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四壊目「映す」

……ほ、本当にそんなことが……。



分かったでしょ? わたしはお兄ちゃんが心配で来ただけ。あの事件のことは本当に知らない。



「……そうだったんですね……」



……見れば分かるから。



でも、どうしてそれを教えてくれたんだ?



わかんない。ガングロ、モヤシ、先輩はお兄ちゃ……、



「もう行かなきゃ……」



…………



「……失礼しま、……眠ってる。ジュース買って寝ちゃったんだ。でもこれじゃ分からないよ……。どうしよう」


「……ふぅ……、す……すぅ……」


「待つしかない」


「す、……ふぅ……す……」


「それにしても綺麗な顔。女装したら分からなくなる……」


「ん、んぐっ」


「!」


「はぁっ、はぁっ! ぐぅはっ!」


「え、えっ? ど、どうしたんですか! 大丈夫ですか!」


「ぅっばっ、あっ、はぁっ! はぁっ!」


「だ、誰か呼ばないと、」


「うわぁあぁあぁぁぁぁ!」


「きゃぁっ!」


「はぁっ、はぁっ……、はぁっ……、はぁっ……」






「モヤシ!」


「え?」


 モヤシは間抜け面でこちらを見ていました。そして彼女も目を見開いていました。

 彼女はベッドから身を起こし、モヤシはその傍にいます。車椅子でした。


「あんた、礼先輩になんかしてんじゃないでしょうねっ?」


「えぇっ? な、何もしてないよ」


 声が上擦っています。


「礼先輩!」


「は、はいっ」


 彼女もそうでした。


「こんなモヤシ、ぶん殴ってでも追い出してよね! 話に付き合う義務はないのっ!」


「そんな元気ないし……、今は落ち着いてるから」


「おかしい。……モヤシ! まさか自白剤飲ませたんじゃ、」


「そんなことしないっ」


 二人の反応はあまりに不自然でした。例えるなら、一緒に夜を明かした翌日の気まずい雰囲気、まさにそれです。もしその通りの出来事があったのなら、逆に申し訳ございません。


「ならいいや」


「おいっ」


 二人ともスベリました。

 モヤシは無視するとして、彼女はとても冴えない面持ちでした。目の下にクマができて、肌荒れが酷いです。あのふんわりした茶色の髪も、毛先が荒んでいます。相当なストレスがあったのだと思いました。


「若海は重傷だったからね。自分を助けてくれたし、お詫びをしたくて」


「いいです。私なんか、つぅ」


「ほら動かないの! 確かに痛そう。触っていい?」


「ダメだろ、普通」


「あんたに聞いてない」


「えっと、痛いから止めて、ね?」


「違う違う。こっち」


「きゃっ!」


「で、でかいっ! スイカが二つっ?」


「八菜ちゃん、なに飲み会でありそうなぶっ飛んだ行動してるんだい? ん? そこにある点滴、直接飲ませてあげようか? 大丈夫だよ、死にはしないさ。中はきっと青酸カリさ」


