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二十八壊目「焦らす」

「陸奥実……君……」


「…………ぅっ、…………ぁ……」


「……はっ……は……は…………」


「陸奥実君、大丈夫だ。自分は新戸だ。新戸 虹だよ」


「……ふっ……ふっ…………」


「……陸奥実君、わからないのならそれでいい。聞かないのならそれでいい。自分は一方的に話してすぐに立ち去るよ」


「…………」


「ごめんなさい! ……自分の力不足のせいで、あなたをこんなに傷つけてしまって……。痛かったよね、辛かったよね……! 自分はこんなので許してもらおうとはさらさら思ってない。これからの罪滅ぼしでも思ってない。けど! 二度とあなたや犠牲者を絶対に出させやしない!」


「……」


「……じゃあ自分はここで……」


「!」


「む、……つみ……くっ……? ぐっふ……」


「どうして……助けてくれなかったんですか? あの時……」


「ぐあぁっ!」


「つらかったんだよ? 連中に拉致されてから、毎日が地獄だった。それでも虹さんや瑠璃人、みんなが助けてくれるって信じてた。……でもいつになっても助けに来てくれなかった……」


「むつみくん、がふ、う」


「どうしてわたしだけこんな辛い目にあわなきゃなんないの……? 体罰うけてひどいことされて、わたし何もわるいことしてないのに、なんで、なんでよ……! たすけてよ、たすけてよ!」


「むっつみ、くん……」


「おーい虹、いい加減に、……!」


「はぁ……はぁ……」


「む、むっ陸奥実君? 一体……何を、」


「うわあぁああぁぁぁぁぁあっ!」


「うぉっ! ま、待て! 陸奥実君!」


「きゃあっ!」


「中西さん! そこの青年捕まえて!」


「うぎょ!」


「彼を、彼を捕まえるんだっ! あと原田さんと松本さん、新戸刑事が刺された! 左背部から左上後腸骨棘ひだりじょうこうちょうこつきょく付近を刺傷! すぐにオペ準備! 血液型はAのRHマイナス!」


