二十五悔目「物置」
「ん……んぅ……」
久々だ。
「無理はしないようにね」
「はい」
こうしてまともに立つことができるようになるなんて。普段何気ない行動が、時には神秘的に感動的に思える。……本当によかった……生きてて……。
神地先生はにこりと笑うと、その場から立ち去っていった。
「……さて」
10日土曜日。2週間あった入院期間も残すところあと2日。なんとなく名残惜しい気もする。こんなところにいい思い出などないが、何日もいれば砂粒くらいの愛着くらい湧くものだ。それに同士を見つけられたこともよかった。
「…………ふぅ」
[美浦 陽さん、あなたは2020年の二月十二日にお亡くなりになられます。ですが、それを回避するための方法があります。
一、素直に諦める。
二、自分の年齢から抹殺する無関係の他人の年齢を引き、それが0になるように抹殺する。
三、十八歳未満の無関係の他人を四人だけ抹殺する。
四、最も親しい友人を一人抹殺する。
注、四をお選びの際は一つ条件があります。それは、あなたが手を下すこと。“直接”であればよいのです。
その他、あなたはわけもわからず人気もない裏路地で――――――されて死ぬでしょう。
そして従うか逆らうかは自由です。]
美浦さんか……。あの人が俺を刺したのか……。確かに金髪だったし背も同じくらいかもしれない。美浦さんは誕生日である2月12日の翌日に受け取った。ポストに入っていたらしい。この点も俺とズレている。ただ、今まで何も身に起きていないらしい。
“手紙”は各々違うらしい。そしてさらに、予想通り“四人”の条件があった。ただ十八歳未満という制限がある。犯行当時では真乃たちが十八歳未満である確証はないし、あったとしても敵いやしない。だから、襲わなかった。
気になることがいくつかある。一番目の“諦める”というのが共通していること、シナリオが足されていること、三番目の“親友を殺すこと”があること、シメの言葉が同じであること。
「……」
今日は誰も来ないみたいだ。俺はベッドに座り、考え込むことにした。
まず、“諦める”からにしよう。
「……………………ふぅ」
何を諦めるのだろう? 生きることに? 殺害すること? つまりは手紙自体? どれにしても満たせば解放されることは確かだ。つまり、最初から相手にしなければいいわけか。
「……!」
ということは、一番を選べば何もせずとも呪縛から解放されるということか?
「あっはははは……」
自然と笑いが零れる。呆れと安堵感が頭を満たし、温めてくれた。しかし、すぐに冷えてしまった。
これの差出人は“諦める”のをどうやって判断する? 第一、“手紙”をまともに相手にしている時点で生きることに“諦めていない”ことになる。つまり、最初から無視すれば何てことはなかったのだ。……そんなこと、今さら遅い話だ。どうしてこんな腹が立つ“条件”を記してるんだ? ……もっと別な意味があるのか……?
「…………ふぅ」
思うに、“保険”だろう。俺や美浦さんの“条件”は無数の中からアットランダムに選出されたのだろう。だから、ものによっては失敗して、その条件が達成不可能になる場合がある。そこで、せめてもの情けに“保険”がかけられた。つまり、“諦める”しかない。
俺と美浦さんはこれを選べない。絶対に達成可能だからだ。
やりつくした後に待っているのは、果たして何なのだろう?
俺が助かるためには、誰かを殺さなくてはならない。……そんなことができるわけない。もう誰が死ぬとか、生き残るとか……、考えたくないし思い出したくない……。
「…………」
……歩くか。
俺は立ち上がって、病室を出た。確か自動販売機は……どっちだ? とりあえず歩けばいつか見付かるだろう。
そんな軽いノリで探していると、
「お」
見付かった。って右の方に歩いて行けば見付かるじゃないか。八菜はどこをほっつき歩いていたんだ? ……どうせなら他も探してみよう。せっかく歩くお許しをもらったことだし。
壁に展示されている案内板を細かくチェックしながら散歩していく。やはり病院だからか、色んな人でごった返していた。一番近い大病院はここくらいしかないから仕方ないか。もしここでテロが起こったら、忽ち大パニックになるだろうな……。それはどこでも同じ……あっ、ここにもあった。何だか宝探しみたいだ。……俺、いつの間に暗い性格になってたんだろう……。中庭の方にでも……ん?
「……う、ううーん……」
女の子が自販機の前でやたら悩んでいる。確かに種類もたくさんあるだろうから、無理もない。というより、背伸びしても届かないから悩んでいるみたいだ。
俺は横から近づいた。
「どうした?」
「あれにとどかないの……」
一番端にあるやつだ。……コーヒー……、こんな女の子が、本当か……? なんて大人なんだろう。俺なんか飲め……いや、いいか。
お金は入れたみたいなので、押してあげた。出てきた。
「ありがと! お兄ちゃん!」
「いえいえ。さて、俺も」
俺はウーロン茶を……、
「……」
「…………」
な、何だ? その物欲しげな顔は……?
