十二壊目「懐かしむ」
こんばんは。……とうとうここまで来てしまったのね。正直、ここまで来るとは思わなかった。何てったって、長い物語だからね。
あなたとはまるで親友のように気が合いそう。そうね……物好きからオカルトマニアに昇格してあげる。おめでとう……って嬉しくはないか。
ところでここまで少し楽しめた? やけに気持ち悪いシーンが多かったから、途中で抜け出した人が多いかもね。あるいは冷めちゃったりとか、飽きちゃったりとか。もちろんお子様厳禁、良い子厳禁だけどね。もし、最後まで楽しめる勇気があれば……いいことがあるかもね。でも、ここからは……どうなることか、想像できる?
あと……他に何かあったかな……? ……あぁ、そうだ。例のお話の続きね。前回は焦らして終わっちゃったものね。大丈夫。もう焦らしたりしない。ここまでみてくれたお礼も兼ねて教えてあげる。ババ抜きとジジ抜きのお話。ババ抜きがジョーカー、つまりババを押し付け合うゲームだとすると、ジジ抜きはババを貰いあうゲームだということ。ジジ抜きでババって言うのもおかしい気がするけど。
……この物語はババ抜きなのか、ジジ抜きなのか、どっちなんでしょうね。しかも“ババ”は何を指してるのか……。この物語を紡いでいけば分かってくる気がする……。勝手な期待だけどね。
それじゃ、また会いましょうね。……いつかって? 来るべき時に会えるはず。……それじゃあね……。
「失礼します」
「んぉ? 瑠璃坊じゃねえかぃ」
「お久しぶりです。例の物を受け取りに来ました」
「そうかいそうかい。学校は?」
「サボりました」
「かっかっか! ずいぶん不真面目になっとるのぉ!」
「……僕はそもそも真面目じゃないですよ。それで、」
「あぁあぁ、カシラだろ? いつもんとこにいんよ。話はツケてあるからのぉ!」
九月一日。長い夏休みを終え、新学期が始まった。しかし、僕は学校にはいなかった。
まるで高層ビルのような大きい建物、その中はバーやギャンブル会場、ホテルのような客室で埋め尽くされている。黒スーツで厳つい男やいかがわしい格好の女が多くいた。その地下に僕は乗り込んでいく。深く薄暗い地下というより、フロアをそのまま地下に持ってきたような明るさで、窮屈さや息苦しさは全くない。
階段下りて廊下一本、その一番奥の部屋に用事がある。
滝さんはノックをしてから入った。
「よっ。おひさー」
学生の部屋のような風景だった。勉強机に本棚、背の低い簡単なベッドやテレビ。男は机に向かって勉強していたようだ。
「お久しぶりです」
彼は涼宮 真見さん。まだ二十一歳だ。そしてこの“太陽”のトップに君臨している若頭だ。
見た目は好青年。短髪できりりとした目つきだが、いつも口元が少し吊り上がっていて、万年笑顔を作っている。手首のラインを境に、日焼け跡が目立つ。
「そうだな。ちょこちょこ会ってたけど、最近ツラも見せねえから心配したぜ。しかも入院したんだって?」
「え、えぇ……。僕のことよりも例の物は?」
「もう、おひさなんだから、ちったぁ話にノってくれよ。ほら、ベッドの脇にケースあるだろ?」
確かに、携帯電話の箱が二つ置いてあった。
「またドンパチやろってか?」
「そうですね。怪しい輩がいるんです」
「そいつぁ、お前の彼女か?」
「? どういうことですか?」
真見さんは一度僕を見て、目を背けた。
「調べていくうちにな、ちょっと興味深えもん見つけたんだ」
「何ですか?」
「“手紙”……知ってるか?」
「!」
陸奥実君の携帯電話に頻繁に使われていた単語だ。しかも奈多弓さんのくれたキーワードでもある。やはりそれが関係していたのか。
「実は、うちの組合にも一人いてな。そいつからの情報提供だ」
「その前に、何なんですか? その、“手紙”って……」
「それには“条件”というものが書かれてて、それを達成しないと、“手紙”を貰ったヤツは誕生日に死ぬそうだ」
……悪趣味な殺害予告?
