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二十壊目「実らせる」

「行ってきます」


「いってらっしゃい」


「! あなたは……!」


「あら、知り合い?」


「どもども。一日ぶりやなぁ」


「……」


「瑠璃人くんのお友達ね?」


「その通り! ワイの名は、」


「早く行きますよ」


「引っ張るなぁっ! エリがちぎれるぅぅっ!」


「いってらっしゃい!」



……



「奈多弓さん家からは大分遠いここまで、僕に何の用ですか?」


「そうツンツンすんなて。……用事っちゅーか、……まぁ用事やな。ワイは誤解を解きに来たんや」


「誤解? あなたが殺人に加担している疑惑を、ですか?」


「そうや。自分で言うんもなんやけど、ワイは善良な一般市民やで?」


「れいかさんに襲わせておきながら、ふざけたことを……!」


「そ、それは誤解や! ワイかて襲われたんよっ!」


「じゃあ相手は誰なんですかっ!」


「知っとったら警察に言うとるわっ」


「! 警察に通報したんですか?」


「もちろんや! いろいろ話して帰っていきよったけど……緊張したわぁ……」


「その時の警察官は誰ですか?」


「確か……平仮名で“せい”って……」


「“せい”ですか……」


「とにかく、本当に信じてぇな……」


「……分かりました。とりあえずは信じましょう」


「! サンキューなぁっ」


「それで一つ、質問があります」


「なんや?」


「今日は何が起こるというのですか?」


「……」


「あなたは昨日、今日になれば分かる、と言ってましたよね?」


「……」


「教えてくれませんか?」


「……十二時四十八分、あなたの携帯電話を改めて見なさい」


「? どういうことです?」


「これ以上は言えない」


「……分かりました」


「それじゃ」


「待ってください」


「? 何?」


「普段のあなたはそれなんですか?」


「さあね」






 空は真っ白だった。雨が降りそうな色をしていないのに、冷え切った雨が地面を打ち付けている。


「……」


 冷気はどことなく、学校中に染み渡っていた。


「陸奥実君が数日前から行方不明になっています。知っていたり見かけたりする人は遠慮なく先生に言ってください。お願いします」


 朝のホームルームは陸奥実君の話題で持ち切りだった。八菜さんから発したんだろうけど、当たり前の展開だ。

 新任の福田先生はこれに、警察が全力で捜索していることを力強く付け加えた。虹にぃたちから連絡はないけど、そうであることは間違いないはずだ。

 窓側の一番前の空席、その隣に東條さんがいる。後ろから見るかぎり、顔は空席に向いていた。心配している……。


「それでは、ホームルーム終わりです。次の授業の準備をして待っていてください」


 挨拶をする間もなく、先生は駆け出していった。

 その瞬間、


「あいつ、大丈夫かよ……」


「行方不明? 拉致られたのかな?」


「んなわけあるかっ」


「まさか、迷子じゃないよね」


「家にも帰ってないらしいぜ……」


「あのタコやろー、道草食ってねぇで帰ってこいよな。さすがに心配だぜぃ」


「八菜さんも休みみたいですよ?」


「あのツンデレ娘がかぃ? こりゃ一大事やで……」



ざわあぁ……



 重くざわつく。

 まさか、あのまま誘拐されたのか……? そうだとしたら、完全に僕の責任だ。僕が陸奥実君にお願いしたからこんなことになったんだ。……僕が、


「……ちゃん、……にぃちゃん?」


「……はっ」


 前の席の藤野君が話し掛けていた。


「どうしたよ? 顔色悪いぜ?」


「……病み上がりですから」


「そっか。無理すんなよ」


 もし、本当に命に関わることになっていたら……。そう考えるだけで身体中が重く感じる。息が苦しい。視界がぼやけてくる……。


「……はぁ……はぁ……」


 もし、殺されてしまったら? 覚悟していなかったわけじゃない。でも、その状況が目の前にあって実感すると、とてつもないほどの重圧感を感じる。


「にぃちゃん? 大丈夫?」


「どうしたの、新戸君?」


「な、何でもないですよ」


 僕が殺したも同然なんだ。


「保健室、行った方がよくね? 真っ青だぜ?」


「へっいきですから……」


「いやいやいや、明らかにおかしいじゃん。オレが連れてってやるって」


「気遣い、ありがとうです。でも心配するのは陸奥実君の方にしてあげてください、……?」


 僕らの所に前橋君がやって来た。


「行くぜぃ」


「え?」


