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二十六壊目「演じる・上」

「む」


「瑠璃、おはよう」


「……朝から騒々しい……ですね……」


「瑠璃人君、一杯どうかね?」


「欧米ですかっ。朝から飲むなんて迷惑この上ないです。外で飲むか死んでください」


「いや、どっちの選択も選べないから」


「鼻の穴に突っ込んであげましょうか? それとも尻? はたまた、」


「瑠璃人君……寝起き超悪い……」


「寝起きの瑠璃は自分以外には機嫌悪いからね」


「ずいぶん慕ってるんだな」


「違うよ、星くん。体で教えたのさ。すなわちちょうき、待て待て! 家ごと燃えるから! 他の人にも迷惑が!」


「……不可抗力」


「不可じゃないしっ! 君が止めれば済むからねっ」


「飲んだくれめ……。今すぐ酒をしまうか、浴びて火だるまになるかを選んでください」


「怖い、怖いよ虹うぅぅ」


「……落ち着きなさい、瑠璃」






「徹さんから連絡を受け、担任と一緒に病院に向かいました。しかし、いつの間にか見たことのない場所に運ばれていたんです。つまり誘拐です。僕は主犯と思われる男に質問しました。相手は僕を殺すことは出来ないみたいだからです。でも完全に拒絶されました。その後に男が出ていくと、星さんが見張りとしてつき、なぜか助けてくれたんです」


「……」


「誘拐された場所は病院の一室でした。そこで虹にぃたちを捜すついでに、病院で起こった怪異を追究しようと歩いていたところ……、」


「私たちに会ったというわけか」


「はい。銃声を頼りに…………話は以上です。僕は全てを吐きました」


「……」


 朝食を済ませ、僕と虹にぃは面と向かっていた。キッチンで星さんと徹さんは仲良く食器洗いをしている。


「ふむ……とりあえず、他にはないのかい?」


「ありません。……本当です! 虹にぃ!」


 鼻でため息をつく。


「……どうして気付かなかった?」


 ……まさか、眠くなって気が緩んでいた隙に背後から狙われた、とは言えない。


「……そ、それが、なんだか眠くなってきちゃいまして……」


「居眠りしたのかい? 全く……」


「……?」


 前髪をくしゃくしゃとむしる。この仕草はなかなか見せないので、違和感がある気がする。

 食休みに水を出すために、立ち上がった。


「あははは……。ですが、おかしいんですよ」


「?」


 冷蔵庫から水を取り出して、二つに注ぎ足す。


「なんというか、心地良くなかったんです」


「……どういうこと?」


「無理やり寝付かせられた、というのが妥当なのでしょうか……」


 ただ、あの眠気は自然ではないのを感じた。何と言うか、力が抜けていく感覚だ。

 虹にぃは今さら、メモを用意した。


「よし、その先生の名前は?」


「……福田、先生です。福田 勝富かつとみ先生……」


 虹にぃは適当なメモ用紙に走り書きする。

 あれは何の匂いだろう? どこかで匂いを嗅いだような気がする。しかし思い出せない。うちにはあるわけがない匂いだし、あまり特異なものでもない。ごくありふれた香りだ。

 僕の頭は検索をやめた。


「あと他には?」


 ずぃっ、と、


「美浦だ」


「!」


 星さんが割ってきた。


「“美浦”というのは?」


「……」


 虹にぃは……知らなかった? 僕は話していたこともあったからだけど、陸奥実君関連で虹にぃもてっきり知っていると思っていた。それに、実際に会ったこともあった。僕の記憶では、陸奥実君の入院中の取り調べの時だ。


