表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/83

七壊目「燈す」

「美浦せんぱ〜い! 今日はどんなお弁当ですか〜!」


「はいはい。わかったからあんまり抱きつかないの」


「ん〜! 今日も美味しいですねぇ。私にも教えてほしいですよ!」


「フフッ、暇があればね」


「先輩、メール来てますよ」


「……やっと来たわね」


「もしかして、カレシですか!」


「違うわよ。ただの友達よ」


「そうなんですか……。でもすごいですよね。患者さんと友達になるなんて」


「……ただ趣味に関して意気投合しただけよ。……そう」


「……どうしたんですか? 愛の告白でも?」


「……フられちゃったわ」


「じゃあもう一人の……新戸君の方はどうなんですか?」


「昨日は忙しすぎて会えなかったから、今日会うわ」


「それにしても、よかったですね〜。新戸君も彼女もほんの少しずつだけど、回復傾向にあるみたいですし」


「そうね」


「でも……、彼女、持ってますよ、きっと」


「そこら辺は分からないけど、好きな人を殺そうとするなんて、常軌を逸してる」


「今も演技をしてて、彼を殺そうとしてるんじゃないですかね〜」


「……私は……何か違う気がする」


「え?」


「さて、そろそろ行くわ。婦長に怒られちゃう」


「私はもう少しいますね」


「えぇ。じゃあまた後でね」






「どう? 何かご不明な点はございました?」


「……そうですね」


 僕のいる病室に美浦さんが来ていた。定期的な診断と愚痴りに、度々来る。


「正直、N事件より“B・B事件”の方が気になっているんです」


「あれね。でも、首を突っ込みすぎると、抜けなくなっちゃうわよ」


「……どういうことですか?」


「はまりすぎて他に集中できないってこと」


「あぁ……気をつけます」


 今日は二十三日。夏休み終わりまで約一週間となった。僕が襲われた日からN事件の詳細が分からなくなってしまったが、今も虹にぃが頑張っているはずだ。もう、虹にぃが僕は使い物にならないと判断したんだろう。それなら残りの日までのんびりと身体を休めよう。葬式もあってか、応えたし……。

 美浦さんは僕を鋭く見て、メモをとっている。多分、様子を見ているんだろうけど……。


「あのっ」


「どうかした?」


「あ、いえ……やっぱり、どこか異常があるのかなって……」


「そうね……。ないとは言えないわ……、できた」


「? できた?」


 びりっとメモを一枚破り、それを僕に見せてくれた。


「あなたの絵よ」


 手の平サイズの紙いっぱいに、僕の顔が描いてあった。顔の輪郭や髪の毛一本一本まで、細かい。上手だ。


「絵、描くの得意なんですね」


「こういう仕事柄、結構喜んでくれてね。暇をぬって初めてみたのよ。最初は下手くそだったのよ?」


「修練の賜物ですね。……上手いです」


「それ、嫌だったら捨てちゃってもいいから」


「いや、とんでもないです。大切にします……」


 確かに、こういうのは嬉しい。


「あなた、カッコイイわね」


「へ?」


 へ、変な声出た……。いきなり何を言ってるんだか。


「どうして彼女があなたを好きになったのか、分かる気がする」


「は、はぁ……」


 僕に言われても、よく分からない。


「そう。たまに見せてくれる微笑がたまらなくかわいいの」


 確かに、僕は冷淡な表情だから笑い顔が苦手だ。リアクションも冷めているし、どこにも面白い要素はない。口下手……ではないけど、ツッコミというより指摘に近い。


「その度に胸がきゅぅん、てなっちゃうんだな〜」


「はいはい、分かった分かった」


 今日は気分はいい方だし、どこか出掛ける許可がほしいな……。この夏休みは夏休みというほどの旅行にも行ってない。海とか山とか行って……、


「そうだね。出掛けようよ、行こうよ!」


「どこにでも行けばいい。本当にイライラするわ」


「……」


 ……今日はいい天気だ。太陽が燦々(さんさん)と照っていて、見ているだけで身体が熱くなる。その下に広がっているグレーの道路と建ち並ぶ家。コンクリートジャングルとも言うべき地域だった。きっとそこにも熱がこもっているに違いない。

