回顧 ――高校一年生 夏―― 7
「とりあえず、雨宿りってことで」
瀬田の家にたどり着いた俺達は、すでにびしょぬれで。
ズボンのポケットから出した鍵で玄関を開けると、後ろで立ち尽くしている俺の背中を押して家に入った。
「乾燥機あるし制服乾かしてシャワー浴びて、少し落ち着こう」
いろいろ話したいことあるし、ね?
と言われれば、頷くしかない。
俺が、質問を投げかけたんだから。
まぁ、その質問の原因は瀬田から投げつけられたんだけど。
「俺、後でいいんで――」
背中を押して洗面所のほうに俺を移動させる瀬田を見上げた。
さすがに人んちのシャワー、その人より先に使うのは悪いし。
そう思って見上げた瀬田は少し驚いた顔をしていて。
にやりと口端をあげると、ぽんぽんと俺の頭を軽く叩いた。
「可愛いねぇ、要くんてば。もう一つシャワールームあるから、気にしなくてもいいわよ」
「――っっ」
いきなりおねぇ言葉に変わったその口調に、雨に濡れただけじゃない寒気が這い上がってきた俺は、一目散に風呂場に逃げ込んだ。
制服は手前の籠に入れておいてと笑いながら言う瀬田の声をドアの向こうに聞きながら、さっさと裸になって風呂場に入る。
冷えた体に、温かいシャワーはとても心地よかった。
瀬田、いつも普通にしていればいい先輩なのに。
何で、あんなにおちゃらけるんだろう。
あれさえなければ、俺だって素直に話せる……気がするのに。
“天然物”
ふと、脳裏に浮かぶ言葉。
おちゃらけもせず、まともな口調でそういわれたのがすごく癪に障った。
子ども扱い、馬鹿にされてる。
溜息をついてシャワーを止めた。
洗面所には先輩のものと思われる部屋着が用意されていて、制服は何か最新家電のような乾燥機に放り込まれていた。
部屋着の袖に腕を通すと、当たり前だけれどかなりあまる。
それは、スウェットもしかり。
諦めて、何回か折り曲げてどうにかずらないように整えた。
タオルで髪を拭きながら、ふと目に付いた鏡に視線を向ける。
少し茶色がかった、髪。
お世辞にも男っぽくない、言いたくないけど可愛いと評される顔。
低い、身長。
実は、ひげさえもそんなに生えない。
眼鏡をかけた俺は、中学生といわれてもおかしくない姿形で。
その上、だぶだぶの服。
悔しい。早く、馬鹿にされない男になりたい。
声をかければどうにかなるんじゃないかなんて、思われる自分はもう嫌だ。
目を逸らして、洗面所から出た。
リビングと思われる部屋を覗いてみたけど、瀬田の姿はなく。
首を傾げながら玄関のほうに歩いていたら、階段の上、二階から俺の名前を呼ぶ声に気付いた。
「瀬田……?」
階段の下から呼びかけると、二階においでと言われてそれに従う。
「あぁ、こっち」
二階に上がるとタオルを首からかけた瀬田が、一番奥のドアを開けて手招きをしていた。
ていうか、広いなこの家。
廊下を歩きながら、視線だけあたりに向ける。
二階に五部屋って、ありすぎじゃないか?
うち、三部屋。
しかも――
瀬田のいる部屋のドアとその隣の部屋のドアには結構な間があって、これって一部屋が大きいって事だよな。
「瀬田、何者……」
思わず呟くと、瀬田は少し困ったようにドアを開いて俺を招き入れた。
「俺が何者じゃなくて、うちの父親が、かな?」
「……?」
その言葉に首を傾げながらくぐったドアの先は――
「う、うわぁ……」
――俺的、天国だった。
壁一面に作りつけられた本棚に、びっしりと収まる本。
それはハードカバーから、単行本サイズまで。
しかも、上の方には巻物が入っているらしい細長い箱が、ずらりと積み上げられている。
「何これ、何これ」
考えていた事なんてすっかり頭から吹き飛んで、引き込まれるように本棚へと歩く。
――と。
「は~い、ストップ」
俺の幸せな視界が、瀬田の手のひらに遮られた。
「はいはい、ここまで。要は俺と話があるんでしょ?」
視界を遮る手のひらと、瀬田の顔を交互に見る。
「……」
目の前にお宝がたくさん揃ってるのに……
じっと瀬田の顔を見上げると、少し困った顔をしてその手のひらを下ろした。
「後で見ていいから、先に話だけしてしまおう」
「……話より、本の方がいい」
はっきり言って、天然だろうが天然物だろうがどーでもいい。
この蔵書の前には、夕飯も吹き飛ぶ!
「俺が、よくな……」
「――圭介?」
瀬田の言葉を、続きの部屋からの声が遮った。
瞬間、瀬田が眉を顰める。
俺はその変化よりも、今の声に反応した。
今の声って……
続きの部屋に顔を向けた瀬田の横をすり抜けて、続きの部屋に走りこむ。
後ろで瀬田が何か言っていたけれど、俺の耳には入らなかった。
続きの部屋は大きな書斎机が二つ対角に並んでいて、隣の部屋よりも背の低い本棚が壁際にぐるりと囲んでいた。
部屋の真ん中には、ロッキングチェアとサイドテーブル。
俺の視線は、その椅子に座る人に釘付けになっていた。
いつも結んでいる髪をたらしたまま、ひざ掛けの上に置かれた手には本が一冊。
驚いたように、少しだけその目を開いたその人は。
「とーこさん!」
今日はもう会えないと思っていた、とーこさんだった。