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二十七壊目「現す」

「……んぅ…………ん?」


 目が覚めた。

 いつの間にか眠っていたようだ。体がまだ寝たりなさそうに重い。

 しかも、なぜかお尻が痛かった。硬い。まるで学校の椅子に無理矢理座れさせられるようだ。そして、手足は縛られている。どうやら針金のようだ。目を開けても暗い。目を塞がれているらしい。つまり、身動き一つ取れない状況下である。

 それらを理解するのに数分を要した。しかし、なぜ自分がこんな状況になっているのかはさっぱりだった。


「……誰かいるのか?」



………………



 返事がない。

 誰かが息を潜めている感じもない。人は居ないようだ。そして、この目隠しの隙間からでも何も見えないということは、灯りは消されている。

 俺はできる限りに足を上げ、床を蹴る。そこから気持ちのいい音が反響する。しかし、そんなには広くないようだ。


「……くそ」


 何でこうなった?

 俺の覚えている限りでは、どこかに入った瞬間に眠くなって……。意識が飛んだ。つまり、眠らされたということか。ならば何の為に……?

 その時、やけに重々しい轟音がした。微かに引きずっている。


「…………てるみたいですよ」


「……、……ゃあ外しなさい」


 女性の声が約二つ、近づいてきた。その時間からやはり、広くはないことを裏付ける。

 狸寝入りすればもっと情報が入るかもしれない。しかし、ある一人が的確に目隠しに手を掛け、剥ぎ取った。目を開ければ見える状態。だがやるわけにはいかない。


「……点けて」


 そう決心した途端に光に照らされた。真っ暗からいきなり眩しくなり、反射的に渋らせてしまった。


「この子、やっぱり……」


「今から十秒以内に起きなさい。さもないと、撃つわ」


 ……撃つ?


「十、九、八、……」


 相手は拳銃を持っているのか!


「四、三、二」


「わかった。起きる」


 俺は仕方なく観念した。

 しかし、状況は最悪だった。いや、認めたくなかった。


「あなたは……!」


「……お久しぶりね」


 いつの間にか肩までしかなくなった金髪に端麗な顔、そして何より、エメラルドグリーンに染められた瞳。全ては彼女のものだった。


「…………!」


「あら、陸奥実君じゃない? どうしたの?」


「ふざけないでくださいっ!」


 美浦さんは冷笑を浮かべていた。共に、黒い物体を連れ添いに渡す。

 その直後、目の前がぼやけて頭が痛みを訴えた。なんだ? ……頭が割れるように痛い!


「さっきまでの威勢はどこにいったのかしらね? ……くすくす……」


「……はぁ……、う、うるさい……! っぐっ……!」


「……ふふ……」


 笑っていやがって……!

 意識を保つだけで精一杯だ。何かを盛られたようだ。気持ち悪い、体が浮く。頭の中が脈打っているのを感じてしまう。

 しかし、その分なぜか冷静さとか何やらが湧きだしていた。様子を窺っている今がチャンスなんだ。痛みを堪えて、言う。


「……なっ、なんであなたが……、こんなことっを……?」


「! 陽、あれって確か……」


「えぇ、この子の精神力がすごいだけよ。尤も、それもあと少しだけど……」


 “あれ”……? 薬物か……? 連れ添いの驚きようからして、強力らしい……。


「まぁいいわ。どうせ死ぬわ。“手紙”でね……」


「! どういうことっだ……!」


「あら、もう忘れたの? あなた死ぬじゃない。九月十六日に……」


「……!」


 何を血迷ったことを……!


「かなり驚いてるようだけど、あなたは信じてたじゃない?」


「……あれは違うっ!」


「あら? 違うのなら何なのよ?」


「……っ……!」


 俺の誕生日になった瞬間、訪れる“死”。美浦さんに言ったり自分で考えてたりとかしていたが、やはり心のどこかで思っている。

 こんな馬鹿げた話があるわけない、と。第一、この話は根本的に疑問だった。……なぜなら……。

 ……いや待て。興奮するな! 落ち着け、落ち着け! 美浦さんは動揺を誘っているんだ。俺の判断力を奪うために。

 バレないように深呼吸を繰り返す。知らず知らず垂らしていた汗は引き、心臓もある程度緩和していく。頭痛も少しずつ治まっていく気がする。……よし。


「確かに、信じていましたよ……。ですが、確証が……」


「いや、あるわ」


「えっ?」


 まるで断ち切るかのような否定。美浦さんは勝ち誇った表情だった。

 すると隣にいた女性がタイミングよく、一枚の紙を見せてきた。


「この方、誰かわかる?」


 それは一枚丸々、男性の写真だった。ちょっと怖そうな人だが、真面目そうで何より誰かに似ている。見覚えはなかった。いや、忘れているだけかもしれない。

 話によれば、この人は手紙の犠牲者だという。そんな手に引っかかるわけはない。


「でっち上げだ!」


「そうかしら? 名前は岡本 和美、年齢は二十二」


「だから……! 岡本、和美……? 」


 岡本……、岡本……!


