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幕間 ――寝顔――

「と……こ、さん……」




自分の声に、ふ……、と、意識が覚醒する。

ゆっくりと瞼を持ち上げると、見慣れた天井が月明かりにぼやけて見えた。




……懐かしい、夢を、見た。




右手で目元を覆い、夢の余韻から逃れる。


食事の用意をしていたとーこさんを襲って、そのまま寝室に連れ込んだ。

合意なのか、合意じゃないのか。

襲うという単語を使わなければならない気がして、溜息が出る。



意識がはっきりしてきたところで顔を覆っていた手を外し顔を横に向けると、目を閉じたとーこさんの顔。

暗闇に慣れてきた視界に、愛しいその姿。




嬉しい日だった。

嬉しい日のはずだった。

久我さんが、後輩が幸せになれた、そんな嬉しい日のはずだった。




なのに、俺は……





顔にかかる髪をゆっくりと指で払い、その頬に触れる。



無理をさせてしまったのは、自覚がある。

だから触れたその頬が、汗や……涙で濡れているのに対して、驚く事はない。

ただ――



――ただ、罪悪感が広がるだけ







ベッドの端に寝ていた俺は、ゆっくりととーこさんの傍から立ち上がる。

起こさないように注意を払って。


起こしていないか確認するようにとーこさんを見下ろすと、眠りが深いのか微かな息遣いが上下する肩と同じリズムを刻んでいる。

少しほっとしてから、目を細めた。




何かから身を守るように、背を丸めて口元に手を置いて。

深く眠る、彼女の姿。




何から、身を守りたいのか。

その恐れるべきものは、もしかしたら俺なのか。


こんなことを考えながらもとーこさんを離せない自分に、暗い笑みを浮かべる。



俺みたいな男に捕まえられた彼女は、なんて運がないんだろうな。


逃がさない、離さない、他を見ることは許さない。

笑みを浮かべながら、彼女を拘束する。

この表情の下に、どれだけ暗い感情を隠しているのか。

たまに、自分でも分からなくなる。




足音をたてないように、寝室を後にした。








シャワーを浴びて、置いてあるTシャツとスウェットを身につける。

時計を見ると、深夜の三時を過ぎたところ。

濡れた髪をタオルで拭きながら、キッチンへと廻る。



そこには、作りかけの夕食。

来た時にとーこさんがちぎっていたレタスが、ざるに上げられたまま放置されていて。

コンロには、既に作り終えていたのだろう、シチューの入った鍋が置かれていた。


せっかく作った夕食を、一口も食べずに自分の欲望を最優先にしてしまった。

とーこさんに甘えてる。

こんな時だけ、年下ぶって。




レタスと温めなおしたシチューを皿にあけ、黙々と腹におさめる。

美味いはずなのに、それ以上に心を占める感情に、あまり味がしない。



食べ終わった後、食器を片付けてからビールを手にソファに座る。

ゆっくりと、背もたれに体重を預けた。


目を瞑ると先ほどまで見ていた夢の内容が、脳裏に広がる。



とーこさんと初めて会った、高校一年の夏。

馬鹿で単純で、身長が低かったから、子供に見られることに反抗していた。

今なら、瀬田の言いたい事、当たり前のように分かるのに。




あの時の、とーこさんの捻挫の理由も。





ビールの缶を空にして、そのままソファに横になる。



嬉しい日のはずだった。

久我さんの幸せな顔を見て、ほっとして嬉しくて。





でも――


その笑顔をとーこさんに与える事ができない自分に、歯がゆさと苛立ちを覚えた。



課長と瑞貴は、久我さんの笑顔を守りきった。

途中、何があったにせよ、彼女は今笑ってる。



俺は、何をしてきたんだろう。


偉そうに二人に説教めいた事を言った事もある。

自分こそ、何も出来なかった人間なのに。



俺は、とーこさんに何をしてやれたんだろう。

笑顔以外の、何を与えられたんだろう。





ビールの効果か、少しずつ重くなっていく瞼で視界が狭まる。


何も見えなくなると、すぐ、さっきの夢の中のとーこさんが……高校生のとーこさんの姿が脳裏に浮かんだ。


そのまま、意識が深く沈んでいく。






彼女から与えてもらえる、優しさと温もり。

傍に彼女がいる、幸福感。


あの頃から、俺は与えてもらうばかりで。

何も、彼女に返せていない気がする――


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