二十二悔目「過食」
約束の日である5日。僕は変な緊張感を感じていた。例えるなら、大学受験の面接を受けに行くような、徐々に重たくなる重圧。もし、避けられるなら避けたい衝動に駆られている。しかしそんなことはできないのは分かっている。
昨日の話を思い出すと、少し複雑な気分になる。礼香さんが恋人を亡くしたという2年前、僕は中学3年生で高校受験を控えていた。別にどこでもよかった。特に拘っていたわけでもなく家の近くでいいかな、と思う程度だ。それで……いや、今はそんな話をしている場合ではない。
午前中の時間を使って、僕は病院にいた。徹さんに話を聞いてほしかったからだ。一応、受付で“風邪”ということにしておいた。医者と客の関係の方が何かと都合がいいからだ。
徹さんの診察室に入った。
「瑠璃人君、久しぶり」
「少し前にあった気がしますが、遠い過去に感じます」
「そうだな。……その様子だと、ただの夏風邪じゃなさそうだな」
「……はい」
僕は全てをぶちまけた。あの後のこと、そしてこれからのことも話した。
「なるほど……。瑠璃人君は三股なのか……。どうしてそんなにモテる、」
「その聴診器で首を絞めてあげましょうか?」
「怒るなよ……。ジョークだろ?」
「くだらないジョークに付き合う時間は今はないのです」
「……ふむ……」
徹さんは顎に手をあてて、回転椅子でくるくる回りながら考える。見た目はふざけているように見えるが、顔は本業で見せるような真剣な表情だ。
僕がここに来たのは少しでも彼女のことを理解しようとするためだ。簡単に言えばタブーが何なのかを知るため。逆上させてしまえばあの時のようになってしまう。それだけはお互いに避けたい。絶対に。
「先に言っておくが、彼女は正真正銘の精神障害だ。演技やわざとではない」
「間違いなくですか?」
「あぁ。間違いなく」
詳しい内容を教えてくれたが、僕には少し難しい話だった。要するに、何らかの大きなショックを体験すると、いろんな症状が出るらしい。
「若海さんはここ最近、症状がすごく軽くなって調子良くなってきたんだけどな。あの事件のせいで……」
「……あの、言いづらいことなのですが、彼女は本当に自殺未遂をしたことはあるのですか? そこまで苦しいのですか? ……僕には全然分からないので……」
「うーん、私の個人的な見解だが、ショックは計り知れないな。家庭環境も芳しくないようだし……」
それは雛さんから聞いたことかもしれない。
「でも自殺はどうだろうな。ほぼないと思うよ」
「彼女の親友が目撃したらしいですよ。その……」
「言いたいことは分かるが、それは誰にも口にするなよ?」
「はい」
さすがに、一応専門家なだけのことはある。言葉の重みが全く違う。
「“それ”はな、大体は死ぬことを目的にしているわけじゃないんだ。そもそも、“それ”で亡くなる方は意外と多くない」
「え? では何のためなのですか?」
「つまり、自慰行為だ」
「? じい……こういって……」
えっと……あまり表現したくないものだけど……。医者とはいえ堂々と発言するのはいかがなものかと……。
「なに柄になく赤くなってんだ?」
「徹さんこそいろいろと問題があると思いますけど」
「確かに自慰行為と言うと性的に捉えがちだが、そういう意味じゃない。それにも種類があるんだ」
「種類……?」
「例えば、転んだりすると痛いだろ? 痛いという感覚はもちろん、生きているから感じる、つまり生きている証だ。精神的に追い詰められると本当に死んだ気分になるらしいんだ。だから、自傷することで生の実感を得て、まだ自分は生きてる、と安心する。自分で自分の気持ちを慰めているんだよ……」
「……」
「私が見る限り、泣き顔を一度も見せたことはなかった。でも、病院にいた彼女に寄り付こうとする人はほとんどいなかった。あの性格の変動に対応できなかった。……正直に言う。私も含めた医療関係者もその傾向にあった。業務以外だがな。瑠璃人君を襲ったのは……唯一の理解者が自分から離れていくことを恐れた反動……と思いたい」
「……はい……」
堪えられないストレスを傷に変換する。それほどにまで心身ともに病んでいた、ぼろぼろに傷付いていた。僕は分かっていなかった。どれだけ苦しみ、どれだけ頑張ってきて、ここまで生き延びてきたのか、まるで分かっていなかったのだ。それどころか、そのサインに気付かないで事の背景を読み取らず、距離を置こうとさえした。
