回顧 ――高校一年生 冬―― 1
ふと上がった音に、肩を揺らして目を開けた。
手元から落ちたであろう本が、床に見える。
それを慌てて拾い上げて、汚れを手で払う。
よかった、折り目とかつかなかった。
ほっと胸をなでおろし椅子に腰掛けると、それを膝の上に置いて安堵の溜息を吐き出す。
まだぼぅっとしていた目を擦り、瞬きを数回してからあたりを見渡した。
本のぎっしり詰め込まれた、棚。
瀬田の父親の仕事部屋は、見渡す限り本棚がおいてある。
夏に瀬田からここに来てもいいという許可を得た俺は、ほぼ毎日とーこさんにくっついて本を読みにきている。
なんでとーこさんと一緒かというと、瀬田が出した条件の一つっていうのと、未だに続いている図書館のカウンター業務の関係で。
夏に頼まれてとーこさんとついた図書館カウンターの業務は、冬になっても続いていた。
瀬田の思惑通り図書館の利用者数は増えているようで、俺たち以外のことでも利用者を増やす試みを実行しようと、瀬田と図書委員長が何か画策しているらしい。
確かに何か他の事を考えなければ、俺たちがここを卒業したあとはどうするんだって事になるから。
そこまで考えて再び本を読もうとページを繰った時。
「はい」
続きの部屋からトレーを手に、制服姿のとーこさんが入ってきた。
相も変わらず、とーこさんにくっついて今日もこの部屋を訪れている。
「あ、ありがとう、とーこさん」
部屋の窓際にある書斎デスクの上に、トレーごと置かれたカップが二つ。
ふわりと上がる紅茶の香りに、思わず口元が綻ぶ。
いつもの香り、ダージリン。
紅茶の種類とか全然知らなかったけれど、この香りだけは覚えた。
とーこさんが好きでいつも淹れてくれるそれを、美味そうに飲みながら瀬田が教えてくれた。
とーこさんは俺の言葉に小さく頷くだけの反応で、そのままさっきまで座っていた椅子に腰を下ろす。
書斎デスクの上にしおりを挟んで置いてあった本を手にとって、再び読み始めた。
窓の向こうは、真っ暗な空が広がっていて。
静かな部屋に響くのは、ページを捲る音と、時々紅茶を飲む音。
カップをソーサーに戻す、音。
そのまま本に没頭し始めた時。
さっきとーこさんが入ってきたその場所に、でかい男がひょこっと現れた。
「おーい、桐子、要。飯食わないか?」
「「……」」
声が聞こえたのは分かったけれど本に集中していたせいか、俺もとーこさんも一瞬間を置いて顔を上げる。
「え?」
声を出したのは、俺。
思わず聞き返してしまった俺に、エプロンを掛けた瀬田は長腕を組んで口を開く。
「だから夕飯。もう遅い時間だし、腹減んないか?」
その言葉に壁掛け時計に視線を移すと、九時を過ぎたところだった。
「あ、いや俺帰る。悪いし」
外が暗いから結構な時間経ったとは思っていたけれど、まさかこんな時間だと思わなかった。
少し慌てて立ち上がった俺に、瀬田は別にと肩を持ち上げた。
「どうせ俺一人で食べるんだから、気にするなっての。大体、こんだけ入り浸ってるのに遠慮するところか?」
そう笑うと、俺たちの返事も聞かずに瀬田は踵を返して部屋から出て行った。
俺はそのままとーこさんに視線を向けると、彼女は丁度本を置いて立ち上がったところだった。
「とーこさんは、食べていくの?」
「えぇ」
慣れた風なその返答に、とーこさんにとってはいつもの事なんだと理解する。
それでも少し戸惑っていたら、電気を消そうとスイッチに手を伸ばしたとーこさんが、あぁ、と呟いた。
「圭介、料理が得意なのよ。食べてもらいたいんだから、遠慮しなくていいわ」
そう言って、パチリとスイッチを押した。




