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十九壊目「実る」

 九日。長かった一週間が過ぎ去り、新たな月曜日が始まった。しかし、陸奥実君が休みだった。


「ふぁあ……ん」


 何かあったのだろうか? 気にはなったが深く考えなかった。通話内容からは、陸奥実君が眠った後から何も無かったし、通話も途中で切られていた。心配する必要はないと判断したんだろう。誰だって休むし……。

 今日かられいかさんは栗原さん家で休んで欠席するらしい。身内もそれなりの事情を把握しているようで、了承していた。ご両親は朝早くから夜遅くまで家を空けるらしく、とても安心できないとのこと。僕にしてみれば不自然な気がしてならないが、仕方ない。


「おーい、新戸」


「はいっ」


 前橋君に呼ばれた。


「八菜ちゃんがお呼びだぜぃ」


「……はぁ……」


 それに、よく二年生のエリアに入って来られるな……。度胸がある。ちょうどよかった。


「なんだよ、新戸。二股かける気かよ」


「え?」


 あっいや……、と言葉を濁して去っていった。とりあえず会おう。

 教室から出ると、彼女は窓の外を眺めていた。今は……昼休みだから手短にしないと、お昼が食べられない。


「どうしました?」


 後ろからそっと声をかける。


「……」


 こちらを向いてくれたが、まるで生気がない。無表情だった。どことなく重苦しいものを感じる。


「お兄ちゃんが……帰って来ないの」


「?」


 帰って来ない?

 今にも泣き出しそうな顔で言う。


「家出ですか?」


「……」


 小さく頭を横に振る。

 普段なら怒って否定するのに……。


「捜索願は出しました?」


 また横に振る。


「わかりました。虹にぃに直接連絡しますよ」


「う、……ん」


 ふらっと、


「え?」


 倒れかけた。


「っと!」


 それを何とか抱き留める。……意識がない!


「やっ八菜さんっ? しっかりしてください! 八菜さん!」






 保健室に運んで診てもらったところ、分からないという。僕は彼女の様子を伝えるということで、授業をサボった。秋間先生はそういうところに関しては甘い人だから、大丈夫……らしい。


「なるほど。意識が朦朧もうろうとしてる感じだったのね」


「はい。ふらついてましたし、生気が薄い感じがしました」


「そう。にしても、クマがヒドい〜。ありゃ疲れてるわ。お肌も荒れてて髪がかさついてて……寝不足かな?」


「……」


 そんなになってまで陸奥実君を……?


「お兄さんとナニしてんだかっ」


「先生、絶対違います。それと僕のふとももをさりげなく触らないでください」


「……見た? 彼の女装姿。瑠璃君とタメ張るほど、ホントに女の子だったんだから! しかもスク水も……ぐへへ」


 忘れてたのに……! 傷口をえぐられた気分だ。それにこの人、僕だけに飽き足らず、陸奥実君まで手を出したのか……。


「とりあえず先生、ケータイ使っていいですか?」


「使用料としてあなたのカラダを、」


 僕は休憩室のドアを閉めた。手が挟まっていたので、人差し指を舐めると、手が引いた。その隙に鍵をかけた。秋間先生は向こうでブーイングしている。

 それより電話しよう。


「……」


〈ただいま、電波の届かないところにいるか……〉


 繋がらない。


「……?」


 つまり何らかの原因で電話が繋がらないわけだ。電源を切っているか圏外にいるかだ。


「……誘拐……」


 いや、だが二人は仲良く話していた。しかも陸奥実君はメアドを交換したわけだ。秘密主義の陸奥実君がそんなことをしたということは、ある程度信頼していると考えていい。それに、もし陸奥実君に万が一の事があっても、疑われるのは美浦さんだ。そんなリスクを背負っては“手紙”もくそもないだろう。

