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擬神ダムネーションズ ~ゲテモノ揃いの黎明社~  作者: 綾川八須
第一章:スタートラインから一万歩手前
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6 過去編:退獄師・日澄よすが。


 よすがは抜刀し、羽虫のように自分を叩き潰さんと振り下ろされた腕の触覚を一刀両断した。激痛に苦悶の絶叫を上げた蜈蚣は腕を振り回し、建物の壁や道路に血の筋を飛ばしては線を引いていく。


 手遊ぶように太刀を手首で回し、軽やかに跳躍した――その跳躍距離は三十メートルほどはあるだろう。退獄師が干戈を得ることによって受ける恩恵の一つ、身体能力の超越的な向上だ。


 汗の滲む蜈蚣の額に飛び乗のれば、蜈蚣のさらなる怒りを買った。涙を流す目を憎悪に染め、残った腕の触覚を額に伸ばしていく。よすがは鼻で嗤って嘲ると、滑り台のように反り上がった蜈蚣の背面に太刀を刺し込み、そのまま滑る。豆腐を切るような滑らかさで、蜈蚣の背面は容易く斬り裂かれた。


 蜈蚣はもんどりうって、自分を編むように丸まる。よすがの体は蜈蚣の球に取り込まれ、姿が見えなくなった。


 ああっ、とシェルター内の人々が小さく悲鳴を上げた。だが同時に、蜈蚣の球から銀色の光が閃き、ばらりと何十等分にも崩れ落ちる。蜈蚣はわずかに頭を上げたが、力無く頭を落とした。


よすがは積み重なった蜈蚣の残骸をひょいっと持ち上げて姿を現した。無事な姿に安心できなかった。彼の背後へと、赤黒い数十本もの触手が迫る。蛞蝓が露出狂のようにぬめ付いた体を広げ、腸や血管を蠢かせているのが見えた。あまりにも気色の悪い光景に、鳶職の男の体が強張る。


 よすがは上へと太刀を振り、白銀の刀身は虚空を斬り裂く。何をしているんだと困惑したのも束の間、蛞蝓の体から血が噴き上がった。プルプルとした体は斜めにずれ落ち、その後急激にブクブクと赤い水疱を作り出しながら膨張していく。


 ――蜈蚣の頭が動いた。短くなった体でアスファルトを叩いて跳び上がる。その衝撃は避難シェルターまで達し、大きく揺れて悲鳴が上がる。モニターが少しノイズがかったように乱れたものの、すぐに鮮明に地上を映し出す。


「あれ、お母さんが……」


 よすがの手から太刀が消えていた。蜈蚣が大きく口を開いて飛び掛かり――しかし、墜落するように落ちた。額から、頭の巨大さに見合わない細い角が一本現れ、それが刀身だと気付く。


 蜈蚣の頭が、等分された体が、蛞蝓と同様に赤い水疱を作り出しながら膨張し、爆ぜた。血、肉片、骨――生々しいそれらが町に降り注いでいく。


 禍身の死の証明――【血膨破裂けつぼうはれつ】だ。これで完全に禍身は死んだ。脅威は、死の化身は死んだ。だが、人々は硬直していた。


 人差し指を上に向けて曲げると、破裂の衝撃で夕空へと高く跳び上がった太刀が、よすがへ向けて一直線に飛び掛かっていく。よすがは鞘を突き出した。すると、太刀はひとりでに刀身を鞘に納め、それから光を帯びて姿を消した。よすがは左手をちらりと一瞥して気にするような仕草を見せた後、周囲を見渡し、監視カメラの存在に気付くと満面の笑みで腕で丸を作った。


 そうしてやっと、わあっ、と歓声が上がる。


 父が町を救った。人を救った。巨大な二体の禍身を、たったひとりで、あまりにも圧倒的なまでに。


 遅れて到着した町の退獄組織所属の退獄師たちは、呆気に取られていた。よすがは粘液混じりの血を纏った車の判別を始める。ネギ入りの大事なエコバッグはどの車に乗せたんだっけ。そんな風に後頭部を掻きながら。


 功績を誇らず、驕らず、干戈を所有する者、戦う力を得た者としての責務を全うした父に、父は憧れを抱かずにはいられなかった。


(ぼ、ぼくも、お父さんみたいな退獄師になりたい)


 神輿のように揺られながら、孝里は生まれて初めての「将来の夢」を抱いた。


 その後、戦闘事後に活躍する特殊清掃員の清掃範囲は、なんと一・五キロメートル先にまで及んだという。


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