十三壊目「試す」
“手紙”。……一体どんな意図でこんなことをしたんだろう? しかも、結果的にN事件は“メッセージ”を作るためだけに起こされた事件ということになった。しかも二人の犠牲者が出て……。何が何だかさっぱり分からない。
でも、“メッセージ”が真実だとしたら、陸奥実君、れいかさん、岡本 和美、美浦さんは“手紙”を持っている可能性が大だ。陸奥実君は美浦さんと組み、れいかさんは岡本 和美と何らかの関係があるかもしれない。
全員の“手紙”はまだ効力を失っていないわけで、いつ実行されてもおかしくない状況だ。それを危惧して虹にぃには報告したものの、どこまで信じてくれることやら……。それに打開策としたら、所有者たちを二十四時間監視するしかない。でも、そんな人権侵害した行動なんて許されるはずがないし……。
「……はぁ」
今一気分が優れなかった。
ところで今日、二日は何の日かというと……、
「はい、みんな席着いてね! ……って着いてるよ〜! えらいなぁ!」
宿題テストの日だった。
そういえばあったんだ。最近は忙しすぎてそんなことなど、頭から抜けていた。やる気もないし……。
一方のクラスの皆さんはやる気満々のようで……ご苦労様です。
「にぃちゃん、どうしたんだよ? 昨日休んで?」
「あぁ、藤野君、お久しぶりです……ふぁあ……」
「しかも、大きな欠伸してよ。一夜漬けか?」
僕の前の席にいる藤野君が話しかけてきた。相変わらずの長髪に前髪が真っすぐ伸びていて、茶色だった。
「そんなとこです」
「そりゃヤベーよ。何か今回のテスト、ムズイらしいぜ?」
「本当ですか?」
「マジマジっ。ったく、だりぃよな〜」
「……」
藤野君は元気そうで良かった。
陸奥実君の方を見遣る。見た目は何の異変もない。それどころか生き生きしてる。
「では、最初は現文です。シャーペンと消しゴム以外は筆箱も含めバッグに入れて下さい。その後、問題を配ります」
……滅入るな……。
そんな時間は僕にとっては上の空。軽やかに学校の終わりを迎えた。テストなんて今さら構えてやるものじゃないし……。
「テスト終わったぁっ!」
「どっか行かない?」
「腹減ったぜぃ!」
「こんな時こそラーメンやろ!」
「いいねっ!」
「おーい、バッチぃ! 部活行くだろ?」
「なんか今日は疲れたからいいや! フジーニョ、部長に言っといてぇ!」
「んぁ、分かった!」
クラスのざわめきは僕に何の意味ももたらさない。蝉と同じだ。今日の僕には何も響かなかった。……どうやら憂鬱らしい。でも、学校が終わったから家でゆっくりするだけだ。
学校から出て、校門に差し掛かる。
「……」
れいかさんはいなかった。
「……いない」
夏休み前と同じような生活が続くと思っていたのに……、いや、嘆いても意味ないことだ。
行こう。
僕は帰路についた。
他の生徒もいたが、まるで僕を避けるように帰っていく。
だらりと汗が垂れてきて、バッグからタオルを取り出して拭う。
悍ましいほどに蝉がうるさい。
……早く行こう。
「新戸先輩」
背後から、僕を呼ぶ声。振り返る間もなく、僕の前に現れた。
「……雛、さん」
相変わらず長くて大きい後ろ髪を垂らしていた。ただ、バラけないようにその先端をゴムで束ねている。
「今日は一人ですか?」
「……はい。雛さんもですか?」
こくりと、ゆっくり頷いた。
「やぁちゃんは用事があるみたいでして」
「そう、ですか」
肩を並べて歩いていった。
「……元気、ありませんね。何か嫌なことでもありましたか?」
「いえ。ただテスト疲れなだけ、……!」
いきなり僕の手を掴んだ。ぎゅっと握りしめる。
「部長とか空先輩とか……いろんな人が心配してますよ……?」
眉を曇らせた表情、それに雛さんの手は震えていた。
「……確かに最近は部活に行ってないですからね」
「違います。この夏休みでいろんな事が起こって、新戸先輩が相当心労を重ねてるって……」
やんわりと手が温もる。
「心配、ありがとうです。でも本当にテスト疲れですよ、あはは……」
無理矢理笑顔を作った。
「……その笑顔、嘘です」
「!」
一瞬、悪寒のような気持ち悪さが全身を駆け巡った。
「一緒に帰りませんか、先輩?」
優しく微笑みかけてくれた。
「は、はい」
暑さはまだあるが、夏休みのような強烈さはない。夕方になれば爽やかな微風が吹き、程よく冷ましてくれる。……気持ちいい……。
「瑠璃ちゃん先輩」
「はい」
ゆさゆさと髪を揺らしていた。
「瑠璃ちゃん先輩と一緒の時間って……ゆったりしてるんですね」
「え、え?」
「お姉ちゃんが羨ましいです」
「えっと……何てリアクションすればいいか迷いますね……。ただ気が抜けてるだけだと思いますよ」
「でも、瑠璃ちゃん先輩が中学生の時には、こんな柔らかい表情はありませんでしたよね」
……中学生の時?
