二十六壊目「演じる・下」
〈……もしもし?〉
「瑠璃! 一体どこに行ってたんだ! 今すぐ帰って、」
〈たった今、陸奥実君を捕まえました〉
「…………? ごめん、電波が悪いようだ。もう一回言ってくれ」
〈……陸奥実君を捕獲しましたっ!〉
「…………」
〈……〉
「……本当かい!」
〈さっきから言ってるじゃないですか……〉
「ばっ場所は! 今どこだ!」
〈病院前です。それと、着替えを三人分持ってきて下さい……〉
「わかった! 徹、テレビ消して、冷蔵庫閉めて早く行くぞ! 着替え三人分だから、陸奥実君と瑠璃、星の着替えを用意して!」
…………プッ
「使い勝手荒いな。ついでに救急セットも持っていくとしようか」
「その方がいいね」
「それにしても……さすがだな、瑠璃人君」
「そうだね」
「陸奥実君、先に返しておきます」
「! ケータイと財布……」
「陸奥実君の脱走後に、回収しておいたんです。心配しないでください。中身はそのままですから」
僕は携帯電話と財布をポケットに入れてあげた。
陸奥実君は鼻で笑った。
「先手を打たれていたってわけか」
「そうですね。……それで、一つ聞かせてください」
僕は思い切り左拳で、
「!」
陸奥実君の顔を殴った。
「新戸! 何をしている!」
星さんが僕を押さえ付けた。
「虹にぃを殺すつもりだったのかっ!」
「……」
「答えろっ!」
拳がじんじんと痛みを帯びてくる。しかし、怒りがさらに握り締め、痛みを受け入れなくしていた。
本当は他のことを聞きたかった。でも、
「……」
「新戸、大人しくあいつらを待つんだ。尋問はそちらに任せた方が、」
「虹にぃは死にかけたんだ! なのに、どうして平然としてられるんだよ! 僕らは陸奥実君と特に親しかったのに、“手紙”なんかの嘘っぱちのせいで簡単に殺しちゃうのかっ!」
「……」
感情の高ぶりが抑えられない。
陸奥実君は僕をじっと見据える。でも口を開こうとしない。しかもその眼は、
「新戸! 右腕の止血……早くしろ!」
ほとんど死んでいた。
ずきりと右腕が痛む。反論する意志がないようで、僕は気が失せた。
「……分かりました」
星さんが虹にぃの車から救急箱を持ってきてくれて、処置してくれる。その間に、パトカーとワゴンの二台がやってきた。パトカーから警察官数人が下りてきて、病院の周りを“KEEP OUT”で封鎖していく。
もう一台からは虹にぃが降りてきた。
「瑠璃人君! こっちに来てくれ!」
ワゴンの運転席にいた徹さんが呼び掛けてくれた。僕は虹にぃと目を合わせてから、そちらに向かった。振り返りはしない、絶対。
「大丈夫か?」
「い、痛いです」
「傷はあまり深くないが、出血が酷いな……。まずは洗浄、消毒しよう」
徹さんの隣にはバケツとどでかい水筒、救急箱があった。バケツを僕の右腕の下に置き、水筒からどぼどぼと腕を浸していく。
「つぅっ!」
「我慢してくれ。この処置を怠ると敗血症になりかねない」
涙が出そうになるくらい痛い……。
「大丈夫か?」
「ほ、星さん……」
星さんが来てくれた。虹にぃたちの方を見ると、何やら話しているようだ。さすがに気が利く人だ。
「新しいタオルで止血してみたんだが……」
「思ったより出血している。失血死はないが……すぐにここじゃない他の病院に連れていこう! 救急車も手配しているから星も乗るんだ」
「だ、だめですよ」
確かに意識が朦朧としていて、気を抜くと意識を失いそうだ。でも、仮に僕が死んでしまっても、何があろうと陸奥実君を守らなきゃいけない。陸奥実君は明日になったら殺されてしまう。僕が、僕らが守らなきゃいけないんだ。
「徹さん」
「なんだ?」
