二十一悔目「足枷」
「……こんにちは……」
「あら、どちら様?」
「んっと……、ここに新戸君がいると聞いて……」
「瑠璃人君のお友達?」
「まぁそうです。部活の先輩です、はい」
「あの子はモテモテね〜。でもごめんね〜。瑠璃人君、体調がよくないのよ。ここ3日間くらい寝込んじゃってねぇ〜」
「え! ……そうなんですか……」
「一応聞いてみるけど……お名前は?」
「は、はい。木村です。木村 空……」
「待っててね……。瑠璃人くーん! 部活の先輩の木村先輩がお見舞いに来たけどー! 顔だけでも見せたらどーっ?」
「な、なんつー原始的な……」
「……」
「…………返事なしみたい……」
「オッケーだって。いいよ、さぁっ上がって上がって!」
「は、はい……」
「でも、おかしいわね〜。瑠璃人君、誰にも連絡してないのに、お見舞いなんて来るのかしら?」
「そ、それは友達が……」
「でもでも、最近誰にも会ってないって言ってたんだけど……」
「アタシもそこんところはわからないです……」
「ま、そんなのはどうでもいいの。心配してくれる人がいればね」
「……は、はぁ……」
「階段上がって真っすぐ進んだ突き当たりの右の部屋にいるから。私はちょっとつまむ物を用意してるわ」
「あ……ありがとうございます……」
木村先輩……? なぜ木村先輩がここを知っている? 誰にも話した覚えはないし、知り合いに見られた気配もない。近所の噂が広まったのか? しかし僕はただの一人の高校生だ。そんなに話が広まるとも思えない。そして僕が調子を崩していることは最新の情報だ。稔ちゃんとおばさん以外は絶対に知らない。つまり、ここを知っている人物から教えてもらったのだ。しかも二人ともそういうことは話したがらない質だ。二つのことを知っていて、二人以外の該当者……。彼女だ。しかも木村先輩とは無二の親友。このくらいの手回しはごく自然だ。
もしここで挙動不審な行動をしたら……覚悟はしてもらおう。
僕は犯人を捕まえるために礼香さんに話を聞きに行った。しかし、僕が襲われた。この負わされた精神的衝撃は刻印だ。いかに芯を持っていなかったのかがわかる。これからは心強くしなければならない。
僕をそこまで追い詰めるということは、逆にそこまでしないといけない事情があるということだ。腹いせや復讐より、核心に迫る秘密を知っているに違いない。だから、今度は刑事もどきとして聞きに行く。そのために、脳の髄まで冷静にならなければならない。
僕はベッドに座り、木村先輩は僕の勉強机の椅子に座っている。荷物はハンドバッグ。凶器くらいは容易に隠せる。
「びっくりしたぞ。お前、いつの間に名字変わってたのかよ」
「違いますよ。ここは近所のお宅で、身内が出張で出掛けたかものですから、お邪魔させてもらっているのです」
「そうなんか。わかだけじゃなくて、人妻にも手を出すとは……」
「何もしてません! さりげなく恐ろしいことを言わないでくださいよ!」
「だっはははー!」
全く、何をしに来たのやら……。小難しいことを並べている僕が馬鹿らしくなりそうだ。
そろそろ本題に入ろう。
「あの、僕に用があるのですよね?」
「あぁ? 別に……ただ、お見舞いだけだけど。わかが新戸の調子が悪いらしいから自分の代わりに行ってくれ、ってさ」
「……!」
礼香さんが……? それは本望なのか? あるいは新たな策?
「あいつが一番辛いのに、何気遣ってんだかな」
「そう……ですね」
確かに、被害者である、心に深い傷を負った彼女が一番苦しい。しかし僕はそんな彼女に襲われた。復讐されかけた。二度も……!