「こ、こわっ! こんなの、女の子にはあるスキンシップじゃん! それとも、」


「ち、ちょっとっ」


「このマシュマロのように柔らかいスイカサイズの胸を揉みくちゃにしたいのか、この変態っ!」


「変態はどっちだっ!」


「わたしっ!」


「よおぉぉし、いい度胸だっ! そこに立っていなさい! 額にダーツしてやるっ!」


「あんたはこのおっぱいにしか目がないんでしょ? 女の子だから許される神の領域だね」


「八菜ちゃん、女の子でもそれは許されないよ……?」


「やば、礼先輩が怒った!」


「止めるんだ! それ以上暴れるんじゃないっ! 暴れるなったら!」


「どこ押さえてんのよ! 変態っ! あんたが興奮してんじゃんっ! 首から赤い噴水出るよ、またっ!」


「リアルだな、おい!」


「……あはははは」


「ふぅ」


 やっと笑ってくれました。


「やっと生きてる顔、してくれた」


「え……?」


「八菜ちゃん?」


「顔が死んでちゃ、綺麗でナイスバディーで性格よくて頭いいのがもったいないよ。礼先輩は笑ってなきゃ!」


「……」


 彼女は力無く俯きました。


「無理だよ、……そんなの」


「八菜ちゃん、君は知らないだろうけど若海さんは、」


 モヤシの顔面を思い切り殴りました。


「黙ってて」


 そしてモヤシも力無く俯きました。目を覚ますのは当分後です。

 再び耳を傾けました。


「私、瑠璃ちゃんを壊しちゃったんだよ? 犯しちゃったんだよ? そんなことして笑えなんてできないよ……」


 彼女を覆う真っ白の掛け布団に、ぽつりと落ちました。やや黒い染みとなります。


「それって何のためにしたの? 新戸先輩が好きすぎて?」


「自分が……生きるため……」


「じゃあ何のために生きるの?」


「死ぬのが怖かった、……それだけ」


「そっか」


 それ以上の追及はしませんでした。

 彼女はふるふると震えます。


「……聞かないの? “手紙”のこと」


「興味ない。もし新戸先輩を殺して生きることができるとして、それを伝えたら、新戸先輩はどうするんだろーね?」


「!」


 びくん、と反応しました。


「きっと真剣に、一緒に考えてくれると思うよ」


 今のうちにモヤシを外に出しました。ちょうどよく看護婦さんがやってきてくれました。


「あの、この人、新戸 虹さんなんですけど、眠っちゃったので部屋に帰してくれませんか? わたし、部屋がどこかわからなくて、ここに用事があるのでお願いしたいんですけど」


「えぇ。いいわよ」


 モヤシは看護婦さんに押されてどこかへ行ってしまいました。これで邪魔者はいなくなりました。

 周りを確認してから、彼女の部屋に戻ります。彼女はずっと俯いていました。思い悩んでいるのか、何かを呟いています。しかし小さすぎて聞き取れませんでした。そして、


「八菜ちゃん」


 急に呼びました。歩み寄ると、逃げるように身構えます。


「何ですか?」


「あなたも“手紙”、持ってるでしょ……?」


「……」


 ベッドの近くにある丸椅子を持ってきて、彼女の傍に座りました。


「手紙はいろんな人からもらうよ。ラブレターとか、ファンレターとか、」


「ふざけないでっ!」


 シーツを握る手が強くなってシワを作ります。ぶるぶると震わせていました。


「雛に、……雛に手を出したら許さない……!」


 芯の通った目つきで睨みます。しかし、そんなものでたじろぎませんでした。


「わたしは持ってないよ。……ホント」


「じゃあ、あなたのお兄さんが持ってるの?」


「そうだよ。礼先輩は達成できたから関係ないけど、お兄ちゃんに死なれたら困るの」


「!」


 彼女は腕を掴みました。そして、思い切り頬にビンタしました。鋭い痛みが頬からその周辺に伝わり、やがて変な熱を帯びて鈍く滲み渡ります。

 ふぅ、ふぅ、と息を荒げています。若干涙目でした。


「新戸先輩、呼んでこよっか?」


「え……?」


「直接話した方がいいんじゃない?」


「い、いや、だって瑠璃ちゃんは、」


「自分のせいだ、自分のせいだ、って自分を責めてる。被害者なのにだよ? それをオッサンの愚痴のように言われちゃ、こっちだって気が滅入るしね」


「なんで……? 瑠璃ちゃんは精神崩壊したはずじゃ、……ないの?」


「言っとくけど、新戸先輩は壊されてないよ。礼先輩を受け入れて、身を捧げたんだよ」


「! それってまさか、知ってたの?」


「さぁね。どうでもいいことだし。ただ、知り合いがそんな目に遭って、見て見ぬフリなんかできないし、……後は好き勝手にイチャイチャしてなよ」


 わたしは部屋を出て行った。






「神地……る、瑠璃ちゃん」


「じゃあ瑠璃人君、私は失礼するよ」


「……」


「れいかさん」


「瑠璃ちゃん、ごめんね……。私、瑠璃ちゃんを殺そうとしてた……」


「大丈夫です。生きてますから。それに悪いのは僕です。僕がしっかりしてればこんなことにはならなかったんです」


「……瑠璃ちゃん……だよね?」


「そうですよ」


「……」


「落ち込まないでください。僕は恨んでないですから」


「嘘だよ……。瑠璃ちゃんを壊して、酷いことして……恨んでないだなんて嘘だよっ」


「これは、れいかさんと同じ傷です」


「!」


「れいかさんも……されてしまったんですよね?」


「……うん」


「だから、僕とこうしている間も苦痛を味わっているはずです」


「……」


「正直、僕は……あなたが怖いです」


「……だから、私のこと嫌いになってよ……憎んでよ……殺してよっ!」


「……前、言ったじゃないですか」


「な、何を?」


「僕は……れいかさんが好きなんです」


「!」


「確かに、れいかさんは僕を犯しました。でも、死んでません。生きてます。生きてればやり直しは何回でもできます。だから、だから……」


「瑠璃ちゃん?」


「今度はちゃんと……愛してください」


「えっ? る、瑠璃ちゃんっ!」


「わかりますか? この胸の高鳴り……」


「…………うん」

「あなたを恐れているだけだからではありません。あなたに対する全ての想いです」


「うん」


「……僕は、……あなたが好きです」


「うん、うんっ、うん! ……う、うぅっ、えぐっ、あぁっ、ああぁぁぁぁぁ!」


「れいかさん」


「瑠璃ちゃん、瑠璃ちゃあぁぁぁんっ! ごめんなさい、ごめんなさいっ!」


「大丈夫ですよ」


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