……痛い。胸の辺りがきゅっと握られるように痛い。
「……痛い……です。ものすごく……」
「あぁ。その痛みを一番感じているのは他ならぬ瑠璃人君だ。瑠璃人君にしか彼女を救えない……! 私たちは目の敵にされてしまった。私からも頼む……。彼女を救ってくれ……!」
「……」
礼香さんを救いたい。その気持ちに偽りはない。……でも、果たして上手くいくのか? 僕は彼女を救えるだけの存在になっているのか? ……これだけ話をしてもらっても不安が残っていた。それにもし、ミスをしたら……僕は殺される。あの時間帯の音楽室は誰も使わない。よって僕ら二人以外に人が入ってくることはない。……僕に及ぶリスクは必然的に高い。
それでも、僕がそこを選んだのは、彼女を完全に信用しているというメッセージを読み取ってほしいからだ。それとかつての誼。僕らの始まりの場所でもある。
僕は頷いて、徹さんの目を見た。そして一言、ありがとう……、と呟いた。
「瑠璃人君……虹がいなくて大変だろうけど、あいつは瑠璃人君を頼りにしてる。だから出張に出掛けたのさ」
「……! ということは、徹さんは虹にぃの出張について知っているのですか? それなら虹にぃは何をしに、」
「駄目だ。それは教えてはならないことになっている」
「……何で徹さんは……」
「お互いの仕事のためだ」
「そんな……。虹にぃが全然帰ってこなくて、家で待っているのに……」
「……」
徹さんは頭をくしゃくしゃと掻いた。そしてため息をつく。
「……そういえば、N事件の被害者の加藤祐樹さんの聞き込みは終わったかな……? 大阪だから遠いだろうに……。次は秋田にいる鈴木成美さんだったな。それが終わったら若海さんで、最後は陸奥実君……。聞き込みが終わればN事件を本格的に追及していく予定だな、きっと……」
「……」
「ん? あぁ、そうだそうだ。瑠璃人君は夏風邪だったな。症状は比較的に軽いから、点滴打っていくかい? 薬出すと余計に悪化するからね」
「…………独り言ならもう少し上手くやってくださいよ。こちらまで恥ずかしくなります……」
「あ、ごめんごめん。昔からのクセでね。それじゃあ、お大事に……」
約束の1時……より少し前に、僕は音楽室に入った。鍵が最初から開けられていて、こじ開けた跡は見られなかった。きっと彼女が合い鍵で開けたのだろう。
ちなみに、部活の合い鍵の製造は禁止されている。僕は持っていないが、あの人が規則を破るのは珍しい。服装だってきちんとしているし、髪の色はもともとだ。傍から見ると、模範生なのだ。
昼食は食べようと思ったが、彼女と話が終わってからでも遅くはないし、抜いてもさほど支障はない。
太陽からの容赦ない日差しに当てられ、……暑い。病院にいる時は冷房が効いているから、ひんやりとしてよかったのに……。仕方なく窓を全開にして風通しをよくした。それでも頭から滴るこの汗は止まらない。
約束の時間を数分過ぎ、タオルで拭きながら待っていると、
「……?」
ノックがした。まさか……先生か? ま、まずい。中に不法侵入しているのがばれたら……。
僕は部屋に入って左側にあるグランドピアノの陰に隠れた。しばらくすると、誰かが、中に入ってきた。そしてカチャリと鍵を閉める音がした。
「!」
足音が……近付いてくる!
「……」
息を潜め、物音を立てないように、ピアノの下に隠れた。足が見える。……私服? スリッパを履いている。先生に違いない……。しかも音楽室に来るということは、太田先生だ。……さらに気まずい。
足は僕のいたところで止まると、近くにあったピアノ用の椅子を持ってきて座った。……弾くみたいだ。その瞬間、
「瑠璃ちゃん、みーつけたっ」
顔が覗いてきた!
「うわ!」
あまりの驚きに、ピアノに頭をぶつけた。痛いっ。
「あははは」
それを子供のように無邪気に笑った。
……久々に見た。礼香さんの笑顔……。徹さんや木村先輩が言うような苦い経験があったとは思えない普通の笑顔だ。
僕はそこから出て、彼女を前にした。
「瑠璃ちゃん、頭大丈夫? お馬鹿さんになってないかな?」
確かに、まだずきずきする、って……、
「!」
頭を撫でて……!