「どこにですか?」


「宇宙の彼方へ、さぁ、いくっぐべっ!」


 横顔に膝蹴りがジャストミート……。奈多弓さん……乱暴すぎる。


「ひとまず宇宙へ行ってこいや! 三百光年先まで行けっ!」


「な、奈多弓さん! 宇宙じゃなくて天国の方に、」


「うきょぁああぁぁぁぁあ!」


 彼が現世に帰ってくるのは難しいかもしれない。僕らは温かく見守っていった。

 とりあえず、二人も情緒不安定なのは分かった。


「新戸さん」


「?」


 今度は、


「東條さん、何ですか?」


 彼女がやって来た。


「流さん、どこに行ったか知りませんか?」


 一番心配しているのは八菜さんで、次に心配しているのは彼女かもしれない。


「……すみません、分かんないです」


「そう、ですよね。ごめんなさい」


「……」


 彼女も陸奥実君の“眼”のことを知っている。八菜さんが危険視しているのは別として、どことなく不気味な感じがする。それは僕が彼女とあまり接していないこともあるけど。

 それでも、友人以上の存在の陸奥実君を心配するのは純粋な思いだと思いたい。


「真乃やん、大丈夫やて。むっちゃんは道草食うとるだけやさかい。ふらっと現れるんよ」


「……うん」


 僕の角度からしか分からないだろうけど、明らかに笑っていた。普通の笑みじゃない。うっすらと陰りがあった。






 僕の目からしても、何かを企んでいるように見えた。そういう考えはしたくないが仕方ない。


「そろそろ……か」


 昼休みに入り、あの時間になろうとしていた。


「何がだよ、新戸?」


「い〇ともか?」


「もうやってるし」


 十二時四十五分。クラスは昼食の時間になっている。奈多弓さんはもちろん、クラス全員に異変は見られない。ごく普通の雰囲気だ。


「いえ、何でもないです」


「そう言われると気になるよな」


「プレゼント現象だな。開けるなっていうと開けたくなるっつー」


「ちょっと違う気が……」


「でもさ、実際にそんな気分になるかっていうと、微妙じゃね?」


「そうですか? 僕は開けたくなりますけど……」


「まぁ、彼女からプレゼント貰えば、開けたくなるだろうよ、にぃちゃんさんはな」


「え?」


 彼女って……じゃなくて、どうして彼女がいるって……?


「僕“は”ってどういうことですか?」


「…………」


「……い、いやあ、今日はいい天気だなあ! 野球しに行こうぜ!」


「話を逸らさないでください。しかも雨の中でやるつもりですか?」


「に、にぃちゃん、ハサミを分解して突き付けるのは止めな、な? 二刀流はずるいから、オレは佐々木コジローじゃないから」


「そこの問題っ?」


「誰から聞いたんですか?」


「な、なーたんからだよ……」


「“なーたん”って誰ですか?」


「なーたんはなーたんだ! なーたん以上でないし、以下でも、……すみません。瞬間接着剤をまぶたに付けようとしないでください。なーたんは奈多弓さんです」


 ……なるほど。そういえば、一回見られたことがあった気もする。


「まぁ、隠すつもりはなかったですから、いいですけど……」


「ほぉ〜……。危うく、コジロー敗れたり! なんつって歴史が繰り返されちまうとこだったぜ……」


「……!」


 もう十分も過ぎてるっ!

 僕はさりげなく例の携帯電話を取り出した。


「メール?」


「ダァリン、はやくきてぇん、ってかっ!」


「その前髪、パッツンにしてあげましょうか?」


「ふつーにやめちくれ。ここまで伸ばすのにワンシーズンかかんだよ」


 着信は……ないようだ。ならば、こちらからかけよう。


「……」


 呼び出し画面になっていて、陸奥実君へ繋がろうとしている。すると、


「!」


 呼び出し画面が消え、通話時間が表示された。僕はおそるおそる耳にあてる。


「誰かに電話?」


「彼女か? 彼女なのか?」


 馬場君と藤野君にかまっていられない。静かにしてくれるようにサインを出した。


「……もしもし?」


 二人は僕の顔を見て、何かしら察してくれた。真剣な面持ちになる。


「陸奥実……君?」


「!」


「むっつみと話してんのかっ?」


「少し静かに……」


 通話に神経を尖らせる。


〈……〉


「どこにいるんです? 何かリアクションしてください」


〈……〉


 応答がない。でも、圏内だ。


〈り〉


「!」


〈る、り〉


「陸奥実君?」


〈る……り……る、り……〉


 これは……、


「陸奥実くんっ! しっかりしてくださいっ!」


 “彼”っ? 判断材料としてはそれだけで十分だ!