「……誰かが狙っている、ということですか?」
「わからねえ。ただ分かることは贈り主が不明だっつーことだ」
「……」
でも、人為的なものである可能性が極めて高い。
「それで、それとれいかさんと何が関係あるんですか?」
「おかしいと思わねんかい? 若海はどうしておめーさんを部活に引き入れた? なぜ必要以上にアピールしてきた? なんでおめーさんと関係を持ちたかった? そして、好きなおめーさんを襲い、また慕うようになった?」
「……」
「しかも元カレへの想いは断ち切れてねえわけだろ?」
「……!」
確かに、断ち切れていないから警察を恨み、そして僕を襲った……。なのに僕のことを好きでいてくれる。
「どうだ? 落ち着いてみれば不審な点がテンコ盛りだろ?」
「何が言いたいんですか? れいかさんが一連の事件の犯人だと言いたいんですか?」
「……そんなに睨むなや。おれでもちょっと怖い目つきだぜ」
無神経にそういうことを言われれば、誰でもこうなる。
「……どうなんですか?」
「いや、別にそんなのは関係ねえ。“手紙”の観点から言えばだけど」
「……」
僕はベッドに勢いづけて座った。ふて腐れるなよ、と背もたれに頬杖をついて言う真見さん。
「つまり、彼女も“手紙”を持っている可能性がある。十中八九な」
「!」
「こいつを見な」
そう言って出したのが、先程のノートだった。僕は“手紙”を真見さんに返した。代わりに見開きのノートを貸してくれた。
「こ、これって……!」
「分かったかぃ?」
思わず、まじまじと見てしまった。
[被害者リスト
(わ)かみれいか
た(か)はしかおる
はす(み)まもる
かやま(は)るな
こばな(て)るひこ
なか(が)わしゅう
ま(み)やしょうたろう
(お)かざきりん
と(も)だあかね
ほ(っ)たのぶお
おの(て)らまなみ
ほしの(い)くや
とささと(る)
(し)むらかえで
(に)のみやあき
(お)のたたろう
さ(か)ぐちまい
はし(も)とけんや
あ(と)うみか
(か)のうゆうき
す(ず)きなるみ
わか(み)れいか
むつみりゅう
おかもとまさとし
おかもとかずみ
]
「“わかみはてがみおもっている、しに、おかもとかずみ”……」
今ではダイイングメッセージになってしまったが、確かにそう記してあった。
「どうしてこんなふうに?」
「おれらをナメんなよ? おめーさんと同盟を築いてから、推理本とかパズル本とかやりまくって……それはいっか」
何か想像できない……。恐持てなお兄さん方が本を片手に問答し続ける光景……。もはや異様として言えない。
「おめーさんと滝が会ったその日から解読は始まった。“手紙”の情報、若海が二回襲われたことから攻めてった。同じ人間を二回も狙うなんて関係がないとは、他の被害者より言い切れねーかんな。んで、照らし合わせた結果がそれ」
「“しに”というのは?」
「若海の誕生日だと結論づけた。四月二日だったっちゅーのが分かってな」
「……はい。確かにそうです」
「“手紙”の“条件”ってのぁ、殺人を示唆するやつが多いらしいぜ。しかもその中に親しい人物を殺すような“条件”もあるらしい」
……だから、れいかさんは僕と親しい間柄になって殺そうとした、ということか……?
「ありえなくはない話だぜ?」
「でも、“手紙”でれいかさんが殺される可能性があるわけではないんじゃないんですか? いくら誕生日に死ぬといっても、悪戯だったりするんじゃ、」
「実は、既に“手紙”の被害者が出てんだ。それも最近」
「……最近で亡くなったのは岡本先生と岡本 和美ですね」
「それの岡本 和美の方だな」
……岡本 和美が亡くなったのは八月二十五日。それ以来、N事件の被害はぱったりと止まり、犯人も次々に逮捕されている。多分、聴取しているだろうから、一部の警察の間に“手紙”が広まっていても不思議じゃない。ただ、岡本 和美が“手紙”を持っていることを、犯行グループのメンバーが知っていたかどうかが問題となる。
……今思えば、虹にぃと徹さんの会話にも、
……徹、これは本当なのか……?
