二壊目「診る」
「……………………つまんないね。瑠璃ちゃんはそこまでだったってことかな。かわいかったのに……残念。でも条件は満たせたし、早めにした方がいいもんね。ごめんね、瑠璃ちゃん。えっちな漫画みたいなことして……。気持ち良かったかな? ……ってもう犯し尽くしたから、聞こえてもないか……。……さて、帰ろっかな……」
おめでとうございます
「何?」
おめでとうございます
「放送?」
あなたは“条件”のうちの二番目、“自分が一番好意を持った人を一人だけ壊して抹殺する”を見事満たしました。おめでとうございます
「私を知ってるの……?」
これにて、あなたを“手紙”から解放したいと思います。詳しくはあなたの誕生日である4月2日、16時38分57秒にお知らせいたします。それまでお待ちください。なお、このお知らせはあなた以外の方には聞こえませんのでご安心ください
「確かめに、いや、早く逃げなきゃ」
ここで注意点をお知らせいたします。4月2日の前にお亡くなりになられた場合、あなたは“条件”の“対象者”と同じよう抹殺されますので、ご了承ください
「! 対象者と同じように……? そんなの……いや!」
「…………」
「目覚めたか? 気分は?」
「……最悪。でも、慣れてる」
「……よかったな。弾道が左の首根っこを逸れただけで。出血が酷かったが、何とかなったぞ」
「つ……」
「あんまりはしゃぐなよ?」
「これが逸れた……だけかい……」
「相棒、今の状況、分かるよな? ……過去の柵のせいで2人以外にも被害者、犠牲者が発生した。お前のせいじゃない。自分を責めるな」
「瑠璃は?」
「…………」
「! 嘘だろ?」
「私も仮に警察を目指した男だ。全力で協力するよ。瑠璃人君のことは私に任せろ。虹は事件追及に、」
「嘘だろっ! いつから俺にまでくだらないジョークを出すようになったんだ!」
「落ち着け。本当に死ぬぞ」
「落ち着けるかっ! どうなったんだ! 説明しろ、徹!」
「……若海 礼香は肩と腕2ヶ所被弾。術後も回復を向かえている。新戸 瑠璃人は……」
「……」
「……っ……」
「……早く言えっ!」
「……精神崩壊した」
「え……!」
「誰かに犯されたショックと、精神錯乱により虹を撃ち殺してしまったという重度の幻覚で……」
「……嘘だろ?」
「なら、見に行くか? 瑠璃人君は既に別の部屋に隔離してあるんだ」
「隔離? 隔離ってどういうことだよっ?」
「見れば分かる」
車椅子に座らせられて向かった先は、“関係者以外立入禁止”と貼られた部屋だった。それは2つあり、まるで取調室のようだ。自分らは右の部屋に入った。
「……!」
ガラス張りの壁の向こうに……瑠璃人……!
「……何だあれ……」
「大丈夫か、虹? さすがのお前でも、これは応えるだろ……」
「っ……」
ガラス張りの奥の部屋は真っ白の部屋で、ベッドと瑠璃人しかいない。窓が一つあるが、開閉はできない。外の景色を眺めるだけのもののようだ。そしてベッドは奥の隅にぴったりと設置されている。まるで檻のような空間。扱い方が動物と同じだ。
その狭い空間の、ベッドの傍らに、瑠璃人は膝を抱えて俯いていた。こちらをぼうっと眺めている。目に……光がない……。
「瑠璃……」
「すまない、虹……!」
きりっと歯軋りが耳に入る。
「本当はこんなことをしたくないっ。医者として、人として、尊厳を無視するようなことを……。でもこうするしか……手がなかったっ」
その言葉には裏がないことくらい分かる。長年の付き合いだから。
自分はいろんな事件を追及してきて、悲惨な光景を目にしてきた。そういうのは数を熟しても見慣れない。でもある種の抗体はできたと思う。
まさか、自分で体験するようなことになるとは……、
「虹……」
思わなかった。
「ふう……、ぅっうっ、ふぅ……」
笑っている瑠璃、怒っている瑠璃、喜んだり泣いてたり、疲れてたり、元気だったり……。
「ふうぅ、ふっ……う……ぅ」
その時その時の場面が、走馬灯のように駆け巡る。こういうのは死ぬ間際、しかも本人が体験するものだ。瑠璃はまだ死んでいないのに、なんだか自分も生きている気が……しない。
「虹」
「自分は大じょう、」
「そんなわけはない。こんな時くらい、無理をするな」
「あ、……あぁ」
その後の徹の話によれば、精神崩壊はしたものの、廃人にはなっていないという。食事も普通に取るし、会話もする。異常は見られないという。一体どういうことなのか分からない。だってそれなら、この前よりも良好ということじゃないのか?
