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二十二壊目「記す」

「虹にぃ! これも買いましょうよ」


「ど、ドリアン……」


「この匂いにびっくりして飛び上がるんじゃないでしょうか」


「臭い!」


「リンゴとかにしようよ」


「ドリアン食べてみたかったです……」


「今度ね。……このくらいでいいだろう」


「多過ぎませんか?」


「あとはうちで食べる」


「そうですね。あと、危なくなさそうな果物ナイフ……これでいいですね。いや、まだありますね」


「? なんだい?」


「ついでですから、彼女にも聞いときます」


「何食べたいか、かい?」


「多分、梨だと思いますが……………………、……出ないです」


「寝てるんだろう? だって夜の十一時だよ?」


「ここのスーパーは深夜まで開店してますからね。朝一で見舞いに行って、果物かじりながら寝顔を見ててください」


「……」






 十三日。それは朝のSHRショートホームルームの時だった。



ザワザワ……



 福田先生の配った用紙を見て、クラスがざわついた。それには保護者あてに登校・下校時の注意書きが記されていた。一番上には導入文として、今回の誘拐について注意事項が示されていた。


「皆さんがご存知のように、陸奥実 流君が被害に遭いました。物騒な世間になり、今や外で一人で歩くのもままなりません。なので、できるだけ複数で、人目のつきやすい道を歩いて帰りましょう。体格のいい子でも襲われないとも限りません」


「みんな! オレと帰れば守ってあげるぜっ!」


「…………」


「……」


「……ぷぷっ……」


「あいつアホだろ……」


「朝山は変質者なんで気をつけろ!」


「なんでだよ! お前がああ言えっつったから言ったんだろぉ!」


「朝山に守られるなら前橋に頼むわ」


「おいこら! 朝山の勇気を認めてやれやっ!」


 相変わらず笑いが絶えなかった。ある意味一番襲われやすいかも。


「とりあえず冗談抜きで気をつけてください」


 しかし、そこに一つだけ笑いが足りなかった。


「……」


 これで朝のSHRショートホームルームが終わった。


「っはぁ……」


 一番窓側の一番前、東條さんの隣の席が空いている。陸奥実君がそこにいるはずだけど、今は入院中だ。先生が言ったように、誘拐されてしまい、何らかの精神攻撃を受けたとのことらしい。今日、虹にぃが見舞いに行く予定だ。

