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九壊目「蠢く」

「二十九時二十分…………あと一分……か。……ん?」



あ……け……



「だれ、……まさか」



……あけ……て



「手紙の……使者? でも、あれは生身の手だし……。いや、開けるか」


「……ありがとう」


「あんた、まさか手紙の使いか何かか?」


「そうね。だから急いで。すぐに外に出るの……!」


「わ、わかったよ」



…………



「んでも、どうしてこんな河原に? もう時間過ぎたし……それとも呪縛は勝手に解放されんのか……?」


「そうね。解放してあげる。そのためには儀式が必要なの」


「本格的だな……。俺はどうすればいい?」


「目を閉じて深呼吸して。絶対に目を開けちゃダメよ?」


「分かったよ……。これで手紙ともおさらばってわけ、」


「……」


「……え……?」


「そう、おさらばってわけ」


「う、嘘だ……、てめえはっ、」


「さようなら」






 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが暮らしていました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯しに行っていました。


「……なぜ僕がおばあさん役なんです?」


 ある日、おばあさんがいつものように洗濯していると、


「川から桃が……」


 人が流れてきました。


「ダイレクトですかっ!」


 おばあさんはその人を急いで川岸に引き上げました。その人は女で、着物を着たままでした。


「大丈夫ですか! ……息がないっ」


 おばあさんはなりふり構わず人工呼吸を開始しました。しかし、


「! ん、んぅ?」


 おばあさんは息が苦しくなってきました。送るはずの息が、逆に吸い取られていたのです。

 仕方なく全力を挙げて抵抗しました。ところが、吸引力が強すぎて離れません。手を突っ張っても無理でした。


「や、ぅてっ」


 鼻で息をしても、意識が朦朧としていきます。絶体絶命です。そして、






「んはぁっ、はぁっ……はあぁっ……はぁ……はぁ……はぁ」


 視界に広がる顔。舌なめずりして微笑んでいた。


「おはよ」


 ゆ、夢……? いや、……やっぱり夢か……? いつからが夢だったんだ? ……いや、そんなことはいいか。

 汗でぐっしょりと濡れていた。ここはクーラーが効いてるから、こんなことはあまりないはず……。


「……何やってました?」


「教えてほしい?」


「いや、いいです。それよりどいてくれません?」


 僕はそれを横にずらして、“起床”とした。

 時計を見ると、もう八時を回っていた。


「今日の瑠璃ちゃんはドライだね。全身ムレムレなのに」


「へ、変なふうに言わないでくださいよ」


 今日は……何日だ?


「今日は二十四日ですか?」


「違うよ? 今日は二十五にちっ。夏休み終わりまで、あと一週間きりましたぁ!」


 ……そういえばそうだ。あと一週間しかないのか……。何だか、夏休みらしい夏休みじゃなかった気がする。


「最高の……夏休みだったね」


 きゅっと僕の右腕にしがみつく。ぞくぞくっと身体の芯から込み上げてきた。それをなだめすかして、落ち着かせる。


「はっい」


「あっ……ごめん」


 僕の様子を察知して、すぐに離れてくれた。込み上げてくるものはしずまった。でも、汗がひかない。……発作的なものか……?

 れいかさんは僕のことを心配して、声をかける。そんな大袈裟なものじゃないから、軽く返事した。


「え、えっとね、……そうそう。棗ちゃんから、伝言があるよ」


「で、伝言? 何でしょう?」


 ……奈多弓さん……から?


「手紙だって」


「は、はぁ……。分かりました」


 “手紙”? またあとから連絡するということか?


