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二十六悔目「退院」

「お兄ちゃん、退院おめでとー!」


「そんな大袈裟な……」


「お腹裂かれて生きてるんだから、大袈裟じゃないよ」


「……あのな、表現を生々しくするなよ。しかも刺されただけだし」


「いいのいいの! とにかくおめでとっ!」


「あ、あぁ。ありがとう。ところで、真乃たちは、……わかったわかった。そんなに毛嫌いするなよ」


「私よりもあいつらの方がいいんだ」


「いや、そうは言ってないだろ……?」


「お兄ちゃんのこと、ずっと心配して、お見舞いもほとんど毎日来てあげたのに……」


「悪かったよ。重ね重ねありがとな、八菜」


「……なは、照れるぜアニキ……」


「誰がアニキだ。間違ってないけど、変なキャラ作るなよ」


「ではでは、行こっか」


「? どこに?」


「決まってるでしょ? ゲーセンだよ!」


「誰が決めたんだ……」


「もちろんわたし! ゲーム鈍ってる今なら勝てるはずっ!」


「卑怯だな……。ま、勝負は勝てばたいてい許されるからな……」






 14日。無事に退院できた。気が遠くなるような入院期間だが、意外に退屈じゃなかった。ラーメン食べたりUNOしたり、美浦さんと、みぃちゃんと会ったり、とにかくいろいろとあった。正にこれからの人生を真剣に考えさせる期間だと言ってもいいくらいだ。

 慣れ親しんだ病院から立ち去る時、何と無く哀愁を漂わせていた気がする。残念だったのが、瑠璃人と会えなかったことだが、後で元気な姿を見せ付けてやろう。また、あそこではいくつか疑問が浮かび上がったが、今は素直に喜んでおこう。……いや、素直に……、


「陸奥実センパイだ〜! チョー憧れだったんだよねっ」


「こんにちは、先輩。前日はお世話になりました」


「お兄ちゃん、今日はたーんと遊ぼうねっ!」


「八菜、ひとまずちょっと来い」


 喜べるかあぁぁぁっ!

 俺らは帰宅してから、自転車で約40分のところのゲーセンにいた。いざ出陣というところで、援軍がやってきたのだ。

 俺は八菜を引っ張って二人から離れた。


「何? 何か不満?」


「ありまくりだっ! なぜにお前の友達を連れて来るっ?」


「だって二人だけじゃお祝いにならないじゃん。しかもわたしに男友達なんかいないし、いらないし、あの子らがどうしてもお兄ちゃんと遊びたいって言うから」


「俺の意見は無視かよ……」


 こいつに男の立場というのを教えてやりたい。


「せめて真乃とかとおちゃんとか呼んで来いよ。俺が気まずいだろう?」


「大丈夫っ! お兄ちゃんの心の奥底に眠る欲望を忠実に再現してあげたんだから感謝してよねっ!」


 大丈夫な根拠を言えよ。しかも俺はそんな欲望を持った覚えはない! 俺の心を読む前に空気を読め。頼むから、本当。

 それでも、八菜がせっかく企画してくれた退院祝いを断ることができず、仕方なく二人の所へ戻っていく。今日は暑いな……、本当に暑い……。そう思いたい。


「まだ自己紹介してないですね。私はサヤって言います! 今日はよろしくお願いしますっ」


「……よろしく」


 ショートの髪にヘアバンドで一房立たせている。ほわわんとした目付きで声も丸みがある。見た目、天然そうだ。しかしにこりと微笑むと、高校生らしからぬ大人の魅力を醸し出す。……棗さんタイプみたいだ。……最近の女子高生ってこんなに大人びてるのか……?

 とりあえず中に入る前に、一言言おうか。


「今日はこんなことに付き合ってくれてありがとう。正直戸惑ってるけど、嬉しい」


 そして照れる……。最近、ハーレ……あっいや、女の子といるのが多い気がする。一体誰の差し金だ……?


「うわ……センパイかわいい……」


「さすがはゆうしょうした、」


「ひぃちゃん、お口チャック!」


 今日は暑いな……、うん、蝉がみんみんみんみんと……夏だな、まったく……。そして俺は何も聞こえてないぞ……。


「ほら、アイスホッケーやろうよ!」


 半ば強引に中に連れ込んだ。サヤちゃんは気にかけていないようで助かった……。

 ところでこのゲーセン、結構ゲームが多い。メダルゲームや100円ゲームから怪しげなゲームまで取り扱っている。しかも広い。デパートくらいの広さに所狭しと機器が詰め込まれているのだ。人もたくさんいるし雑音も鳴り響いている。

 とは言うものの、俺はここに来たのは初めてに等しい。普段なら節約のために来ることはない。1回100円で遊ぶくらいなら、76円の2リットルペットボトルを買った方がお得だからだっ! でも、今日は特例ということにして思いっ切り遊ぶか。

 入り組んだ通路の中、八菜に付いていくと、


「アイスホッケー!」


 エアホッケーにたどり着いた。ちなみに八菜はなぜかこれをアイスホッケーと呼びたがる。理由は未だ不明だ、……?


「……」


 ちょっと待て……。


「4人いるから、グッとパッで決めよ」


「いいよ。せーのっ」


 グッとパッ……。あ、俺はひぃちゃんとか。


「よろしくお願いします、陸奥実先輩」


「あ、あぁ」


「じゃ、始めるよ!」


 待て待て待てえぇぇっ!