 僕は……陸奥実君と会う勇気がまだ持てなかった。心臓が押し込められるような重圧に堪えられない。きっと。


「よっ」


「……馬場君……?」


「暗いツラしてんな。まぁ無理ないわな。新戸が関わってんだから」


 僕の表情が滲み出ていたようで、話しかけてくれた。


「陸奥実も心配だけど、オレは同じくらいに心配だよ」


 僕は大分目立ってしまったらしい。

 ぽすっと肩を軽く乗せた。藤野君だった。



「にぃちゃんが頑張ってたのに、ヘラヘラ遊んでた自分が情けないぜ」


「そんなことありません。僕も悲しいことばっかじゃなかったです。れいかさんとも仲を深め……、」


「!」


「“れいかさん”?」


 しまった。そういえば知らなかった、いや、知らせたくなかった……。


「ヘイカモン! マイブラザーッ!」


 もちろんやってきたのは……、


「ドゥーユーライクスシッ?」


「イエェエェェァアァアァァァァ!」


 前橋君だった。


「ドゥーユーハバガールフレンッ?」


「オー! シィット! ホッチキスワスレタ!」


「メガネドコ? メガネドコォッ?」


 三人で狂気乱舞していた。何がなんだか理解不能だ。


「あ、あんなぁ、新戸くん……」


 ひょっこりと彼の保護者、奈多弓さんが現れた。咄嗟とっさに少しだけ身構える。


「あの三人もけっこうショックなんや。いろんな意味で壊れとるやろ? ……真乃やんもまだ放心状態や」


 指差す方には東條さんがいた。背筋をぴんと伸ばし、黒板を眺めている。まばたきもしていないかと思うくらいに微動だにせず。

 しゃあないわ……、彼女を見ず、目を伏せて呟いた。


「せやから、これから保健室でカウンセリングやんねん。公欠扱いやから安心せぃ」


 僕もか……。


「僕はへい、……!」


「……?」


 出そうになった言葉をのどの奥に押し込んだ。


「そうですね。行きましょうか」


「……」


 僕をじっと見てくる。一呼吸置いて、


「あなた、変わったみたいね」


「まぁ、いろいろありましたから」


「……そう」


 少し嬉しそうな面持ちだった。


「んじゃ、保健室行くで。おーいっ! 馬鹿三人と真乃やぁんっ! 行くでぇ!」


 奈多弓さんは笑いながら呼び集めた。






 ぞろぞろと保健室の前に着いた僕ら。先頭きって入ったのは奈多弓さんだった。


「秋間はん、あの時はどうもぉ」


「ななちゃんと真乃ちゃん! とその他の方々!」


「“その他”っておいっ!」


 すかさず前橋君。僕もその他の分類みたいだ。

 僕らは適当に中をうろつく。奈多弓さんと東條さんは秋間先生と話している。


「まだあの画像は残ってるわよぉ……」


「写真使って脅すんは古い手やねん。今は売るに限りますやん」


「人として終わってますよ、なっちゃん……」


 本人が告発したら懲戒免職は避けられまい。


「んで、……カウンセリングね。実は、専門家に来てもらったの」


 ぱあっと開かれたドアの先に……、


「……ん?」


「……」


「あ、あれ? あれれ?」


 ……なんか見たことある人がいる。


「まぁいいか。私の名前はかみ、」


 僕は耳にかけられていた聴診器を思いきり引っ張った。


「うぎょっ! 耳に穴がぁぁっ!」


 それはもともとだ。


「何するんだ、君!」


「なーにが君ですか、このヤブ医者!」


「……」


「? どうしたんですか?」


「後ろ後ろ……」


 何気なく振り向くと、僕以外の人たちが僕と距離を取っていた。


「え、えっと、二人ともお知り合い?」


「そうです」


「めちゃめちゃ怯えてるぞ、瑠璃人君」


 そっと耳元で囁いた。


「大丈夫です。この人は僕の兄の下僕げぼくですから、怖くないですよ」


「下僕じゃなくて親友だから! しかも瑠璃人君に怯えてるんだよっ!」


「そうでしたか」


 無視。

 とりあえず、いろいろとご説明したところ、納得してくれたみたいで誤解を直せた。


「どうしてこの人なんですか、秋間先生?」


「分かんない」


 分かんないって……。


「適当でいいんじゃない?」


「相変わらず手厳しいな」


 今更だけど、この学校、本当に大丈夫なのか……?


「さて」


 徹さんは真剣になった。


「私は神地 徹です。これからカウンセリングを始めるんですが、私はここを使わせていただきます。皆さんは廊下にてお待ちください」


 こうなれば従う他ない。僕らは廊下に出た。まずは前橋君が呼ばれ中に入る。


「カウンセリングってなにやんねん?」


「さあ……? でも信頼していいと思います。徹さんは意外としっかりしてますから」


「そうなんかぃ。あ、次はワイや。お先にぃ」


「は、はい」


「なんか回転早いですね」


「確かに」


 奈多弓さんは中に入っていった。前橋君が出てこないことから休憩室で休ませているのだろう。

 そのあとも馬場君、藤野君、東條さんと続いた。そして僕だ。

 中に入った途端、心地よい匂いが広まっていた。しかも、クラシックが流れている。


「アロマテラピーですか」


「気持ちいいだろう? 私も寝ていたところだ」


「仕事してください」


 しかも秋間先生の寝込みを襲おうとしない! というか、先生なぜ寝てるんだっ?


「カウンセリングって心を落ち着かせるところからなんだ。瑠璃人君、ここに座って」


「先生はリラックスしすぎということですね」


 指示に従う。そして深呼吸を数回やった。


「はい終わり」


「……はい?」


「休憩室に行ってベッドインしてきて」


 徹さんにしては適当過ぎる気が……、


「私は秋間先生と……、」


「とりあえず頭に注射器ぶっ刺しましょうか」


「ごめんなさい。……とりあえず、瑠璃人君や皆さんは疲れてる。談笑してなさい」


 する。


「は、はぁ……」


 休憩室に入ると皆笑っていた。


「新戸きたか」


「すぐ終わりました」


「あの先生、本当に専門家? 秋間先生に下心丸出しじゃね?」


「据え膳食わぬは男の恥っつうだろ?」


「膳が置かれてる場所を考えろやっ」


「見た目純情な感じがしたんですが、残念ですね……」


 徹さんに今の言葉を全て贈りたい。


「ところでいつまで休んでいいんでしょうか?」


「多分学校終わるまでじゃね?」


「テレビない? お昼の定番見ようぜぃ」


「ん? 三分クッキング?」


「それも定番だけど惜しいぜぃ」


「世にも奇妙な物語ですか?」


「たしかにタモさんだけどねっ! 定番化させるなぁっ!」


「僕も……嫌です……」


「あら? にぃちゃんは怖い系ダメなんだ」


「……」


「どうせならここで怪談やろうぜ! 正しく学校の怪談だっ!」


「いいですねぇ! 私いろいろ知ってますよっ!」


「ワイは口下手さかい。聞く側に回るわ」


「バカヤロォッ! 怪談ってぇのは夜にやるもんだろ! 昼じゃ怖くもねぇし!」


「わかった。オレがまえばっしを震え上がらせてやるよっ」


「あの……本当にやめません……?」


「いつもの新戸じゃない……。これはチャンス! 積年の怨みを晴らしてくれるっ!」






 謎のカウンセリング(?)が終わり、徹さんと別れて、教室に戻る頃にはかなり時間が過ぎていた。昼休みが終わっていた。つまり、今は五時間目の授業中。

 それなのに、クラスはまだざわついていた。朝のSHRで“初めて”連絡されたものの、一人の生徒に対しての想いは想像以上だった。細かなことはもちろん伝えられていない。ただ誘拐事件があって陸奥実君が被害にあった、としか。もっとも僕の中では、それは“ただの誘拐事件”ではない。

