートを押し、三人が食材を入れる。特に前橋君はと八菜さんが遠征に行っていた。なので奈多弓さんと僕が常に一緒だった。そこにも多少の疑問がある。

 しかし、彼女は眉をしかめる。


「理由なんかあらへんよ?」


「え?」


「ただ、買いもん行きたいなぁ思うて、連れてきただけやねん。そこに理由なんか必要?」


「……はぁ……」


 なぜか妙に納得させられる。

 奈多弓さんはその後も野菜やら肉やらを入れていく。それだけで一杯に溢れそうだ。食材的にはカレーかシチューのようだ。僕はとろける派が好きだ。……あれ?


「なんか楽しそうやなぁ!」


「あ、えっと……僕、ちょっと変ですね」


 僕が……興奮する? こんな感覚は久しい。


「変やないで。ワイだってそうやもん」


「……僕は感情表現が疎いんです」


「それは使っていないだけ」


「……?」


 急に態度が変化したような……。しかし、それをもって会話は終わりを告げた。

 沈黙が続きながら、レジに着いた。適当に済ませると前橋君は向こう側に荷物を置いていく。僕は貰ったビニール袋に収めていった。実は結構得意だったりする。途中で彼に褒められたのが少し嬉しかった。


「……んな、行くで」


 それを合図にスーパーから出て行った。


「ありがとう……」


「え……?」


 意外な言葉が出て来た。


「お兄ちゃんを大切にしてくれて……」


「いつもならキモい言うんけどな……」


「こっちに来れてよかったよ」


「八菜ちゃん……」


「わたしね、お兄ちゃんの笑顔、あんなに見れたの初めてかもしれない」


「そんな厳しいんかぃ?」


 二人はまだ知らない。


「……わたしね、小さい頃に親戚の養子になったんだ……」


「え!」


 真っ先に驚いたのが前橋君だった。一方、奈多弓さんはさほどでもなかった。


「お兄ちゃんの家族が事故で亡くなって……うちのお義父さんとお義母さんが引き取ったの」


「そうかぃ。あの使われてない四つの茶碗はむっちゃんの家族の……」


「うん。それで高校とうちが遠かったから、こっちに独りで引っ越しちゃって……、わたしもついて来ちゃったの」


 八菜さんがこれを話すということは、二人をそれなりに信頼した証だ。しかし、僕には疑問が一つあった。


「親戚の養子になったということは、もともと八菜さんは陸奥実君の妹だということですか?」


「……うん」


 つまり、八菜さんは義妹でなく陸奥実君の本当の妹だということか。もしかしたら、陸奥実君を庇う本当の理由はそれなのかもしれない……。


「あいつ……それを俺らに隠して生活してたのかよ……」


「ちっとも見せんよな。新戸君は知っとんたんかぃ?」


「その事故を担当したのが僕の兄でして、そこから知りました」


「そうやったか」


 陸奥実君が住むマンションが見えてきた。


「遅すぎる……」


「? 棗先輩……?」


 あの奈多弓さんか……?


「私たちが彼のことを知るのが遅すぎる……。もっと早く知ってれば……」


「奈多弓、落ち着けよ」


「?」


 僕と八菜さんが少し驚いているのに、前橋君は平然としていた。


「前橋君、奈多弓さんが少し違うのに驚かないんですか?」


「あぁ、奈多弓は真剣になったり緊張したりすると、関西弁じゃなくなんだよ」


「悪かったわね。いつもの私じゃなくて」


「俺が部活やってると、いつもこうだよ」


「……」


 そうだったのか……。全然知らなかった……。ミステリアスな人だと思ってたけど、そういうことか。


「棗先輩……カッコイイ……」


「え?」


 そして新たな展開?


「え? ワイ、カッコえぇんかい?」


「ば、うっ、うるさいっ! ほら、行くわよっ!」


 多分本心なんだろうな……。

 陸奥実君家に入り、なぜか物音立てずにリビングに入る。話し声がわずかに聞こえる。二人が話しているようだ。

 そこへ、



「うぉらぁぁぁぁぁぁっ!」


 前橋君が乗り込んでいった。

 買い込みすぎたようで、どっさりと冷蔵庫の前に置く。


「もう遅いですよっ!」


「すまんっ! 今すぐ支度したる!」


 ぐいっと奈多弓さんが袖を捲った。


「ところで陸奥実、東條とラブラブクッキングしたか!」


「……え?」


 前橋の顔に何かが通った気がした。その直後、彼が一回転して床に打ち付けられた。何が起こったんだ……?


「さて、今のうちにどんどん作ってしまおう」


「そ、そうですね……」


「恐ろしや……むつっみぃ……、がくっ」


 でも、前橋君が悪い。


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