回顧 ――高校一年生 夏―― 2
「――図書館縮小議案」
表に書いてある文字を、そのまま口に出して言ってみた。
言った後に、内容を理解する。
「はぁっ?!」
思わず叫んだ俺の口を、瀬田ががっつりと片手で塞いだ。
「ここ、図書館よ?」
にっこり笑顔に頷くと、手を離された。
「縮小って、縮小?」
「縮小って、縮小」
瀬田から書類を奪い取るように手に取る。
ページを繰っていく度、多分機嫌の悪い表情に変わっていたのかもしれない。
四階分もある蔵書を半分に減らし、一般図書ばかりの図書館に変更する概要が記されていた。
嘘だー、古文・古典の蔵書を目当てに読んでるのに。
図書委員になったのも、図書館持ち出し厳禁蔵書をカウンターで読めるから、っていう素敵なオプションに惹かれたのに。
「君、本の事になると食いつくみたいね」
「え?」
頭は図書館縮小のことでいっぱいで、瀬田のこと忘れてた。
「あー、それでなんでしたっけ? 俺に、何の用事です?」
瀬田は少し驚いたように目を瞬かせて、口端をゆっくりと上げた。
「君、縮小には反対だよね?」
「断固反対です。この為に、この学校受験したんですから」
「そんな君に、朗報です」
その言葉に、胡散臭そうな視線を投げつける。
大体、この人ホント誰?
瀬田は少しも気にしない態度で、もう一度初めに見せたグラフを出してきた。
「図書館の縮小は、利用者数の減少が一番の理由なんだ。ほら、去年まで右肩下がりだろう? 一般図書以外を利用する人があまりいないからなんだけど。でも、さっきも言った通り今年は利用者数倍増中」
ボールペンで、ぐるりと利用者数のデータを丸で囲む。
「この理由を調査してみたのね、そうしたら何でか理由が分かったのよ」
「なんで、おねぇ言葉?」
「趣味」
気持ちわるい。
瀬田は持っていたボールペンで、俺を指した。
「理由は、キミ」
「――は?」
にっこりと笑う瀬田は、胸ポケットから小さなメモ帳を取り出した。
「俺が調べたところによると、図書館利用者で増えたのが女生徒なんだよね。高校も大学も。で、もともと利用していた人たちに上乗せされる形で倍増したってわけ」
「はぁ」
「あら、喜ばないの?」
「――別に」
だって、この流れでそんなこといわれるって事はさ。
なんとなく、言われることが分かってうんざりする気持ちが否めない。
勘弁してくれよ。
「だからキミ、にっこり笑って毎日カウンターで本読んで?」
あぁ、やっぱり。
利用者増加の理由が俺なら、そーいうことだよね。
うんざりした表情で見返すと、笑顔が返される。
「いーじゃない、今までと同じことでしょ? ただ、その日数と時間が増えるだけで」
本が読めるのはいいけれど、目的がね。
そんな理由でここにいたくないし。
「なんか、そういうのって嫌」
「何が?」
即座に返されて、一瞬口を噤む。
何がって……
「自分が……その人気があるって言われて。その上で、そこに座るのって自意識過剰みたいで嫌」
瀬田は、面白そうに目を細める。
「もてもてでいいじゃん」
「そこまで言うなら、先輩がやってくださいよ。俺には関係ないし」
そこまで言って口を噤むと、テーブルに置かれていた書類を瀬田は目の前に掲げた。
「だから、関係なくないでしょ? 縮小しちゃっていいの?」
「――嫌」
即答した俺を、面白そうに眺める。
「どうする? 別にキミがやりたくなきゃいいんだけどね? あぁ、古書もみおさめかぁ。俺も好きなんだけどなぁ」
ちらりとファイルの下から覗く本に、目がいく。
なんか、けっこうマニアックな本持ってるな……
「日本古典文学全集。読破中なんだけどなぁ、俺」
「へぇ……、先輩が文学好きっていうのはホントっぽい」
本当に納得したように腕を組んで唸ると、少し苦笑い気味に、まぁね、と呟いた。
「そういう奴がここは集まってるだろう? ただ、文系進学でもなけりゃ持ち出し厳禁区域の本に興味ないけどね。そこで、キミの出番」
あ、旗色悪い――
「キミの存在で、一般図書でもどこでもいいから館内利用者増やしてみない? そうすれば、縮小案、俺が蹴るから」
――オレガケルカラ?
眉を顰めて、目の前でにこにこ笑うその人を見る。
「つかぬ事をお聞きしますが、あなたダレデスカ?」
「ここの生徒会長さまですよ」
――さすが俺、
興味ない奴の顔も名前も覚えてなかったか
月一の朝礼で、見てるはずの、生徒会長さまを――