「はいっ!」


「了解!」


「早くしないと虹がくたばっちまうぞっ!」






「……新戸君まで行ってしまいましたね……」


「なぁ、オレ思うんだけどさ……、いいか?」


「どうしたん、とおやん?」


「あっ、いや、なんでいつも陸奥実が被害にあってんのかなーってよ。大抵はオレらと一緒なのによ……」


「確かに……そうやなぁ。変な話、ワイらが誘拐されてもおかしくないねんな」


「ですが、そういった点からすれば一番誘拐しやすいのは流さんですよ」


「? なんでだ?」


「…………流さんって私たちみたいに運動が得意というわけではないので、強行してしまえば……」


「でもあいつはかなりキレるぜ? 上手く逃れることもできるんじゃないか?」


「えぇ。でも、肝心な“事”にはかなりニブチンなんですよ」


「……そうなのか?」


「どちらにしてもや。むっちゃんには何かありそうやな……。調べる価値があると思わへんか?」


「かなりありますね。流さん、秘密主義ですから、相当隠していると思いますよ」


「そこでや! 学校終わったら、むっちゃん家行かへんか?」


「っと、かなり急な話だな」


「えぇやんか! どうせヒマやろ?」


「オレは陸上部だ! 最近、ロクに部活やってねぇんだよ……」


「……ヒドいです! 流さんより、親友より部活を優先するんですかっ!」


「そ、そんなわけはねぇ!」


「……決まりやな」


「やめてください」






 前橋先輩、東條先輩、奈多弓先輩が下駄箱で話していました。いや、三人を待っていました。


「ん、八菜ちゃんじゃん。どったの?」


「それに止めろっちゅうのはどーゆーことやねん、コムスメ」


「……」


 東條先輩が寄ってくれました。


「何か都合が悪いんですか?」


「うちん家はもう鍵閉めて、大家さんのとこに泊まってるから……」


「だから?」


「……お兄ちゃんが帰ってくるまでは、あのままにしたいの……」


「……」


 前橋先輩がづかづかやって来ました。


「分かったよ、八菜ちゃん」


「うん」


「今夜は我が家に泊まりなさ、ぐふぇぇぢっ!」


 前橋先輩の顔があったところに、奈多弓先輩の足の裏がありました。


「不純異性交遊やでっ! しかもロリコンで最悪やぁっ! 人間やり直せやっ!」


「ごっびんなば、ぐぼっ! ゆるじでぎゃばぅ!」


 初めて会った時より暴力的になった気がしました。そして、


「あはは」


 思わず笑ってしまいました。

 東條先輩がこちらを見て、にこりと微笑みます。


「八菜さん、以前言いましたよね?」


「?」


「淋しい時は私たちを頼ってくださいって。八菜さんも流さんと同じで淋しがり屋なんですから」


「! ち、違うしっ! お兄ちゃんと違って、別にわたしは平気だしっ! それにそんなこと聞いた覚えないしっ!」


「……」


 奈多弓先輩が東條先輩の隣に来ました。いつになく真剣な面持ちになって、鋭い目つきで見てきます。


「あなたは陸奥実 流を救う鍵」


「え……?」


「そして、“手紙”から解放するには、私たちがいなければならない」


「? 東條先輩、奈多弓先輩が変なんだけど?」


「…………」


 声をかけても何も起こりませんでした。


「前橋先輩?」


「……」


 前橋先輩も同じでした。二人は何か話しているのに、まるでこちらがいないかのような素振りです。


「あんた、何者……? お兄ちゃんの“手紙”も知ってて、変なことして……」


「“手紙”の“所有者”たちが相次いで死んでいる。陸奥実 流も例外ではなくなる。たとえ、どんな定めであろうと陸奥実 流は抹殺される」


「……意味が分からない。あんたがお兄ちゃんを殺すっていうの? それと解放するって、死んで解放されるってこと?」


「……」


 顔を俯いて視線を落としました。“はい”とも“いいえ”とも受け取れる反応でした。


「お願い」


「?」


「お兄ちゃんを助けて……」


 涙が溢れてきました。


「わたしは死んでもいい。でも、お兄ちゃんはろくな人生を送ってないの……。だから、お兄ちゃんにはこれから楽しくなってほしい……」


「あなたはどうしてそこまで陸奥実 流に尽くす?」


「わたしはお兄ちゃんの楽しくて幸せそうな笑顔が大好きだから……」


「そうだったんですね……八菜さん」


「なんか感動だぜぃ」


「へっ?」


 さっきまで無視していた二人が急に話しかけてきました。


「な、何であんたたち……?」


「まったく、妹に心配されて、流さんは仕方ない人ですね」


「まったくだぜぃ」


「あの色ぼけ男、後でシバいたるわ」






 十三日の夜中。俺は病院の横にあるスペースに身を潜めていた。人一人がやっとこ通れるくらいの隙間で、背の低い壁が病院の裏口まで伸びているようだ。確かに見られにくい。

 さらに待機していると、駐車場にある一台の車が左のウインカーを三回点滅した。


「あれか」


 行ってみると、白いワゴン車がぽつんとあった。

 がらりと後ろのドアが開いた。


「十二時二分の時間通りで、主演男優賞ものの演技だったわね」


 ということはもう十四日になったのか。

 美浦さんが乗っていた。運転席には仲間らしき男、助手席には女がいた。なるほど。夫婦を装うわけだ。俺は一番後ろの座席に身をかがめて横たわる。美浦さんは二番目だ。


「持ち物は置いてきた?」


「はい」


「それじゃ、車出して」


 車は躯体のわりに静かに発信した。


「坂菜さんは?」


「おそらく別の病院に患者を運んでる最中よ。例の偽院内感染騒動でね。でも、あの病院から人は大体はいなくなってる」


「大体?」


「神地先生と新戸 虹、あとは私の仲間と新戸 瑠璃人ね」


 赤信号に捕まり、停車した。


「! 瑠璃人っ?」


「静かに!」


「すっすみません……」


 何であいつが……?