「……ふざけるのもいい加減にしろ! つい二週間くらい前にうちに来たんだ! しかも犠牲者だと? 有り得ない!」


 さっきから神経を逆撫でしやがって……! 何から何まで苛立ってくる。第一、俺を誘拐した理由は何なんだ? 何か得があるのか?


「いいでしょう。それなら、話してあげるわ。真相をね……」


「真相だって?」


「えぇ」


 何を狙っているのかがわからない。いや、あるいは意味を持っていないのかもしれない。

 とにかく、拘束されている以上は変に挑発しないほうがいい。気が変わって殺されてしまう。

 話は始まった。


「彼は陸奥実君よりずっと前に手紙を受け取っていた。私たちのように郵便受けに直接……」


「……」


「最初は同じだったようね。随分とくしゃくしゃになってたわ……」


「……!」


 一つ目。


「八月二十五日、突然の行方不明になり、翌日の夕方にどこかの川のほとりにいたそうよ。血まみれの死体でね……。気の毒に、お父さんの背中を追いすぎたのかしら? ……うふふふふふふ……」


「あんた、腐ってる……!」


 今までで一番最悪で不謹慎だ。

 俺は目を怒らして睨む。敵意と憎しみを込めたつもりだ。だが、美浦さんはそれを相手にせずに、逆に俺を観察する。まるでショーケースのおもちゃを見るように。気持ち悪くて仕方なかった。それは束の間だった。


「それで、もう少し詳しく調べたのよ。そしたら……面白かったわぁ」


「?」


「彼、父親殺しだったのね」



…………



……



 ……父親……殺し……?


「あんた、何言って……」


「八月十五日、午後八時十分頃、父親がメッタ刺しに遭い、死亡。……これは知ってるわね?」


 覚えていないはずがない。だって先生のご遺族が自ら打ち明けてくれたのだから……。


「彼は“方法”を父親に実行したのよ」


「……?」


「つまり、直接手を下したってことね」


「ちょ、ちょっと待ってくれ……! いくらなんでも無理やりすぎる! 先生をメッタ刺しにした犯人が和美さんなんて……! それに、それなら警察だってとっくに逮捕してるはずだ!」


「“灯台下暗し”ってやつね。まさか、通り魔が息子だったなんて予想できるはずがないもの」


「……いや、まさか……?」


 有り得るはずがないと確信していたのにもかかわらず、逆のことしか思い浮かばない。

 和美さんはどことなく苛ついていた。もしかすると焦っていたかもしれない。先生を殺したのは俺だとなぜか決めつけていて、俺は当たり前だと思い込んでいた。しかし、いくら現場が家に近くて俺に会ったというだけで犯人(本当は違うが)とするのは早計だ。

 和美さんは俺に罪を被せようとした……? いや、落ち着け! よく考えろ! 美浦さんは和美さんは死んだと言った。ならば根本的に矛盾しているではないか。

 やはり、フェイク。


「それ、嘘ですよね?」


「……なぜかしら?」


 一瞬眉間が鋭く動くのを見逃さない。


「仮にそれらが真実とすると、和美さんは亡くなっているじゃないですか。“手紙”を持っているなら、それに殺されたのは矛盾しています。だからこれ全ては嘘だ!」


「……」


 そして持っていなかったとしても、美浦さんの話は嘘になる。この事は言わなくてもわかっているだろう。案の定、黙り込んでいた。

 しかし、沈黙を破ったのも美浦さんだった。しかもなぜか笑いを零す。


「……言ったでしょ? これは真相だって……。あなたは予想以上にできるわね。……さて、次は私の番かしら?」


 負け犬の遠吠えに聞こえる。

 美浦さんは冷笑を馳せていた。


「彼の“方法”は“自分の家族を一人だけ抹殺する”。それ以外にもあったけれど、これが一番当てはまると思うわ」


「……それで」


「……やっぱりあなたでも気付かないのかしら? ……うふふふ……」


「? 意味が分からない」


 今のでわかったのは一つだけだ。それなのに“気付かない”と言う。全くもって意味が分からない。

 しかし、話はすぐに進んでしまった。


「時間はあげないわ。なくなってきたからね。簡単に言うと、“方法に失敗が生じたから”なのよ」


「“方法”に、失敗……?」


 仮に和美さんが本当にしたとすると、単純に条件に満たなかったからということになる。しかし、身内を抹殺したのに失敗した、という矛盾がまた発生する。さっきから矛盾ばかりだ。


「じゃあ矛盾を解決するから、聞いていなさい」


「……!」


 まさか……?


