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回顧 ――高校一年生 夏―― 5

雨が降り出しそうな、真っ暗な雲の下。

それは、唐突な感情だった。



「あれ? 今日はとーこさんじゃないんですか?」

翌日、いつものように放課後図書館に向かうと、カウンターに座っていたのは二年生の図書委員。

初めてとーこさんと会った時と同じく、まったく名前に記憶が無い女子の先輩に首を傾げながらカウンターに入る。


「とーこさん?」


少し嬉しそうに顔をほころばせていた先輩は、俺の言葉を聞いて怪訝そうに聞き返してきた。

「あぁ、淺川先輩はどうかされたんですか?」

そっか、つい癖で名前で呼んじゃったよ。

って、まぁ、とーこさんと同学年だし別に大丈夫かな。

確か、委員会でよく話していた気がする。


言いなおしたその名前に頷いて、先輩はどもりながら言葉を繋げた。

「淺川さんなら、今日はお休み。私、代わり頼まれて……」

最後の方はごにょごにょとよく聞き取れなかったけれど、まぁ要するにとーこさんの代打って事ね。

「そうですか、今日はよろしくお願いします」

頭を下げて、いつもの席に腰を下ろした。


お休みかぁ。一体、どーしたんだろ。

風邪かな、それかなんか用事とか?

とーこさんの表情を探るのが結構楽しいのに、今日はそれ出来ないのか。


なんかさっきまで浮かれたような気分だったのに、一気に静まる。


――つまらん


小さく息を吐いて、持ってきた本のページを捲った。


今日の本は、昨日に続いて古事記。

原文見て訳文見て、何でこれがこーいう訳され方をするんだろうとか、そんなことを考えるのが面白い。

万葉仮名は全て漢字で音を借りて書いているだけだから、人によって解釈が異なる場合も合って。

解釈が違えば意味だって変わってくる。

そういうのを、自分なりに読んでいくのが面白い。

例えばそれに、時代背景とかも当てはめながら。


とーこさんといると、つい彼女に意識が向いてしまう事が多いから、今日は結構読み進められるかなと、指で文字をなぞっていく。



それから五分ぐらいしただろうか。


名前を呼ばれる声で、本の世界から引き戻された。


「……?」


入り込んでいた世界から無理に引きずり上げられると、頭が変化についていけないことが間々ある。

自分の悪い癖だとは思うんだけれど、少し呆けたように隣に座る先輩を見た。

「今、呼びましたか?」


間の抜けた俺の言葉に、その先輩はくすくすと口に手を当てて笑う。

「凄い集中力なのね。何回か呼んだけど、やっと気付いてくれた」

俺は読んでいたページに自分の指を挟むと、もう一度顔を上げてあたりを見渡した。

カウンターに目を向けても本を借りるような人がいるわけでもなく、反対にエントランスには人影は無い。


図書館に入るまでは降っていなかったが、とうとう雨が降り出したようだ。

これじゃ、今日は来館者数は少ないだろう。


そこまで状況を把握してから、先輩の方に顔を向ける。

「何か、ありました?」

人が本を読んでるのを邪魔したんだから、それだけの理由が……


先輩は少し視線を泳がせてから、別に用って程のものじゃないんだけど……と呟いた。

「いつも、こうなの? 淺川さんといる時も……」

用が無いのかよ、と思わず顔に出そうになって溜息をつく。

「そうですね、俺も淺川先輩も本読んでますけど」

ここ、図書館だし。

「でも、たまに話たりするでしょう?」

たまに……?


俺、とーこさんといつも何話してるっけ?

そりゃいつもまったく話さないわけじゃないけど、どっちかって言うと俺が盗み見してるとか一方的に質問しているかどちらかだ。

会話が言葉のキャッチボールなら、どちらかというと俺ととーこさんはバッティングをしているようなもん。

俺が投げると、とーこさんが打つ。

その言葉はどこかに行っちゃって、次に投げるのは違う言葉。


自分の考えた例えが面白くて、つい噴出す。

「間宮くん?」

おとと、いけないいけない。

口に拳を当てて咳払いをすると、なんでもないように本を少し持ち上げる。


「いつも本を読んで過ごしてますよ。俺も淺川先輩も本が好きなので」

「そうなの」

少し目元を歪ませた先輩はすぐに笑顔に戻って、口を開いた。

「なら、淺川さんじゃなくてもいいのにね。ずっと彼女が一緒でしょう?」


――なんだか、しつこいな。


本を読んでいるのを邪魔されたのもむかつくけど、話をだらだら長引かせている雰囲気にもイライラする。

俺、そろそろ続き読みたいんだけど。


「どうでしょうかね。でも俺は本を読むのが好きなので、淺川先輩のままで充分ですが」

「そっ……そう。私は、その……彼女とずっと一緒じゃ、息が詰まるんじゃないかと思って……」

先輩の頬に、すっ……と朱が走る。


あーなんか、自尊心? 傷つけちゃった?

とーこさんと一緒にいるの、全然息詰まんないし。てか、今の状態の方が嫌なんだけど。



面倒だな、と思いながら口を開いた時――


「俺が二人を指名したんだよ」


爽やかな声が、俺の言葉を遮った。


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