「僕の治療はここでしてください。今、陸奥実君から目を離したら、一生会えない気がするんです。だから、ここで治療してください……!」
「瑠璃人君……」
「新戸」
「お願いです、徹さんっ!」
「……」
消毒を終えて、新しいタオルで拭っていく。まだ出血していた。
「分かった」
「……ありがとうございます」
以降、徹さんは集中して僕の右腕を縫合してくれた。消毒と縫合を繰り返し、細心の注意を払う。
そして、何とか止血と縫合が成功した。包帯を巻いて終わった。
痛い。
徹さんが腕時計を見る。盗み見したら、五時近くになっていた。
「あとは肉とか食べまくって血を作ろう」
「はい」
安心した瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。
「すみません。少し寝てもいいですか?」
「おや、目を離さないんじゃなかった?」
「……虹にぃや徹さん、星さんや他の警察官もいますから、万が一のことはないと思いまして……」
「まぁ、仕方ない。でも虹が来たぞ?」
「!」
虹にぃが来てくれた。
「瑠璃はどう?」
「疲労困憊だ」
「そうか」
虹にぃは何かしてほしいみたいだ。
「瑠璃」
「はい」
「もしかしたら、陸奥実君を見るのが最後になるかもしれない。来るかい?」
ちゃりっと銀色の手錠を僕に見せる。
「……分かりました」
疲れきったその身体を引きずって、何とか陸奥実君のもとへ行った。
「!」
東條さんもいた。
「よし、後は自分に任せてくれ。瑠璃と東條さんには部下が送ってくれる」
「! 僕もですか!」
「そうだよ。大人しくしてなさい」
「……個人的にはありがたいです……」
久しぶりに陸奥実君の声を聞いた。でも、無表情だった。
そして、虹にぃは手錠を陸奥実君の手首にはめた。ちゃきっと、硬い音が僕の胸を締め付けるようだった。
「……ごめん。本当はしたくないんだ……」
「構いません。……殺人犯ですから」
虹にぃと陸奥実君、星さんは虹にぃの車へ歩いて行った。僕と東條さん、警察官一人がそれを見送る。
「新戸さん、大丈夫ですか? 腕……」
「痛いです」
「あはは……」
ほろりと涙を一粒落とす。それを一気に払い落とした。でも、何かしただけでも溢れてきそう……。
僕は陸奥実君を犯罪者として……死なせたくない……!
「今ならまだ間に合いますよ」
「……え?」
「いいんですか? あのまま連行されたら、間違いなく極刑、つまり死にます」
「!」
「止められるのは今だけです」
「で、でも……」
「僕じゃ虹にぃをどうにもできません。ですが……東條さん、あなたなら虹にぃを何とかできます」
「どっどうしてですか?」
「虹にぃは、あなたが陸奥実君のことを好きなのを知ってるからです……」
「!」
虹にぃの車が発車した瞬間、
「待って下さい!」
「!」
……身体を張って……車の進路を妨げた!
甲高く鋭い音を響かせながら進路を曲げ、やがて止まった。地面にその軌跡が黒く刻まれている。衝突は避けた……。
「待って下さい!」
彼女は運転席へ向かい、窓を開けさせる。
「行かせないで下さい!」
僕は皆が目を取られている隙に、助手席へ行く。
「…………東條さんの気持ちは痛いほどわかるよ。でも、ダメなんだ……」
「……どうしてですか……?」
「……」
「……流さんは被害者なんですよ! 流さんをめちゃめちゃにした犯人をほったらかしにして、被害者の流さんを逮捕するのは不自然じゃないですかっ!」
「…………」
「違う」
虹にぃはあくまでも、
「彼は警察官四人を猟奇的に殺害した極悪犯だ。そこに不自然も理不尽も何もない。……何もないんだ……」
正義を貫く。虹にぃだって好きで陸奥実君を連行するわけじゃない。腸が煮え繰り返る思いなんだ。僕だって……!