 院内はクーラーが効いているから、自然な気温を浴びていない。クーラー病になりそうだ。……もう、外に出ても……。


「何でムシするの、瑠璃ちゃんっ?」


「それを言うなら、いつの間に侵入してきたんです?」


「侵入というか……さんずいの方の“浸入”かな?」


「人間の約七十パーセントは水分だからね。頑張ればできないことは、」


「とりあえず、美浦さんは診察してもらった方がいいですよ? 頭を中心に」


「脳に異常は無かったわ」


「異常も何も、脳みそが無かったのでは?」


「……」


「瑠璃ちゃん、どうしたの? ……病んでるの?」


「いや、病んでますよ」


「じゃあ診てもらった方がいいね。口を中心に」


「なぜに口なんですかっ?」


「その減らず口を治してもらった方がいいよ」


「……」


 まさか、れいかさんから言われるとは思ってなかった。少しショックだった。


「あ、瑠璃ちゃん、落ち込んじゃった……。ごめんね? 本当のこと言って」


 否定はしないんだ……。まぁ、自覚してることだからいいけど。


「それより、出掛けるってことには賛成ね。こんな所に缶詰じゃ、つまらないでしょ?」


「確かにそうですけど……、ちょっと怖いですね」


「大丈夫! 瑠璃ちゃんは私が守るっ!」


 いや、痛そうな顔しながら胸を張られてもなあ……。


「とりあえず、今日も落ち着いてます。貸してくれた本でも読んでますよ」


「そう。でもたまには、日の光を浴びてね」


 美浦さんはウインクして部屋を出ていった。

 取り残された僕とれいかさん。なぜか、彼女はくすりと笑う。


「どうする? 探偵さん」


 僕は軽く身体を伸ばす。


「ん、んぅ……、とりあえず行きましょう」


「だねっ」






 暑い。蒸し暑い。黙っていても、全身から汗がほとばしる。しかも直射日光のせいでそれが激しさを増していた。

 青々と晴れ渡っている中に、白に近い太陽が絵に書いたように光っている。それを嫌がるように、せみがじーじーと沸き立てる。


「夏の空気っておいしいね」


 僕の隣で、静かに言う。こめかみの辺りから、すうっと筋を描いて照り映えた。

 僕は無言で頷いて返事をして、


「それで、どうして制服なんです?」


 僕らは夏用の制服に着替えて、病院入口で待っていた。


「瑠璃ちゃんの頭のよさとかわいさなら分かるでしょ?」


「いや、かわいさは関係ないです」


「いいからいいから。そろそろだと思うんだけど…………あっ!」


 指差す方に、ちょうど駐車場に入ってくる黒い乗用車があった。それはそのまま僕らのいる所で停まった。

 そして、車から出て来たのは、


「瑠璃兄ちゃあぁぁぁぁぁんっ!」


「ごばっ!」


 き、強烈なボディブロー……、いやボディヘッド?


