七壊目「燈す」
「美浦せんぱ〜い! 今日はどんなお弁当ですか〜!」
「はいはい。わかったからあんまり抱きつかないの」
「ん〜! 今日も美味しいですねぇ。私にも教えてほしいですよ!」
「フフッ、暇があればね」
「先輩、メール来てますよ」
「……やっと来たわね」
「もしかして、カレシですか!」
「違うわよ。ただの友達よ」
「そうなんですか……。でもすごいですよね。患者さんと友達になるなんて」
「……ただ趣味に関して意気投合しただけよ。……そう」
「……どうしたんですか? 愛の告白でも?」
「……フられちゃったわ」
「じゃあもう一人の……新戸君の方はどうなんですか?」
「昨日は忙しすぎて会えなかったから、今日会うわ」
「それにしても、よかったですね〜。新戸君も彼女もほんの少しずつだけど、回復傾向にあるみたいですし」
「そうね」
「でも……、彼女、持ってますよ、きっと」
「そこら辺は分からないけど、好きな人を殺そうとするなんて、常軌を逸してる」
「今も演技をしてて、彼を殺そうとしてるんじゃないですかね〜」
「……私は……何か違う気がする」
「え?」
「さて、そろそろ行くわ。婦長に怒られちゃう」
「私はもう少しいますね」
「えぇ。じゃあまた後でね」
「どう? 何かご不明な点はございました?」
「……そうですね」
僕のいる病室に美浦さんが来ていた。定期的な診断と愚痴りに、度々来る。
「正直、N事件より“B・B事件”の方が気になっているんです」
「あれね。でも、首を突っ込みすぎると、抜けなくなっちゃうわよ」
「……どういうことですか?」
「はまりすぎて他に集中できないってこと」
「あぁ……気をつけます」
今日は二十三日。夏休み終わりまで約一週間となった。僕が襲われた日からN事件の詳細が分からなくなってしまったが、今も虹にぃが頑張っているはずだ。もう、虹にぃが僕は使い物にならないと判断したんだろう。それなら残りの日までのんびりと身体を休めよう。葬式もあってか、応えたし……。
美浦さんは僕を鋭く見て、メモをとっている。多分、様子を見ているんだろうけど……。
「あのっ」
「どうかした?」
「あ、いえ……やっぱり、どこか異常があるのかなって……」
「そうね……。ないとは言えないわ……、できた」
「? できた?」
びりっとメモを一枚破り、それを僕に見せてくれた。
「あなたの絵よ」
手の平サイズの紙いっぱいに、僕の顔が描いてあった。顔の輪郭や髪の毛一本一本まで、細かい。上手だ。
「絵、描くの得意なんですね」
「こういう仕事柄、結構喜んでくれてね。暇をぬって初めてみたのよ。最初は下手くそだったのよ?」
「修練の賜物ですね。……上手いです」
「それ、嫌だったら捨てちゃってもいいから」
「いや、とんでもないです。大切にします……」
確かに、こういうのは嬉しい。
「あなた、カッコイイわね」
「へ?」
へ、変な声出た……。いきなり何を言ってるんだか。
「どうして彼女があなたを好きになったのか、分かる気がする」
「は、はぁ……」
僕に言われても、よく分からない。
「そう。たまに見せてくれる微笑がたまらなくかわいいの」
確かに、僕は冷淡な表情だから笑い顔が苦手だ。リアクションも冷めているし、どこにも面白い要素はない。口下手……ではないけど、ツッコミというより指摘に近い。