 そうすると、考えられるのが徹さんの言う共謀だ。多分、“手紙”の謎を追及するために本格的な共謀をするのかもしれない。


「……ここですね」


 カーテンで仕切られる六つのベッド。その二列三行のうちの真ん中一つが閉ざされていた。音を立てないようにカーテンをめくって、中に入る。

 ベッドに八菜さんが寝込んでいた。


「義兄妹なのに、寝顔がそっくり……」


 いつも真顔な陸奥実君も眠っていると、幼い子供のような顔になる。しかも、よだれを垂らすこともある。


「……すぅ……すぅ」


「……」


 戻ろうか。


「ん」


「!」


「……せんぱい?」


 うっすらと見開く。


「大丈夫ですか? いきなり倒れたので保健室に運びましたよ」


「……迷惑……かけてごめんなさい」


 もぞもぞとキルトに隠れて、僕の方を見る。


「いいんですよ。ゆっくりお休みください」


 とにかく、安静にさせよう。そう思って部屋を出、


「先輩?」


 出ようとする僕を呼び止める。


「はい」


「わたしが眠るまで……手、にぎってていい?」


「えっ……えぇ。いいですけど……」


 僕の手を差し出すと、愛おしむように引き寄せる。


「うわ」


 そのまま腕まで引きずり込んで、抱きしめるようにして眠った。


「……」


 ……怖かったのかもしれない。






「……はぁ」


「にぃちゃん、どうしたよ? マンネリしてさ。授業四時間目までサボれてよかったじゃん」


「それはいいんですけどね」


「……気にかかる? むっつみの妹」


「いきなり倒れたら誰でも心配しますよ」


「たしかに」


 過去にも八菜さんは体験している。陸奥実君が急にいなくなる事態を。だから、今回もそれを怖がっているんだ……。

 それでも、八菜さんをこんなにしてまでも、陸奥実君は美浦さんとの共謀を企んでいるというのか……? 僕にはそうは考えられない。


「……」


「にぃちゃんだけじゃない。あいつらも心配してるぜ?」


「え?」


 藤野君の指差す方には……、


「緊急事態だ、諸君! 我らが“8”が謎の病気によって保健室に送還されたっ! 総力をあげて原因追及するだぁっ!」


「ミスタープレジデント!」


「何だねっ?」


「どうやら〇ウィルスに感染したと思われますっ!」


「な、なんだと! それは男と女のいとなみで、」


「隊長ちがいます! どちらも脅威ではありますが、ウィルス違いです!」


「とにかく、陸奥実が原因であることはフラワーが突き止めている! とっとと探して打ち首獄門じゃあぁぁぁぁぁぁいっ!」



うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!



 例の怪しい集団がいた。……ただ、騒ぐネタが見つかっただけじゃないか……?


「頼もしいだろ?」


「このままだと次の日本史に関わりますよね」


「あと三分あるから大丈夫だよ」


「……」


 一向に収まらない気がする。


「と、とにかく、まえばっしとか皆心配してんだよ」


「そうですね」


 五時間目の授業が始まって、先ほどの集団は解散、着席する。いよいよ眠くなる日本史の始まりだ。……無論、開始早々から睡眠学習に入る人達が多い。


「……」


 僕は居眠りはしない。でも、今は何も耳に入らない。

 正直、僕は素直に喜べなかった。彼らはあくまでも心配しているのは八菜さんであって陸奥実君じゃない。八菜さんは陸奥実君を心配していたんだ。原因は確かに陸奥実君だが、その陸奥実君が行方不明。そのことを誰も知ろうとしない。そうかと言って皆に伝えても、逆にパニックを引き起こすだけだが。

 やはり、虹にぃに今すぐ連絡した方がいい。


「先生」


「ん、どうした?」


「ちょっとトイレ行ってきます」


「分かった。行っていいよ」


「何だよ新戸、バクダンかぁっ?」


 静まり返っていた教室にどっと笑いが満ちる。


「前橋君、眠気覚ましにトイレの水はいかがですか?」


「や、やめてくれぇぇぇっ!」


 さらに笑いが零れた。

 僕は教室を後にして、トイレに行った。……誰もいないことを確認する。


「……」


 “僕の”携帯電話で虹にぃに繋ぐ。


「……」


 呼出し音が続く。


〈……〉


「……」


 出ない。……仕事中?


〈もしもし?〉


「! 虹にぃっ、ちょっと話したいこと、……?」


 あれ? ……電話からはまだ呼出し音がする……。じゃあ今の声は……!


「だ、誰、……!」


「どもども」


「……え?」


 ど、どうしてっ……?