「どうしたんだよ、にぃちゃん!」


「陸奥実は何か言ってんのかっ?」


 僕たちの様子に気付いたのか、クラス全員は僕を見る。とにかく、


「すみません! ちょっと出かけますっ!」


「えぇっ! 待てよ、にぃちゃん!」


 僕は教室を駆け出した! その間に“自分の”携帯電話から、


「……虹にぃ! 学校に来てくださいっ! 陸奥実君の携帯電話が繋がったんです! 至急、位置取りを確認お願いしますっ!」


 虹にぃに一報入れる。今まで圏外らしく繋がらなかったのに、どうして今になって……? いや、そんなことより、


「! 新戸、どこへ行くつもりだ! 廊下を走るなよ」


「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんだ!」


 陸奥実君の救出が優先だ!

 学校を抜け出して校門で待っていると、パトカーが目の前で止まった。虹にぃが乗っていた。すぐに駆け込む。

 ここまできたら、事情を話さないわけにはいかなかった。現に虹にぃから、


「何があったんだい? 全て話すんだ」


 説明を求められた。僕は“太陽”のことを伏せながら大筋を話した。

 僕の片手には“追跡くん”が作動中の携帯電話がある。陸奥実君の携帯電話らしき物の位置が表示されている。


「……虹にぃ、早く! 早くしてください!」


「わかってる! 仲間にも要請した! 鼠一匹逃がしはしない!」


 この時点で既に二日間以上経っていた。誘拐された時点で虹にぃにお願いしていれば……。僕は馬鹿だ! まさか、あっちから切られるなんて思いもしなかった。間違いなくターゲットは気付いたのだ。せめて、名前だけでも……。

 パトカーは甲高くサイレンを鳴らしながらかっ飛ばしていく。


「なんで早くしなかったんだ!」


「すみません……!」


「まったく! それで、次は!」


「そこの信号を左です!」


 やや乱暴に急カーブする。右に体が寄るがすぐ直った。黒い棒がフロントガラスを濾しとり、飛び散る雨をすり落としていく。

 陸奥実君の現在位置は明らかだ。携帯の機能で判明していた。陸奥実君に渡しておいたのが不幸中の幸いだ。電池まで取られなくてよかった。

 とにかく急がないと……。


「殺させはしない!」






 着いたのはその約三十分後。そんなに大きくないしっかりした廃墟だった。街からかなり離れて位置し、人影もない。車もなかった。それはそうだ。

 林の中なのだから。

 他のパトカーも続々と到着し、武装した警官が出てきた。その物騒とした中に見知ったのがいた。


「あ、あなた方は……」


「新戸君!」


「おぉ!」


「奇遇やなぁ!」


 あの三人組だった。一体なぜ……?


「どうしてあなた方が……?」


「あぁ? とりあえず、いろいろあったんだよ」


「そんなことより、流さんはこの中にいるんですか!」


 陸奥実君を心配していたのは僕だけではなかった。当然だ。今日は……火曜日。

 容赦なく打ちつける雨は異様に冷えていて、気持ちが悪い。寒気が足元から這い上がってくるようだった。

 それを察してか、別の警官が無言でやってきた。そして僕に目配せをする。すべきことはわかっている。


「はい、間違いありません! ですが、僕らはここで見守りましょう。素人の出る幕ではありません……」


 僕たちは面識のない警官とパトカーに戻る。生い茂った草を踏む度にみずみずしい感触を覚える。やけに鬱陶しい。

 そして乗り込んだ。警官は目で礼を言う。

 その意味はそれだけではないとわかっていた。伊達に虹にぃにくっついていたわけではない。

 そして程なくして、虹にぃが先陣を切り、警官たちが中になだれ込んでいった。僕たちはただ祈るしかなかった。


「流さん……!」


 助手席に座っている僕。ちょうどバックミラーに三人が映っていた。真ん中にいる彼女は目をつむって、祈る手は真っ白になるほど、強く握りしめられていた。隣の前橋君は顔をしかめている。

 奈多弓さんは、


「……」


 僕を見ていた。まばたきをする度に鋭く、真っすぐに。何を訴えているのかは分からない。でも、あの麦藁帽子を抱きしめていた。

 気がつけば数十分後、虹にぃが真っ先に戻ってきた。護衛の警官が窓を開ける。僕はそれに身を乗り出した。


「陸奥実君は! どうなんですか虹にぃ!」


 他の三人もそれに乗じた。

 虹にぃは強張っていた。


「陸奥実君の身柄は確保した」


「本当っすか! じゃあ今にでも……」


「駄目だ」


 いつもの虹にぃの声ではなかった。職務に専念している声だった。せめて一目でも会いたい、誰もがそう思っている。だが見せたくない。虹にぃはそう意味を含めて言ったのだ。つまり、“彼”になっている。