「お前、会わなかったのか? 金髪で綺麗で色っぽいナースさんだ」


「そしてエメラルドグリーンの瞳、まるで外人のような容姿をしている」


 忘れるはずがない。


「ほら、虹にぃが鼻の下を伸ばした方ですよ」


 虹にぃの生涯で一度きりの間抜け顔。


「瑠璃、あとで覚えておきなさい」


 眼がぎょろつく。その矛先が僕に向けられた。あとが怖くなって、やって来た徹さんの後に隠れてさせてもらった。虹にぃの本気の怒りは本当に恐ろしい。

 僕は恐る恐る顔を覗かせた。


「虹にぃは覚えていますか? 陸奥実君が通り魔に遭った事件のこと」


 当たり前だ、と無言で頷く。虹にぃが動く気になったきっかけだ。

 正直、僕らは陸奥実君が心配で仕方がなかった。現に、“彼”まで出現するほどの出来事で、僕が見舞いに行かなければ、危うく自殺するところだった。

 それはさておき。


「その日を境に、美浦と陸奥実君は積極的に連絡を取り合っていたんです」


「そうなのかい? ただ友達になっただけとか……」


 ……虹にぃ……。


「……そんな軽い話のわけないだろ!」


「あはは……」


 どこまでもマイペースな人だ。


「あの用心深い陸奥実君が情報を渡してまでコンタクトしたい理由があると思われます」


「……つまり……それが……」


「“手紙”でしょう」


 虹にぃたちは知らないが、僕は直接見たので、これは間違いない事実だ。だから、ここにいる全員は陸奥実君が所持していることを知っている。


「じゃあ、お互いにどうやってそれを知ったんだ? まさか出会って早々、打ち明けあったわけじゃあるまいし……」


 徹さんが投げ掛けた。確かに、今思えばそうだ。

 僕の覚えている限りでは、



……私はね、中学の頃に弟を亡くしてね。あなたにすごく似てるのよ



お、俺にですか?



あなたを襲ってしまって、後でものすごく自己嫌悪に陥ったわ。弟を自分の手で殺した気分になって……



そうだったんですか……。でも、そういうことに気付いてくれて良かったです。俺はもう怒りも憎しみもないですから、罪悪感を感じなくていいですよ



 と、二人が話していた。美浦さんが自白しているから、二人が会ったのはあの通り魔事件の時で間違いないだろう。ただ、これは美浦さんが陸奥実君を襲っただけであり、しかも彼女は陸奥実君の“手紙”所持を知らなかったはず。というより、美浦さんは“条件”達成のために犯行をしただけ。逆に、陸奥実君は何となく感づいたか、警戒していたかもしれない。

 ところが、陸奥実君は美浦さんの弟にすごく似ていたわけだ。きっと美浦さんは“所有者”としてでなく、“姉”として接触したのかもしれない。その時に告白した……、いや、その確証は薄い。


「……きっと、そんなことはどうでもいいんです」


「? どういうことだ?」


 反応したのは星さんだった。


「陸奥実君と美浦には“接点”がある。それだけを考えていけばいいと思います」


「……それってつまり……」


「すみません。そればかりは僕も解らないんです……、はい……」


 最悪、美浦さんは傷害と誘拐の罪で逮捕はできる。

 虹にぃは頭を撫でて笑ってくれた。そこには少しの失望感があったように見えた。悔しい反面嬉しい。僕を頼ってくれるなんて……。


「……美浦を重要参考人として捜索だ」


「そうですね。机上の空論はあてになりませんから」


 早速、棚にある電話機に手を伸ばした。しかし、それを星さんがまた割ってきた。


「……無理だ」


「どうしてだい?」


 星さんは深くため息をついた。もはや呆れ果てた様子だ。

 ……無理?