……わからない。だが本当ならば、今後の行動は慎重になった方がいい
……? なんだこれは……?
あぁ、これは今月中旬から下旬にかけての搬送してきた人、及び死亡した人のリストだよ。勿論、共通した……ね
……これはつまり、さっきのと関係がある……ということだね?
……そうだよ。この方たちは全てあれと関係がある、かもしれない。実在していればね
実に難解だね。これでは犯人の見つけようがないよ……
とあった。虹にぃは二つのデータを見ていたんだ。一つ目は八月の被害者のデータだ。もしもう一つが……“手紙”の所有者リストだとしたら、ある程度会話の内容としても当てはまる……。
「……とりあえず、れいかさんは僕が直接聞いてきます」
「何か考えがあんだな?」
「はい。でもその前に、もっと“手紙”についての情報が欲しいです。何かありませんか?」
「もちろんあるぜ」
真見さんは僕に四つ折にされた紙を手渡してくれた。開いてみると、
「……何も書いてないですね」
真っ白だった。
「それだよ」
「?」
「“おれ”たちとの決定的な違いは、“手紙”の内容が読めるかどうかだ」
「……!」
この会話は普通に考えれば常軌を逸している。現実離れしている。でも、それはありえないと決め付けてしまえば、視野を狭めることになる。ある程度の奇っ怪な出来事は受け入れないと……。
そう考えると、陸奥実君の部屋にあったあの三枚の紙が“手紙”なのかどうかが分かるはず。
「だから、他人が“手紙”を読んでも分からないようになってんだよ。原理はさっぱりだけどな」
「……他には何かありますか?」
「ちょっと“手紙”から外れることでもいいか?」
「もちろんです」
「岡本親子をオロした犯人についてだ。あくまでも推理だけどな」
「参考になりますよ」
「あぁ。……おそらく親御さんをオロしたのは間違いなく息子さんだ」
「はい。彼の携帯電話からそのような内容があったみたいです。動機は……“手紙”の“条件”ですね?」
「あぁ。でもそれをクリアしたんだから、最悪“手紙”によるオロシはないはず。ちゅーこっちゃ、ありゃ“手紙”とは関係ないオロシ、つまり普通の殺人事件っつーことになる」
ということは、犯人は“手紙”を知っていて、岡本 和美が“手紙”を所持していたのを知っていた人物! 可能性として高いのは犯人グループの誰か、あるいは複数だ。でも、裏切りがあったとしたら、岡本 和美の携帯電話から、自分の足が付くのが早くなってしまう……。
「……」
「調べるとしたら、身内しかねーな……」
「いえ、そうじゃないかもしれません」
「え?」
「この殺人事件は岡本 和美の事情を深く知っていた人物、あるいは偶然知りえた人物によるものだと思います。真見さんたちのようにメッセージを解読した人物の可能性もあるということです」
「つーことは……」
「“手紙”の所有者全員も含まれます。特にここら辺の地域では可能性は高いでしょうね……」
「おめーさんの彼女もその一人か……」
あのメッセージは解読するのに、大人が寄ってたかって苦労した。一人ではさらに厳しいはずだ。ある意味強引な気がするメッセージだが、重大なヒントであることは間違いない。
特にれいかさんに焦点が当てられるだろう。岡本 和美とれいかさんの関係を徹底的に捜査されるはず。……くそ!