 僕はとっさに前にいる人に指さした。


「あの人が呼んでいますよ?」


「え?」


 そっちに向いた。その一瞬を見逃さない。

 僕は開いた窓をすり抜けるように外に出た。そして一気に走った。鈍い虹にぃが気づいたときにはもう遅い。三人も出ようとしたが、一人しか来れなかった。陸奥実君の隣の女子だった。


「僕は大丈夫ですが、東條さんは……」


「大丈夫ですよ! 私は強いですから!」


 物理的に強くても精神的に……。

 全身に浴びながら僕らは中に入った。一歩毎に濡れた音がする。体と同調して程度がわからなくなっていた。

 中はまるでどこかのホテルみたいだ。しかしそんな華やかなものでは全くない。酷い臭いが散乱し、辺りは茶色か黒か灰色。形容しにくい。衛生的にもよくなさそうだ。

 近くにいた警官に教えてもらい、そこへ向かった。途中、虹にぃの許可について聞かれたが、適当に誤魔化しておいた。そんなのはどうでもいい。

 話していくうちに扉に直面した。


「ここだ……。調べてる人もいるから邪魔はダメだぞ」


「わかっています。これでも心得ていますから」


「そうか、……いいぞ」


 目の前の扉は重々しく開かれた。なぜか真新しい。かなり重いようで僕らも手伝った。


「……うっ」


「……何ですか、これ……?」


 まず襲ってきたのは、強烈な臭いだった。目眩がする。入った時のやつの根源のようだ。そして眩しいほどの白。ここは完全に診療室だった。誰かがここを定期的に使っていた可能性が高い。

 検察官たちが様々な道具を駆使して調べていた。そこに犯人らしき人影はいない。


「俺らがここに入ったときは既にもぬけの殻だった。隠れた様子もない」


「逃げ足の早い……」


 あまり広くはない部屋の奥の一隅に検察官が集まっていた。中は窺えない。そちらへ向かった。


「大丈夫だ。君を保護しに来たんだ。心配しなくていい」


「………………」


 返事はない。おおよその予想はついている。


「どいてください! どいて!」


 東條さんと連携して人混みをかき分ける。数秒もしなかった。そして……。


「…………! 流さん!」


「陸奥実君!」


「…………」


 そこにはタオルにくるまれた陸奥実君がいた。壁にもたれ、体中に力が入っていなく、何よりも目に光がなかった。こちらに気づく様子もなくただうずくまっている。それは僕の予想していた二番目に最悪なシナリオだった。

 陸奥実君はとても小さく震えていた。


「…………ぅ、……め、て……」


「……!」


「流さん! しっかりしてください!」


 東條さんが触れた瞬間に検察官に遮られた。


「君! 今の彼に触れてはならん!」


「! どうしてです……」


 東條さんの明らかな敵対。しかし、それはあっという間になくなった。陸奥実君がさらに震えだした。


「うぁぁぁぁぁぁ! ……あぁぁ……なぁぁ……」


「見るな!」


 東條さんの目を遮る。それは賢明な判断だった。

 陸奥実君は……、壊されてしまった。今までの彼ではない……。


「もぅ、許してよぉ……! ぅっ、……あぅっ……っぅぐっ……」


「陸奥実君……」


「そ、そんな……」


 彼女は警官に寄りかかりながら、崩れ落ちた。喉に引っかかるような声もする。僕は彼を見つめた。

 僕は今まで彼に言ってきた。あなたの堕ちる姿が見たい、と。あくまでも冗談だった。でも目の前に彼がいて、冗談の通りになっている。あまりにも残酷で、儚い。

 人生で初めてだ。こんな思いをするのは。わからないわけではない。知らないわけではない。

 自然と流れ落ちた。陸奥実君の傷ついた体に。


「瑠璃人君」


 僕の背後から、聞き慣れた声。


「徹さんですね?」


「彼をここから出そう。陸奥実君の友人たちは既に学校へ送っている。“彼”を見られることはない」


「はい」






「……任務は完了しました」


「ご苦労様。ちょっと疲れたでしょう?」


「はい……。まさか燕があんなに頑張るとは思いませんでした。……あと、今お出ししたのが、ご要望の“燕の巣スープ”です」


「……どれどれ? ……うん、美味しいわね」


「それでは失礼します。…………とその前に」


「? どうしたの?」


「これでよかったのですか?」


「……?」


「彼女が黙ってはいませんよ? 実質、これで相当な時間稼ぎはできますが……」


「大丈夫よ。私の方が一枚も二枚も上手なんだから……。んぅ〜おいし!」


「……失礼します」


「あなたは……。いや、私はただあなたへの謝罪の言葉しかないわ。……ごめんなさい。こんな私のために……」


「謝らなくていい。俺はいつだって後悔しないようにしてきた。今回もそうさ」


「……颯のために」


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