「彼と父親はもちろん家族関係にある。でもそれは、あくまでもお互いが認識し合って初めて“家族”になるのよ。……わかる?」


「……何が、言いたいんですか……?」


「彼らの間にはそれを認識する暇がなかった。つまり、彼は闇討ちをしたことになる。本人は気付くわけないわ。それはきっと死んだ後でもわからないでしょうね……」


「…………」


 和美さんは先生を襲った。夜間に。それはおそらく身元を示さないためだったのだろう。でも、それが逆に妨げとなってしまった。最終的に被害者と加害者の関係に尽きてしまう。つまり、“お互いが家族ではなかった”ため、失敗……。

 あまりに出来すぎた、そして強引すぎる。しかし不備はないし、寧ろ可能性が出てくる。

 じゃああの怒りは何だったんだ! 自分の父親が殺されたことに、犯人が見つからないことに腹立たしくて八つ当たりしたんじゃないのか! あの行動、言葉、涙は演技だったのか……!


「……くそ! 遅すぎる! 何もかもが……!」


 哀れじゃないか……。手紙の存在はおろか、全て罷り通ってしまった。そして……。


「今度はあなたの番よ」


 いつの間にか用意された注射。先ほどのやつだろうか、容器越しに見える景色が濁っている。手足は拘束され、時間は失い、気力なんか燃え尽きてしまった。

 ちゃんと中の溶液を出して具合を確かめる。ゆっくりと綺麗なアーチを描く。きっとどうにかされるんだろうな……。この人の都合のいいように操られるのだろう。

 ふとある事を思い出す。最後のいたちっ屁ってやつだ。


「真犯人は、みうら…………」






「ん」


「大丈夫?」


「……ど、どうして俺、生きてる……?」


「どう? 今の気分は?」


「……何だか……動きにくい感じ……」


「ごめんなさい。あなたをここに連れて脅して……」


「? どういうことですか……?」


「……実は今言った二人が殺された事件あるでしょ? 犯人は私たちじゃないのよ」


「! 何言ってるんだっ?」


「私たちは時々検死の手伝いもするのよ。そこでたまたま二人に立ち会ったわけで、神地先生と刑事さんが話し合ってたのを盗み聞きしたわけ。……こんなこと言っても信じてくれないと思うけど」


「……じゃあ何のためにここに……?」


「私はむしろ、あなたが犯人じゃないかと思ってたの」


「え?」


「あなたの家の近くで猟奇的な殺人、それも関係性のある被害者、息子さんの死体発見場所であるあなたの家の近くの河原……しかも“手紙”が関係してるとなれば、犯人は限られてくる。でも状況証拠だけで、物的証拠がなくて、断定するには不足しててね」


「だから直にリアクションを窺ったわけですか」


「まぁね。しかも、ここは珍しく圏外の地域でね。電波は届かないのよ」


「! 盗聴していたのも知ってたんですか?」


「ここに来る途中、私を尾行していた見慣れた車を見つけてね。もしやと思ってたけど」


「……少し治ってきました」


「即効性の筋弛緩薬を少量投与したからね。落ち着いて聞いてもらうために」


「それで、これからどうするんですか?」


「今から本格的に犯人をあぶり出すわ」


「岡本先生と息子を殺害した犯人ですか?」


「あと、“B・B事件”も一緒にね」


「! ……」


「あなたの家族を皆殺しにした交通事故……。この事件と岡本親子殺人事件“N事件”は関係しているわ。そのためには、あなたの協力が、」


「い、いいです、俺は……」


「……陸奥実君、あなたの気持ちを無下にしてるわけじゃないわ。でも、あの事故はきっと真実を捩曲げられているのよっ?」


「誰が何をしていようと、俺の家族は全員死んだ……。それだけは変わりませんから。だから今さらどうしたって、真実を暴き出したって、残るのは……後悔しかありません」


「? “後悔”?」


「どうして俺も死ななかったんだろう……。死にたかった。死にたかったんですよ、どうせなら」


「っ!」



パチンッ!



「! 陽先輩!」


「つっ」


「私の弟と同じこと、言わないでよ……」


「美浦さん……」


「言ったでしょ? 私の弟はあなたとそっくりだって。死に際に、あなたと同じことを言って、数日後に路地裏で死んでたのよ……」


「俺は美浦さんの弟じゃないです」


「分かってる、そんなことっ! でもあなたを死なせない! 殺人鬼だろうと“手紙”だろうと、殺させないっ! 私の命に代えてもっ!」


「……」


「……ごめんなさい。私情をはさんだわね」


「いいです」


「これからあなたには……“彼”になってもらうわ、とことんね……」


「!」


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