回顧 ――高校二年生 夏―― 4
とーこさんに会った後、外に出た俺は、しばらくどうしようか迷ったけれど帰ることにした。
本当は待っていたかったけれど、またね、といわれた手前なんだか帰ったほうがいいんじゃないかと思い至ったから。
――ヘタレです。分かってるよっ
でも、一度会ってしまえば……そしてそれが拒絶ではない態度であれば、会いたくなるのは当然といえば当然で。
翌日、HRが終わった途端、図書館へと走り出してた。
けれど、まぁそう上手くいくわけはなく。
カウンターにいたのは、別の生徒。
もしかしたら閉館近くに来るのかもしれないと期待して待ってみたけれど、その日は来なかった。
がっくりしつつ、坂内に渡すための本を三冊借りて、閉館間際の図書館から外に出る。
昨日みたいに閉館以降にいたわけじゃないから、まだ外は明るい。
オレンジを溶かしたような夕日が、ゆっくりと校舎の向こうに沈んでいく。
それを立ち尽くしてみていたら、後ろから肩を叩かれて飛び上がった。
焦りをそのままに後ろを向くと、驚いたように目を見開いた坂内がそこに立っていた。
「さ、坂内か。驚かせんなよ」
とーこさんかと思った。
坂内はそれはこっちのセリフだと肩を竦めると、俺が手に持っていた本に視線を止めた。
「あ、選んでくれたの? おすすめ本」
「ん? あぁ、一応三冊に絞った。あとは、お前が好きなのを決めな」
「えー、一冊に決めてくれよ」
本を渡す俺に面倒くさそうな表情を浮かべる坂内を、胡乱気な目で見返した。
「あとは、お前の好み」
両手で本を持つ坂内のは、げんなりと肩を落とした。
「わかったよ、ったく」
坂内は、諦めの早い男。
すでに頭の中を切り替えたのか、肩にかけていたスポーツバッグにその本をしまいこむ。
むっと汗の臭いが鼻について、顔を顰めた。
「お前、汗臭い。本に臭いつけんなよ?」
スポーツバッグのファスナーをしめていた坂内は、うるさいなぁ、とそれを再び肩に担いだ。
「体育会系の臭気、舐めんなよ」
「舐めたくないよ、そんなもの」
「その舐めるじゃねぇ」
サッカー部に所属している坂内のスポーツバッグの中は、きっと虫も住むまい。
くだらない話をしながら、学校の敷地から出る。
坂内がそれを待っていたかのように、こそこそと耳打ちしてきた。
「んで? 先輩には会えちゃったわけ?」
「……!」
耳元で言われた言葉に動揺して、思わず身体の動きが止まる。
心臓が、ばくばくと鼓動を早めた。
「な、なんで、それを……」
まだ、誰にも言ってないのに……
音がしそうなほどぎこちない動きで坂内を見ると、にやにやと笑いながら俺の背を押した。
それにつられるように、歩き出す。
「だってお前、今日の朝から挙動不審だぜ? 暗かったのが嘘みたいに、百面相しやがって」
「ひゃ……百面相……」
俺、そんなことしてたわけ?
自分のアホな場面を脳裏に浮かべながら、恨みをこめた視線を坂内に向ける。
「止めろよ、せめて途中で」
「いやー、見てるほうは面白かったから」
「……本、返せ」
自分で選べ、コラ。
言外にそう含めると、坂内は本を庇うようにスポーツバッグを片手で押さえた。
「それよりも俺のおかげだろー、図書館に行くように仕向けてやったんだから」
「……とりあえず、本気で本返せ。なんかむかつく」
そう言ってスポーツバッグに手を伸ばすと、それを避けるように坂内は後ろに後ずさった。
「元気が出て、よかった」
そう、笑う。
坂内のスポーツバッグを奪い取ろうとしていた俺は、ほっとしたような坂内の笑顔に手を止めた。
「ずっと元気なかったからさ。これからどうなるにせよ、会わなきゃ先に進めねぇもんな」
「坂内……」
その言葉に思わず坂内を見ると、坂内は嬉しそうに笑っていて。
俺が腐っていた間、どれだけ心配かけたのだろうと申し訳ない気持ちになった。
「ありがと……」
「お礼は、古文のレポート代筆でいいぞ?」
心からの感謝は、坂内のアホな言葉に遮られて。
「いくらなんでも、ばれるわっ」
それに便乗して、笑いあった。
きっと俺一人じゃ、前に進めなかったから。
坂内がいてくれて、よかったと、本当に思った――