「早く良くなってほしい。切にそう思うよ」
「僕もですね」
それでも僕はあれが目に浮かぶ……。礼香さんが……泣いていた……。
「若海部長は泣くことってあるのですか?」
「んぁ? 何を言ってんだよ? あいつは泣き虫じゃねえか。忘れちまったのかよ? 映画見に行った時に鼻水まで垂らして……」
「……あぁ……」
そういえば、映画とか小説にすごく感化されやすい人だった。しかし、その感覚がおかしい。ホラー映画で笑って、推理小説で泣く。その逸話は部員の中で論議を醸したものだ。
「何なんだかな。時には子供っぽく笑って、ふと見るとどこと無く大人びてて……。口調はのんびりほんわかなくせに鋭いことを連発しやがる。それでイジルとピーピー言うし……まったく、面白いやつだよな」
「……」
木村先輩は“あれ”の片鱗を見た。しかし僕ほどではない。だから部活でのイメージが強いのだ。あの時は長閑だった……。懐かしい……。
ところが、
「お前、ぶるってないか?」
「!」
その一言で、現実に引き戻された。
「大丈夫だよ、取って食おうなんざ思ってない」
「……」
「……わかから……全部聞いたよ」
「!」
何……?
「お前を……犯そうとしちまったこと、酷いことをやらかしちまったこと……包み隠さずな……」
木村先輩は立ち上がって、僕の隣に座った。僕は密着されず、間を空ける。僕だけに戦慄が走る。
「許してくんないかな……?」
「……え?」
「本当はあいつを連れて来た方がよかったんだけど……」
謝罪……? でも、意味が分からない。
「電話の向こうで泣きながら謝ってたよ。ごめんね、ごめんね、って……。映画とかで泣いてるけど、マジ泣きは一回も見せたことないんだぜ? わか……」
「……」
もし、あれもそうなら僕は見たことがある。
「あいつはな、今混乱してる。どうすればいいのか、何をしたらいいのか、意識がめちゃくちゃなんだと」
「……でも、僕は……殺されかけたのですよ……? そんな理由だけで、命を奪っていいわけありませんっ!」
「新戸、それはお前にも責任があんだ!」
「……!」
僕に責任……? ますます意味が分からない……。
「お前がはっきりした意志を見せないから、わかが混乱してんだよ!」
「何の意志ですかっ? 彼女の玩具になることですか!」
「違う! わかが好きなのかどうかだ!」
「……えっ?」
僕が……?
「二年前、あいつは恋人を亡くした。ショックがでかすぎて誰にも関わろうとしなかったんだ。しかも二回も変なクズヤローに襲われて精神的におかしくなりかけた。自殺まで企てたことだって……。でもお前と知り合えて、もう一度立ち上がれる勇気をもらった。お前にしがみついてなきゃ立ち上がれねえほどに、あいつは傷付いてんだ……! お前がいなくなるのが死ぬほど怖いんだよ……! かつての恋人を失ったように……!」
「木村先輩……」
ずっとずっと苦しんでいた礼香さん。数々の苦しみを背負って、いや、背負わされていた。恋人を亡くし、心身ともに傷付き、希望を見出だせなかった。そこに僕がやって来て、知り合えて、仲良くなって……ついに心に決めた。
今思えば、今まで一度も過去のことを話してくれたことはないし、泣き言を言ったこともない。僕が話し掛ければいつだって笑って出迎えてくれた。落ち込んでいる時も辛かった時も笑って励ましてくれた。自分の方がよっぽど苦い経験をしているのに。いや、だからこそそういう人を放っておけないのかもしれない。
「……」
「……わかが……会いたいって」
「……はい」
「日取りはお前が決めていいから……」
「はい……」
〈もしもし……? あぁ、会ってくれるってさ。場所は学校の音楽室。日時は明後日、午後1時がいいそうだ。……うん。言う通りに話したよ。……やっぱり多少の抵抗はあるみたいだった。そりゃあそうだ。好きな人に襲われたんだ、頭は真っ白になる。……それで、準備はできたのか? …………そうか。……礼には及ばないって。話が分かるやつはアタシしかいないんだしな。……あぁ、またな。雛ちゃんにもよろしく言っといて。ん、おう、じゃな……〉
「……恋人を……殺す、かぁ……。何で私ばっかり、こんな目に遭うんだろう……」