「ここ、男子トイレですよっ!」


「知っとるよ」


「早く出て行ってください!」


 奈多弓さんがいるんだっ? しかもにこにこして、動揺のカケラもない。


「あんさん、今からするつもりなんかぃ?」


「! と、とにかく出てください!」


「ん〜、どうしよかなぁ」


 僕にゆっくり近付いてくる。こ、この奥は個室と掃除用具のスペース、行き止まりかない。


「何を考えてるんですかっ! 先生呼びますよっ!」


「今、この状況じゃ、疑われるんはあんさんやがな」


「!」


「とりあえず、電話は切りぃ」


「つっ!」


 ぐいっと僕の手を掴んで、強引に携帯電話の通話を切った。


「あんさん、ワイに用事があるんやろ?」


「ぼ、僕は、」


「どうして“手紙”を知っとるんか、礼先輩が襲われたか、ツンデレ娘が倒れたか、……そしてむっちゃんが行方不明なのか」


「!」


 どうしてそれを……?


「えぇリアクションや」


「まさか、奈多弓さんは一連の事件を企てた犯人なんですか?」


「直接的やなぁ。んなわけあるかぃ。もし、ワイが犯人やったら、こんなアクション、起こさへんで?」


 確かにそうだけど……。


「まぁ、それも全部明日分かることやねん」


「! どうしてそんなことが分かるんですか?」


「……夏休み、覚えとらんか?」


 夏休み? 何かあったか……? 思い出せ、思い出すんだ……。


「忘れとんなぁ。ワイは予言者やで?」


「!」


 そうだ。れいかさんと一緒にスーパーに出掛けた日だ!

 奈多弓さんとその姉と会って、奈多弓さんに変な勝負を仕掛けられた。あの時はジョークか何かだと思ってた……。


「……あなたは“手紙”の創始者なんですか?」


「……」


 彼女の面持ちが少し固まったような……。


「あんさんに“手紙”っちゅうキーワードあげたから、もはや言い逃れはできんな。ワイは確かに“手紙”の存在を知っとるが、知っとるだけで持っとらんし、そんなんちゃうで?」


「分かりました。じゃあ、別の質問です。“予言者”は“手紙”と何か関係があるんですか?」


「……いいとこ突くなぁ」


 返答によっては警察に突き出すことになる。

 奈多弓さんは僕に異常に近付いた。


「それも明日になれば分かる」


「!」


 何だ? 関西弁独特の口調と……違う。


「知らぬが仏って言うでしょう? あなたは何も分かっていない、知らない、経験していない」


「? どういうことですか?」


「さあね。ただ、あなたの人生はこのトイレで足踏みしているのと同じだったってこと」


「!」


 僕の人生と……“手紙”とに何が関係していると言うんだっ?


「いい顔ね。平和ぼけして本当の悲劇を知らない顔。今度はあなたが……、いや、それは別の話ね」


「奈多弓さん、あなたは一体何者なんですか!」


「……ギャンブラーと同じ」


「?」


「あらゆる状況を分析して、当たりを予想、あるいは当たりを選択するために戦術を練る」


「“手紙”がギャンブルだとでも言うんですか?」


「別に。じゃあね」


 奈多弓さんは悠然と出て行った。






「……任務は完了しました」


「ご苦労様。ちょっと疲れたでしょう?」


「はい……。まさか燕があんなに頑張るとは思いませんでした。……あと、今お出ししたのが、ご要望の“燕の巣スープ”です」


「……どれどれ? ……うん、美味しいわね」


「それでは失礼します。…………とその前に」


「? どうしたの?」


「これでよかったのですか?」


「……?」


「彼女が黙ってはいませんよ? 実質、これで相当な時間稼ぎはできますが……」


「大丈夫よ。私の方が一枚も二枚も上手なんだから……。んぅ〜おいし!」


「……失礼します」


「! あなたは……!」


「……」


「……いや、まずは謝罪の弁が先かしら」


「……」


「ごめんなさい。こんな私の復讐のために……」


「謝らなくていい。俺はいつだって後悔しないようにしてきた。今回もそうさ。……颯のために」


「……」


「今度こそ、ケリをつけるつもりなんだろう? 彼を使って……」


「そのつもり」


「明日からが勝負だな」


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