「笑いながら話してたからね、ちょっと信憑性にかけるなぁ……」


「とりあえず、参考にはします」


 多分……れいかさん、奈多弓さんのことを気に入らないみたいだ。あれだけ悪ノリしていたら、特にれいかさんはムッとするだろう。

 そんな彼女はベッドから下りて、そのまま部屋から出ていこうとする。もしかして怒っているのか? 僕は慌てて、


「あ、あの」


 呼び止める。


「あのね瑠璃ちゃん」


 ドアの前で、僕を見ずに話してきた。


「今日からね、私……家族みんなと旅行なんだ……」


「よかったじゃ……あ」


 僕は忘れていた。れいかさんは雛さんのことが……。


「何日間かは教えてくれなかったけど、一日でも瑠璃ちゃんと離れてるのは辛いよ」


「……」


「正直言うとね、行きたくないんだ……」


 家族のことをあまりよく思っていないのは知っている。でもそれは、僕“ら”にとっては無い物ねだりなわけで、れいかさんにとっては帰るべき場所なんだ。


「行った方がいいです」


「え?」


「れいかさんはまだ取り返しがつきますから。……家族は嫌いでも、大切にしてあげてください」


「で、でも、」


「後悔だけは、しないでほしいんです。……失ってからじゃ遅すぎる……」


「瑠璃ちゃん……」


 陸奥実君や僕のようにはなってほしくない。反面教師にしているわけじゃないけど、本当のことだ。あの類の惨劇は生きる気力を根こそぎ奪う。たとえ一生をかけても傷は癒えない。

 僕はれいかさんに近寄って、


「れいかさん」


「……うん」


 そっと後ろから抱きしめる。体温を感じて、音を感じて、人を感じて……。

 そして何も言わずに見送った。


「……」


 ベッドに戻ろう。


「……」


 窓の外は気持ちいいくらいに晴れている。猛烈な直射日光が中に突き刺さり、熱を発していた。きっと今日は乾いた暑さになるだろう。出掛けるには絶好の天気だ。

 こうして一人ぼっちで眺めるのも悪くない。けど、僕は知らなかった。誰もいないって、こんなにも心細いことに。誰かがいてほしうと思っていることに。一人暮らしの人の寂しさが何となく分かる気がした。このまま永遠に続くとしたら、間違いなく気がおかしくなる。

 高校最初の一年間、陸奥実君はこんな孤独と戦っていたんだ。今は八菜さんがいるからいいものの、もしいなかったら……、いやそれは僕の妄想に過ぎない。

 そんな僕を吹き飛ばすようにいきなり、こんこん、とノック音がした。


「どうぞ」


 美浦さんか? しかし、まるで蹴破るかのごとくドアを開けて、


「久しぶりだなぁ」


「あ、……はい」


 男が入ってきた。


「どうしたんだい? ここんとこお前さんが顔見せないから心配したぜ?」


 黒のスーツにスキンヘッド、サングラスと、まるで大統領のSPを連想させるかのような姿の男だった。敵意丸出し、威圧感マックスだ。

 それでも僕は、


「……まぁ、こういうわけです」


 ちっとも物怖じしない。


「いや、分からんから」


「簡単に言うと、精神的肉体的にダメージを負いすぎたので入院中です」


「ワシには瑠璃坊のハートがガラスだとは思えんがのう」


「……時には脆いんです」


 彼は水前寺 滝さん、四十八歳。ちょっとしたことで知り合った。

 滝さんは足元に置いていた木製のカゴを棚に置いた。山盛りのリンゴが入っている。その隣にアロマキャンドルがぽつんといる。


「……それはいいとして、世間は一層賑やかになってますよね」


「そうじゃのう。若いのがドンパチやっとる」


「と言いますと?」


「今日、オロされたわ」


「今日ですか? 誰です?」


「岡本 和美」


 ……岡本……和美?


「詳細を教えてください」


「ん」


 滝さんは念のためにドアを開けたり、部屋を見渡したりする。うし、と頷いてから丸椅子を持ってきて、僕の傍らに座った。


「二十日にオロされた岡本 雅俊の息子じゃい」


「! 殺された……?」


「同じように腹を穴だらけにされとるらしい」


「……」


 れいかさんに陸奥実君、岡本先生、その息子がこの地域で連続的に襲われている。間違いなく犯人は潜伏している……!