「その度に胸がきゅぅん、てなっちゃうんだな〜」
「はいはい、分かった分かった」
今日は気分はいい方だし、どこか出掛ける許可がほしいな……。この夏休みは夏休みというほどの旅行にも行ってない。海とか山とか行って……、
「そうだね。出掛けようよ、行こうよ!」
「どこにでも行けばいい。本当にイライラするわ」
「……」
……今日はいい天気だ。太陽が燦々(さんさん)と照っていて、見ているだけで身体が熱くなる。その下に広がっているグレーの道路と建ち並ぶ家。コンクリートジャングルとも言うべき地域だった。きっとそこにも熱がこもっているに違いない。
院内はクーラーが効いているから、自然な気温を浴びていない。クーラー病になりそうだ。……もう、外に出ても……。
「何でムシするの、瑠璃ちゃんっ?」
「それを言うなら、いつの間に侵入してきたんです?」
「侵入というか……さんずいの方の“浸入”かな?」
「人間の約七十パーセントは水分だからね。頑張ればできないことは、」
「とりあえず、美浦さんは診察してもらった方がいいですよ? 頭を中心に」
「脳に異常は無かったわ」
「異常も何も、脳みそが無かったのでは?」
「……」
「瑠璃ちゃん、どうしたの? ……病んでるの?」
「いや、病んでますよ」
「じゃあ診てもらった方がいいね。口を中心に」
「なぜに口なんですかっ?」
「その減らず口を治してもらった方がいいよ」
「……」
まさか、れいかさんから言われるとは思ってなかった。少しショックだった。
「あ、瑠璃ちゃん、落ち込んじゃった……。ごめんね? 本当のこと言って」
否定はしないんだ……。まぁ、自覚してることだからいいけど。
「それより、出掛けるってことには賛成ね。こんな所に缶詰じゃ、つまらないでしょ?」
「確かにそうですけど……、ちょっと怖いですね」
「大丈夫! 瑠璃ちゃんは私が守るっ!」
いや、痛そうな顔しながら胸を張られてもなあ……。
「とりあえず、今日も落ち着いてます。貸してくれた本でも読んでますよ」
「そう。でもたまには、日の光を浴びてね」
美浦さんはウインクして部屋を出ていった。
取り残された僕とれいかさん。なぜか、彼女はくすりと笑う。
「どうする? 探偵さん」
僕は軽く身体を伸ばす。
「ん、んぅ……、とりあえず行きましょう」
「だねっ」
暑い。蒸し暑い。黙っていても、全身から汗が迸る。しかも直射日光のせいでそれが激しさを増していた。
青々と晴れ渡っている中に、白に近い太陽が絵に書いたように光っている。それを嫌がるように、蝉がじーじーと沸き立てる。
「夏の空気っておいしいね」
僕の隣で、静かに言う。こめかみの辺りから、すうっと筋を描いて照り映えた。
僕は無言で頷いて返事をして、
「それで、どうして制服なんです?」
僕らは夏用の制服に着替えて、病院入口で待っていた。
「瑠璃ちゃんの頭のよさとかわいさなら分かるでしょ?」
「いや、かわいさは関係ないです」
「いいからいいから。そろそろだと思うんだけど…………あっ!」
指差す方に、ちょうど駐車場に入ってくる黒い乗用車があった。それはそのまま僕らのいる所で停まった。
そして、車から出て来たのは、
「瑠璃兄ちゃあぁぁぁぁぁんっ!」
「ごばっ!」
き、強烈なボディブロー……、いやボディヘッド?
