十五壊目「別れる」
「おめーさん、こんなに学校サボって大丈夫かよ?」
「僕の何日かの休みで、もがくことができれば十分です」
「……ヤツの“手紙”には、親友を殺す、っつー“条件”があんだぞ? つまり、このわずか二週間で狙われやすいのはおめーさんだ。二人きりにならん方がいいっ」
「話した通り、警察組織にも疑いがある時点で、虹にぃを頼れません。虹にぃに情報が渡れば、背信者にも自動的に知れ渡ります。多分、虹にぃがその方に厚い信頼をよせている方々なんでしょう。僕が陸奥実君を信じているように……」
「……」
「虹にぃではないことを祈りますが、……覚悟はしてるつもりです」
「最悪、取っ捕まるっつーのか?」
「……」
「あっあぁ。ちょっと待ってろ……、はい上がり」
五日の昼休み。Aを二枚出して上がった。とおちゃん、俺、棗さん、真乃、バッチ、フジーニョで大富豪をしていた。
俺は大富豪が得意だ。そのためか、ほとんど一番に上がってしまう。しびれをきかせた連中はブーイング連発していた。
「全く、そういうのを“負け犬の遠吠え”というんだ。じゃあ後はやっててくれ」
俺の席の後ろには瑠璃人が立っていた。何やら俺に用があるらしい……。
「……行くぞ」
「は、はい……」
「むつみぃぃぃ! 絶対地獄にたたき落としてやるからなぁ!」
俺らは急ぎ足で教室を出た。クーラーの冷気が廊下に漏れているようで、教室の中ほどには冷えていないが、少し動いても汗が出ないくらいだ。
「たかがトランプなのに熱くなった」
瑠璃人はやけに周りを見ていた。あまり他人に聞いてほしくないことなのか?
「……いいじゃないですか。僕は改めて陸奥実君の頭脳明晰ぶりを拝見しましたよ」
「まぁ、大富豪は相手を推理できるゲームだから面白いな。今度やるか?」
完膚なきまでにたたきのめせるというものだ。
「その機会があればぜひ」
……俺もこいつもまだまだ子供だな。
「ひとまず、あそこに行きましょうか」
「そうだな。あと二十分くらいで昼休みが終わってしまう」
なぜ特別棟の屋上に行かないといけないんだ? 瑠璃人がそこにしたいと言うなら仕方ないけど……急ごう。
多分、用事は命が狙われてる件だろう。ちょっと聞いとくか。
「ところで、瑠璃人は大事なのか?」
「? 何がですか?」
瑠璃人は五階まで数段といったところで、遅れて止まった。少し上から俺を見下ろしている。
「あの……、命が狙われてるっていうのだよ」
もし、こいつも持っていたら……苦しい……。
「? どうした?」
……あの顔だった。
「何か変なものでも見たのか?」
「……あっ、いえ」
まるで死んでいるかのような表情。
「陸奥実君は相変わらず綺麗だな、と思っただけです」
あの時に見た表情と全く同じだった。“彼”ではないと思うけど、痛ましい。
陸奥実君が“手紙”なんかに屈するわけがない。でも、もしそうなってしまったら……。
「……とにかく、早く行くぞ」
僕を、殺す気なのか……。怖くて聞けなかった。
上っていって、ついに扉の前に着いた。
「……開くのか?」
「はい。既に鍵ははずしてありますから入れますよ」
一昨日、れいかさんと木村先輩の時からそのままだ。どうやって開けたのかは教えてくれなかったけど、正当な方法ではないだろう。しかも意外と点検が杜撰なことも分かる。
陸奥実君がおそるおそる開けた。ゆっくり開けるせいで、蝶番が軋んでいる。一気に開けて、外に出た。
「……すごい。すごいですね……」
あの時は周りに目を配る余裕がなかったから、景色を堪能できなかった。改めて見ると心地好かった。
吸い込まれそうな青空。いくつもの綿雲がゆったりと流れていく。屋上だからか、身体がわずかに圧を感じるくらい、風が強い。
無意識に中心へ足が進んだ。僕の髪が揺れて舞う。
「あぁ。予想してたのとは違う」
陸奥実君も感じ取っているみたいだ。
「それで、言いたいことってなんだ? 人をこんなところに呼んでおいて……」
