回顧 ――高校一年生 冬―― 4
あの後カウンターに戻ると、図書委員長が待っていた。
そこで、本当に業務からはずされた事を知る。
今までずっとやってくれたからという理由で、今後委員会の仕事はしなくていいと宣告された。
何か言いたげなカウンターの女生徒を無視して、そのまま図書館を後にした。
あれから二週間。
自分の生活サイクルが、前に戻った。
それだけなのに、なんだかぽっかりと心の中に穴が開いたようで何もやる気が起きない。
授業も終わり、HRを残すのみとなった教室はザワザワとうるさくて。
クジで上手く当たった窓際一番後ろの席で、頬杖を付きながら外に視線を向けていた。
今までならこのあと図書館に行って、カウンターで本読んで、終わったらとーこさんと瀬田のうちに行って本読んで、時々だけど飯食って……
なのに、今は。
HRが終わったら家に帰るだけ。
図書館に行く事さえ、億劫になった。
あーあ……
「つまんねぇ」
「……は?」
思わず呟いた言葉に、前の席に座るクラスメイトが振り向く。
「なんだよ、間宮」
「別に、お前に対して言ってないよ。坂内」
頬杖を付いたままの体勢で視線だけ坂内に向けて言うと、“不機嫌だなぁ”と苦笑された。
「間宮ってばさ、一体どうしたんだよ。ここんとこずっと機嫌悪い」
椅子に横向きに座ると、じっとこっちを見る坂内。
答えを待たれているのは分かるけど、返すものはない。
だって言っちゃったら、瀬田の素まで話さなきゃいけなくて。
……あの時間は、三人でいたあの時間は誰にも言いたくない
しかも、あれが嘘だったなんて。
思わず、溜息をつく。
確かに、この状況、あの時の瀬田の言葉。
俺は、瀬田にいいように使われたんだろう。
カウンターにいれば、人が増える。ただそれだけのために。
でも、信じたくない自分がいて。
何か理由があるはずだと、そう思い込もうとしている。
本当は瀬田に納得するまで詰め寄ればいいんだと分かってるんだけど、また、あの冷たい目を見る勇気がない。
坂内の言葉で考え込んでしまった俺を、溜息が覚醒させる。
「図書館のカウンター業務、そんなに楽しかったのかよ。あれ終わってからじゃん、お前の機嫌悪いのって」
「……よく、分かるな」
そんな事、一言も言ったことなかったのに。
坂内は呆れたような顔で、頬杖ついていた手をひらひらと振る。
「お前、自分が思うよりわっかりやすい性格してる。なんだー? 一緒にカウンターにいた先輩に会えなくて寂しいとか?」
「……は?」
「だから。そーやって頬杖付きながらずっと二年の教室の方見てるのって、そーいうことなんじゃねーの?」
――
思わず、顔を上げて坂内を見る。
「え?」
聞き返す俺に、反対に驚いたのか“だから”と重ねる。
「お前、授業中も休み時間中も暇さえあれば二年の教室の方見てるだろ? きっとそーいう事なんじゃねーかって」
きっと、そーいう事
「きっと、そーいう……」
繰り返した言葉が、重く、心にのしかかってきた。
瀬田に言われた言葉より、とーこさんに会えない事実に落ち込んでいた事に、初めて気付いた。
瀬田の事もショックだったけど、この状況になってもとーこさんから何もないことに凄く落ち込んでいた。
だって、とーこさんが嘘をつくと思わなかったから。
いきなりこんな風に会わなくなっても、とーこさんから何も言われないってことはきっと瀬田の真意を知っていたって事で。
それを容認できちゃうほど、瀬田を信頼しているか……俺のことがどうでもいい存在だったのか。
とーこさんは、無表情の人。
感情表現の少ない人。
でも、感情がないわけじゃない。
表に出さない優しさとか、気遣いとか、いっぱい貰った。
だから、俺を騙すようなそんなことはしないと思う。
視線を、窓の外に戻す。
向かいの校舎の二階一番左端。
裏庭に近い教室が、とーこさんのいる二年三組。
窓際に席を並べる人しか見えないけれど、そこにとーこさんの姿はない。
とーこさんも、知ってた?
瀬田が、考えていた事。
溜息をついて、手のひらで額を押さえる。
違うって、言ってほしい。
知らないっていってほしい。
ていうか――
脳裏に浮かぶ、とーこさんの笑顔。
とーこさんに、会いたい。