「どうしたの? 顔赤いよ? 恥ずかしいの?」
「それはそ、そうですよ」
今まで虹にぃ以外には許したことはなかった。それを何の前触れもなく、いきなり頭を撫でてくるなんて……。
「虹にぃ以外には頭を撫でさせませんから……」
「そうなんだ。私が部外者で初めてなんだ。ちょっと嬉しいな」
そう言って、撫でるのを止めなかった。……今日も長袖……。
まだ、あの話は止めよう。とにかくたくさん話をしていこう。
「そういえば、あのバッグは……」
「そう!」
バッグ……ぱんぱんに詰まっている……。
「1時だからね、ご飯作ってきたんだよ? 瑠璃ちゃん、食べちゃった?」
「い、いえ……。まだです」
「ちょうどいいね! お腹減ったから食べようよ」
作ってきてくれたのか。なんと思いやりがあるのだろう。しかし、それとは裏腹に躊躇っていた。もしかしたら毒が入っているかもしれない……。でも断っては……。
「では、ゴチになります」
「うん! ちょっと待っててね」
バッグから取り出したのは……重箱? お節料理とかを入れる箱だったはず。今正月ではないし……。しかもカップ麺? お湯ないし、明らかに不似合いだ……。
重箱の方を開けてくれた。4段で本格的なお節料理が入っていて、なぜか一番下は鰻重が入っていた。カップ麺には……剥いてある茹で卵? どうやって中に入れたのだろう? しかもかなりあるし……。
「私、ゆで卵好きなんだ〜。こうやってね、」
それを僕の顔に当てた。いた、あつっ!
「当てた時に黄身が弾けるのがいいよねっ」
「なに親指に刺しているのですか? しかも顔を書かないでください。指人形ではないです」
「力作、タマゴマン」
「食べ物を粗末にしては駄目ですよ。どこかの茹で卵好きの元野球選手より質が悪いです」
「冗談だよ……。ちゃんと食べるし……」
すごく残念そうだ……。何か悪いことをしたような気がする。
とりあえず食べよう。既に食べまくっているから、心配はなさそうだ。
「はい、ハシとお水」
まるで花見のようだ。
まずは卵焼き……。
「……美味しい……」
「ホントに? あはは、嬉しい……」
照れながら微笑む。僕の心臓はさらに速くなっていく。別の意味で緊張してきた……。
特製のお節料理を食べていくと、気分が落ち着いてきて、気持ちに余裕ができてきた。何もなかったあの頃のようで、懐かしくて楽しい。やっぱり礼香さんは笑顔がいい。泣いたり悲しんだりしている顔は似合わない。僕は改めて強く思った。
そういえばこのお節料理は相当美味い。味が丁寧でしっかり染みている。手間隙かかっただろうに。もしかしたら、1日間を空けたのはよかったのかもしれない。そうしなければここまでの用意は難しい。……別に僕は期待していたわけではないが、素直に嬉しい。
こんな楽しい雰囲気では、あの話はしたくない。悲しくなったりするのは避けられないし、泣き顔を見るのは……辛い……。でも、それは逃げていることになるのだろうか? 向き合っていないことになるのだろうか……? ……いつかは向き合わなければならない時が来る。それは今なのかどうかもわからない。……そうだ。徹さんの言ったことを忘れてはならない。僕の気持ちをはっきりさせなくては……。言おう……好きだって。でも、もし礼香さんが僕のことが好きでないとしたら? 過去の恋人の想いを引きずっているとしたら? ……ありえない話ではない。そうなったら、そうなったでいいのかもしれない。とにかく僕の想いを伝えよう…………。あっ、虹にぃには何て言おう……? 今まで心配かけて、何様のつもりだって言おうか。そして礼香さんの無実を証明して、虹にぃに頭を下げさせてやろう…………。……あれ? 礼香さんはどこに行ったのだろう? そうだ、トイレだ。これだけ食べれば無理もない。僕ももう一息ついたら、トイレに行って……、……落ち着いてか
ら、言おう……。……! 虹……にぃ……? どうして虹にぃがここにいる? まさか、後を付けてきたのか……! ……でも、離れていく……。虹にぃ? どうしてそんな冷たい目で僕を見るの? 嫌だよ……。置いてかないでよ! ……体が動かない、いや、前に進んでいない……。どうしてだ? 虹にぃ、虹にぃ、置いてかないで…………! ってここはどこだ? 真っ暗だ……。停電か? いや、まだ昼間だから停電になっても明るいはずだ……。……じゃあ……どう、して……? どう……し………………。
「……んっ……」
「“起きた”?」
視界は全て彼女の顔で埋まっていた。
「……! な、何ですか……これ……」
両手は灰色のテープでぐるぐる巻きにされ、ピアノの足に引っ掛かっていた。両足には囚人が着けるような鎖付きの鉄球が着いていた。動かすにもかなり重く、ひ弱な僕には重労働だ。つまり、身動きが取れない。一体どこで入手したのだか。
「これを解いてください!」
「瑠璃ちゃん……今ね、すごくかわいいよ……」
妖しく微笑んでいる。そしてだんだん眼から光が失われていく。……あれだ。僕は……騙されたのか?