「想定外だったわ。神地先生が学校の先生に連絡しちゃったみたいでね。その先生が新戸 瑠璃人を連れて来ちゃったのよ」


「それで、二人は?」


「先生の方は疑問持たれることなく帰ったわ。新戸 瑠璃人は病院の一室に監禁した」


「……そうですか」


 青信号になり、また発車した。

 虹さんを刺したあの感触と光景、血がこびりついている。こんなおもちゃのようなナイフでも簡単に人間は死ぬんだ……。


「う」


「! 陸奥実君、座席の下にあるわよ」


「は、い」


 下にビニール袋が入ったバケツがあった。俺は、


「うぅ」


 罪悪感、あの感触、忌まわしい記憶とともに、そこに吐き出した。


「はぁっ……はぁっ……」


「陸奥実君、大丈夫?」


「すみ、ません……」


「私こそごめんなさい。恩人を傷付けるようなことを……」


 嘔吐が止まらなかった。あまりの気持ち悪さに吐き続けた。


「うぇ、ぐはぁっ、……はっ……はっ……」


「何か食べる?」


「えっと…………水もらえますか……?」


 2リットルのミネラルウォーターをくれた。キャップを開け、自分の手をバケツに洗い流す。

 致命傷には至らないはずだ。それに病院だし、神地先生が処置したから……。

 急に、恐ろしく冷えた汗が流れ出した。水を飲んで紛らわす。


「ふぅ」


「落ち着いた?」


「なんとか……」


「バケツは処理しとくから……はい、おにぎり。私のお手製よ?」


「ありがとうです」


 パックに真ん丸のおにぎりが五つ入っていた。


「私もね、あなたと同じだったわ。真っ当な人間の証か分からないけどね」


「……」


 おにぎりを口に含んだ。


「おいし?」


「……はい」


「そう。よかったわ」


 そういえばあれ以来、他人からご飯を作ってもらったことがなかった。

 今回の騒動は本当にいろんなことを思い出させくれる。


「そういえば、二日前に亡くなった子がいるの知ってる?」


「い、いや……。誰ですか?」


「陸奥実君が知らない子だから言っても仕方ないわ。……その子、“手紙”の“所有者”なのよ」


「! 期限が来たんですか?」


「多分、普通の殺人よ。四月二日が誕生日だからね。これで“手紙”絡みで亡くなったのが三人。岡本親子と彼女ねぇ……」


「死因はなんですか?」


「鈍器か何かでの外傷による頭蓋骨陥没よ」


「……ひどい」


 余程の恨みがあったのか……。


「まぁ、犯人はその娘の妹だって言ってたし、おそらく別件扱いになると思うけどね。……着いたわ」


 キュッと停車した。あれからもう三十分くらい経っていた。

 窓から久しぶりのマンションが見えた。隣に自転車屋さんがある。


「いい? 今日中には警察が家宅捜索するわ。“手紙”とケータイを持ってくのよ」


「はい。あとは……時が来るまでは任せてください」


「私は絶対あなたを見捨てたりしないわ。……期待してるから」


 美浦さんたちのワゴンはあっという間に走り去って、小さくなっていった。

 音を立てずに自分の家まで昇っていく。そして静かに開けようとする。


「……」


 鍵がかかっていない。慎重に中に入った。真っ暗だった。八菜も眠っている時間だからしょうがない。

 音を出さないように自分の部屋に向かい、仄めく明かりで着替えを済ませた。あと“手紙”とケータイの回収……、


「!」


 急に背中に何かがのしかかる。不審者っ? そう思い、ベッドに押さえ付けた。


「……」


「や、八菜……」


「おかえり、お兄ちゃん……」


 ぎゅっと抱きしめてきた。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」


 最近ろくに話もしていなかったし、いろいろ迷惑をかけた。そう思うと、突き放すわけにはいかなかった。それに、小さく嗚咽をこぼしている。


「ごめん、八菜」


「さびしかったよ……」


「ごめんな、悪かった。だから泣くなよ」


「……慰めてくれなきゃやだ」


「ばか。そういうのは、もう少し大人になってから言え」


「あはは」






 朝の四時十八分。八菜は俺の隣で眠っていた。二度と離さないと両手で抱き着いている。俺はそれを優しく振りほどき、家をあとにした。痕跡はなるべく残さない。

 外はまだ薄暗い。でも俺は確信し、ノックした。


「ふぁあ……どちらさ、……陸奥実さん……!」


「……」


 自転車屋さんは既に明かりがともっていた。そのおかげで源さんの表情がよく窺えた。

 その後は何も言わず中に入れてくれた。ご飯をいただき、お風呂なども用意してくれた。


「昨日のニュース見たわぃ。陸奥実さんが誘拐されて、病院に入院してると聞いたんじゃがな」


「……」


「その様子だと、ろくなことになってないようじゃの」


「……はい」


「……何があった? 包み隠さず話せぃ」