「美浦はおそらく日本にいない」


「……? どういう意味ですか?」


「意味はない。どこかのビーチでワインでも飲んでるだろう」


「海外逃亡……」


 星さんはそこまで知っているなら、なぜ教えてくれなかった? それにまだ何かを隠している、そう思わざるをえない。


「……それより、ヤツの方はいいのか?」


「陸奥実君ですか?」


「陸奥実は今日の終わりがタイムリミットだ。それに逃亡中……。早くしないと最悪の事態になりかねない」


「そんなことは分かりきっています」


「……それなら大丈夫だ」


 虹にぃが携帯電話を取り出した。


「自分の部下四人に陸奥実君の張り込みをお願いしたからね」


「誰に頼んだんですか?」


「えっと……、間中に笹山、野本と萩原だ」


「あのやんちゃな四人組だな? 懐かしいな」


「? 徹さんも知ってるんですか?」


「よく飲みに行ったからな。まぁ、あの四人なら大丈夫だろう」


「……おかしいな。繋がらない」


「都合が悪いだけじゃないですか?」


「いや、今思えば定時連絡もなかった……。本部と連絡してみる」


「……」


「……はい、はい。分かりました。我々が追跡します。……失礼しました」


「……虹にぃ?」


 陸奥実君は今日死ぬ。誰かの手によって。手紙なんて所詮は紙切れだ。人がペンで書いた物に過ぎない。どんな想いで綴ったかは知ったことではないが、ろくな事ではない。

 絶対に殺させない!


「虹にぃ、一刻も早く陸奥実君を捕まえないと……」


「わかってる! だが、連絡が取れないと思っていたら……」


 虹にぃはリモコンでテレビをつけた。うちのテレビは少し旧型なので映りがあまりよくない。つけてから数秒でやっと見えてきた。これは……ニュース……。


〈……が四人、惨殺されていたのです。先生、これはどう受け取れるでしょうか?〉


〈そうですね。おそらく犯人は、相当頭が切れますよ〉


〈どうしてですか?〉


〈四つの死体の位置をマーキングしますと……この通り、全て道の分岐点にあります。このことから、犯人は逃げながら犯行に及んだのではないでしょうか。そして……〉


 どこのテレビも同じような事をしている。事件がある毎に専門家を呼んで中身を検証していく。これがいいか悪いかは別として、個人的に好きではなかった。

 しかし、そう思っているのは僕だけではない。

 虹にぃの方を見やると指が真っ白になるほど、握りしめていた。


「……殺されたんだ」


「えっ?」


「彼に……四人とも……」


「彼って……陸奥実君ですか?」


「……そうだ」


「………………」


 陸奥実君の精神状態、状況、犯行を考慮すると、彼でない確証が持てない。寧ろ彼である可能性の方が高いかもしれない。

 虹にぃはその手で床を殴りつけた。


「もう彼を……信じきれない……!」


「! 虹にぃ!」


 虹にぃも暴走しかけてる……! と思った瞬間、前のめりに倒れ込んでしまった。いきなりすぎる出来事に時が止まったように感じてしまう。まさか……失血死?


「こ、虹にぃ!」


「あぁ〜、大事だよ瑠璃人君。後ろからプスッとやっただけだ。こいつ、二つの意味でヤバかったからな」


「……今回だけ礼を言います」


「まぁ、いいってことさ。長い付き合いだしな。……星、このアホをベッドに丁寧に放り込んでくれ」


「わかった」


 とりあえず、二つの意味で助かったわけだ。もっとも、医者が好き勝手に注射するのはいかがと思うが。

 それよりも直前の言葉の方が信じられなかった。あの虹にぃが仕事以外で人を信じないことがあるなんて……。ましてや……。

 僕らは隣の部屋に向かった。そこは虹にぃの部屋だ。相変わらず何もないところで、あるといえば部屋を囲むように立ち並ぶ本棚、それに収められている大量の小説しかない。

 虹にぃをベッドに下ろして俯せる。後からやってきた徹さんが服を捲くり上げると、白かった包帯が染み渡っていた。それを僕の隣で手慣れた手つきで交換していく。僕と星さんはそれを見詰めていた。


「……無理しすぎると死にますよ……虹にぃ」


 見るのを止めて、虹にぃの顔をこちらに向かせた。すっかりトレードマークになってしまった前髪の寝癖でじゃれる。指に絡めたり結んだりした。最後に頬を堪能させてもらった。