「急いで遺族の方々を保護しないと……」


「既にサツがやっとる。常備二人らしい」


 さすが虹にぃ。ということは、虹にぃは現場に行っている。遺体もこちらに搬送され、徹さんが担当することになるだろう。


「今度はそちらからお願いするわ」


「はい。未だに水面下で残党狩りを行っています。今は大人しくしていた方がいいです。準備万端の体勢です」


「分かった。助かるわい」


「お互い様です」


「いやいや。わしらは返しきれんほどの土産をもらっとる。まだできることはあるかぃ? あのご恩、返さねば義理じゃないわい」


 強面こわもてなのに茶目っ気のあるこのおじさん。実はそのテの専門家だ。しかもかなり悪質。名称は“太陽”でまかり通っている。

 どうしてこんな人と知り合いなのかというと、“麻薬密売事件”に僕が関わっていたからだ。






 いわゆる極道同士の小競り合いの中で起こった殺人事件と麻薬関連の事件。僕はいろんな偶然からその犯人がいる組織のアジトを見つけ出すことができた。しかし、当時の僕は命知らずで、単身でそこに行った。


「こんにちは」


 アジトは簡素なビルだった。でも表向きは街中にひっそりと佇む会社だったから、誰も気付かなかった。

 中は普通の会社のような、机の配置に、目付きの悪い方々がたくさんいた。その中の一人が僕の前に来る。……煙たい。


「どちらさん?」


「僕は警察です」


「!」


 その言葉に全員が反応する。


「……」


 一気に殺気に満ちる。手には生々しい光り物が。もちろん僕は丸腰だ。


「生きて……帰れると思うなよ」


「殺していいのですか? 今、僕は携帯電話を持っています。警察は僕の携帯電話を頼りにここを割り出しているはずです。つまり、ここで殺人を犯しても罪が重くなるだけですよ」


「それなら……」


 僕が入ってきたドアが開いた。


「えっ?」


「人質だ」


 あっという間に後ろから押さえ込まれる。い、いたい!


「マヌケだな」


 全員で嘲笑いやがった。僕を完全に見下したような目で、勝ち誇るように。でも、


「……ふう」


「あ? なに余裕こいてんだ? お前は薬漬けに、」


「後ろ」


「後ろ?」


「……てめえら、何してんだ?」


 男の後ろに、周りに比べてずいぶんと若い男がいた。男たちの顔がすっと青ざめる。


「大の大人がガキ一人に囲むなんざ、情けねえ。……滝」


「ヘイカシラ」


「何で宇宙人語? ……まぁいい。こいつらの小指と薬指、はねろ」


「えっ!」


「そ、そんなっ!」


「そもそもあの揉め事はお前らがやったんだろ? ケジメをつけろよ」


「このやろおぉぉっ!」


 一人の男が若い男に刃物を突き出してきて、


「あほ」


 い、一本背負いで床にたたき付けられた。……痛そう……。


「第一、男が刃物振り回すとかクソヤローだし。男は素手で喧嘩してこそだろ、なぁ滝?」


「Hey、Head!」


「何で英語? まぁいいや」


 僕の方に歩いてくる。そして僕を、


「どけよ?」


 押さえ込んでいる二人を睨んだ。急いで解放してくれた。


「わりぃな。一人でここに来るとか、お前は男だな。どうだ、入らねぇか?」


「お断りします」


「なら拉致るか」


「お断りします」


「なら、死ぬか?」


 僕の首筋に、刃がピッタリつく。力を入れれば……。


「……はぁ、……はぁ……はぁ」


「こえーだろ?」


 さすがに恐怖で震えてしまう。汗がつぅっと額から伝う。


「……」


「うっそ」


 ひょいと離してくれた。

 まるで欲しいものを買ってくれた時のように、僕に笑いかける。


「だが、交渉しようぜ、な?」


「いいですよ」


 僕より少し上くらいなのに、話が分かる人だ。


「お前さんにはこれから起こるだろう事件の情報をくれてやる。ただし、今回の事件はここらのクズが仕出かしたことだ。だから逮捕するのはこいつらだけってのは?」


蜥蜴とかげのしっぽ切り、ということですね」


「のらないなら今度こそ……殺す」


 僕はそれをのんだ……。






 それ以来、僕は片棒を担ぐことになった。ちなみに僕以外の人間は全く知らない。虹にぃにすらも話していない。話せばきっと一網打尽にするだろう。でも、そうすれば僕も協力者だから逮捕される。つまり共倒れだ。そして虹にぃの顔に泥を塗ることになってしまう。