「それにしても、わくわくしてたじゃありませんか。本当は楽しみにしてたのではないですか?」
ため息をついて、頭をかく。
「……用件はなんだ?」
「いや、ただ呼んだだけですよ」
「………………」
先来た道をUターンする。
「すみません! お願いですから帰らないで下さい! ほんの冗談ですよ!」
「次は絶対に帰るからな……!」
ぴりぴりしてる……。あまり冗談を言わないようにしよう。
「すみません。冗談が過ぎました。では話しますね」
「あぁ」
僕らは塔屋に戻る。風が鬱陶しくて話がしていられない。
何気なく、陸奥実君は下を覗いていた。高いところが好き……かと思っていたら、僕の制服の袖をしっかり握っている。怖いなら止めればいいのに。
肩を叩いて、本題に移らせた。
「僕らにはあまり関係ないことですが、念のための話です」
「……」
「……虹にぃから聞いた変な噂です」
「……? 噂?」
ふぅ、とまたため息。拍子抜けしたみたいだ。
「このところよく、殺傷事件が多く発生しています。昨年の二倍くらいらしいです」
「……それは多すぎだな……。世の中は物騒になったものだ」
「年寄り臭い台詞言わないで下さい。年齢層はバラバラ、その過程も同様です。中には自殺に見せかけるものまであったようです」
「……それが一体……、何なんだ?」
でも、すぐに真剣になってくれた。
「それは……、“手紙”です」
「……!」
眉がぴくりと動いた。
「……かなり内容の悪い手紙のようですが、犯人を取り調べると数名がそれを口にしたそうです」
「…………」
表情がさらに険しくなる。
「……それはどういうことが書かれているんだ?」
「あれ? 興味あるんですか? 僕はてっきりどうでもいいと……」
「いいから答えろ」
さすがに自分に関わることだから……。
「とりあえず、殺人を唆すことらしいですよ。僕は全て虹にぃから聞いた話なのでよくわかりませんが……」
ふとして腕時計を見た。……いけない。
「……そうか」
「……そろそろ帰りましょう」
「え?」
過ぎてる……!
「ちなみに、朝からずっとチャイム鳴りませんでしたよね?」
「…………」
僕は陸奥実君に発破をかけた。僕との協力に尽力してくれるように。この事は警察、虹にぃにすら秘密にしたい。陸奥実君を狙っている人物は現れるはず。もしそれが本当に警察なら、僕らは消されかねない。きっと虹にぃだって、加勢してくる……のかな……?
“手紙”を利用した殺人なら、期限がまだあるれいかさんは対象に含まれないはず。でも、以前から警察に目をつけられ、ある種の“弱み”を握っているから、厄介者ではあるだろう。異様な行動をしたら、事情聴取という名の拘束は避けられまい。そうしたら……殺される。
「あんた、何してるの?」
「……家に帰る途中ですが」
「逆方向でしょ?」
僕は偶然にも八菜さんと遭遇してしまった。
「男女が夕焼けの公園でブランコですか……。暢気なもんだね」
「あなたは護衛ですか?」
「……お兄ちゃんを襲う輩がいるかもしれないから……」
「輩って、誰ですか?」
「分かんない。でも、誕生日まで日にちが無くなってきて、当日に誰かが殺しに来るんじゃないかなって……」
僕と同じことを考えていた。
「根拠はあるんですか?」
「……じゃあ、先輩は何でお兄ちゃんについて来るの?」
それこそ話せる内容じゃなかった。
「極秘事項なので、ちょっと口外しかねます」
「モヤシから?」
「まぁ、そんなとこです」
「大方、お兄ちゃんの監視ってとこかな」
ある意味、的を射ている。
「……先輩なら、話してもいいかな」
「……はい」
「実は、東條先輩もお兄ちゃんの“眼”を見たの」
「!」
「先輩に病院で話したことを盗み聞きしたらしくて……」
一番知られたくない人に……。
「あのお兄ちゃんが自分から眼を見せるなんて思えない。きっと強行手段でやったのよ。……そんな人とお兄ちゃんを二人きりになんかできない……!」