「どうして球とシューターがキラキラ光ってるんだよ! 明らかに展示品の扱いだろうっ!」


「お兄ちゃん、これはダイヤモンドでできてるんだよ? 知らないの?」


「ゴージャスすぎるっ! おっかなくて触りたくないしっ!」


「陸奥実先輩、プラスチックだと割れて破片が飛び散る危険があるんですよ。ダイヤモンドなら滅多に割れませんし、フルパワーで叩いても心配ないですよ」


「むしろ盗難される危険があるわっ! これ、ウン億円はするぞ! もし壊したりしたら……」


「そんなことでビビっていたら、これから先に起こる事に対応できないと思いますよ」


「サヤ、いいこと言う〜!」


「……親御さんはさぞかし苦労なさっただろうに……」


 完全に類は友を呼んでいる。これほどに面倒臭い連中は……いるけど、そうそういない。どうして俺の周りには壊滅的なやつしかいないんだ……? そこら辺は何とか頑張って目をつむろう、いや、現実逃避しよう。

 ひとまずゲームは始まった。制限時間内にポイントを多く取った方の勝ちだ。時間は1分だ。


「1分っ? 200円で1分はぼったくりだろうっ!」


「センパイ、1分じゃないですよ。“1時間”です」


「………………」


 ……何、虐めか、これ……? 1時間、何をしろと……?

 二手に別れていった。気を取り直してやろう。……こうなったら、やってやろうじゃないかっ!


「負けた方はアイスオゴリねっ!」


「望むところだ。いくぞ、ひぃちゃん」


「は、はい……」


 先攻は……あちらか!


「ほあちゃぁっ!」


 球を打ち込んできた! って、


「あ」


 いきなり目の前が真っ暗になった。






「やぁちゃん、これ……気絶してない?」


「やば! せっかく退院したのに、病院送りになっちゃう!」


「陸奥実センパイの寝顔……かわいいな……」


「なにえつってんのよ! 私とひぃちゃんでお兄ちゃんを運ぶよっ! 早夜、タオル持ってたよねっ? 急いで濡らしてきて!」


「う、うん」


「あそこのトイレの脇にベンチあるから、3人で行った方がいいんじゃない?」


「私たち2人で十分だからっ、早く!」


「行ってきます〜!」


「んじゃ、ひいちゃんはそっちの肩持ち上げて……よっとっ」


「陸奥実先輩って案外軽いんだね」


「細マッチョなのよ」


「そうなんだ……」


「? あれは……?」


「どうしたの?」


「いや、あそこさ。随分と柄の悪そうな連中といる……。ゲーセンって質の悪いのが集まりがちだからね」


「そうだね。あまり関わらないほうがいいね」


「……そうね」


「それで、ここに横にさせるの?」


「足はみ出しちゃうけど、問題はなさそう」


「八菜隊長! 任務完了いたしました!」


「ご苦労。顔に被せてあげといて」


「……やぁちゃん、どこ行くの?」


「あそこに荷物忘れてきちゃった。皆のも持って来てあげる。2人はお兄ちゃんの寝顔でも見てあげて」


「了解! 心置きなく堪能いたしやす」


「ほら、ほっぺ赤いよ! ハムハムしたいっす!」


「……さて」


「行ってらっしゃい!」


「気いつけて」


「うん」


「そうだ。肉って書いて……」


「それは……そうよ……」


「かわい……、ちゅ……」


「…………はは……」


「…………」


「……」


「……」


「……ふぅ……。どうしてあいつがいるの……? もう気色悪さ満点だし、悪党面満載じゃない。でも、悪友にしては、顔が険しいし……、仲が悪くなったのかな?」


「……大分捗はかどってんじゃん。“ピー”にもばれてねえし」


「やっぱりあの人の言う通り、正解だった」


「鬼に金棒たぁこのことよ。蛇の道は蛇にってな」


「……」


「このままいけば、夢じゃない」


「クロスケを筆頭にやりゃあ……。皆、やるぞ」


「確か花火大会だっけ?」


「そうだ。ゲームの記録を塗り替えてやるのさ!」


「予算は大丈夫か?」


「問題ねぇ。期日までに準備を完了させる……」


「頼むぜ」


「…………」


「……脅されてるみたいね……。大方、明日のことに関してだと思うけど、イマイチ釈然としないな……。変な過去でもあるのか……まあいいや。お兄ちゃんのとこに戻ろ」





 鏡に映る自分の顔。ひどく生気が抜けていた。そして荒んでいた。眼の周りなんか洞穴のようにくぼんで暗いし、目自体もきっと死んでる。肌荒れも酷い。それを見ればどんなに辛い目に遭ってきたのか、想像に難くない。だから、知られたくなかった。許した人以外に、その時の自分を知られたくなかった。自分から離れていくのが怖かったから。同情されるのが堪えられそうにないから。

 そんな自分でも、生き抜いてみせたという小さな誇りを持っていた。それは自分の命そのものと言っても過言じゃないほど、この世の何よりも大切なものだ。それを大切な人の人生と引き換えに拾い上げた。でも、拾い上げた頃には薄汚れていて血まみれていて、本当にほこりの塊にしか見えなかった。

 本当に大切なものは何だったのか?


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