「?」
ふとして後ろを見ると……。
「……真乃、わかって……」
「ちょって待てやあぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
「!」
この声は……まさか……!
「黙ってきいてりゃ、理不尽がどうのこうのだって?」
「むっちゃん! 久しぶりやなぁ!」
「棗さん……! ……とおちゃん!」
前橋君と奈多弓さんっ? 二人ともなぜ? いやこの状況は……例の三人組かっ! 風向きが変わってきた!
二人は車の両側に回り込む。奈多弓さんは東條さんの方に行き、前橋君は助手席のドアを開けて睨み付ける。その隙に気付かれないように助手席にのめり込んだ。
さすがに虹にぃは毅然たる態度をとっていた。
「おっさん」
「な、なんだい……?」
“おっさん”って……。虹にぃはまだ二十六歳だ。
「陸奥実は人殺しなんてできる度胸なんかねぇっすよ。こいつはアリすら踏めないんすよ」
「それは自分だって分かってるよ」
確かに、そのことは十分分かっているつもりだ。
「だから、むっちゃんなんかシカトして、誘拐犯見つける方がえぇと思うんよ!」
「今、捜している最中だ」
乱暴な言い方の二人に対し、虹にぃは毅然たる態度で臨んでいた。そこは大人な対応だ。
「君たちがどんなに訴えても無理だ。頼むから道を空けてくれ……!」
「いいよ、三人とも。ありがとう。その気持ちだけですごく嬉しいよ……」
“三人”とも? そこに僕が含まれていないっ!
「いや、よくありません」
「……!」
身柄確保したのは僕であって、心配していたのも僕なのに……!
ちょっとした苛立ちが虹にぃに向けられた。
「質問があります」
「……な、なに?」
「一つ、陸奥実君を捕まえたのは誰でしょう?」
「……!」
「二つ、僕を疑ったのは誰でしょう?」
「……ぅっ……」
「三つ、刑事としてあるまじき行為をしたのは誰でしょう?」
「!」
虹にぃは苦虫を噛んだような表情だった。僕が怒っていることが伝わったみたいで、動揺しているようだった。
「へぇ〜! あの刑事殿が不祥事を起こしてるんですかぁ〜。気になりますねぇ……」
この三人が揃うと陸奥実君でもかなり手こずる。それを虹にぃが相手となれば、一発だろう。
虹にぃと東條さんの異様な交渉の結果、一日だけ逮捕を延期することになった。
星さんはその一部始終を見て、豪快に笑い続けていた。
「嬉しいのやら可哀相なのやら……」
正直、東條さんが一番の悪人面をしていたと思う。
僕と陸奥実君は虹にぃの車を降りた。その際に星さんが声をかけてくれた。“せいぜい頑張ってくれ”と“気をつけてくれ”とのこと。僕は“せいぜい刑務所に送られないようにもがいてください”と返してあげた。星さんはお手上げだった。
車が走り抜けていくと、徹さんが僕と陸奥実君を呼び出した。これからどこかヘ行くようで、彼女たちは別のパトカーに乗り込んだ。そして、僕らも乗って走り出した。
既に以前の陸奥実君になっていた。
「まさか、二人いるとは思わなかった」
「ふふふ……、陸奥実君はまだ甘いですね。でも僕もでした。こちらの作戦をやり返されるなんて、思いもしませんでした」
「お前の方が一枚上手か……」
なんとも言えない表情を描く。
それよりも、先ほどまで完全に敵と味方だったのに今では元通りになっている。正直驚きだ。もうちょっと険悪だと思っていた。そんなところが陸奥実君らしい。きっと彼女のおかげだろう。
寧ろ今の方が澄んでいる。
「……つっ……」