「違うよ……。私が騙されてたんだよ」
「どういうことですか……?」
目付きが変わった。目の前の餌を狙っているかのようだった。
「午前中、病院に行ってたよね?」
「……!」
礼香さんはまだ入院していたのか? それともたまたま通院していたのか? どちらにせよ、見られた気配はなかった。
「あそこのヤブ医者と……何か話してた。……知ってるよ? 私のことを話してたんでしょ?」
確かにそうだ。でも、それは、
「私を疑ってるから、身辺調査をしてたんだよね? ヤブ医者から聞き込みして……」
「違います! 僕は、」
「うるさいっ!」
鼓膜が破れるかと思うくらいの怒声。違うのに、早く伝えなくては、
「瑠璃ちゃんだけは……信じてたのに……」
「!」
ぽろぽろ、ぽろぽろと大粒の涙を落としていた。嗚咽もしている。
「違います! 僕は、礼香さんを疑ってなどいません! 上手く言葉にできないけど、信じてください!」
「もう……いいよ……」
「……礼香さん……お願いです。僕を信じてください……」
「もう……疲れちゃった」
ポケットから、あの銀色のメスを取り出した。それを……、
「! まさか……」
首にあてがう。そして笑った。
「じゃあね、瑠璃ちゃん……」
「や、駄目です! ……っ……」
こうなったら……!
「礼香さん、自殺するつもりなら、僕の話を聞いてからにしてくださいっ!」
「!」
ぴくりと手元が震えた。迷いが出た証拠だ。
「……」
「……」
恐ろしいほどに場が張り詰めている。先ほどの和やかな雰囲気とは全くの正反対だ。だから、絶対に目を逸らさない……! あの時の恐怖心は治まらず、身体が震えっぱなしだ。あの僕を蹂躙した目つきだって向けられっぱなしだ。それでも彼女からの視線から逃げない! それは彼女からのサインだからだ!
「僕は……、」
心臓が爆発しそうだ。種類の違う二つの恐怖が鼓動を速くしている。
「礼香さんのことが……」
「……」
……怖い……。けど逃げては駄目なんだ! ……勇気を持って……!
「好きなのです!」
「……!」
びくんと驚いて目を見張っていた。
「だから、あなたが自殺したら、僕は泣きます、苦しみます、狂います、深く傷付きます。二年前、最愛の恋人を亡くしたあなたのように……!」
「……る、瑠璃ちゃん……」
「僕はその苦しみはまだわかりません。でも、礼香さんならわかりますよね……?」
メスが手から滑り落ちて、泣き崩れた。それはあの彼女ではない。普段の礼香さんだ。
「自分の好きな人を疑うなんてことはしません……。だから……僕を信じてください……」
「……」
頭を抱え、床に額をこすりつける。本当に泣いていて、それが嬉し泣きなのか、逆なのかは分からない。
しかし、明らかに様子がおかしい。
「……い、」
「!」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁっ!」
え……?
「れ、れいか、」
彼女はいきなり僕に近付き、
「! うわっ!」
服ごと僕の身体を引き裂いた。破れ目から露になる僕の身体。爪が鋭利なのか、ところどころに赤い線があった。
落ち着かせるつもりが、逆になった……のか……? どうして……。
「はぁー……はぁー……っ……、ごめんね。もう後戻りは……ん、……できないんだ……」
「え……」
極度の興奮状態なのは一目瞭然。
「んっ!」
今度は……口……!