それ以外にも……いる。
「れいかさんだけじゃないです。もしかすると、陸奥実君と美浦さんも“手紙”を持っているかもしれません」
「! まじかよ!」
「実は昨日、陸奥実君に会ってきて、携帯電話をチェックしたんです。そしたら美浦さんと頻繁にコンタクトしていた痕跡があったんです」
「そん中にキーワードはあったんか?」
「……はい。それと実物らしきものもあったので、デジカメでプリントしてきました」
僕はポケットから封筒を取り出して、真見さんに渡した。一層険しい顔付きになる。
「その中には手紙に付着していた粉のようなものも袋とじしています。それも調べてもらえると助かります」
「“ヤク”の可能性もあっかんな。任せとけ。そんで確か、おめーさんの親友の誕生日は……九月頃だったよな?」
「九月十六日です」
「やべーな。警察としたら、タイムリミットがまだある彼女より、おめーさんの親友を監視しかねねぇ。間違いなく近日中に事を起こすからな」
「……」
八菜さんが心配していたこと。それはおそらく“手紙”のことだったんだ。……確かに“手紙”が事実と知ったら、誰でも怯える。でも……。
「僕は陸奥実君を……信じたいです。命の重さを誰よりも知ってますし、そう簡単にくたばりませんからね」
「突破口を開くってか?」
「……僕も協力しますしね。間接的にですけど」
「そうか……。するってーと、問題は美浦か?」
「……分からないです。陸奥実君の携帯電話には詳しくはなかったんですが、誕生日は二月頃らしいです」
「……おめーさんの親友は美浦と手を組んで、突破口開ける気なんじゃねーか?」
「!」
陸奥実君と美浦さんの協同戦線か……。なるほど。頭脳明晰な陸奥実君と情報網の厚い美浦さん。それなら確かに心強い。
「……ありがとうございました。本当に助かりました」
「なーに今さら! カタイこたぁ抜きにしても、おれらは一心同体じゃねーかよ」
「あはは。そうですね」
「もう帰るんか?」
「いえ、せっかくですから、迷惑じゃなければまだ……」
「おうおう! いつまででも居ろよ! ケチくせーのは性にあわねーかんなっ。んじゃ、スーファミやっか!」
「ふ、古すぎませんか……」
「それじゃ、また明日な、真乃!」
「はい!」
……
「あんた、ちょっと待ちなさい」
「や、八菜さん……?」
「……」
「どうしたんです?」
「お兄ちゃんの眼、見たでしょ?」
「え……」
「惚けないでっ。わたしが病院でした話を盗み聞きして、お兄ちゃんのを見たんでしょ?」
「……」
「どうなのよ?」
「……あれは……偶然だったんです。本当ですっ」
「別にあんたを咎めてるわけじゃないから。……でも、正直に答えて」
「はい……」
「お兄ちゃんの眼……どうだった……?」
「……」
「何でもいいから感想を言って。お兄ちゃんにチクったりしないから……」
「……正直、違和感がありました」
「うん」
「私たちと違う色……。何だか、流さんと隙間が空いたような感じでした」
「……そう、だよね」
「! 八菜さん……泣いて、」
「っ! 泣いてなんかないしっ、別にっ」
「……」
「……じゃあね」
「待ってください!」
「……何よ」
「あの眼を見れば、流さんがどんな生活をしてきたか、何となく分かります」
「何をテキトーな、」
「流さんが見せてくれた時、すごく怯えてました、震えていました。自分では分かってなかったんでしょうけど、眼が潤んでいたんです」
「!」
「辛くて苦しい……生活をしてきたんだと、その時感じました」
「……先輩……」
「今思えば、流さんが弱音や悩み事を言っているのを見たことがありません。冗談やふざけて言うことはありますけど……。だから、ストレスとかフラストレーションとか、いっぱい溜め込んでると思うんです……」
「うん」
「だから、だから……たまには言ってほしいんです。私たちが頼ってばかりじゃなくて、流さんが私たちを頼ってほしいんです。って、これじゃあ私のお願いになっちゃってますね」
「うん、うん……。まったく、とんだお人よしだわ……。……うん、気持ち悪いくらいにお人よし……」
「それは八菜さんもそうです」
「……え……?」
「いつも突っ張ってますけど、たまには素直になってくださいね」
「……う、うん……」
「?」
「じゃ、じゃあ……あの……」
「はい、何です?」
「……」
「…………」
「えっと、」
「?」
「誰もいない時は……“お姉ちゃん”って呼んでいいですか……?」
「……」
「…………」
「……えっと、あの……」
「破壊力バツグン!」




