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二十三壊目「焦る」

「………はっ……、……?」


 気づいた時は目の前が真っ暗だった。自分の目が開いているのか閉じたままなのかを疑ったが、一応前者のようだ。それを確認しようと手を顔に持っていく。顔に触れなかった。いや、それ以前に動かせている気がしない。つまり手を封じられている。足も同様だった。

 記憶がない。なぜ拘束されているのか理解できなかった。まるでいきなり死んでしまったような心境だった。


「…………」


 だが、あれはもちろん忘れていない。陸奥実君を襲い、とことん弄した犯人の声、口調を。

 僕は今拘束されている。地べたに放り込まれているようだ。


「……聞こえる?」


「…………!」


 声がした。


「そんなに怯えなくていい。君に危害は加えない」


 そんな事信じられるわけがない。

 その前に、違っていた。少し野太く凛々しい響きのする声だった。完全に男の人の声だ。変声機は使っていないようだ。しかもどこかで聞いたことがある声だ。

 でも思い出せない。ある種のパニック状態になっているかもしれない。


「なぜ僕を殺さないのですか?」


 やや上擦った。


「君を殺す理由はない」


「では、それに該当することを知っていたら殺しますか?」


「それもない。ただし、彼のようになってもらうがな」


「……!」


 壊す、か。

 とりあえず大人しくしている方がいい。だが、黙っていろとは言われていない。僕は覚悟して言い続けた。


「なぜ僕を監禁するのですか?」


「……君をしなくてはならない理由があるからだ」


「………っ……」


 大人独特の言い回し。核心に触れさせるどころか見せもしない。そこには拒絶が阻んでいた。つまり話したくないということ。逆に言えば責められたくないということだ。……考えてみよう。

 僕を監禁をしたということは、そうしないとこの犯人にとって不利益が生じるからと言える。しかもどこかで聞いたことのある声。僕に身近な人間かもしれない。


「つまり、僕を監禁することで都合がいいということですよね?」


「……間接的にはね」


「?」


 間接的に……? つまりこの人は真犯人ではない……? いやあるいは……。


「……喋りすぎた。少し寝てもらおうか」


「!」


 そいつは僕の頭を強引に引っ張り、何かを顔に当てた。布のようだ。それだけではない……。……変な臭い……。クロロホルム……!

 僕はテレビのスイッチを切ったように意識を手放された。


「……本当はしたくないんだけど……、許してくれ……」


 ……。


「……さて、お前たちも外れていいぞ」


「! し、しかし、」


「こんな貧弱な子を見張るのは俺一人で十分。むしろ外を見張ってくれ。ただし、誰かと遭遇しても殺しはするな。気絶させるんだ」


「了解」


「“セイ”さん」


 セイ……。


「? どうした?」


「実は犯人たちが姿を現したそうでして……」


「そうか。意外に早かったな」


「そいつら……どうしましょう?」


「とりあえず大丈夫だ。こいつさえ来なければ……」


「わかりました。では、例の件も……」


「条件を満たした瞬間、決行だ」


「了解。では失礼します」


「あぁ。頑張ってくれ……」


 とっくに目が覚めている。そういう抜け目が後になって尾を引いてくるのだ。僕はそれをできた。しかし、肉体的にはどうにかなっても、精神的に参ってきた。今にも気が狂いそうだが、堪えなければ全てが台無しだ。チャンスも命も。

 とりあえず会話は終わったようだ。しかし、なぜか孤独を錯覚させられてしまう。絶対に人がいるのに、その気配がないというか何というか……。僕の第六感が戸惑っている。

 それでも今のことから拾えたのはいくつかあった。

 一つはこいつらは綿密な計画を立てていること。ちょっとしたハプニングにもしっかり報告し、見落とさない。逆に言えば、そうしないと支障を来す可能性があるというわけだ。

 もう一つはやはり僕がキーマンであること。僕の行動一つで計画を台無しにできる力を持っているのだろう。とするならば、それは多分“手紙”だろう。

 それよりも時間が気になる。僕はまだ寝ているので、そろそろ起きないとまずい時間になる。


「……ん……」


 だからわざとらしく目覚めた。


「! 起きたか……」


「……くっ……、今何時ですか……? お腹空きました……」


「……そうだな、そろそろ昼にしよう。……おぃ!」


 今は十二時くらいなのか? だとするとおかしい。僕が連れ出されたのは昼食後だ。この男のが本当なら翌日、つまり十四日の昼あたりということになる。だが嘘ならば最低でも今日、十三日の夕方あたりだ。どちらかを取るかで意味が違ってくる。

 すると、急に手首や足首の締め付けが緩くなった気がした。


「……!」


 そして、ついに解放された。ただし目隠しは外されていない。


「それじゃあ目隠しも外せ」


 無理矢理取られる。そして目を開けた向こうには……。


「!」


 へ、変なマスクを被った男(?)がいた。体格的には男だが……、いや男だ。

 まるでどこかの倉庫の中だ。といっても、せいぜい5メートル四方の部屋だ。蛍光灯二つに、男の後ろに大きな鉄の扉、僕の後ろには山積みにされたダンボール箱があった。


「……」


「さすがに警戒するな」


「あなたは……誰なんですか? 体つきは別として、その声は聞き覚えがあります。はっきりとは思い出せませんが……」


「ふっ、安心しろ。お前の父親だったなんて、陳腐なオチじゃない」


「!」


 僕のことを深く知っている人物なのかっ?