 俺はこの人には嘘はつけない。脱走してきた俺をマンションに住ませて、お世話してくれた源さんには……。


「……いつの間にか新戸刑事を刺していました」


「!」


 そこから逃げてきたこと、“手紙”のことを話していった。美浦さんや計画については触れないようにしたが、源さんの表情は強張っていく。


「……なるほどの」


「はい……」


 ぎらりと鋭い視線が向けられる。


「苦しかったの」


「……え?」


「初めて話したろう?」


「はっはい」


「じゃから苦しかったんじゃな……。もう大丈夫じゃ。楽になりなさい」


 笑った。


「げ、源さん……」


「……それと、ここに隠れていなさい」


「! で、でもそれじゃ……」


「生い先短いジジイじゃ。死刑も怖くないわ」


 俺は泣いてしまった。






「ごめんくださーい」


「! 陸奥実さん、奥の部屋に行くんじゃ……!」


 俺は無言で頷き、速やかに奥の部屋に逃げ込んだ。しかし誰なのか気になるので、ドアに耳を当てる。時間は……お昼頃。


「おやおや、お嬢さんが何かご用あるのかぃ?」


 大丈夫だ。十分聞こえる。


「実はよっじいさん、陸奥実ん家の鍵貸してほしい!」


 ? 誰だ? いや、聞き覚えがある……。


「それは無理じゃ。考えればわかることじゃろっ」


「そこをなんとか! 頼むわぁ!」


 この独特の関西弁、そして年配にも無礼な口調……、


「流さんの秘密を知る手掛かりがあるかもしれないんですっ」


 “流さん”……! まさか……!


「頑固じじぃ! テレビ見てっかっ? 陸奥実は逃亡中なんだぜぃ! オレらが捜さなくてどうすんだ! オレらはあいつを止めてぇんだよぉっ!」


「……!」


 とおちゃん……、


「ホンマに頼む! あれはむっちゃんの何かの間違いなんやっ! きっと足か頭か滑ったんよ!」


 棗さん……、


「お願いします……! 流さんを助けられるのは私たちしかいないんですっ……!」


 真乃……。


「……わかったわぃ。マスターキーじゃ」


 どうやら渡したらしい。俺はとんでもない間違いをしているんじゃないか……?

 真乃たちは早速俺の家に行ったらしく、源さんがドアを開けてくれた。

 そして戻ってきた。


「あの三人はいい眼をしとった。真っ直ぐで……思いやりのある眼じゃ。お前さんはもう一人じゃない。相談できる仲間がおるじゃないか。今そのぐしゃぐしゃのツラを見せてやったらどうじゃ?」


 知らず知らずのうちに泣いていたらしい。慌てて顔を拭いた。


「……」


「まったく、恥ずかしがり屋じゃの」


 その後警察も来て、うちを大捜索したらしい。そして真乃たちが源さん家で俺の過去の一部を語る。それだけならいいと俺は許した。そして源さんも警察と話し込む。その時だけは覚悟したが、こちらまで捜査の手は来なかった。


「あいつ……どこいんだろ……」


 すみません。ドア一枚隔てた先にいます。


「むっちゃんやからなぁ……。病院やない?」


「どうしてですか?」


「戻ってくるやろ」


 俺は犬か。


「ん〜、わしにも見当つかん」


 この役者。


「じゃあ病院行こうぜぃ。いなかったら……ってか電話すりゃよくね?」


「そうですね。電話します……」


 携帯電話は電源を切ってます。


「……繋がりませんね。電池切れでしょうか……」


「まったく、使えねぇなっ」


 どっちが? 覚えとけよ、とおちゃん。


「じゃあメンドイから家に帰るかぁ」


 諦めるの早いよ! さっきの勢いはどうしたんだよ!


「ファミコンやろうぜぃ」


「あんさんどんだけ古いねん。頭の中はドット絵かい」


 ……こいつら……、


「ばかやろーっ! 今時なんかなぁ! 一週間ぐらいでクリアしちまうほど簡単になっちまったじゃねぇか! 絵のキレイさ重視だろ、どうせっ」


 俺がここにいるのわかってるんじゃないか? 源さんもたじたじだよ。


「す、すみませんでした。私たちもう行くんで……」


「ほら、行くで! ノコノコ」


「ノコノコなめんなよぉっ! でもせめてパタパタにしてぇっ!」


 いつものノリの三人組は去っていった。しかしまだ警察がいるため、迂闊に出てはいけない。

 俺はもう少し様子を見ることにした。






 今はもう五時四十分で、やや暗くなっていた。


「そういえば、八菜ちゃん帰って来んの……」


「部活でも、ここまで遅くないですよね」


「どこか遊び行ってるのか……」


「……大丈夫だと思いますけど……」


 八菜は部活に行っていると思っていたが、少し遅い気がする。友人と遊びに行っているのかもしれない。

 武闘家でも、一応女の子だ。変なやからに絡まれてるのか、いや、それなら一蹴できるだろうし。

 少し気になって、家に行ってみると……。


「!」


 玄関マットに手紙が置かれていた。


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