「同じ中学校でしたっけ?」
「はい。私の家からはかなり遠かったんです。お姉ちゃんは私立の有名学校行っちゃって、高校はこちらに入学したんですよ」
全然知らなかった……。いや、知るはずもない。あの頃の僕はそんな友達関係とかに興味なかったから……。
「その時の瑠璃ちゃん先輩、断トツに頭も良くてバスケも上手くて……先生方が天才って言ってました。ずっと声をかけたかったんですけど、なかなか言い出せなくて……」
「……」
その頃から僕の夢は決まっていて、虹にぃに役立ちたい一心だった。そのためには成績と実績を上げて、文武両道を熟して将来像を固める必要があった。僕にとってはそれだけでしかない。でも……そのせいで周りと浮いていた時期もあった。人を近寄らせない雰囲気を出していたから無理はない。もう……昔の話だ。
小さい石に軽く引っ掛かった。
「でも奇遇ですよね。僕と若海姉妹が同じ高校だなんて」
「この高校は吹奏楽でも有名でしたから、ある意味必然だったんです」
「あぁ……なるほど。むしろ僕がここに入学した方が偶然なんですね。それで僕らはこうして歩いていると……」
「ですね」
にこりと笑ってくれた。……れいかさんと同じ、柔らかい笑顔だ。
どことなく恥ずかしい。
「そういえば、家族旅行行ったんですよね? どこ行ったんですか?」
「え? えっと……箱根です」
「箱根ですかっ。いいですね、温泉巡り」
「気持ち良かったです。でも、お父さんが逆上せちゃって大変だったんですよ」
「長湯だったんですか?」
「いえ。お母さんとお姉ちゃんと私で浴衣姿でいたら、お風呂上がったのに、なぜか逆上せちゃったんです。……未だに原因が分からなくて……」
逆上せたんじゃないな、多分……。お父さん的にはある意味絶景だったのかもしれない。
「でも、お姉ちゃんが笑うところを見るのは久々でした」
「……え?」
「家族のことを良く思ってなかったんですけど……、あれからお姉ちゃんが優しくなって、嬉しいんです」
「本当に良かったですね」
雛さんの表情は綻んでいた。
ぎすぎすしていた関係が少しでも柔らかくなっていけば、きっと大丈夫、そう思いたい。
「お姉ちゃんが元気になったのも、先輩のおかげです。……ありがとうです」
「……いえ」
それから僕らは無言で歩いていった。すると、気にならなかった蝉の声が目立っていく。待ちくたびれて大声で叫んでいるように聞こえた。
傍目では、雛さんは機嫌良さそうだ。
そして、僕の家が見えてきた。
「あ、あの、先輩……」
「はい、何でしょう?」
あの表情が一転して不安げになった。
「先輩の……家にお邪魔して、いいですか?」
「………………ほぇ?」
な、情けない声が……!
「ダメですか……?」
駄目とか以前に、ぶっ飛び過ぎてる!
「えっと、え〜っとですね……」
僕にはれいかさんがいるし、男の人が女の人を引き入れるのはまずい話だ。いろんな人にあらぬ噂が立てられてしまう。でも、勇気を持ってお願いしたことだから乱暴に断れない。丁重に慎重にお断りしなければ……。
「本当に申し訳ないんですが、また今度にできますか? 今は……ちょっと……」
「今度っていつですか?」
「……それは……」
「分かってます。瑠璃ちゃん先輩はお姉ちゃんと付き合ってるって……。でも、」
僕の両肩を掴んだ。
「私だって、先輩が好きなんです!」
「……え?」
いつになく声を荒げて、鋭い視線を送り付ける。
しかし、すぐに放してくれた。
「……すみません」
先に歩き去っていくその後ろ姿は、どことなく冷たく感じた。
「あ、お姉ちゃんが瑠璃ちゃん先輩に用事があるようですよ」
「僕に、ですか?」
「明日の放課後、特別棟の屋上に行ってみてください」
「分かりました。……雛さんたちとれいかさんが互いを嫌うのは、僕が関係してるんですか?」
「それでは失礼します」
「! 待ってください! 僕はまだ、」
「明日、お姉ちゃんに聞けば分かることですよ」
「……雛さん……」
「どのみち、私には関係ないですから」
「……」