僕の唇を口で塞ぐ。初めてで……動揺しすぎて、恥ずかしい……。表現……したくない……。
空気を奪うように貪る。それをずっと続けられて、頭がぼやぼやしてきた。酸欠だ。それをわかっているのか、思わず顔を横に向けて拒否した。
「……はぁ、はぁ……」
「だめ……。逃げないで……」
ぐっと口を手繰り寄せた。
もう思考がぐちゃぐちゃになった。
「……ふうっ……はぁ……っはっ……」
「かわいい……。目がとろーんとしてて、ここがぷっくりしてる」
「うあっ!」
「ここで感じるなんて女の子みたいだねっ。かわいいよ……」
「はぁっ……っはぁ……」
「いいのかな? こんなかわいくて……」
「や……、やめ……ぁ! んんぅ……!」
「かわいい。じゃあ……どんどんかわいくしてこうかな」
これではあの時と変わらない……。どうして? 今度は頑張って逃げなかったのに……。
「あぁぁっ!」
「こっちのほうがいいのかぁ……。すっごくドキドキしてるよ、瑠璃ちゃんの心臓……。どくんどくんって」
「触らないでください! ぁつぅ! ぅぅっ!」
「ふうぅぅぅ……」
「ひぁっ!」
「かわいいっ」
駄目だ。流されては駄目だ。諦めない……! 僕は礼香さんを……救うんだ……。
「れいかっさんんぅっ……きいてっください…………ぁっ!」
「まだかわいくないところが残ってるね」
「ひあぁっ! あっ、あっ! だめですぅっ!」
「どうかな? かわいくなったかな?」
「んっ……ぼくは、あなたのことをっ、しりました……」
「まだ、足りないみたいだねっ!」
鬼の形相で、睨む。でも、わずかな動揺を隠せず、手が止んだ。
「あの二年前、恋人を亡くして……ずっと苦しんでいました……。それで、」
「うるさいなぁっ!」
びりびりと音楽室が響き渡った。僕の首を両手が覆う。
「今の瑠璃ちゃん、ぜっんぜんかわいくない。理屈っぽくて計算高くて、冷めてる。……そんなの瑠璃ちゃんじゃないよ?」
徐々に力が込められていく。く、苦しい……。
「れっいかさん……、やぇて……くだはい……!」
はっきり喋れない……。
「瑠璃ちゃんは私の手の中にあるんだよ? 小さくて、儚くて、……弱い。潰そうと思えば簡単に潰せるんだから……」
手から解放された。急いで空気が取り入れられる。何を言っても彼女は信じてくれないのか……? お願い……信じて……。
「!」
「信じて……、僕を……信じて……」
「……ごめんね……。瑠璃ちゃんを……壊したいの……」
「ん!」
「もう、瑠璃ちゃんを信じる必要がないの。だって瑠璃ちゃんは私のおもちゃになって、めちゃくちゃにされるんだから」
「!」
「ほら、嫌がってもここだけは正直で甘えんぼだもんね。優しく壊してあげる」
「い、いや……やめてくださいっ、いっんぅ」
「すごいカタい……。いっぱい甘えていいんだよ?」
「ん、んぅ……はっ、ダメですっ……! いや、やめて、」
「すごいよ。どんどんカタくなって、たくましくなって……。声なんて女の子そのものだよ……」
「あ、あっあっんっ……んぅぅっ!」
「!」
「だめ、見ないでぇっ! いやあぁぁぁっ!」
「う、うわぁ……」
「は、は、はっ……は……いっ……」
「手が……べとべと……。瑠璃ちゃんの匂いでくらくらしてくるよ……」
「うぅ……ふっぅ……うっうぅ……」
「瑠璃ちゃん、こんなことで泣いてたら、本当に壊れちゃうよ?」
「……え……?」
「いっぱい持って来たんだよ……? 瑠璃ちゃんを壊す道具……。見て? こんな太いのもあるんだよ」
「い、いや……」
「ここは防音性がものすごく高いから、いくら叫んでも誰にも聞こえない。しかも今日は部活は休みだからね。誰も来ないよ……」
「礼香さん……お願い……、もうやめて……」
「……そのかわいい顔、すごくぞくぞくしちゃう……。瑠璃ちゃんは私のおもちゃなんだから、言うこと聞かないと、女の子にして、一生口きいてやれなくしちゃうんだから……」
「……いやだ……。お願い、いやぁっ!」
「ほら、こっちも初めてだよね? キレイキレイしましょーね。病気になったら困るしね」
「やだ、やだやだやだやだ……!」
「もう、口うるさいなぁ……! 私のパンツでもくわえててよ」
「んぐ! ぶぅ……」
「あ、いまぴくんて動いた……。瑠璃ちゃんは真性の変態さんだね。変態さんなら変態さんらしく、いっぱい壊してあげるよ……」
「……」
「るりちゃん、いまがとぉーってもかわいいよ? きせかえのおにんぎょうさんみたい。はだかんぼではくだくまみれで、るりちゃんのにおいがからだにしみついてるよ……?」
「……」
「こっちもガバカバだね……。とろとろにとろけてて、おんなのこみたぁい……。これでるりちゃんはわたしのおもちゃになっちゃったんだね……? あはは……あははは……あっはははははははははははははははははははは、あーっははははははははははははははは……はぁ……。……………………つまんないね。瑠璃ちゃんはそこまでだったってことかな。かわいかったのに……残念。でも条件は満たせたし、早めにした方がいいもんね。ごめんね、瑠璃ちゃん。えっちな漫画みたいなことして……。気持ち良かったかな? ……ってもう犯し尽くしたから、聞こえてもないか……。……さて、帰ろっかな……」
……




