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回顧 ――高校一年生 冬―― 2

一階のダイニングに入ると、カウンター向こうのキッチンからサラダの入ったボウルを手に瀬田がこっちを見た。



「ぼーっとしてないで、さっさと座れよ」

「うん」



迷いもなく奥の席に座るとーこさん。

俺はどこに座るべきか逡巡していたら、瀬田に押されて手前の……誕生日席? 大統領席? 分かるかな、短い辺の方に促されて座る。



瀬田はそのままボウルをテーブルに置いて、椅子に腰を下ろした。

「さーさー、食おうぜ」

ニコニコしながらフォークを手に取る瀬田を、呆気にとられて見つめる。

既にスプーンを口に突っ込んだ瀬田は、何? とでも言うようにこっちを見た。



「これ、瀬田が全部作ったの?」



テーブルに視線を移す。




一人ずつ、ロールキャベツとピラフのお皿があって。

それにサラダ、デザートなのか白いプリンみたいな奴。

なんというか、自宅でこんなにおしゃれっぽい盛り付けのご飯、出た事ない。



瀬田は俺の言葉に嬉しそうに頷くと、懸命に咀嚼して口の中のものを胃に収めた。



「俺、料理好きなんだよね。本も好きだけど、それこそそれ以上に」

スプーンをくるくると振りながら、とーこさんを見る。

「つーか俺と桐子、生まれてくる場所間違えたよな。本好きで俺の父親と話の会う桐子、

料理好きで桐子の両親と話が合う俺」


な? と同意を求めると、とーこさんは”そうね”と返す。



「きっと圭介なら、店に住み込みでも楽しんでいたでしょうね」

そう言ってナイフとフォークで、綺麗にロールキャベツを口に運ぶ。

淡々とした口調と、無表情な顔。

でも、既に何ヶ月も一緒にいる俺には、感情が見え隠れしていた。

今は、本当に残念って思ってる顔。


「まったくだよなー。桐子も料理美味いけど、俺には勝てねぇだろ」

「それはそうでしょう? 休みの度に、うちの両親の店に行って教えてもらってるんだから」

「ま、俺は桐子に知識じゃ勝てないからな」


当たり前のように会話をして、各々食事を進める。

俺はそんな二人を見ながら、なんとなく疎外感を感じながら食べていた。




従兄妹だから。

……分かってる。

従兄妹だから。




いつも口数の少ないとーこさんが、瀬田相手だと多くなる。

俺が呼ぶ、とーこさん、と違う聞こえ方の、瀬田の呼ぶ“とうこ”という名前。

食事をよくしていくという、とーこさんの言葉。

それを裏付けるような、今の状況。



別に、唯の先輩達なのに、なんで俺はこんなに気落ちしているんだ?




頭を小さく振る。




瀬田は、教授をしている父親と助教授をしている母親と三人家族。

母親は地方の大学に呼ばれて、ここ一年以上、瀬田は父親と二人暮らしらしい。

ただその父親も教授として忙しく、なかなか帰ってこないみたいだけれど。

それは、すでに何ヶ月も入り浸っているのに、一度も会っていないことで納得できる。



かたや、両親と離れて暮らす、一人暮らしのとーこさん。



仲良くなるの、当たり前だと思う。

近くて、大好きな本があって、ここにいつもいるのであれば、自然と仲良くもなる。


当たり前だって思うのに。

何で、こんなに気持ちが沈んでいくんだ?





「……」



ふと、視線を感じて顔を上げると、二人がじっとこっちを見ていることに気付いて一瞬身体を引いた。

椅子が、軋みをあげて後ろにずれる。



「どうした? 味、変?」


俺のその行動に、瀬田が眉を顰めた。

とーこさんも、首を傾げて俺の返答を待っていて。

内心焦りまくった俺は、余計パニックに陥った。



「いや、美味い! そのっ、えとっ、将来いい嫁になっ……」



と、そこまで言ってから自分のおかしな言動に気付いて、両手で口を塞ぐ。

呆気にとられたようにぽかんとしていた瀬田は、思いっきり噴出して笑った。

「俺、嫁? なんだ要~、お前俺のことそんな眼で見てたのかよ」

「えっ、ちがっ!!」


慌てて否定するも、まったく取り合わず笑い転げる瀬田。


「瀬田っ、笑いやめっ!!」

恥ずかしさに頭に血が上りながら椅子から立ち上がると、

瀬田は“いや~ん”とか言いながらそれでも笑い続ける。


ていうか、止めようにも止められないらしく。




「瀬田っ」



大声で怒鳴ると、一瞬止まったけれど俺の顔を見て再び爆笑。

殴ってやろうかとそう決意した時、隣から抑え目の笑い声が聞こえてきた。



――え?



思わず、顔をそっちに向ける。



そこには、軽く握った拳を口元に当てて、笑いを抑えようとしているとーこさんの姿。

それでも押さえきれない微かな声が、耳に届く。


俺が見ていることに気付いたのか、とーこさんは目を細めて“ごめんなんさい”と言うけれど、瀬田と同じでつぼに嵌ったらしくなかなか止められないみたいで。


でも俺はそれよりも、とーこさんの笑顔と笑い声に意識が固定されていた。




とーこさんの笑顔は、これで三回目。

最初と、捻挫した日に会った時と、今!


久しぶりに見たその笑顔に、状況を忘れて見惚れていた。





急に黙った俺に“しまった”とでも思ったのか、とーこさんが笑いをおさめて申し訳なさそうな表情になった。

「笑いすぎたわ、ごめんね」

その声に、慌てて両手を前に出して振る。

「いや、全然っ」

否定の言葉に、“そう?”と言わんばかりに首を傾げる。


「ていうかー。要ったら私がいるのに、桐子見つめすぎ~」



突然意識していなかった方から声が上がって、その内容に慌ててとーこさんから視線を外した。



やべっ、俺、すげぇ変な奴っ!


「うっ、うるさいなっ! 大体、瀬田が、おねぇ言葉なのがいけないんだ!」

だから、嫁と間違えるんだ!


瀬田はいつの間にか食事を再開していたらしく、スプーンを持った手を俺に向けた。


「とにかくご飯を食べなさい。冷めてから食うなんて、作った人に失礼だ」



「「はいっ」」



珍しく強い口調にとーこさんも驚いたのか、返事をしたら声が重なって顔を見合す。

思わず苦笑したら、とーこさんは口元に添えていた手を俺の方に伸ばして、ぽんぽんと軽く頭を叩いた。



「ふふ、やっぱり子犬みたい」




例えその行動が後輩の域を脱していなかったとしても目を細めて微笑むその姿に、

俺の中の“とある感情”は徐々に膨らみつつあった。


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