「……」
じーっと俺を見てくる。どうしたんだ? 俺の顔に変な物でもついているのか?
お互い見合うも、少女は立ち去ることはなかった。
結局、俺が根負けした。
「どうした? 何かあるのか?」
「みち……わからなくなっちゃった」
それはまずい。俺も正確にわからない。入口と自分の部屋と中庭くらいしかわからない。
「どこに行きたい?」
「ママのとこ」
余計にわからん。
「うーんと、ママはどこにいるの?」
「広いところ」
この病院では広いところはいくらでもある。あまりに漠然としすぎてわからない。
俺の思い当たるところは、当たってほしいところは、
「もしかして、大きい木がある?」
「うん!」
中庭。よかった……。大丈夫だ。
だが傍から見れば、少女誘拐に見えなくもない。とりあえず、信じてもらわないと……。
「俺は君を誘拐するつもりは全くない。信じてくれ。だから一緒に行かないか?」
「うん、わかったよ! ミー、しんじるよっ」
「……ミー?」
英語……かな?
「とりあえず行くか」
確かに中庭には母親らしき女がいた。大きい木の近くにあるベンチ座っている。不安げな面持ちで辺りを細かに見回していた。
「あっ、ママだっ! ママぁっ!」
「! みぃちゃん!」
女は少女に駆け寄り、抱き上げた。うっすらと涙を浮かべていて、本気で心配していたことが窺える。よかったよかった。
「みぃちゃん、どこにいたのっ? 捜したのよ!」
「ごめん……」
なるほど。ミーじゃなくて“みぃ”か……。名前だったか。
「どなたかわかりませんが、ありがとうございますっ!」
「いやいや。偶然でしたから」
「よかったら、お礼を……」
「とんでもない……」
何とも気障な俺。
「じゃあ、部屋番号だけでも」
……そうか。この服装じゃここの患者だとまるわかりか。まぁ、悪い人ではなさそうだし……。
「……0626号室です」
「まぁ。1111番違いね」
「?」
すごい覚え方だな。
「その様子だと、お見舞いですね? お子さんのですか?」
「近所の子なのよ。何日か前に入院したらしくて」
「そうなんですか。お気の毒に……」
「その子、二人暮らしなんだけどお兄さんが出張でね〜。だからうちにお泊りなのよ」
「お泊りですか。そういや、俺の知り合いにもいますよ、二人暮らしのやつ。男兄弟で上が刑事やってて、俺の下が知り合いなんですけど、なんとも毒舌なやつでして……」
「あら、奇遇ね。その子も刑事やってて……」
「……! あの、その子の名前はっ?」
「? 新戸 瑠璃人だけど……」
「! 瑠璃人っ?」
瑠璃人が入院したらしい。最後に見たのは1日だ。その時は特におかしい様子はなかった。よってその日から今日までの間に何かあったのだ。……具体的に思い出せないが、いつの日か救急車のサイレンを聞いた覚えがある。たぶんそれだろう。
みぃちゃんの母親によれば、ずっと面会謝絶らしい。曰く、最強の食あたりになり、誰にも会いたくないんだ、と医者から代弁されたらしい。
しかし瑠璃人は料理が上手い。だから食あたりと考えるのははっきり言って怪しい。医者は瑠璃人を隠蔽しているか? 何のために? 瑠璃人の病状を知られないために……? だが、何のメリットがある? ……!
「まさか……!」
瑠璃人を殺害するためっ? だとすれば、その実行犯は一人しかいない。この病院に勤めており、“手紙”を所有している人物。
「美浦さん……!」
だが、決め付けるのは早い。疑問がある。美浦さんの“条件”の中には瑠璃人一人で達成できる項目はない。なのに瑠璃人を殺害するのか? しかもわざわざ病院という特定の範囲内で? 調べればすぐに足が着くのは明らかだ。もし、成立するとしたら一つしかない。美浦さんたちは“親友”の関係にある。俺は引っ越してきて高々二年だ。瑠璃人たちがどういう関係にあるかはわからない。でも可能性がないわけじゃない。
「…………」
いや、冷静になるんだ。早計しすぎだ。
失礼だが、美浦さんはただの一看護師。瑠璃人を面会謝絶にできるだけの力はあるとは言いにくい。いや、それこそ食あたりではないと確定……はできない。
それに虹さんも見かけない。いつもなら瑠璃人に何かあれば、仕事をほっぽらかしてでも様子を見に行っているのに。それほどに重要な出張なのだろうか? 一体何の? 事件が起こり、その調査をしていると考えるのが普通だろう。では、何の事件か?