 最後の授業、つまり次の授業は中止して集会を開くらしい。秋間先生が帰り際に教えてくれた。

 僕はそんなことよりも陸奥実君が心配だった。


「では、次は速やかに体育館に行くように。号令!」


 ひとまず五時間目が終わった。その直後、担任である福田先生が慌てた様子で教室のドアを跳ね退ける。あんなに慌てているのは珍しい。


「新戸っ! 新戸いるかぁ!」


「?」


 意外にも僕の名が上がる。みんなの視線を浴びながら先生の所へ急いだ。先生はすぐに閉めて、僕を連れて行く。

 廊下は走らないとされているのに、先生は全速力だった。それほど急を要すのだろう。

 しばらくして、下駄箱のところに着いた。なぜこんな人気のないところに連れてきたのだろう?


「早く靴を履いて駐車場に行きなさい」


「? なぜですか? これから集会ですけど……」


 先生は僕の両肩を掴んだ。それも険しい表情で。


「……君の兄さんが……刺されました……」


「…………えっ……?」


 先生はさらにこう続けた。

 いきなり後ろから刺されて、出血がひどくとても危険な状態だ。だから万が一のため……と。

 ……有り得ない。なぜなら虹にぃは今日、陸奥実君のお見舞に行ってくると言っていた。そして仕事は非番だとも言っていた。そんななのに、ましてや武道の達人である虹にぃが後ろから刺されるなんてことは、天文学的数字でも有り得ない。

 たとえ先生が言っても、そこは譲れない点だった。


「先生、そんなの出鱈目でたらめです。虹にぃが襲われることはまずありません」


「だけど今、病院から電話があったんだぞ?」


「それでも……、……病院……?」


 僕はさっき何て考えた? そうだ、虹にぃはお見舞いしに……。誰を……?

 何日か前、虹にぃと一緒にお見舞いの品として果物をたくさん買った。リンゴとかバナナとか、ドリアンとか。まさかそれらを丸かじりして食べるはずがない。僕はそんなに尖っていないやつを…………買った。陸奥実君のために……果物ナイフを……。


「……」


 自分の顔が青ざめていくのが分かった。


「まさか……」


「……陸奥実君が……したらしい」


「…………先生、すぐ行かせてください」


「俺の車で行くから外で待っていなさい」


 先生とはそこで別れた。

 普通に考えれば先生は虚言を吐いているとしか思えない。でも、相手が陸奥実君なら違ってくる。陸奥実君は今、精神錯乱に近い状態にある。それが起こったなら……。

 まさかそんなことがあるはずがないという希望と、もし虹にぃの身に……という絶望を両足に履いて外に出ていった。


「虹にぃ……、虹にぃ、虹にぃ虹にぃ……虹にぃが刺された? 虹にぃが刺された? 虹にぃが刺された? 陸奥実君が刺した?」


 まるで呪文のように呟いていた。気が動転している。分かってる、そんなこと!

 校門で待っていると、白い乗用車が僕の目の前で停まった。急いで乗り込む。

 先生はサングラスをかけていた。


「その、電話は誰がしたんですか?」


「神地先生だったよ」


 福田先生はアクセルを全開にして走らせた。ぐんとGがかかって、思わず体がりきむ。けど、すぐにGは収まった。


「僕と神地先生はちょっと知り合いなんだよ。あそこの病院にはお世話になってるしね」


 確かに、先生の携帯電話には徹さんの着信履歴があった。なるほど僕より先生に話した方がスムーズにいく。

 途中で信号に止まった。早く、早く……! 早く青に……。


「……?」


 何だろう? この匂い……? はっきりとしないけど、落ち着いてくる。


「ん……」


 いや、少し眠い。


「新戸君、大丈夫かっ?」


「え、あっ……はい……」


 切羽詰まった先生の声と急発進した勢いで、はっとした。そうだ。僕は焦っているんだ。落ち着かないと、落ち着かないと……。

 病院に着いて、駐車場は満杯に近い。幸い、手前の方が空いていたので、そこに停めてくれた。


「先に学校に戻ってて構いませんから!」


 僕が福田先生と向き合っている時だった。ほんの僅かな時間、背後は隙だらけだった。もしかしたら、いまいち眠気が取れていなかったからかもしれない。

 僕の後頭部に何かが襲った。


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