しかし、代償はあった。
右腕に巻き付いた包帯。大事には至らないが、痛みがはっきりしている。やんわりと染まっている。これくらいで済むのならどうってことはない。
ただ気になるのは、切られた時に腕でなく胸の辺りに鋭く突き刺さったような激痛が走ったことだ。まぁ、単純に被害妄想が大袈裟になっただけだと思う。
「……悪かったな。大丈夫か? 腕……」
「大丈夫ですよ、もう……。痛くないですから……」
「……だけど……」
この調子で、さっきから謝りっぱなしなのはしつこい。
「僕は忘れてません」
「?」
「“大富豪”、やりましょうね」
「……!」
陸奥実君は急に外を向いた。
……
数十分後に到着した。外は既に暗さを増していて、時間の経過を物語っていた。僕はここでやっと周りを眺められる。
オレンジ色の大きい球が雲に体の一部を隠しながら沈む。そのせいで照らされた表面は同色になる。球が沈むにつれ、赤みから青みに変化していた。正反対の位置に鋭く発光する点があった。
景色を堪能して、振り向いてみる。そこにはお馴染みのがあった。
「……今何時ですか?」
「……っと、六時近いな」
「ありがとうございます。それでは……」
徹さんに頭を下げる。向こうも軽く返した後、車を走らせてあっという間に小さくなり消えた。
その場には僕と陸奥実君と奈多弓さんと前橋君と、東條さんしかいない。彼女らは先に着いたようだ。
それ以外に誰もいなかった。
「さて、どうする? 時間なら全然あるぜぃ」
「そうやなぁ……」
妖しく微笑む。
「遊びたいし、いっぱい話したいです!」
「……僕もです」
「…………多分、権限はないんだろうな……」
陸奥実君は降参したかのようにため息を付いた。そして手で招いてくれる。それに従った。
途中、花壇が目に付いた。丁寧に煉瓦で囲われた土はそれと一体化しているようだ。中心から花が点々と咲き誇っている。花に関しては博識でないのでよくはわからない。ただ、白いとしか言えなかった。
そして、少し歩くと年代を感じさせる階段状の鉄の板たちに遭遇した。黒くて独特の模様が刻まれていて、以外と頑丈だった。
「久しぶりかもしれない」
「そうですね……」
二階の真ん中辺りのドアで立ち止まる。そして突起を捻り、引く。逆らうことなくすんなり開いた。陸奥実君が先に中に入ると、続々と倣っていく。僕はもう一度だけ見回してから後に続いた。
懐かしい。彼の家に来たのもかれこれ二週間ぶりだ。あれは……“揺さ振り”をかけた日だ。そんなことは今更どうでもいい。
「あ……」
「……」
リビングには、
「お、お兄ちゃん……?」
八菜さんがいた。リビングには布団が敷かれていて、恐らく八菜さんはそこで寝ていたと受け取れる。
「お兄ちゃん……」
「八菜、ごめんな。ずっと一人にして……」
ぼろぼろと涙を零していく。
「おにぃぃちゃあぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
陸奥実君は八菜さんを優しく抱き寄せた。
「うわぁあぁぁあぁぁぁっ! おにぃちゃあぁぁぁんっ!」
「ごめん、八菜、八菜……」
陸奥実君も泣いていた。
「さて……何する?」
「そりゃあモチロン」
「大富豪に決まってるじゃないですか!」
「って軽っ! 兄妹の感動の再会なのよっ? もうちょっとうるってこないのっ?」
「何でワイが泣かなあかんねん。しかも青髪ツンデレ美少女ごときに」
「何ですってえぇぇっ!」