「そんなことより、めしにしよう。席に着いて食え。死んでも困るからな」


「…………」


 仕方なく男の言う通りにした。


「……」


「………………」


「…………」


「…………マスク、取ったらどうです? 食べにくいかと思うんですが……」


「……気にしなくていい。君にバレてしまうと、後々面倒になるからな」


「……では、早く僕を解放してくれませんか? 虹にぃのお見舞いに行かなくてはいけないんです……」


「“虹にぃ”?」


「僕の兄です。……駄目ですか?」


「その場合は死体になって帰ってもらえるが……?」


「……っ……、結構です!」


 先ほどから毛ほども隙を見せない。唯一、監禁中は能動的に僕を殺してはいけないという事実を武器にしているというのに。巧くかわされてしまう。

 時間感覚もあやふや、虹にぃたちの現状もわからない。第一、こいつの正体すら掴めていないのだ。


「……では、一つだけ質問を受け付けよう。それが面白かったら答えてやる。つまらなかったら……、わかってるな? もちろん、俺たちに関しての質問はなしだ」


「……わかりました。やります」


 どういう風の吹き回しだかわからないが、チャンスが回ってきた。ここでしくじってしまったら台無しだ。

 おそらく面白い質問というよりも、的を得た質問が面白いとなるのだろう。そう考えればまだやりやすくなる。僕が知りたいのはまず、どうして僕を監禁するのか、現在の時間、陸奥実君との関連性だ。こいつらに関しての質問は禁止だが、陸奥実君となら話は別だ。……屁理屈だけど。


「……まだか? せめて昼飯が終わるくらいにはしてほしいんだが」


「はい」


 時間も聞けて尚且つ他の二つも含まれている質問。これにニュアンスを加えてすればいけるかもしれない。早速考える。時間はたっぷりある。なぜならこの男、フェイスマスクしていてとても食べづらい。まだ半分にも到達していない。

 ……時間、陸奥実君、監禁…………。

 僕を監禁したのはきっと陸奥実君との接触を避けるためだ。虹にぃは怪我をしているし(男の言うことが正しかったら)、徹さんは病院勤めで忙しい。となると……やはりこれしかない。


「時間、ということにしよう。質問してくれ」


「…………」


 固唾を飲み込む音がやけに聞こえた。


「僕を監禁するのはいつまでですか?」


「……? もう一回言ってくれ」


 わかりやすくはっきりと言った。


「……僕を監禁するのはいつまでですか……?」


「…………」


 俺は握っていた箸を置いて押し黙った。そしていきなり笑い出した。


「あっはっはっはっはっ……! なるほどな! ベタな質問できたか!」


「……あっ……」


 確かに。ドラマや映画などではそんな風なのはありきたりだ。顔が熱くなってきた。


「いいだろう、答えてやる。九月十五日の二十四時までだ」


「……え?」


 それはつまり、十六日ということ……。……そうか。やはりそうだったのか!

 念のために確認をしたが、やはり十六日までだった。これで全てがわかった。


「まっ、別に君がどうしたって逃げられはしない。解放するまでは……な」


「確かに……ひ弱な僕にはどうにもできないです」


 でも諦めるわけにはいかない。ここでちんたらしていたら陸奥実君が殺されてしまう! 何とかしてここから脱出できないだろうか。


「……とすまない。電話のようだ。頼むからここにいてくれよ?」


 と思いきや、男はポケットから携帯を取り出し、早々と部屋から出ていった。まるで上手く出来すぎたドラマのようだ。

 蛍光灯が隙間なく照らす中、別の緑のマスクをした男が入ってきた。手には堅そうな棒を持っている。多分、見張りだろう。しかもその男は服の上からでもわかるように、筋肉が盛り上がり、まるでボクサーのようだ。背も二メートルはいっている。

 どうしようか? 強行突破でいこうか? いや、無理だ。……でも行くしか……!


「……おい」


 ぎらりと鮫のような目が睨み付ける。その威圧感にたじろいでしまう。


「……なっ、なんですか?」


「逃げられると思うなよ?」


 逃げるだって……?


「……逃げようなんて思ってませんよ……」


「?」


 僕は睨み返した。


「親友を救いに行くんです! たとえあなたのような人が立ちはだかっても!」


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