「……やはり、直に本人に聞くしかありませんね」


「だがどうする? 居場所が特定できないぞ?」


「僕は陸奥実君なんかに負けませんよ。……テストでは負けますが」


 僅かに湿っていた……。


「陸奥実君は病院に向かうはずです」


「なぜだ?」


「財布と携帯電話を取りに行くからです」


「そんな、学校の忘れ物じゃないんだから……」


「それが陸奥実君なんです」


 僕が渡した携帯電話を使っていけば、自分の携帯の存在を誰かに託すことで明かすことを防げる。つまり、美浦さんとのコンタクトの内容を知られないようにできる。それに、この携帯電話は“太陽”の真見さんに作らせたものだ。証拠として提示されたら、あらぬ疑惑を持たれてしまう。その意味でも、僕もこの携帯電話を下手に公開できない。


「瑠璃人君、君は何かを隠していないか?」


「……」


「陸奥実君誘拐の件でも、“手紙”の内容の件でもそうだ。警察の一歩先の情報を掴んでいるように見えるんだ、私には……」


「……今は、陸奥実君の身柄確保に全力を注ぎます」


 けれど、僕は許さない。


「……」


 虹にぃを……傷付けた……。


「行きましょう、星さん。徹さんは虹にぃを看ててください」


「分かった」


 僕は鍵を手に取り、家を出た。


「僕はもちろん車に乗れないので、運転お願いします」


「いいだろう。最後まで付き合ってやる」


 怪しい人を信じるなんて馬鹿げているけど、今は考えないでおこう。

 僕らは車に乗り、走り出した。


「美浦について知りたいか?」


「!」


「……その反応はイエスってことでいいのか?」


「で、でもなぜ……今さら?」


「さあな」


「……」


「あいつには弟がいたんだ」


「確か、亡くなったんですよね……?」


「あぁ。学校で虐めに遭ってな……」


「虐め……ですか」


 栗原さん家のおばさんも同じことを言っていた。星さんは美浦さんを深く知る人物の一人のようだ。


「学校側は正式に謝罪したんだが、虐めをしていた子供の親は何もとがめられていない。あいつはまだ、……十年以上も経てもなお、憎悪をいだいている」


「……」


「……あいつの時間はまだ進んでいないのさ」


 まるで、僕に問いただすようにさとした。


「……ほら、そろそろ着くぞ」


 目の先に、巨大な病院が見えてきた。


「見えてきましたね……」


「ああ。……それにしても……」


「?」


「勝手に借りてよかったのか? この車……」


「いいんですよ。虹にぃは普段使いませんから」


「じゃあどうやって出勤してるんだ?」


「部下にアッシーさせてるんですよ。……あぁ、気をつけてください。傷付けると怒られます。虹にぃが僕の次に溺愛してるものなんですからね」


「……なるほど。意外に可愛い一面もあるんだな」


「いえ、あなたには負けますよ」






「ありがとうです」


「……」


「あれ? どうかしましたか?」


「いや、別に」


 星さんは車に鍵をかけた。意外に照れ屋だったようで、そそくさと先に歩いていった。僕は一旦“それ”を見上げた。

 真っ白に大きく示される存在感はいつになく虚しい。とりあえずあるというだけになってしまった。数日前まであんなにたくさんいたのに。

 その入り口から星さんは僕を呼んだ。周りを確認してそちらに向かう。


「何をしていた? 早く行くぞ」


「わかってますよ。少し黄昏たそがていたんです」


「お荷物は持ったのか?」


「はい。この通り」


 荷物といってもそんな大袈裟な物ではない。レジ袋に何個か入っているだけだ。


「一体何する気だ?」


「お楽しみは取っといておいた方が楽しさが増しますよ」


「生憎、楽しもうと思えない年頃だから、そうはならない」


「虹にぃをお姫様抱っこして、さり気なく遊んでたのにですか? ……ふふふっ」


「…………」


「どうしたのですか? 無口になって……」


「……やれやれ、お前に勝てる気がしない」


「口で負かすのは得意分野です……」


 と、小話はここまでにしよう。これ以上続くと星さんが泣いてしまうかもしれない。

 もし彼がここにいれば、新たな勝負の幕開けだ。僕と陸奥実君、どちらが上なのか。おそらく、ここに居てほしいという願望は知恵比べがしたいのと同じなのかもしれない。

 僕らは中に入っていった。


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