 僕が唯一、許している悪だった。


「もう一度念を押しますが、今の警察はあの一件で“太陽”の残党狩りをしています。大人しくするようにお伝えください」


「わかった。大きなお世話じゃが、えぇ土産話持ってくるわい」


「……あっ、なら一つお願いしてもいいですか?」


「おぅよっ」


「“手紙”について調べてください」


「手紙? 誰かに暑中見舞いかぃ?」


「生憎、そっちじゃないんです。とりあえずこちら関係でお願いします」


「分かった。……あっ、そういうことなら、こっちもまだ伝えることがあったわい」


「何です?」


「息子さんを殺した犯人はガキっちゅう目撃証言が一つあったな」


「子供?」


「まさかとは思うがな。そんな残酷なこと、するわけないし……」


 N事件の犯人が……子供? 子供ということは、ある程度移動範囲が限られてくるはず。つまり、犯人はその環境にない人物……? いや、今の時代はインターネットが、いやいやいや、そんなことなら虹にぃたちがとっくに見つけ出しているはずだ。もしくは別の方法で共犯を集めて……?

 僕は美浦さんのノートを取り出した。いつもは枕の下に隠している。


「“手紙”、“子供”、見付からない犯人、二回連続の殺人……」


 僕はN事件のページの次のページに、名前を一つ書き足した。



[若海 礼香……♀

高橋 薫……♂

蓮見 護……♂

香山 春菜……♀

小花 輝彦……♂

中川 宗……♂

間宮 正太郎……♂

岡崎 鈴……♀

友田 明……♀

堀田 信男……♂

小野寺 真奈美……♀

星野 郁也……♂

土佐 悟……♂

志村 楓……♀

二宮 亜希……♀

小野田 太郎……♂

坂口 舞……♀

橋本 健哉……♂

阿東 美香……♀

加納 祐樹……♂

鈴木 成美……♀

若海 礼香……♀

陸奥実 流……♂

岡本 雅俊……♂

岡本 和美……♂]



 半年足らずでこの人数……。改めて見るとその多さに目を見張る。しかもそのうち、死亡者が二人。聞き込みに行った虹にぃもさぞかし苦労しただろうに。

 しかし、れいかさんを襲った犯人はおそらく知り合い、陸奥実君を襲った犯人は金髪の女性、岡本先生は不明、岡本 和美は子供。いずれも年齢がばらばらだ。犯人グループは年齢問わずなのか? いや、それなら別々の事件だと考えた方が自然だ。


「滝さん、今回の事件、何だか妙ですよね」


「そりゃあ誰が見たってそうじゃろい。犯人も見付からんのじゃろ? ホントに警察は腰抜けばっかり……」


「……」


 確かに、普通ならば有り得ないことだ。ということは、警察の盲点を突いて行動しているのでは……?


「犯人を見つけるのはおそらく至難の業でしょう。なので逆に釣るしかありません」


「どうやって?」


「発信機付きの携帯電話を二台用意してくれませんか? 僕が頼れる方に渡して二人で“釣り”をします」


「他にもやらせればえぇじゃん」


「いえ、百パーセント信用している人にしか頼めませんから」






「話すべきことは話した。これで退散するわい」


「はい。お気をつけて」


「またの。いつかまた、」


「失礼するよ瑠璃人く、」


「!」


「……」


「…………」


「おっおじさん、気をつけてくださいね」


「お、おぅよ」


「……」


「……」


「瑠璃人君、ずいぶんとガラの悪いおじさんと仲がいいみたいだけど……」


「え、えぇっ、近所の方です。お世話になってますから……」


「そうか」


「それで、どうしました?」


「あ、あぁ。今朝、岡本 雅俊のご子息が亡くなったんだ……」


「……そうですか」


「それがきっかけで、二十八日水曜日、岡本さん宅に虹が行くらしい。……瑠璃人君も行くか?」


「え? ……だって僕は、」


「事態は急転したんだ」


「……それってまさか……」


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