回顧 ――高校二年生 夏―― 2
久しぶりに来た図書館は、……相変わらず何も変わらない佇まいで。
そこを行き来する学生の制服が、冬服から夏服に変わっただけで。
数ヶ月前に、戻ったような錯覚を起こす。
自動ドアの外から覗いてみた結果、カウンターに座っているのはとーこさんじゃなかったことに安堵しつつも残念と感じる自分がいて。
改めて思う。
とーこさんに、会いたいと。
「おら、間宮。行くぞ」
「ん? あ、あぁ」
自動ドアの前で考え込んでいた俺の腕を、引っ張るように坂内は中に入っていく。
その後に続きながら、懐かしさと寂しさが一挙に押し寄せてきた。
あれだけ入り浸っていた図書館。なのに、自分の居場所じゃない気がしてなんとなく居心地悪い。
カウンターの前を通り過ぎて、二階に向かう。
一般図書の階は、変わっていなければ二階の奥に古典文学がまとまっているはず。
放課後ということもあって、そこそこ埋まっている閲覧用の机を縫うように奥へと歩いていく。
「流石、もと図書委員。どこに何があるか把握済み?」
さっきとは違って後ろに回った坂内が、感心したように問いかけてくる。
「まぁね。特に、好きな分野だし……」
小さな声でそれに答えながら、目指す場所に到着した。
そこには、日本古典文学全集を初めとした古典文学に関する本が並んでいる。
「とりあえず俺は決めた本読んでるから、興味持てそうなもの選んでこいよ」
「んー」
俺は萬葉集を本棚から取り出すと、生返事をする坂内を置いて窓際にある四人用の机に落ち着いた。
ハードカバーの本を開いて、ページを捲っていく。
とーこさんも、読んだかな。この本。
確か、カウンター業務の初日、萬葉集を読んでいた。
ページを幾つか捲っていくと。
―― 大名児が彼方野辺に刈る草の束の間もわが忘れめや ――
ふと、目に付いた。
草壁皇子が贈った、恋歌。
簡単に訳せば、束の間でも君の事を忘れた事はないっていう恋の歌。
まだ割り切れないのか、そう坂内に言われたけれど。
割り切れない。
一つも、割り切れない。
とーこさんをもっと知りたい、もっとその笑顔を見たい、他の表情を見てみたい……そんな曖昧な気持ちのままで会うことが出来なくなったから。
砕ける事も出来ず、その想いは唯ひたすら膨らむばかりで。
それが“恋愛感情”だと、そう気付いたのは会えなくなってからだった。
割り切れない。
忘れられない。
でも――
怖い――
彼女が、もし彼女が拒絶の目を自分に向けたら。
そう考えるだけで、足が竦む。
どんだけ小心者なのか。
こんな自分、当人である俺でさえ知らなかった。
情けない。情けなさ過ぎる。
身長が伸びても、声が低くなっても、大人に近づけた気がしない。
そのページを指先で挟んだままぼうっとしていたら、突然目の前にどさどさっと本が降ってきた。
その数と音に一気に現実に戻った俺は、真横に立つ坂内をゆっくりと見上げた。
「ほい、頼んだ」
「……これ、全部興味あるって……?」
十冊以上、あるぞ。
坂内は目の前の椅子に座りながら、真面目な顔で頷いた。
「とりあえず、気になった奴。さ、選んでくれ。俺の為に」
「おま、選ぶって範囲多すぎ! もう少し絞れよ」
大体好き嫌いって言うもんがあるんだから、もう少し絞ってくれねぇと好みの傾向がわかんねーっての。
「無理。それでも絞ったの」
「マジでか」
ざっと題名を見ても、物語系も日記系も史実系も歌集も、なんていうか全部入ってる。
夏休みまで、あと二週間。
「二・三日、時間頂戴。金曜までに絞るよ」
自分にとって難しくないと思っても、他人にとってはそうじゃないこともある。
ざっとでいいから目を通してから、できれば判断したい。
坂内は鞄からレポート用紙を取り出すと、持ってきた本の題名を書き始めた。
「悪いなー、ホントよろしく頼むわ」
そういいながらも、ほっとしたような表情を浮かべる坂内を、俺は弟でも見るようになんだか微笑ましく苦笑した。