「ワイはただ、むっちゃんをみんなでハメて地獄に落としたいだけやで!」
ものすごい殺気を感じる。目を合わせるだけで本当に噛みついてきそうだ。余程哀れなやられ方をされたのだろう。そして陸奥実君はそれほど強運を引き寄せているのかもしれない。
「聞き捨てならないっ!」
陸奥実君を横に放り投げて、奈多弓さんに近付いた。
僕はひとまず……。
「……あの、僕は結構ですので……」
「ダメだ!」
「ぅわっ!」
前橋君がいきなりにゅうっと現れた。
「やつを倒すには、お前の力は絶対必要だ!」
「はっ、はぁ……」
「ということで、新戸君も強制参加や」
「う、うわぁ!」
誰かに首の裏を持たれ、連行される。考えなくても想像できた。目の先には、テーブルで既に準備万端の二人がトランプを切りまくっている。その手さばきはマジシャンのようにスピーディーだった。ただ……、憎しみが募っていた。
「ま、まあ瑠璃人、とりあえずやろう。やりたいって言ってただろう?」
「……わかりました。やらないと殺されそうですからね……」
仕方なさそうに返事しても、心臓は速く打っていた。
「それと、頭から血出てますけど……」
「気にするな。死にはしない」
「僕のより、物凄い勢いですよ?」
僕らは四角いテーブルに座りこんだ。六角形のように座り、テーブル脇にそれぞれ陸奥実君と八菜さんが座る。東條さんと前橋君は陸奥実君を挟むように座る。奈多弓さんは前橋君の隣に、僕は東條さんの隣に腰を下ろした。
僕のいる席から時計回りに東條さん、陸奥実君、前橋君、奈多弓さん、八菜さんだ。
「…………ふぅ。……それじゃあゲーム開始しよう」
「麦藁小麦ムスメ! あの時の決着をつけてやるんだから!」
「望むところや、青髪ツンデレ美少女っ!」
「美浦は本当にどこにいる?」
「知らない」
「あなたは誰の犬だ?」
「わからない」
「……はぁ……」
さっきから“知らない”“わからない”の一点張りだ。明らかに星は美浦と最低でも間接的に繋がっている。それだけは確かなはずだ。そして陸奥実君を襲った犯人もおそらく……。
しかし、証拠がない。現場からは値するものは毛すら見つからないし、指紋すらない。服の繊維や足跡もないのだ。どう考えたっておかしい。最低でも髪の毛の一本は落ちているはずなのに。自慢ではないが、うちの検察官はかなり優秀で、ミスは無いに等しいくらいだ。
「虹」
「……なんだい?」
「お前の家じゃなくて、署に受け渡したほうがいいんじゃないか?」
「…………」
そうしたほうがいいのかもしれない。言い方が良くないが、星は用済みだ。尋問部へ身柄を寄越せば、大体の人間は口を割る。星も例外ではないだろう。
でも、最後に聞きたいことがあるのに……。……仕方ない。
「……“お前は美浦に自分から従って犯行に及んだのか、仕方なく従ったのか”、イエスかノーどちらかで答えてくれ」
「……!」
いつもの方式に戻そう。そちらの方が早い。するとなぜか、あっさりと“ノー”と答えてくれた。つまり……。
「……脅されているのかい?」
「当然だ! 今現在でも身の危険は減らないんだ!」
「……じゃあ事実を教えてくれ」
なるほど。美浦は武力行使で人員をかき集めていたのか。……そうすると彼女は一体何の組織に入っているんだ? 暴力団? 極道? そのくらいの、あるいはそれ以上のレベルだろう。どちらにせよ、厄介極まりない。
「……無駄だ」
ところが待っていたのは諦観だった。
「? なぜ?」
「話したとしても、遅すぎる」
「?」
遅すぎる? 何が遅すぎるんだ?