「もちろんお前も疑問があるだろう。けど、現実はそうなんだ」
「良かった……のか?」
「正直な話、私にも分からない。躁鬱病……とも何か違う。とにかく、今後も安心はできない。全力で究明して、ケアをしていくつもりだ」
「ありがとう……徹」
瑠璃が良くなってくれればそれでいい。早く元気になってくれ、瑠璃。今度は必ず守るよ。自分はそろそろ行くよ。
「若海のもとへ向かう。部屋を教えてくれ、徹」
本職に戻ろう。
「若海の容態は大丈夫なのか?」
「今は安静だ。だが、気をつけろよ? 若海さんも瑠璃人君と同じ、心に傷を負っている。変なこと吹き込んでパニック起こしたら、カテーテルで鼻の穴かっぽじってやる」
「肝に銘じておく」
部屋も教えてもらい、
「ありがとう」
車椅子を自分で押して部屋を出て、
「くぉらぁっ!」
目の前が真っ暗になった。
「うぎょっ!」
けど、ギリギリで意識は繋ぎ留めた。
は、鼻がボキッ、って……! 痛い! 一体誰なんだっ? あまりの痛さに目が開けられない! 多分、飛び蹴りだと思う、硬さ的に、……こおぉぉ……いたあぁ……! 鼻血出てきた!
「モヤシ! いつまで待たせんのよっ!」
この声は……。
「八菜ちゃん……かい?」
「当たり前じゃない! 頭の中までモヤシなのっ?」
「とりあえず、飛び蹴りは勘弁してほしいなあ……いたたたたっ」
泣きっ面に蜂だ。痛いっ。
「て、徹、顔……へこんだ……」
「安心しろ。もともとじゃないか。むしろ平らになってよかったじゃないか」
いや、触った感じ、ばっちり靴の跡ついてるし。それにもともとってどういうこと? 鼻にカテーテルやって八つ裂きにしてやろうか?
ようやく痛みが引いて、目を開ける。ドアの前に、紫頭の彼女がいた。ご機嫌ななめのようだ。
陸奥実君の義妹だ。なぜか自分にだけ暴力を振るう。久々だから、身構えるのを忘れていた、というか不意打ちだから無理か。傷口が開く……!
「待たせるって、八菜ちゃんは自分に用があるのかい?」
「看護婦さんに教えてもらってここに来たのはいいけど、立入禁止だし、ずっと待ってたんだからっ!」
それなら携帯電話、あっ、そうだった。病院だからできないんだ。それでも飛び蹴りは本当に勘弁してほしい。命にかかわる。
「それで、用は何だい?」
「新戸先輩の見舞いっ」
その手にはフルーツの盛り合わせが。
「でも、瑠璃人君のことは嫌いじゃなかったっけ?」
「う、うっさいわね、ガングロっ!」
が、ガングロ……。確かに間違ってないけど、……て、徹、落ち込んでるし……。
「とりあえずわたしが男と認めたヤツなんだから、見舞いの一つや二つはするし! それにお兄ちゃんも一応お世話になってるし……」
「それはご丁寧に」
「べ、別にモヤシにしてるわけじゃないんだから!」
本当に絵に描いたように分かりやすい性格だ。
「そういえば、あんたの首の包帯……どうしたの?」
「怪我」
「見れば分かるし! 何のケガよっ?」
「虹はな、ちょっと首から血がどびゅっ、って出ただけだ。問題ないよ」
「あっそう。心配して損した」
「いやいやいや。完全に生命の危機に瀕してたからね? こうしてピンピンできないから、普通は」
「だから心配して損したのよ」
「とりあえず心配はしてくれたんだ」
「っ!」
かぁっと顔を赤くする。
「まぁ、死にかけたんなら、仕方ないわね。ほら、あんたにもこれあげる」
手渡されたのはリンゴだった。ひんやりしていてみずみずしい。それを膝の上に乗せた。
「それじゃ、自分は失礼するよ。瑠璃のこと、頼んだよ、八菜ちゃん」
「う、うん……」
自分はその場から立ち去った。
「君は陸奥実君の義妹だよな?」
「そうよ。だから何よ」
「私は前から気になっていたんだ」
「?」
「私も君や虹同様、陸奥実君の“あれ”を知っている。だが君は唯一、陸奥実君を落ち着かせる術を知っているし、できる」
「だから……何よ?」
「君がこちらに引っ越して来た理由、それは……陸奥実君のためなんじゃないか?」
「……」
「つまり、“こうなることを予測していた”ことになる。君は……この一連の事件に、何か気づいているんじゃないか?」
「……わたしは確かに、流お兄ちゃんが心配でこっちに来たよ。お父さんとお母さんにも許可をもらった。けど、そんな事件、知らない。お兄ちゃんが襲われた、それしか知らないっ!」
「そうじゃない」
「? じゃあ何よっ!」
「……ダブル・ビー事件からだ」
「!」
「私も警察事情にある程度通ずる男だ。しかし、それについては虹でさえ口を開かない。いや、知らないのかもしれない。私は、あの事件が、何かの陰謀によるものじゃないかと思っている」
「……」
「それが、今回の事件とどういう関係があるのか分からない。でも、もし君が知っているなら教えてほしい。君の命が狙われることになっても、虹たちが全力で守るはずだ。だから頼む。何か知らないか……?」
「……」
「やはり駄目か?」
「……いいよ。教えるよ。でも、新戸先輩の部屋に行こ」
「? なぜだ? 彼は今、危険なんだぞ?」
「行けば分かるよ」
「……分かった。行こう」
「ただし条件が二つ。一つは誰にも絶対に教えないこと。もう一つはそれを確かめるような行動をしないこと」
「……いいだろう」
「破ったら……殺すから。ぜったいに」
「!」