「る、瑠璃ちゃんっ?」
僕は押し倒された。絶対内臓……破裂した……。
「瑠璃兄ちゃん、瑠璃兄ちゃあぁん、うぇぇぇ……っ!」
「えっと、稔ちゃんですね? ということは……、」
「久しぶり、瑠璃人くん」
僕の横にしゃがんで見る栗原さん家のおばさん。稔ちゃんをどかしてくれた。
「ほら、乗った乗った」
有無を言わさず、乗らされて、すぐに発車した。僕が助手席で、稔ちゃんとれいかさんは後部席だ。
「どうしておばさんがここへ……?」
「礼ちゃんの一報で、来てほしいってね。瑠璃人くんも体調いいみたいだし、久しぶりに部活に行かせたいみたいよ」
後ろ二人はきゃぴきゃぴ遊んでいた。
車の時計を見ると、三時を回っていた。今日は部活が何時からかは分からない。正直それでも、学校を見たいというのはある。
「そうですか……」
「あら、イマイチノらないね。何かあったの?」
「そう言われると……話が長くなっちゃいますよ?」
「だいたいは聞いたんだけどね。詳細も知りたくて」
「……え?」
聞いたって……、誰から? まさか、
「あぁ、勘違いしないでね。私の情報網でざっくりと……」
「……」
ざっくりって……。れいかさんはもちろん、そういうのは話すわけがない。虹にぃや徹さんも守秘義務があるので論外だ。……僕と関わりがあって、あの出来事を知っている人物は何人かしかいない。でも、その人たちも守秘義務が……。
「美浦さんですか?」
「そうそう。あの女、瑠璃人くんの裸を、……あっ」
意外に引っ掛かるものなんだな……。
「……」
「……ごめん。秘密にしといて? そうじゃなきゃ、陽、仕事辞めなきゃいけなくなっちゃう」
「分かりました。ということは、この事件についてもご存知で?」
こくりと頷いた。
途中の十字路で赤信号に当たり、止まった。
「陽は私の高校の後輩でね」
「そうなんですか」
「その時から、あのメロンのような、」
「もういいです、はい」
信号は青に変わった。おばさんは左にハンドルを切る。
「陽、元気にしてた?」
「ええ。こんな絵も書いてくれましたよ」
僕はあの絵をおばさんに手渡した。へぇ、と感心して、返してくれた。
「それなら良かった。まだ落ち込んでないかなって思ってたけど、その分ならオッケーみたいねっ」
「? 落ち込む? 何かあったんですか?」
「ん、んまぁ……ね」
明らかに言葉を濁した。あまり深入りしない方がいいようだ。でも、
「知ってるよ、私」
「えっ」
れいかさんが反応した。僕は振り返りはしないものの、言動がしっかりしているのは分かった。
「美浦 陽の弟が死んだんだよね。ずっと前だけど」
そして、刺々しかった。
「……そうなんですか?」
「……そう」
苦い表情だった。
「中学の頃に最愛の弟を亡くしてね。小学生の……」
「……」
中学生……。比べるのは不謹慎だが、陸奥実君と同時期だ。年代が違うけれど。
「はっきり話したらどう? みぃちゃんには過激な話しだけど、ためになると思うよ、茜さん」
「れいかさんはどうして知ってるんですか?」
「瑠璃ちゃんはテレビ見ないの? 最近は滅多にやらないけど、特集やったことあったんだよ」
僕は見てる方だが、知らなかった。
「そうね」
自分に言い聞かすように呟く。
「陽の弟は……自殺したの」
「じ、自殺っ?」
思わず、声を上げてしまった。
「虐めが原因でね。ほら、小学生の虐めって手加減を知らないじゃない? 学校側も感知してたんだけど……」
確かに、小学生でのそういった話はちらほら出ている。実際の話なだけに、ぞくりと震え上がる。……鳥肌が立った。
「それ以来かな。陽がニュースに過敏になったのは……」
「それであのノートも……」
ファミレスで会った時はさらりと“趣味”と言っていたが、そうじゃない。もっと深くて重たくて暗い、でもねっとりとしたものじゃない感情がこもっていた。
もう少し話を聞こうとしたが、先に目的地に着いてしまった。おばさんはすぐにエンジンを止めて、車から降りた。僕もそっと降りる。
「……?」
「どうしたの、瑠璃ちゃん?」