「る、瑠璃ちゃんっ?」


 僕は押し倒された。絶対内臓……破裂した……。


「瑠璃兄ちゃん、瑠璃兄ちゃあぁん、うぇぇぇ……っ!」


「えっと、稔ちゃんですね? ということは……、」


「久しぶり、瑠璃人くん」


 僕の横にしゃがんで見る栗原さん家のおばさん。稔ちゃんをどかしてくれた。


「ほら、乗った乗った」


 有無を言わさず、乗らされて、すぐに発車した。僕が助手席で、稔ちゃんとれいかさんは後部席だ。


「どうしておばさんがここへ……?」


「礼ちゃんの一報で、来てほしいってね。瑠璃人くんも体調いいみたいだし、久しぶりに部活に行かせたいみたいよ」


 後ろ二人はきゃぴきゃぴ遊んでいた。

 車の時計を見ると、三時を回っていた。今日は部活が何時からかは分からない。正直それでも、学校を見たいというのはある。


「そうですか……」


「あら、イマイチノらないね。何かあったの?」


「そう言われると……話が長くなっちゃいますよ?」


「だいたいは聞いたんだけどね。詳細も知りたくて」


「……え?」


 聞いたって……、誰から? まさか、


「あぁ、勘違いしないでね。私の情報網でざっくりと……」


「……」


 ざっくりって……。れいかさんはもちろん、そういうのは話すわけがない。虹にぃや徹さんも守秘義務があるので論外だ。……僕と関わりがあって、あの出来事を知っている人物は何人かしかいない。でも、その人たちも守秘義務が……。


「美浦さんですか?」


「そうそう。あの女、瑠璃人くんの裸を、……あっ」


 意外に引っ掛かるものなんだな……。


「……」


「……ごめん。秘密にしといて? そうじゃなきゃ、陽、仕事辞めなきゃいけなくなっちゃう」


「分かりました。ということは、この事件についてもご存知で?」


 こくりと頷いた。

 途中の十字路で赤信号に当たり、止まった。


「陽は私の高校の後輩でね」


「そうなんですか」


「その時から、あのメロンのような、」


「もういいです、はい」


 信号は青に変わった。おばさんは左にハンドルを切る。


「陽、元気にしてた?」


「ええ。こんな絵も書いてくれましたよ」


 僕はあの絵をおばさんに手渡した。へぇ、と感心して、返してくれた。


「それなら良かった。まだ落ち込んでないかなって思ってたけど、その分ならオッケーみたいねっ」


「? 落ち込む? 何かあったんですか?」


「ん、んまぁ……ね」


 明らかに言葉を濁した。あまり深入りしない方がいいようだ。でも、


「知ってるよ、私」


「えっ」


 れいかさんが反応した。僕は振り返りはしないものの、言動がしっかりしているのは分かった。


「美浦 陽の弟が死んだんだよね。ずっと前だけど」


 そして、刺々しかった。


「……そうなんですか?」


「……そう」


 苦い表情だった。


「中学の頃に最愛の弟を亡くしてね。小学生の……」


「……」


 中学生……。比べるのは不謹慎だが、陸奥実君と同時期だ。年代が違うけれど。


「はっきり話したらどう? みぃちゃんには過激な話しだけど、ためになると思うよ、茜さん」


「れいかさんはどうして知ってるんですか?」


「瑠璃ちゃんはテレビ見ないの? 最近は滅多にやらないけど、特集やったことあったんだよ」


 僕は見てる方だが、知らなかった。


「そうね」


 自分に言い聞かすように呟く。


「陽の弟は……自殺したの」


「じ、自殺っ?」


 思わず、声を上げてしまった。


「虐めが原因でね。ほら、小学生の虐めって手加減を知らないじゃない? 学校側も感知してたんだけど……」


 確かに、小学生でのそういった話はちらほら出ている。実際の話なだけに、ぞくりと震え上がる。……鳥肌が立った。


「それ以来かな。陽がニュースに過敏になったのは……」


「それであのノートも……」


 ファミレスで会った時はさらりと“趣味”と言っていたが、そうじゃない。もっと深くて重たくて暗い、でもねっとりとしたものじゃない感情がこもっていた。

 もう少し話を聞こうとしたが、先に目的地に着いてしまった。おばさんはすぐにエンジンを止めて、車から降りた。僕もそっと降りる。


「……?」


「どうしたの、瑠璃ちゃん?」


 丸い太陽が見える。そこを中心に朱色に広まり、ちょこちょこ浮いている雲も色付く。当たらないところは暗色に。


「久しぶりでしょ、瑠璃人くん? よくここに来て遊んだね〜」


 確かに、その記憶はある。でも……、


「どうして……土手なんですか?」


 左手の方に橋へと続く道、右手の方には延々と伸びていく道、それに沿って川が流れている。少し急な坂を下りれば河原が広がっている。車は土手の道の途中に、邪魔くさく停めていた。