星は体を横にして仰向けになった。
「陸奥実の“手紙”は読んだか?」
「! ……内容は知っている」
「今日と明日の境目が“期限”だ」
確かに、今日は九月十五日。二十四時になれば誕生日を迎える。今の時間は七時過ぎ。猶予までにはまだある。逆に質問仕返した。
「彼は一体誰に殺されるんだい?」
「……そっちの予想は?」
返された。
「美浦」
仕方なく即答した。
「……実は、よくわからないんだ」
「? どういうことだ?」
星が起き上がって面と向かった。そして、これは憶測であって、俺は美浦に脅されていたんだ、と言い張った。とりあえず、それは置いておく。
「美浦と陸奥実はコンタクトをしていたのは事実だ。しかしそれはなぜだ?」
「そんなの私でも解るよ。情報収集のため、だろ?」
自分の代わりに徹が答えた。
「ならばそこに疑問がある。最初から美浦が犯人ならば、陸奥実とコンタクトする必要はないんじゃないか?」
「……」
美浦が犯人ならば、接近する必要がない。看護師なのだから殺す機会、方法はいくらでもあるのだから。つまり、関係性を持つことで彼が何かに巻き込まれた時、疑われやすくなるということになる。他人と他人との犯行の方がしやすいわけだ。しかし実際はそうでなかった(誘拐犯かもしれないが)。
そして星が言いたいことは……。
「美浦の狙いは陸奥実君の命そのものでなく、彼の何か……? ……!」
ふとしてあることを思い出した。
「……“手紙”だ」
ポケットに入れておいた手紙を取り出す。そしてテーブルに広げた。
「……何も……書いてない……?」
「……とりあえず“手紙”や誘拐などのことは置いといて、瑠璃人を助けてくれたことには礼を言う。だが、だからといってあんたを優遇するわけじゃない。それなりの覚悟はしてもらうからな」
「結構だ。とりあえず全員無理してるんじゃないか? 休んだ方がいい」
「お気遣いなく」
「じゃあお言葉に甘えて」
「おいっ! 調子に乗るなよっ! 全く徹は……」
「相変わらず仲良しだな」
「? 相変わらず? 自分らを知っているのか?」
「まぁな。それで、あんたが新戸 虹か」
「そうだ」
「弟さんは相当買ってるみたいだぜ」
「どうも」
「そりゃあそうだよな。警視総監やその他の重役との繋がりも伊達じゃないのは知っている。そして、暗躍機関も存在してるのもな。つまり、自由奔放に調査できるわけだ」
「……“あなた”は何者だ?」
「……元警察さ。既に退職、いや引退してる。何十年も前だが」
「あなたを見たところ、まだ還暦は過ぎていないように見えるが?」
「失態を晒せばそうなるさ」
「なるほど。それで、なぜ……いや、その話は後でいい」
「義弟に聞かれちゃまずい話か?」
「まぁ……」
「警視総監直属の機関はどうだ?」
「……いや、その話も……」
「大丈夫だ。俺はお前の先代の先輩さ」
「!」
「よく話していたよ。お前の話、そして家族関係もな」
「……そうか、あなたが先々代か」
「そうだ。本当は、俺は光衛。……初代“光”にあたる」
「……初代は確か三十七歳で引退したと聞いたが、それがあなただとは……」
「お前の“元の名前”は何だ?」
「……“虹晴”だ」
「そうか。あいつは香だったな。……で、今やこんな若者が活躍してるなんて……」
「自分は本意じゃなかった。先輩の代わりだから……」
「まさか、死ぬとは思わなかったよ」
「じゃあ“B・B事件”もご存知で……?」
「香が巻き込まれたからな。あまりに凄惨すぎて、殺人事件じゃないかと思うくらいに酷い交通事故だった……」
「……軽傷だった相手方を庇うので必死だった……。当時のマスコミも過激で、殺人犯にすべきとまでバッシングしていた。自分らもそうじゃないかと躍起になって調べたけど、潔白としかいえなかった」
「それが真実だ、仕方ない……。それと、相手方も“軽傷”じゃない」
「……?」
「父親が自殺したんだ」
「!」
「お前が陸奥実を見守っているのには、偶然だが、効果があるわけだ」
「ま、まさか……!」
「陸奥実を殺そうとしているのはおそらく……」




