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「それで、何があったの? 要くん」

とーこさんは話を元に戻しながら、レタスを千切ってはざるに移し始める。


俺は言いたい事を飲み込んで、彼女の目の前、カウンターになっているところにもたれ掛かった。


「俺の部署にね、女性社員が一人いるんだ」

「……あの、私を羨ましがってくれた子のこと?」

思い出して、くすりと笑う。

「そう、間宮さんの彼女さんは幸せだろうなって言ってくれた子。どう? とーこさん」

「――あなたは、幸せ?」

「眩暈がするほどね」

「そう……」

とーこさんはそう言いながら、ざるにあげたレタスを皿に盛りつけて、後ろにある戸棚から取り皿を出そうと手を伸ばしている。


俺の言葉を、わざと聞き流すかのように。


その上、

「その子がどうしたの?」

上手くはぐらかす彼女に、嗜虐心が頭をもたげる。


「要くん?」


取り皿を手にする彼女の真後ろに立つ。


「とーこさん。俺が、今考えていること。当てて?」


頭一つ分下にある彼女と目線を合わせるように、上体を屈める。

振り返った彼女は、ほんの少し驚いたような顔をして、取り皿を胸の前で抱え込んだ。


「――要くん。今は、ご飯の支度中」

「だから?」


戸棚に両手をついて、逃げ場を封じる。

無表情を貼り付けていても、いや、無表情を貼り付けているからこそ、ほんの少しの変化にも敏感になる。


敏感になって、――煽られる。



右手を彼女の腰に回して引き寄せる。

強張った身体に、内心笑みながら。


「ちょっと、かな……」

「暴れると、お皿落ちるよ?」


俺から離れようと右手で身体を押し返してきた彼女の耳元で、思いのほか掠れた声で囁く。



不安定な体勢で取り皿を気にしたその身体を持ち上げて、そのままさっきまで座っていたソファに下ろした。

少し非難がましく見上げるその目に、そっと口付けを落とす。



「……どうしたの? 何をそんなに、焦っているの?」

焦ってる?

思ってもみない言葉に、彼女に覆いかぶさるような体勢で眉を顰めた。



余裕がないのは、理解してる。

とーこさんに対して、余裕など一欠けらもない。

それは、出会ったあの時から。



「……そう見える?」

ソファの背もたれに右手を、彼女の頬に左手を置いて呟く。

とーこさんは少しくすぐったそうに目を細めながら、まだ手に持っていた取り皿を持ち上げた。

「そうね。だって、せめてお皿は置かせて欲しいわ。夕食の支度も、続きをしたいし」

「そんなこと言って、とーこさんはいつも俺から逃げようとする」

頬に触れていた手で、彼女から皿を取り上げるとテーブルにそれを置いた。

逃げ口が出来たのを見つけて起き上がろうとするその肩を、押し返す。


「ほら、ね?」


「……その社員さんが、どうしたの?」



また、か。


はぐらかすその会話に、焦燥感が募る。

あぁ、確かに焦っているかもしれない。

あなたを手に入れられなかったらと思うと、この気持ちは増すばかりで。


「――今は、とーこさんが欲しい」


「かな……っ」


俺の名を呼ぼうとした彼女の口を、自分のそれで性急に塞ぐ。

驚いたのか少しでも離れようと引いた身体を自分に押さえつけるように、背中に回した腕に力を込めた。



あなたが俺のことを好きなのは、分かってるんだ。

懸命に無表情で隠そうとしても。

自由になって……といいながら、不安そうに俺を見つめてる。

それでも……贖罪の為に傍にいると思い込んでいる俺の幸せを願って、自分から手を離そうとする彼女が……その心が切ない。



……きっと俺の方が、あなたの事を好きなのに。

その真実を、どうしても彼女に受け入れてもらえない。



幾度も角度を変えて落とす口付けに、少しずつ身体の力が抜けていくのを感じて、気付かれないように笑みを浮かべる。



俺、最低だな。

心を求めながら……、目先のぬくもりに手を伸ばす。



襟から掌を差し込んで、少し上気した素肌に触れて。

彼女の無表情が、少しずつ綻び始める。



久我さんを見て思い出した苦しい思いを、とーこさんに取り除いてもらいたくて。

彼女に、縋る。



なんて、自分勝手な男。

こんな時だけ、年下男に甘んじる。


心も、身体も。彼女からの救いを待っている。


逃げ出さないように、自分の腕の中に閉じ込めて。

彼女を縛る。




脳裏に浮かぶのは、出会った頃の彼女の姿。



あの頃に……戻れたら……


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