 ここは……花火大会をやってたんだ。


「いい具合に暗くなってきたね」


「? どういうことですか?」


「これよ、これっ!」


 どさっ、と山積みに放られたのは、


「……」


 花火だった。


「これ、何袋買ったんです?」


「十六こ!」


「火事でも起こす気ですか」


「ってことは、一人四個だね」


「いや、割り当てる必要はないですよ」


 そうか。部活じゃなくて、花火をやるために連れて来てくれたんだ。


「よし、みぃちゃんと礼ちゃんはバケツに水! 瑠璃人くんはシート敷くから一緒に手伝って!」


「は、はい……」


 わりと本格的だった。

 お花見に使いそうな、四人では広すぎるシートを敷く。その上に組立式のテーブルを置いて、その上に明かりである電灯を置いた。さらに、車から何かが入ったビニール袋を両手に一つずつ持って来る。中は食べ物類だった。


「ち、ちょっと、ビールまで入ってますよ。普段は飲まないじゃないですか」


「それは瑠璃人くんと礼ちゃんの。私はブランデーで我慢するよ」


「僕ら未成年ですけど?」


「頭脳は大人でしょ?」


「おばさん、酔ってませんか? トイレ行ってきた方がいいみたいですよ」


「車酔いしちゃった……」


「そっちですかっ!」


「おーい! 瑠璃ちゃーん、茜さーん、準備できたよーっ!」


「はやく花火やろーよっ!」


 こんなに本格的ならば、派手に盛り上げていこうか。


「じゃあ……やりましょうかっ!」


「うっしゃあぁっ!」


「まずは線香花火からね」


「なんで? 普通は終わりにやるもんでしょっ?」


「じゃあ打ち上げ花火にしましょうか」


「うわぁ……、おもしろそう!」


「みぃちゃん、かわいぃ……」


「でしょ? 写真集五万部売れたしね」


「自分の娘使って、金儲けは止めましょう」


「私の心に火がついたよ、瑠璃ちゃん! 私も、」


「止めてください。それだけは止めてください」


「瑠璃ちゃんにしか見せないから安心していいよ?」


「あらま。お熱い」


「みぃもする〜!」


「みぃちゃんもっ?」


「ダメよ、みぃちゃん! 二十歳未満は禁止っ!」


「該当しないのは、おばさんだけじゃないですか」


「瑠璃人くん、空に燦然さんぜんと輝く星になってみる?」


「い、いえ……。丁重にお断りしますっ」


「お星様はきれいだよ?」


「かわいぃ。ちょっとおじさんと行こうか、ね?」


「れいかさん、誘い方が怪し過ぎます」


「あ、ここにもかわいぃのがいる〜。一緒に行く? 淋しがり屋の子猫ちゃん」


「誰が猫ですか。しかも淋しがり屋じゃないです」


「瑠璃人くんは夜中に一人じゃトイレ行けないもんね」


「な、なにでたらめ、」


「瑠璃兄ちゃん、ださーい。こんど、みぃとおててつないでいこー」


「ダメだよ、みぃちゃん! 瑠璃人くんは夜は野獣に、」


「頭に花火ぶっ挿します?」


「……ところで、ずっと気になってたんだけど……」


「どうしました?」


「……誰か……」


「?」


「お姉ちゃん?」


「ライター、持ってないよね……?」


「……」


「…………」


「……」


「お姉ちゃんの心の火はだめなの?」


「……」


「稔ちゃん、れいかさんの心の火は静かに消えたんです……」







「ただいま……」


「お帰り」


「ふぅ、疲れた……」


「どうする? お風呂沸いてるけど……」


「じゃあ、荷物置いてから入るよ」


「その間に夕飯作っとくから」


「うん。ありがとう」


「……何かいいことあったの?」


「え?」


「顔は疲れてるけど、嬉しそうに見えたから……」


「……うん。いっぱい遊んできたよ」


「それはよかった」


「うん。じゃあ置いてくる」


「はーい」


「………………………………ふぅ、………………流さんのばか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