丸い太陽が見える。そこを中心に朱色に広まり、ちょこちょこ浮いている雲も色付く。当たらないところは暗色に。
「久しぶりでしょ、瑠璃人くん? よくここに来て遊んだね〜」
確かに、その記憶はある。でも……、
「どうして……土手なんですか?」
左手の方に橋へと続く道、右手の方には延々と伸びていく道、それに沿って川が流れている。少し急な坂を下りれば河原が広がっている。車は土手の道の途中に、邪魔くさく停めていた。
ここは……花火大会をやってたんだ。
「いい具合に暗くなってきたね」
「? どういうことですか?」
「これよ、これっ!」
どさっ、と山積みに放られたのは、
「……」
花火だった。
「これ、何袋買ったんです?」
「十六こ!」
「火事でも起こす気ですか」
「ってことは、一人四個だね」
「いや、割り当てる必要はないですよ」
そうか。部活じゃなくて、花火をやるために連れて来てくれたんだ。
「よし、みぃちゃんと礼ちゃんはバケツに水! 瑠璃人くんはシート敷くから一緒に手伝って!」
「は、はい……」
わりと本格的だった。
お花見に使いそうな、四人では広すぎるシートを敷く。その上に組立式のテーブルを置いて、その上に明かりである電灯を置いた。さらに、車から何かが入ったビニール袋を両手に一つずつ持って来る。中は食べ物類だった。
「ち、ちょっと、ビールまで入ってますよ。普段は飲まないじゃないですか」
「それは瑠璃人くんと礼ちゃんの。私はブランデーで我慢するよ」
「僕ら未成年ですけど?」
「頭脳は大人でしょ?」
「おばさん、酔ってませんか? トイレ行ってきた方がいいみたいですよ」
「車酔いしちゃった……」
「そっちですかっ!」
「おーい! 瑠璃ちゃーん、茜さーん、準備できたよーっ!」
「はやく花火やろーよっ!」
こんなに本格的ならば、派手に盛り上げていこうか。
「じゃあ……やりましょうかっ!」
「うっしゃあぁっ!」
「まずは線香花火からね」
「なんで? 普通は終わりにやるもんでしょっ?」
「じゃあ打ち上げ花火にしましょうか」
「うわぁ……、おもしろそう!」
「みぃちゃん、かわいぃ……」
「でしょ? 写真集五万部売れたしね」
「自分の娘使って、金儲けは止めましょう」
「私の心に火がついたよ、瑠璃ちゃん! 私も、」
「止めてください。それだけは止めてください」
「瑠璃ちゃんにしか見せないから安心していいよ?」
「あらま。お熱い」
「みぃもする〜!」
「みぃちゃんもっ?」
「ダメよ、みぃちゃん! 二十歳未満は禁止っ!」
「該当しないのは、おばさんだけじゃないですか」
「瑠璃人くん、空に燦然と輝く星になってみる?」
「い、いえ……。丁重にお断りしますっ」
「お星様はきれいだよ?」
「かわいぃ。ちょっとおじさんと行こうか、ね?」
「れいかさん、誘い方が怪し過ぎます」
「あ、ここにもかわいぃのがいる〜。一緒に行く? 淋しがり屋の子猫ちゃん」
「誰が猫ですか。しかも淋しがり屋じゃないです」
「瑠璃人くんは夜中に一人じゃトイレ行けないもんね」
「な、なにでたらめ、」
「瑠璃兄ちゃん、ださーい。こんど、みぃとおててつないでいこー」
「ダメだよ、みぃちゃん! 瑠璃人くんは夜は野獣に、」
「頭に花火ぶっ挿します?」
「……ところで、ずっと気になってたんだけど……」
「どうしました?」
「……誰か……」
「?」
「お姉ちゃん?」
「ライター、持ってないよね……?」
「……」
「…………」
「……」
「お姉ちゃんの心の火はだめなの?」
「……」
「稔ちゃん、れいかさんの心の火は静かに消えたんです……」
「ただいま……」
「お帰り」
「ふぅ、疲れた……」
「どうする? お風呂沸いてるけど……」
「じゃあ、荷物置いてから入るよ」
「その間に夕飯作っとくから」
「うん。ありがとう」
「……何かいいことあったの?」
「え?」
「顔は疲れてるけど、嬉しそうに見えたから……」
「……うん。いっぱい遊んできたよ」
「それはよかった」
「うん。じゃあ置いてくる」
「はーい」
「………………………………ふぅ、………………流さんのばか」