「……」
もしかして、東條さんは“彼”を知っているのか……? そうだとすれば、陸奥実君を半分操ることだってできる。……心配は尽きない。
「だから私は東條先輩を見張るよ。先輩はお兄ちゃんをお願い」
「分かりました」
話し合っているうちに、二人は帰り支度を済ませていた。
「ほら、行くよっ」
八菜さんは本当にブラコンだな……。無理もないけど。
すっかり日も暮れて、辺りは暗くなっている。道を照らす電灯がやけにチカチカしていた。
二人から距離を十分にとって、僕らは歩いている。二人が分かれるまでほとんど真っすぐに進むから、見失うことはない。
「……」
「寒いですか?」
「べ、別に寒くなんかないしっ」
いくら残暑とはいえ、夜になれば肌寒い。まだ夏服の八菜さんは寒そうに腕を擦っていた。僕は長袖のワイシャツだからまだ平気だけど……。だから、
「! あ、あんた、何して、」
「腕までは入りませんし、右手だけですけど……」
右手を僕の左ポケットに入れた。……確かに冷たい。
「れ、礼先輩がいるのに浮気とか……」
「でも、放っておくわけにもいきませんしね」
「……ありがと」
「……」
珍しく素直に言う。でも確かに、れいかさんに見られたら、勘違いされそうな場面だ。
足取りが危なっかしくなりながらも歩いていく。
「……」
「……先輩、あったかいね」
どくん、
「えっ、んっまぁ……その」
「動揺しすぎだしっ」
と心臓が大きく波打った。
前橋君の気持ちが少し分かる気がする……。
前の二人は分岐点に差し掛かったようで、別れていった。
「あの、八菜さん」
「なに、まさか告白?」
「やめてください。話がこじれます」
「なははっ」
「……八菜さんは、東條さんを見張るのが目的じゃないんじゃありませんか?」
「!」
「本当は、んぐ」
僕の口を手で押さえ付けた。その表情はなぜか笑顔だった。
「じゃあね」
八菜さんは東條さんが歩いていった道を走っていった。
本当は、彼女を見守るために……。
「陸奥実君……」
「! るり、」
「そのまま歩いてください。話す時は小声で」
「何のつもりだよ……」
「詳しくはその携帯電話を見てください」
「……!」
[事件解決に協力ってどういうことだよ?]
[警察の中に“手紙”を持っている人物がいるという噂があります。いや、噂というより事実に近いです。その人は学校の関係者ばかり狙っているらしいのです]
[また噂か? あくまでも噂だろ?]
[そうです。あくまでも噂です。しかし現実味がありすぎて懸念されます。だから僕は陸奥実君に特製の携帯電話を用意しました。全く同じ機種ですが、発信機が組み込まれています。僕も自分のを用意していて、お互いに居場所がわかるようになっています。それを使ってください。虹にぃのケーバンも入っているので、異変があれば即座に連絡できます。]
[囮作戦ってことか。ずいぶんと手が込んでるな。虹さんが仕組んだのか?]
[訳あって僕個人の作戦です。今は虹にぃたちと僕は別行動なんです。]
[……それで協力してほしいってか? ふざけるなよ。]
[お願いします。これは陸奥実君にしか頼めないのです。]
[こっちもいろいろ忙しいんだよ!]
[あなたの協力がないと、新たに死者が出てしまうかもしれないんです。]
[分かったよ。]
[ありがとうです。できれば巻き込みたくなかったんですが……。]
[今更だよ。]
[そうですね。それで気をつけてほしいことが二つあります。一つはこのことを絶対に誰にも言わないでください。たとえ八菜さんでもです。二つに囮捜査をしていると意識を最小限にしてください。普段の行動で感づかれてしまうことが多いんです。]
[分かった。でも、ど素人に役者になれっていうのは酷だろ。]
[終わったら何か奢りますから。]
[まぁ、何とかする。……もうメールはいいだろ。]
「……お願いしますね」