「……………………ふぅ」
まさか、殺人事件か? いや、俺の通り魔か? 俺のは連続的でないかぎり考えにくい。すると前者に近いのだろう。……美浦さんが他の“条件”を実行……は無理があるか。俺には関係はないみたいだ。
今思えば、虹さんは俺のとこにも来ていない。ということはかなり長期の出張……? ……疲れてきた。休もう。
「……ん、んぅ……」
通路の窓から夕日が沈み、暗青色の空がやってきているのが見える。星がぽつぽつと光り、ちょっとした彩色を施す。クーラーがかかっているせいか、夏が終わり始める頃に近付いている気分がした。
そういえば、花火大会が近いんだった。去年は雨で中止だったから、実質初めてになる。とりあえず見に行くだけ見に行こう。
「……」
あの二人と別れた後もずっと歩いていた。すごく嬉しいから調子に乗って院内探険をしている。でも……さすがに疲れてきたな……。
「ん?」
ここは……1737号室。ネームプレートに“面会謝絶”と貼紙がしてあった。
「1111番違い……」
間違いない。あいつの部屋だ。しかしなぜ名前を隠す? ……何かあるな。
どうせだから、貧相な顔を拝めていこう。食あたりとか言ってたな……。
ドアに手をかけた瞬間、何かが当たっていた。背中の中心に。
「……」
多分凶器だ。ちくちくと微妙に力を加えてくる。俺を脅している。……動いてはいけない。
「……なかなかやるね、きみ」
喋ってはいけない。解放はされていない。
「このへやのひとのしりあい?」
ここで喋る権利を貰えた。
言葉に感情がこもっていない。棒読みみたいだ。
「いや、違う。好奇心で、」
「うそだね」
「!」
何だ? この圧力は? 一言発しただけなのに、恐ろしいほどに緊張する……。誰なんだ? 女の声ではあるけど、美浦さんではないし……。
「間違いではないよ」
「まちがってるよ」
「ど、どうして……?」
口が震えていた。
「ここのひとときみがいっしょにあるいてるの、みたことあるから」
「なるほど……」
同じ学校の生徒だな。おそらく年上。声の出所からして、俺より背が低い。
「もういっかいべつなのきくよ? “うそ”つかないでね」
圧力が格段強くなった。刺さってはないみたいだ。
「だいっきらいだから」
息が荒い。非常に危険だ。その分俺が冷静にならなくてはならない。今度は背中だなんて洒落にもならない。
「きみもけいさつのひと?」
「? どういう、」
いきなり膝の裏を蹴られ、膝をつかされた。完全にホールドアップの状態だ。
「そうなの?」
さっきよりも力強く言う。余計なことを言うな、ということらしい。
きみ“も”、ということは、やはりこの中に瑠璃人がいるのか……?
「違う」
「……そう」
今度は信じてくれた。相手は嘘発見機のようなだな……。
「つぎ。きらいなひとはいるの?」
「それを聞いてどうす……、わかった……。…………いたよ」
「? い“た”?」
「……」
あんまり言いたくないが、この状況だから仕方ない。
「はなして」
「……」
「“わきばら”にさされたい?」
「!」
俺のこと、やはり知っている……。……仕方ない。
「親に勘当された。だから“いた”だ」
「どうして?」
「頼む。これ以上は言いたくない。……気持ち悪いんだ」
「はなして」
刺さるかと思うくらい圧力がかかる。これ以上は命に関わる。だけどこれは瑠璃人と関係ないことだ……。俺を調べてどうするつもりだ……。……くそっ。
「本当に嫌なんだ」
頭が痛い。駄目だ……意識が……。
「はなして」
「止めてくれ……」
「はなしてっ」
「嫌だ」
「はなして!」
「止めてくれ……!」
「はなしてっ!」
「もう嫌なのぉっ!」
「!」
「お願い。もう止めて……。………ぅぅっ……うぐっ……………っ……」
「はなして。殺すよ?」
「話したくないの……。……思い出したくないの……ぁうっ……」
「…………」
「……やな……やなぁ……。やな……たすけて…………」
「……本当に……壊れてる……」
「いじめないでぇ……やなぁ……やな……」
「まずいかな。知ってるのかと思ったのに……。ほっといてもダメみたい……」
「やなぁ、どこにいるの……こわいよ……」
「ケータイ使わせてね。“やな”……これか……」
「やなぁ……やなぁ……」
「ごめんね。もう行くから……」
〈もしもし、お兄ちゃん? どうしたの? 淋しいの?〉
「やな……こわいよぉ……」
〈! お兄ちゃんっ! 大丈夫っ! 大丈夫だよ。今すぐ行くよ! 大丈夫! 落ち着いて! だから泣かないで……!〉
「……やな……」
〈またあのメガネねっ? おいメガネ! それ以上お兄ちゃんに変なことしたら許さないんだからっ! この悪党!〉
「ぅう……やな……ぇぐっ……」




