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二十五壊目「外す」

 銃声。どうやらどこかで争っていたようだ。僕たち以外にも最低二人以上はいるはずだ。片方は無論だろう。もし、そうでなかったら……。

 ひとまずここに留まっているのは危険だ。


「下の方からだ。あっちから聞こえた」


 指差す方向は僕たちが入って来たところだった。一瞬脳裏に嫌なイメージが掠める。……いや、そんなことはありえない。

 仮に発砲したのが敵だとすると、証拠隠滅のために行動していると考えれる。そして一発しか撃っていないということは対象を鎮圧できたと考えるべきだ。しかし、虹にぃたちも持っているから銃撃戦は避けられないはず。一発で鎮圧できたとは考えにくい。あるいはどちらかが一発で……というのは有り得るが。

 どちらにしても0626号室は危ない。

 僕は部屋にある一切の物をできるだけ元通りにした。


「……」


 それらはポケットに入れた。


「……さて、行きますか」


「どこへだ?」


「そっちですよ」


「? 銃声のした方か?」


 僕は頷いた。


「方向としては一階の東のようだ」


「東……えっと……」


「入口方面だ」


「……こんな迷路の中じゃ、東も西も分かりませんよ……」


 星さんは現在位置どころか、この病院のマップも分かるようだ。星さんは看護師さんか何か医療系の人なのか?

 ということで、星さんにガイドを任せて、僕は付いていくことにした。

 エレベーターを使わず、徒歩で進んでいく。


「星さんは院内をよくご存知みたいですね」


「そうでもない。たまたま分かるところだっただけだ」


 歩いていく途中にある案内板を立ち止まって確認していく。星さんも少し疎いらしい。無理はないと思う。

 そして、


「そろそろだ」


 目的地らしきところにそろそろ着くようだ。確かに目の前に受付が見える。T字路の交点に位置している。僕らはちょうどTの横棒の右側にあたる場所で、左方を見ている。ここを左に曲がれば出入口がある。

 星さんは壁を背にして、右手をポケットに入れていた。険しい面持ち。警戒心が強い。空気を読み取って、僕も神経を尖らせた。


「……」


「……」


 耳を澄ますと、かすかに声がした。


「……りしろ……ぅ……! しぬ……。……」


「……っ……」


 ここから出入口までの距離は長くない。声を小さく発しているようだ。いや、それでも聞こえる……。


「! まさか……」


 思わず、飛び出してしまった。


「徹さんっ?


「! 瑠璃人君!」


 座席が盾のように押し退けられ、その後ろに徹さんの頭が見えた。


「虹にぃは……? 虹にぃはどうしたんですかっ? 一緒じゃないんですかっ?」


「虹は……その……いるよ」


 少し引っ掛かる言い方だ。

 恐る恐る徹さんの方へ歩み寄ると、


「……!」


 虹にぃがいた。


「る、り……無事みたいだね……」


「……こ、こおにいぃぃぃぃぃぃっ!」


 虹にぃが……倒れていた。


「虹にぃ、しっかりしてくださいっ!」


 銃撃戦で負傷したに違いないっ!


「よかった……」


「よくないですよっ! 血がっ! 血があぁぁっ!」


 じわぁっと床を汚している。


「徹さん、なんでほっといてるんですかっ! 止血してくださいよっ! 医者でしょっ!」


「内臓が傷付けられてしまったんだ。止血を施しても、止まらないんだよ……」


「そんな……」


 “事実”ってこれのことだったのか……? 星さんの言ってたのって……? なんで、なんで、


「星さん! どうして教えてくれなかったんですかっ! 早く教えてくれれば間に合ったかもしれないっ! なんで、なんでだよっ!」


 僕の背後にいた星さんは僕を睨む、


「……」


 だけで何も言わなかった。

 もうこんなやつ、どうでもいいっ! 虹にぃ、虹にぃ……! 唇が青い、顔が青白く……。


「こ、虹にぃ……やだ、死なないで……。お願いだから僕を捨てないでよ、虹にぃ……!」


「る……り……」


「瑠璃人君……」


「死なないでよ、一人にしないでよ……」


 ま、瞼が閉じかかって……!


「やっだ、だめ、僕を見てよ! 死んじゃやだ」


「るっり」


 ……え?


「……」


「う、そ……」


 どくん、と心臓が波打つ。


「虹にぃ? 起きて、起きてよ? 死んじゃやだ……死んじゃやだ。虹にぃ……虹にぃいぃぃぃぃぃぃっ! 」


 本当に……本当に、もう動かないの……? 喋らない、頭を撫でて、くれない……?


「うわあぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁっ! ああぁぁぁっ、虹にぃ虹にぃいぃぃぃぃっ!」


「……」


「……虹……」


 虹にぃ、虹にぃ……死んじゃやだあぁぁぁぁぁぁっぁっ!


「!」


「!」


「え?」


「見事だ」


 手首に何かがはまった。


「てっ、徹……さん……?」


「これは……?」


 僕と星さん、二人の手は手錠で繋がれていた。

 頭から数滴の汗が素早く落ちていった。


「まさか……」


「ふっ、君たちは甘いな。そう、全ては君たちを捕まえるための演技だったのだっ!」


「じゃ、じゃあ虹にぃは……」


「大丈夫だ。応急処置は間に合ったんだよ、瑠璃人君」


「よ、よかった、ぅぐ、ぇぐっ、うわあぁぁ……!」


「なあ虹、……虹……? ……おい、虹! しっかりしろっ! おまっ、それ演技じゃなかったんかいっ!」


「へっ?」


「瑠璃人君、止血剤と血液パック持ってきて! そこのマッチョは輸血器! 二つとも左の通路すぐの部屋にあるっ!」


「はいっ!」


「だ、だが、俺は、」


「ばかやろぉっ! 人命に敵味方関係あるかっ! さっさと持ってこいっつってんだよ! タコスケがぁ!」


「は、はい!」


「てめぇ、ヘマして瑠璃人君を悲しませたら、頭に点滴ぶっ刺すぞっ!」


「……徹さん……こわ……」


 二度目の応急処置にまた成功した……らしい。






「……繋がらない……。一体どうしたんだ?」


「なぁ、まさか……」


「それは有り得ない。信頼できる四人に向かってもらった。……万が一でも……」


「それより、どうするのですか? 僕らをこんなに縛り付けて連行して」


「瑠璃、言ったはずだ。事件に首を突っ込むなって。……お前たちを連行した後、尋問部に引き渡す。うちの署の連中は、たとえ自分の弟でも容赦しないからね。覚悟しなさい」


 虹にぃはやはり虹にぃだった。久しぶりに再会するや否や、手錠をかけるなんて。でも虹にぃはそういう人だ。

 僕らは徹さんの車で警察署に向かっているところだ。左手は星さんの右手に繋がれている。

 窓の外は意外にも面白かった。機械的に並べられているビルや家などの建物から四角い光を放出する。それが横にスライドし、長細くなる。速ければより細くなり、遅いと太くなる。いかにも生き物みたいだ。

 そんな事より、まさか虹にぃたちだとは思わなかった。誰に撃ったかは教えてくれなかったが、おかげで犯罪者扱いだ。僕は寧ろ被害者で星さんは恩人だ。陸奥実君もこういう気持ちなんだろう。


「陸奥実君はどうなりましたか?」


「それに答える意味はない」


 ぴしゃりと打ち切られる。


「どうしてですか?」


「お前にはもう関係のないことだからだ」


「……」


 虹にぃはかんかんに怒っている。だけどそれは全く嫌じゃなかった。それだけ僕を心配してくれていたからだ。嬉しかった。

 でも話を聞いてほしい。


「虹にぃ……話を……」


「黙ってくれ」


「……!」


 虹にぃ……! 伝えたいことが山ほどあるのに……!


「お願いですから……」


「黙れと言ってるんだ! ……っ……」


「! 虹! キレるな! 傷口が開くぞ!」


「…………ぐっ……、悪い……」


「……?」


 そういえば先程からやけに庇っているように見える。脇腹だ。今もそこを押さえている。傷口……? 思い当たる節は一つしかない。虹にぃはやはり……!


「…………!」


「瑠璃……?」


「あ、あれ……?」


「お前……」


「……おっおかしいですね……」


 眼の奥が焼けるように熱い。その根源が溢れ出す。雫が一粒ずつだったのが次第に流れを作ってきた。

 何とも表現できない。複雑に絡み合ったモノが反応して体中に拡散していった。


「……ぅぐっ、ぇぐっ……、っ僕、おかしいのっです……」


「……」


「虹にぃ……、どうして僕を、また突き放すのですか……?」


「……瑠璃」


 虹にぃの大きな手が頬に触れた。流れが指を経由して下へと続く。


「僕は虹にぃの役に、……んっ、立ちたかっただけぇっ、なのに……」


「瑠璃」


「虹にぃはやっぱり邪魔ですか?」


「…………」


「…………虹にぃ……」


「徹、そこを右に行ってくれ。自販機あったと思う……」


「わかった。流石は粋な兄貴ですこと……ぐがぁっ!」


「今日はもう遅い。明日、いろいろと話してもらうよ」


「はい」


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