回顧 ――高校二年生 夏―― 8
瀬田が、いた。
いつもの、瀬田。
あの、冷たい顔じゃなくて。
見慣れていたはずの、素顔の瀬田が。
驚いたまま瀬田を見ていたら、少し不機嫌そうに頭をがしがしかくと俺たちの方に早足で近づいてきた。
「今日はハヤシライスだ。サラダ・デザート付。文句があるなら来るなよ」
そう言って俺の鞄を掴むと、奪い去って走っていってしまった。
その後姿を、ぽかんと口を開けたまま俺は見送った。
文句があるなら来るなって、鞄持っていかれたら選択肢無くないか?
呆気にとられている俺がおかしかったのか瀬田がおかしかったのか、とーこさんはくすくすと抑え気味にそれでも笑ってる。
なんだかもう、今日は色々なことがありすぎて、頭がパンクしそうだ。
「要くん」
頭の中で今日あったことをぐるぐると考えていたら、とーこさんに名前を呼ばれて意識を浮上させる。
俺より少し下にある、とーこさんの顔。
きっと俺は、ハテナマークを大量に頭にくっつけている状態なのだろう。
目が合ってもう一度笑われてから、とーこさんはすっと表情を引き締めた。
「要くんが嫌な思いをしたのにこんな事を言うの、本当に申し訳ないんだけど。圭介を、問い詰めないで上げてくれる?」
「……え?」
瀬田の家に行ったらもちろん問い詰めようとしていた俺は、とーこさんの言葉に怪訝そうな表情をしてしまった。
それを否定に受け取ったのか、少し必死な声を上げてくる。
「私の所為でもあるの」
「とーこさんの、せい?」
抑揚無く聞き返すと、戸惑ったように視線が外される。
「それも、その……聞かないでくれると嬉しいんだけど」
要するに、理由を聞くなって、そういうこと?
ちょっとそれは……都合よすぎやしないかな。
「要くん、……お願い」
そう言って、とーこさんは頭を下げた。
その姿に、慌ててとーこさんの腕を掴む。
「そんなことしないで、とーこさんっ。わかったから、いいよ、何も聞かない。でもその代わり……」
そこまで言って、顔を上げたとーこさんと目を合わせる。
「その……、本当のことを教えてくれますか?」
「本当の……こと?」
その言葉に頷いて、口を開く。
「とーこさん、俺のこと邪魔?」
俺の言葉に一瞬目を見開いて、ゆるく頭を振った。
「いいえ」
「瀬田は、邪魔にしてない? 本当に?」
「えぇ」
「じゃぁ……、俺、とーこさんのこと。好きでいてもいいかな」
思わず、口から出た。
口から出たら、なんだかすっとした。
多分、半年間のその空白が俺にそれを言わせたのかもしれない。
突然会えなくなる、それを体験してしまったから。
伝えたくて、……無性に伝えたくなった。
そうすればとーこさん、俺のこと考えてくれるかもしれない。
「……要……くん?」
驚いたように目を見開くとーこさんに、ごめんなさい、と伝える。
「突然言われても、何それって感じですよね。言いたかっただけなんで、気にしないで?」
「……でも」
「とーこさんが俺の気持ち聞いてくれたから、もうこれでいいや。瀬田のこと、何も聞かないし問い詰めない。これでいいでしょ? 交換条件です」
呆気にとられたような表情に、思わず笑みが零れる。
「なんか、とーこさんのいろんな表情見れて得したな。今日、待っててよかったー」
そう言って、とーこさんの手から鞄を取り上げる。
「俺、何も持つものないんで貸してください。さ、瀬田んち行きましょ?」
まだじっと立ち尽くしているとーこさんに、笑いかける。
そのまま公園の出口へと歩き出した。
出口について振り返ると、さっきの場所にまだとーこさんが立っていて。
「とーこさん? 大丈夫ですか?」
声を掛けると、肩を震わせてこくこくと頭を縦に振る。
そのまま顔を俯けて、俺の横まで走ってきた。
「うん、お待たせ」
「いいえ、行きましょうか」
頷くとーこさんと一緒に、瀬田の家へと歩き出す。
その間ずっと俺はとーこさんに話しかけていて。
とーこさんも、言葉少なに相槌を打ってくれて。
ただずっと俯いていたから、背の伸びた俺にはその表情を窺うことができなかった。