回顧 ――高校一年生 夏―― 9
「従兄妹?」
「そ」
俺が叫び声をあげた後、あーばれちゃった、と瀬田は肩を竦めて今に至る。
部屋にあるデスクセットの椅子を引っ張り出してきて、とーこさんの周りに座った俺と瀬田。
とーこさんは無表情のまま、成り行きを見ている。
俺は口をあんぐりとあけて、瀬田ととーこさんを交互に視線を移動させる。
「似てない」
「つっこみどころは、そこか」
瀬田は深く腰掛けた椅子の背もたれをぎしりと軋ませながら、背を預けた。
「俺の父親の弟の子供。似てなくても、従兄妹なんだよ」
確認するようにとーこさんを見ると、彼女は小さく頷いた。
「じゃぁ従兄妹だとして、なんで学校休んだとーこさんがここにいるの? 自分ちにいればいいじゃん」
わざわざ瀬田の家にいなくても。
その言葉に、瀬田は溜息をついてとーこさんの足元を指差した。
「捻挫、結構酷いんだよ」
「圭介」
とーこさんのこえが、瀬田の言葉を遮る。
瀬田は分かってるよと返して、再び俺を見た。
「桐子の家は、ここから五分先に行ったとこ。で、アパートで一人暮らし。
この状態だと家事が出来ないだろう? だから、昨日からうちにいるんだ」
「一人暮らし?」
高校生でしている人もいるだろうけれど、珍しいといえばそうだと思う。
特に、親がいるなら特別な事情がない限り実家から通うだろう。
「桐子の両親は都心で飲食店をやってて、そこに住み込んでるんだ。
まぁそこに一緒に住めばいいんだけど、桐子はここから離れたくない理由があって」
「理由って?」
わざわざ一人暮らしする理由って、何?
瀬田は俺の疑問に、指先を動かす事で答える。
「分かるだろ? 本好き人間なら」
くるりと動かす指の先には、ぎっしりと蔵書で埋まった本棚。
「俺の父親は、大学の教授をしていてね。専攻は、日本古典文学。ここと隣の部屋は、父親の仕事部屋なわけ。
で、息子の俺よりこの部屋に浸かってるのが、従兄妹の桐子って言うわけだ。父親と話されてると、何いってんのか内容が把握できないくらい専門的だしね」
この本に惹かれて、一人暮らしをしているって事?
あぁ、でも分かる気がする。
俺ももし選択を迫られたら、一人暮らしを取るかもしれない。
「でも、だったらこの家で一緒に暮らせばいいのに。わざわざ一人暮らしするぐらいならさ」
お金も時間も持ったいない。
空き時間、ずっとこの部屋にいられるなら、瀬田のうざったさも我慢する。
うんうん、と自分の考えに納得するように頷いていると、
「馬鹿だなぁ、要は」
瀬田に呆れられた。
――蹴っ飛ばしてイイデスカ?
殴ってみてもイイデスカ?
とりあえず俺を子ども扱いしても許せるのは、今現状、とーこさんのみです。
胡乱な視線を向けると、椅子の肘掛に頬杖をついて瀬田はやっぱり呆れた口調で口を開いた。
「同じ高校の同学年の従兄妹とはいえ他人の男女が、おんなじ家に住んでたらどう思われるか想像つかないかなぁ?」
「……どうって? 別に従兄妹ならいいじゃん」
大体従兄妹って、他人に入るの?
男だけど、自分にもいる従兄弟の顔を思い出す。
同い年の従兄弟は遠く離れた都市に住んでいて、なかなか会うことはない。
けれどもし一緒に住む事になったといわれれば、特に思うところもなく当たり前のように頷くだろう。
そういった意味の事を瀬田に伝えると、あからさまに溜息をついて立ち上がった。
「性別の違いは大きいんだよ。特に俺は生徒会長なんて面倒なものをやっているから、桐子に迷惑をかけてしまうかもしれないだろう?」
「なんで、瀬田が会長やってたらとーこさんに迷惑かかるんだよ。自意識過剰じゃないの?」
そこまで影響力のでかい人間だと、自分で思っちゃってるならイタイ奴だ。
それに。
「従兄弟だって事さえ公にしてないよね、そういえば」
「要、少し世の中を見たほうがいいぜ? 今日のカウンターの態度もそうだけど、自分の価値観だけですべて測れると思うなよ」
そう言って隣の部屋へと歩き出す瀬田を、呼び止める。
「どういう意味か、全然わかんないんだけど」
自分の価値観だけって、なんだよっ!
俺は、周りから何かずれてるって、そう言いたいのか?
「それだけお子様って事。あ、それから俺たちが親戚だって事、言いふらすなよ?」
途中振り向いて俺に釘を刺す瀬田を、立ち上がって睨みあげる。
「別に言わないし! お子様お子様、うるさいっ」
拳を握り締めながら叫ぶと、瀬田は冷たく見下ろしていた表情を緩めて俺の頭を軽く叩いた。
「人には色々事情ってものがあるの。それさえ理解してくれればいい。もし今の事をとやかく言わないでいてくれるなら……」
にこりと、爽やかな笑みを浮かべる瀬田を、胡散臭そうに見上げると。
「持ち帰り厳禁だけど、俺か桐子がいる時ならここの本、読み放題の特典を授けよう」
途端、自分でも分かるくらい顔の表情筋が緩むのが分かった。
でもそれに屈しまいと、顔を引き締めながらとーこさんの方を向く。
成り行きを見守っていただろうとーこさんは、俺と目が合うと、小さく首を傾げた。
「とーこさんも、知られたくないの? 瀬田と従兄妹だって」
とーこさんは迷いもなく、小さく頷いた。
それを見て、何とか引き締めていた表情が、一気に緩む。
「そうだよな、こんなちゃらくて軽い男と従兄弟だなんて、とーこさんには似合わないもんな!」
くるっと、瀬田に顔を向ける。
「取引成立! 入り浸るから、よろしく先輩!!」
「いい根性だな、要」
直後、握りこぶしが脳天に直撃したのは、言うまでもない。